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14回目「とんがりモミの木の郷」を読む。第4回 (Chaps. 16-21) 読了回です。Jewett が奴隷売買で地域一・二の財力を築いた男の孫として教養と文章力を獲得したことも念頭に作品を読みます。

  3ケ月弱(6~8月)もの長い一夏を過ごした宿のオーナー、トッド夫人には魅了されてばかりだった語り手の物書きは第20章において、夫人と自分との違いをためらいながらも吐露します。この章で語り手は、船着場のきわにある漁師の溜まり場で高齢の漁師と言葉を交わす友達になり、その日の午後に漁師の家を訪れます。

<漁師、Elijah の人と成り>

XX. Along Shore の第4段落中頃以降
    He was one of the small company of elderly, gaunt-shaped great fisherman whom I used to like to see leading up a deep-laden boat by the head, as if it were a horse, from the water's edge to the steep slope of the pebble beach. 【和訳】この男は少人数の男たちと一緒だったのですが、目を見張る技を持つ高齢で痩せた体つきの男でした。私はこの男が荷物が載ったままのボートを、あたかも馬を導くかのように水から急勾配、小石交じりの浜辺に、その舳先を巧みにコントロールして引き上げるのを見て感心して以来、気になっていたのです(注:fisherman が複数でないのでこの様に訳した)。
    As a matter of fact no boat could help being steady and way-wise under their instant direction and companionship. Abel's boat and Jonathan Borden's boat were as distinct and experienced personalities as the men themselves, and as inexpressive. 【和訳】実際に目にしたのですが、彼ら(4人)の臨機応変の指揮と協働の下に置かれるとどのボートであれ落ち着いた理に適う動きを取らざるを得ないのです。アベルの所有のボートにしろ、ジョナサン・ボーデンの所有のボートにしろ、彼らそのもののように、独自の性格(癖)と経験を有する一人の人間のように振る舞ったばかりか、彼らと同様に寡黙なのでした。
    Arguments and opinions were unknown to the conversation of these ancient friends; you would as soon have expected to hear small talk in a company of elephants as to hear old Mr. Bowden or Elijah Tilley and their two mates waste breath upon any form of trivial gossip. 【和訳】彼ら古くからの仲間内の会話には議論と主張のいずれも介在しません。ボーデン氏とエライジャ・ティリー氏そしてあの二人との間から無駄なゴシップ話が聞こえるの待つ位なら象の群れからひそひそ話を盗み聞こうと待つ方が聞ける可能性が高いというものです。
    They made brief statements to one another from time to time. As you came to know them you wondered more and more that they should talk at all. Speech seemed to be a light and elegant accomplishment, and their unexpected acquaintance with its arts made them of new value to the listener. 【和訳】彼らは互いの間で通じる信号を時には交換していました。この人たちを良く知るようになると、他人は、本当に彼らが話をすることなんてあるのだろうかと疑いを深めるのです。言葉を交わすさまは軽くて心地良い偉大な創作品であるのかと思えるのです。そう、彼らが意識して創り出した作品ではなく、偶然にして行き当てたものながら、それ、彼らが交わす言葉は芸術、それを聞くよそ者には、これまでは無かった価値あるものに思えるのです。

【私の読み方】以上の通り、この語り手は自分の主観に引きずられてこの高齢の漁師を高く評価します。しかし、漁師の自宅を訪れ話が続くうちにその見方が怪しくなってきます。当にそれは、その後に聞かされるトッド夫人の、この漁師(Elijah)に対する低い評価に相当するものなのでした。しかし、それに怯まずこの語り手はトッド夫人の弱点を見つけ、この漁師にも良い所があると擁護するのです。その裏には、Elijahに似たタイプの船頭、シェル-ヒープ・アイランドに語り手を運んだキャプテン・ボーデンに親しみを感じた語り手自身の人柄も潜んでいます。そう、あの幻覚につき纏われた老人、キャプテン・リトルページにもトッド夫人が彼に抱いた以上の好意を、語り手は感じていたのでした。

