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【小説】鬼と金棒

本文(2023 5/2更新)

1/雨男

「おはようございまーす、とりあえずカーテン開けますね」

カーテンを引くシャッという音の後、雲ひとつない青空が窓の外に現れる。蛍光のピンク色に白抜きで「都市伝説課」と書かれた腕章を右上腕部に巻き、くたびれた灰色のスーツを着た30歳くらいの女性が私の寝ているベッドに歩み寄ってきてそうっと端に座る。

「今朝の体調はどうですか、アオシマさん?」
「ああ……昨日の夜よりはいくらかマシになりましたが、まだ本調子じゃないですね。ところでアオシマって僕のことですか」

私が尋ね返すとスーツの女性が首を縦にふる。長く編まれたおさげ髪が揺れた。

「あっこれはその……名前がないと呼びづらいので勝手に付けさせてもらいました。昨日の夜の調査の時青くて細い縞模様の入ったスーツ着てましたよね」
「え?ええ、それはもちろん。さすがにこんな普段着じゃ出かけられませんから」

私はそう言って着ている淡い水色のシャツを軽く指先で引っぱって見せる。昨夜より肌の色も体調も幾分かマシになったような気はするが、まだ体と頭が重い。そういえば昨日の記憶が曖昧あいまいだ。

「ええと金本……さんでしたっけ。僕、昨夜の記憶がほとんどないんですが何があったかよければ話してくれませんか?」

アオシマがそう話を振ると金本は一瞬顔をこわばらせたように見えた。

「えっそうなんですか。ああでもたぶん……話すと長くなりますよ」
「かまいませんよ、そんなこと。どうせ今日一日はベッドの上で過ごすことになりそうですから」

金本が昨夜あったことをできるかぎりの範囲で説明し出して小一時間ほど経った頃、部屋の窓に雨粒がつき出した。

「……という訳なんですが。アオシマさん大丈夫ですか、なんだか顔が真っ青ですよ」
「い、いえ。大丈夫です、それより僕……金本さんに何かその……失礼なことしてませんよね?」

金本から昨夜の様子を聞き終わったアオシマは顔を青くしたまま尋ねる。

「いいえ別に何も。あ、ただこれを肌身離さず持っていてほしいって言われました」

金本は昨夜の記憶を辿りながらスーツの胸ポケットを探って何かを取り出した。片手からちょっとはみ出すくらいの大きさの石……にも見えるが、薄暗くした照明の光が表面にあたって言葉では言い表せない赤や青色に内側から光る。どことなく形は勾玉まがたまに似ていた。アオシマの顔からさらに血の気がひく。

「そっ……それ!ぼっ僕があなたに手渡したんですか」
「ええ。そういえばコレ、なんなんですか?」

アオシマが過剰に怯える意味がわからない金本は続けて尋ねた。

「マガタマ」
「マガタマ?たしかに形は似てますけどそんなに怯える必要ないじゃないですか」
「いや、実際は全く別のものなんですがそれ割れたり、壊されたりすると僕がその…………《死にます》」

血の気が引きすぎて白くなってしまった顔のままアオシマがつぶやく。次は金本が困惑する番だった。

「死ぬってそんな、大げさな」
「本当ですよ……人間で言うと脳とか心臓にあたるくらいのものなので」
「ええ……そんなに大切なもの、私が持ってても大丈夫なんですか?」

金本が不安そうに言うとアオシマはしばらく考えこんだ後、頷いた。

「かまいませんが、大切にしてくださいね」
「わかり……ました。気をつけます」

金本は恐る恐る手にしたマガタマと呼ばれる石を胸ポケットへと戻す。後から持ち歩いても大丈夫なよう頑丈なケースでも買いに行こう。

「あ、アオシマさん。今夜、貝木荘かいきそうに来れそうですか。妖怪課のメンバーみんなで【Kスポット】に調査に行くんです」
「ええっと体調が戻れば行けそうですが、そういやKスポットって……なんでしたっけ?」

アオシマが小首をかしげつつ質問する。

「あれ、私言ってませんでした?KAIKI(怪奇)スポットの略称です。ようするに肝試しですよ」
「ああ〜……なるほど。肝試しですかあ、僕苦手なんですよねそういうの」

