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52回目 "Midnight's Children" を読む(第6回)。10歳になった男の子二人を例にして「育ち」か「親の資質」かの問題が、面白くしかし深刻なテーマとして描かれます。

1. 貧困な社会に暮らす人々に向けるラシュディの目は決して優しいばかりではありません。

直前の段落では母が国会議員の選挙に立候補した Communist Party の男(母の最初の夫 Qasim the Red)の応援に出かける自分の母 (Amina Sinai) に一旦は心を痛めた 10 才のサリーム (Saleem Sinai) ですが、そんなことは直ぐに棚上げして、別の問題に関心を移します。関心の先は貧困な一画に住む人々とその住環境です。

[原文 1-1] No longer anxious to gain the evidence of my own eyes, I rode in my mother's head, up to the north of the city; in this unlikely incognito, I sat in the Pioneer Cafe and heard conversations about the electoral prospects of Qasim the Red; disembodied but wholly present, I trailed my mother as she accompanied Qasim on his rounds, up and down the tenements of the district (were they the same chawls which my father had recently sold, abandoning his tenants to their fate?) , as she helped him to get water-taps fixed and pestered landlords to initiate repairs and disinfections.
[和訳 1-1] 今回は自分の目でことの証拠を押さえるのだというような目的からではありません。私は母の頭の中に潜り込み、この都市(ムンバイ)の北にある地区へ向かいました。頭の中に身を隠すという離れ業でパイオニア・カフェの店内に席をとり、身体はないものの話を聞き取るという意味では完全に同席しているという形で、カシム共産党員が当選するだろうかという会話に耳を澄ませたのでした。カシムが低所得階層の居住区、集合住宅の人々の間を巡回するのに同行する自分の母にも密着しました。(集合住宅とは私の父がそれまで所有していたのに、住人を路頭に迷わせるのもおそらく承知で、当時売り払ったところのショール(貧民用集合住宅)そのものです。)カシムは集合住宅の水道の断水補修の手助けをしたり、家主たちに補修工事や水の消毒の徹底を求めたりしていたのでした。

Lines between line 27 on Page 302 and line 2 on page 303,
"Midnight's Children" Vintage Classics; 40th Anniversary Edition

[原文 1-2] Amina Sinai moved amongst the destitute on behalf of the Communist Party - a fact which never failed to leave her amazed. Perhaps she did it because of the growing impoverishment of her own life; but at the age of ten I wasn't disposed to be sympathetic; and in my own way, I began to dream dreams of revenge.
The legendary Caliph, Haroun al-Rashid, is said to have enjoyed moving incognito amongst the people of Baghdad; I, Saleem Sinai, have also travelled in secret through the byways of my city, but I can't say I had much fun.
[和訳 1-2] アミナ・シナイは共産党の組織員のように困窮した人々の間を歩き回っていました。この行動が彼女に与えた強い衝撃は彼女にとって消えることのない記憶となりました。当時の彼女には自身にも貧困への不安がよぎる状況にあったもので、それがこのような行動の動機だったのかも知れません。しかし 10 才の私にはこのような人々への同情が首をもたげることはなかったのです。私は当時の自分の習慣通り、復讐劇へのあこがれを心中に抱き始めていました。
伝説のカリフ(首長)であったハルーン・アル‐ラシッドは、言い伝えによると、自分の身分を秘してバグダッドの民衆の間を見て回ることを楽しんだとのことです。私、サリーム・シナイは同様に自分の身を秘して自らの住む都市の狭く込み入った地区を見て回ったのでした。ところが私には楽しいと言える要素は殆ど何もなかったのでした。

Lines 2 to 11 on page 303, "Midnight's Children"
Vintage Classics; 40th Anniversary Edition


2. 10 才の子供である Shiva と Saleem。同じ日の真夜中に生まれた子供たちだけの仲間組織"Conference"を作ろうとのアイデアを発端に、悪ガキ言葉で論争を始めます。

同じ産院でほゞ同時に生まれた二人。Shiva はその日暮らしの路上芸人の夫婦に育てられているのに対し、Saleem は、親の資産・地位を土台に結婚を果たし、苦しみながらも成功裏に事業を続け何人かの使用人も抱えている金持ち夫婦に育てられています。