<語り手は漁師の家の客間の装飾に愕然とします>

XX. Along Shore の第38段落始め
"This was what she called the best room; in this way," he said presently, laying his knitting on the table, and leading the way across the front entry and unlocking a door, which he threw open with an air of pride. The best room seemed to me a much sadder and more empty place than the kitchen; its conventionalities lacked the simple perfection of the humbler room and failed on the side of poor ambition; it was only when one remembered what patient saving, and what high respect for society in the abstract go to such furnishing that the little parlor was interesting at all.  【和訳】彼は手にあった編み物をテーブルに置き、先導して玄関脇を通り過ぎて進み、そこのドアのカギを「これが彼女(亡き妻)が大切な客間と呼んでいた部屋です。」と言いながらはずし、ドアを開いて誇らしそうに私を招き入れてくれました。私にはそれまで留まっていたキッチンよりも、この客間が遥かに鬱として空疎な場所に思えました。その部屋の俗っぽさは、一般に質素な部屋が醸し出すところの簡素な美しさを持つでなく、目指した装飾の元である発想が良くなかったという失敗に終わっていました。この客間に備わる魅力を敢えて取り上げる趣旨で、辛うじて指摘できるのは、このような内装・装飾を作り上げる裏にはどれほど我慢強い節約と、夢に見た上流社会へのあこがれがあったのだろうと想像し当人たちの努力を感じとれること位でした。

<この漁師に対する Todd 夫人の厳しい評価>

XX. Along Shore の最後の段落、最後の部分
"… There's some folks you miss and some folks you don't, when they're gone, but there ain't hardly a day I don't think o' dear Sarah Tilley. She was always right; yes, you knew just where to find her like a plain flower. 'Lijah's worthy enough; I do esteem 'Lijah, but he's a ploddin' man." 【和訳】(トッド夫人は私に次のように語りました。)「・・・世の中には亡くなった後、惜しまれる人とそうでない人とが居るものです。私はサラ・ティリー(この漁師の妻)を思い浮かべない日は(今でも)殆どありません。彼女は正しい(世間の規範通りの)ことしかしなかったのです。居るべきところに何時も居たのです。珍しくもない花なら見たいと思えばどこに行けば良いかがいつも分かっているのと同じでした。イライジャ(高齢の漁師でサラの夫)はそれなりの役目を果たしています。存在は認めます。しかしバカなのです。」

<トッド夫人が一人で坂を下り歩く姿を遠くから見て、語り手は、周りの人を見下し続け孤独に生きざるを得ない彼女を憐れみます>

XXI. The Backward View の第10段落中頃以降
   At such a distance one can feel the large, positive qualities that control a character. Close at hand, Mrs. Todd seemed able and warm-hearted and quite absorbed in her bustling industries, but her distant figure looked mateless and appealing, with something about it that was strangely self-possessed and mysterious.【和訳】この様な離れた場所から(彼女を)見ると、彼女の大きな、そして堂々とした存在感、彼女の性質を生み出す元である存在感を改めて認識することになります。近くで接していると、トッド夫人は有能で暖かい心を持っていて、全身全霊で日々の必要に打ち込んでいる人に見えます。しかし、遠くから見る彼女は、友達が居なくて、自らの存在を訴えるべく、変に自己中心的な、そして不可思議な側面を秘めた主張をし続けているように見えるのでした。

【私の読み方】 更に最後の段落では、原文を略しますが、この語り手は入り江を離れる汽船の上から、あの漁師、Elijah が一人で漁をしている姿を見つけサヨナラの合図を交換するのです。

<「とんがりモミの木の郷」を終えるに当たって>

    Salah Orne Jewett House と題された米国メイン州が運営するサイト(私の13回目の記事参照)には、彼女の作品や、生活の環境、日々の活動などに加えて、それらと同様の重さをもって、彼女の祖父が南北戦争の時代の人間であり、カリブ海の地域と頻繁に行き来し、この地から産出される木材を南の方に届け、黒人奴隷を連れ帰って巨大な富を得たことが、当時の記録文書に基づき説明されているほか、書類の展示もあります。またその富の故に、彼女の教養・時代を先駆ける発想も生まれたのだと考えるのが自然かとも思えます。10代の少女のころには、アンクル・トムの小屋で名高いハリエット・ビーチャー・ストー Harriet Beecher Stowe の作品にも心を打たれた旨の記載もこのサイトにはあります。
  最後に一言、この小説の舞台の地域では、お墓に眠るのは殆ど女ばかりだといった下りがありました。病気のみでなく、危険な海に一家の繁栄を背負って男たちが挑んだのです。そんなことの価値についてはよく考えて見たいものです。

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今回の Chapters XVI - XXI に対応する Study Notes Part 4 を公開します。