アオシマがぶるぶると頭を振る。すでにその顔が青い。本当に苦手なのだろう。

「じゃあ、来れなくても大丈夫です。ほら、早く体治しましょう。課には伝えておきます」
「ええ、お力になれなくてすみません」

アオシマは本当にすまなさそうな顔で金本に謝罪し、掛け布団を手元に引きよせる。

「では……そろそろ失礼します。何かあったらこのスマホから私に電話してください」

そう言って金本はベッドのそばにあった丸テーブルの上にメタリックブルーのスマートフォンを1台置く。これはアオシマ用にと数日前に購入したものだ。

「わかりました。ああ、雨がひどくなりそうですから帰り道お気をつけて」

ベッドの上のアオシマが顔を上げ、窓の外を見つめてぽつりとつぶやく。午前中は快晴だった空はすでに白っぽい色に染まり、黒い雲が浮かんでいる。金本は礼を言い、アオシマ宅から外に出た。歩き始めた途端、髪や鼻先に雨粒あたり始める。常備している携帯用傘を持ってこなかったことを悔やんだ。

「おや悠ちゃん、来るの早かったね」

妖怪課の活動拠点は貝木荘のある一室。外観は狭そうだが、中に入ると意外に奥行きがあり広い。そこにひと昔前のブラウン管テレビやビデオデッキがあり、積み上げられた雑誌やオカルト情報誌なんかが散乱している。

そこに今朝の日付の新聞を鼻をつっこんで読んでいる男がいた。顔の両側の伸ばしっぱなしの髪と唐草模様のシャツに黄色い地の縞柄スラックスという柄物だらけの服装の彼は夜見よみ、その周りで散らかったゴミを片付けているショートカットの髪と赤いブラウスの女性は桜野という名前だったはずだ。

「雨、大丈夫だった?ほらタオルあるわよ」
「例の彼、どうだった?」

金本が何か言おうとしていると、桜野と夜見からほぼ同時に質問がとんだ。

「桜野さんありがとうございます。ああえっと、とても……無害そうな人でしたよ。昨夜の調査で体調をくずされているので、今夜のKスポット巡りは参加できるかまだわからないです」

金本は桜野から手渡されたタオルで髪やスーツを拭きながら夜見からの問いに答える。

「ああ……そう。でも彼、分類カテゴリ・鬼なんだろ?それだとなんか俺らが調べたやつと随分様子が違うなあ」

夜見は金本のほうを見ることなく新聞に顔をうずめたまま興味がなさそうな口調で言う。

「えっそれ、どういう意味ですか夜見さん」
「だから、あ〜面倒くせえ。そこの棚ん中に調査表があるから読んでみろ」

夜見は伸ばしきった髪を指先に巻きつけつつ、金本の斜め左にあるプラスチック製の棚を指さす。

金本は言われたとおりに棚へ歩みよって開けてみる。透明なクリアファイルに紙が数枚入っていた。顔写真付きでぱっと見は履歴書に似ている。

(あ……これだ)

金本はクリップで留められた紙を捲(めく)る手を止める。顔の右側を隠したぼさぼさの髪と水色のメッシュと神経質そうな顔に見覚えがあった。アオシマだ。

【名前】不明
【性別】男
【年齢】150歳(外見年齢は60くらい)
【分類】鬼
【能力】不明
【備考】今のところ分類以外が一切不明な妖怪。要調査

(実年齢がひゃ……150歳?いやでももっと若そうに見えたし、やっぱり人も妖怪も外見は見かけによらないのかしら)

「どうした、そんなとこで突っ立って見てないでこっちに持ってこいよ」

金本がアオシマの調査表を熟読していると後ろから夜見に呼ばれる。夜見へクリアファイルごと手渡すとちゃぶ台の上に置き、慣れた手つきでアオシマの用紙のみを抜き出した。

「ああ、これ。ほら、名前と能力のとこだけ空いてるだろ。しばらく張りついて調べてたんだがこれだけが分からん」
「あの……なんですかそれって」
「はあ?」

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