[原文 2]I explained, ’That wasn't exactly my idea for the Conference; I had in mind something more like a, you know, sort of loose federation of equals, all points of view given free expression …' Something resembling a violent snort echoed around the walls of my head. 'That, man, that's only rubbish. What we ever goin' to do with a gang like that? Gangs gotta have gang bosses. You take me -' (the puff of pride again) 'I been running a gang up here in Matunga for two years now. Since I was eight. Older kids and all. What do you think of that?' And I, without meaning to, 'What's it do, your gang - does it have rules and all?' Shiva-laughter in my ears … 'Yah, little rich boy: one rule. Everybody does what I say or I squeeze the shit outa them with my knees!' Desperately, I continued to try and win Shiva round to my point of view: 'The thing is, we must be here for a purpose, don't you think? I mean, there has to to be a reason, you must agree? … …'
[和訳 2] 私は(相手のシーバに)説明しました。「この『集まり』は君の考えているのとは違うよ。私の頭にあるのはもっと緩やかにしか縛られていない、会員どうしが対等なつながりだよ。みんながそれぞれに持つ意見は自由に主張してよいのだよ。・・・」粗暴なあざけりを示すような鼻息音が私の頭の中に鳴り響きました。「そんなの意味ないよ。お前。一体全体、そのような『集まり』を作って何をしようってつもりだよ。ギャング団というのはボスが不可欠だぞ。(威張り散らしの徴である鼻息音がまた聞こえました。)俺はマツンガ地区で2年前からギャング団を率いているのだぞ、俺が8才の時からだ。年上の奴もいるよ。このような俺のことをどう思う?」 私はこの児に本気で逆らるつもりではなかったのですが、「その集まり、君のギャング団のことだが、何をするの? 何か規則と言えるものが決まっているの?」と言い返しました。 シーバの軽蔑笑いの声が私の両耳に届きました。「おい、金持ちの子供さんよ、規則は一つ。全員が俺の言うことに従う。従わなければ俺のでかい膝で押しつぶすまでだ。」 シーバには私の方針を認めさせねばならないもので私は必死でした。「大事なことは、目的があってこその『集まり』だということ。そうでしょう? ものには道理というものがある。君にも解ってもらわないと。賛成しますか? ・・・」

Lines between line 20 on page 305 and line 1 on page 306,
"Midnight's Children" Vintage Classics; 40th Anniversary Edition

《私の為の備忘録》 このシーンでも出てきたのですが、サリームにできる特技の一つは周りの人間の頭の中に潜り込んでその人の考えていることを盗み読む行為です。ここではシーバの声・鼻息音が「頭の内壁にこだまする」とか、「両耳に届く」とかと表現されています。サリームには届いても他の人には聞こえていない音や声なのです。この魔法は魔術的な現象が起こっているというよりも、サリームがこの物語の「全能全知の」語り手であることを考えると、魔術であると同時に小説では当たり前のことでもあるのです。(ラシュディーにおけるマジック・リアリズムとはどのようなものかの理解のための、この時点で私が思い浮かべたことの記録です。)


3. アメリカ、アイオワ州の大学のサイトに、素晴らしいエッセイを見つけました。「真夜中の子供たち」の読書感想文です。

Central College のサイトで、英語のクラスの学生 Kaity Sharp の エッセイ(2014 年の作品)がクラスの先生の賛辞と共に掲載されています。以下にその記事冒頭の文章、先生 Michael Harris 氏の賛辞だけを転記します。本文は当該サイトにてご覧ください。私は A-4の紙にプリント・アウトしましたが 8 ページほどの長さです。https://central.edu/writing-anthology/2019/05/21/the-saleem-and-shiva-principle-in-rushdies-midnights-children/ (当該サイトにうまくジャンプできない際は同大学のサイトにおいて、サイト内検索を試してください。キーワードの一案は the saleem and shiva principle)

[賛辞原文] I was impressed by Kaity's ability to analyze a difficult, encyclopediatic text like Salman Rushdie's Children. One of Rushdie's main ideas is that "To understand just one life, you have to swallow the world," and he tries to incorporate the whole sub-continent of India into his 533-page novel! Kaity was able to find a thread in that elaborate tapestry and trace it through from beginning to end, thus illuminating the entire magic realist novel in the process. One can see an exemplary reader and writer in her essay.

Central College, Iowa State のサイト

Kaity Sharp さんのエッセイは "THE SALEEM AND SHIVA PRINCIPLE IN RUSHDIE'S MIDNIGHT'S CHILDREN" と題されています。和訳すると「ラシュディの「真夜中の子供たち」に描かれたサリーム対シーバの基本的発想」とでも言ったところでしょうか。長い、沢山の要素でなる小説をこの題が示す角度に絞ることで、見事に作品の根幹を拾い上げています、私の読書の喜びを倍増させてくれました。


4. Study Notes の無償公開

今回の読書対象は Pages 289-308 にある At the Pioneer Cafe と題された章です。これまで同様、両面印刷すると A-4 用紙を二つ折りにしてなる冊子を作る前提で調整されています。

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