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想ひ出


notAflac 作


 シクシク、シクシクと声にならない声を押し殺しながら少女は部屋の隅に小さくうずくまってしまっていました。 隣の部屋では啜り泣く母の声。ガタリとビンの倒れる音がする。そして、ドンっとダイニングテーブルを叩く音が響いていた。
 「どうして・・・」
 すすり泣く母の声に重なるように少女はぽつりと声に出します。 どうしてなのだろう、少女が母に話しかけても無視されてしまう。父親に向かって話しかけても同じ。もう私はいない方がいいのかもしれない。 そんなことを思うと部屋の隅から動くことができなくなってしまうのです。
 コンコン、コンコン。
 窓を何かが叩く音がする。けれど、少女は顔を上げることもできない。コンコン、コンコン。また、何かが窓を叩いている。 その音が気になって気になって仕方がなくなってしまった少女は目を向けるのだけれど、そこには小鳥が月明かりに照らされてちょこんと一羽。そして、また、くちばしで窓を突いています。
 少女は立ち上がり窓を開けてあげるとその小鳥は部屋の中へと入り少女の横に佇んでいる。 そんな小さな小鳥でさえ、少女にとっては優しさに感じるのでした。けれど、また少女は部屋の隅にうずくまってしまった。 ぴょん、ぴょんと跳ねるように小鳥は少女の横へと来るとじっとしている。そんな小鳥を見て少女は、
 「ねえ、どうしてなのかな。お父さんもお母さんも無視をするの。私どうしたらいいんだろうね。」
 独り言のように、少女は想いをこぼしてしまいます。
 「お外に行こうよ。月が綺麗だよ。」
 誰かの声がする。少女は周りを見渡すけれどそこには誰もいない。そこに居るのは先ほど部屋に入ってきた小鳥だけ。泣きすぎて変な声まで聞こえるようになっちゃった。と少女は思いさらに気持ちは落ちていく一方です。
 「ねえ、お外に出ようよ。」
 また聞こえた。すぐ近くで聞こえる小さな声の聞こえる方を見るとそこには先ほどの小鳥がちょこんと立ちこちらを見ています。 こんな部屋の中にいても聞こえてくるのは母の泣き声だけ。少女は立ち上がり玄関へと向かいました。
 「お出かけしてくる。いってきます。」
 玄関へと向かう際に少女は母へ言うも母は何も反応してくれなかった。このお家には私の居場所ないのだと少女はまた悲しくなった。
 靴のつま先を床へ打ちつけ上げた右足の踵に指を差し入れてお気に入りの真っ赤な靴を少女は履いて、 玄関の外へ出るとさっきの小鳥がちょこんと手すりに止まっていたかと思うと羽を大きく広げて少女の前を飛んでいきます。 月明かりに照らされたその羽はとても綺麗で輝いているようでした。 今夜はとても月が綺麗。そんな風に少女が思っていると。少女の方にちょこんと重さが伝わるのです。
 「ねえ、小鳥さん。どこに行こうか。」
 そう言って少女は行く当てもなくアパートの階段をカツン、カツンと音を立てながら降りていくのでした。
 閑静な住宅街を抜け、月明かりも霞んでしまうような看板の明かりが照らす街の中、少女は俯き加減で歩いていきます。人にぶつからないように、前を見てはまた俯いての繰り返し。
 あ、お巡りさんだ。こんな時間に子供一人歩いていては怒られちゃう。
 そんな風に思った少女は小走りで逆方向へといくのでした。 さっきまでは、とっても明るくていくつもの影が少女と仲がいいかのようについてきていたのに。 いつの間にか、その影は一つになってしまっていて、少女を照らすのはまた月明かりだけになったことに気づく頃には少女の知らない場所まで歩いてしまっていたみたいです。
 「君はどうして一人なんだい?」
 上の方から声が聞こえる。そこには誰もいない。
 「君はひとりぼっちなんだね。」
 別の声も聞こえる。ケラケラと笑う声が上から降って来るみたいに感じて。ムッとした少女は、
 「笑わないでよ!私は一人じゃないもん。」
 と空に向かって叫んでしまいました。
 「ちゃんと声が出せるじゃないか。」
 また声が空から聞こえます。声の聞こえる方向にはお月様が佇んでいて、そして、その声はもっと楽しいところに連れて行ってあげるよ。と少女を誘うのです。
キラキラと輝くメリーゴーランド。楽しげな音楽に香ばしくも甘い香りのポップコーンの露店がそこには広がっていて、おっきなクマのぬいぐるみが少女のことを手招きして呼んでいます。
 「楽しい楽しい、遊園地だよ。一緒に遊ぼうよ。」
そう言うと、クマは少女の手を取りメリーゴーランドへと連れて行こうとするのです。貸切の遊園地、手にはいっぱいのポップコーン。少女の顔は少しずつだけれど明るいものへと徐々に変化していくのを木影からうさぎのぬいぐるみはそっと覗いていました。
 「ねえ、クマさん。あの子も一緒に遊ぼうよ。」
 そう少女が言うと、クマはウサギを手招きして呼びました。それからどれくらいの時間が経ったのでしょう。メリーゴーランドに観覧車、クリームたっぷりのおっきなケーキ。どんなに遊んでも、どんなにケーキを食べても誰も怒られない時間。
 それなのに、それなのに、
 「どうしてかな、涙が・・・溢れちゃう。」
 楽しいはずなのに、どうしてなのでしょう。少女の頬には涙がつたっていくばかり。クマさんも、ウサギさんも一緒に遊んでくれるけれど少女の心はどこかドーナツに空いている穴のように。すっぽりと何かが足りずにいました。
 「お母さん、お父さん・・・。」
 遊園地のど真ん中でうずくまってしまった少女が呟きながら小さくなってしまいました。すると、今まで煌びやかだった世界は月明かりだけの静かな夜へと変貌してしまう。それはまるで幕のおりた劇場のようで、そこにあるあかりは夜空に光る月だけでした。
 「楽しくないの?」
 また空から声が聞こえる。そこには大きな月が登っていて少女に語り掛けていました。
 「遊園地もケーキもいらない、お母さんに、お父さんに会いたい。」
 力なくつぶやく少女に月は、
 「君はひとりぼっちなのだ。」
 と
 「僕と同じ真っ暗な世界で独りきりずっといるんだ。」
 と捲し立てるのです。
 どれだけ泣いたのでしょう。少女が顔を上げるとそこは少女の部屋でした。部屋の片隅で小さくなる少女。
 カチャリと言う音が耳に入ると扉の方をぼーっと眺めた。
 「おいで、一緒に行こう。」
 古い記憶が蘇る。そこに立つのは優しいおばあちゃんの姿でした。背中を丸めたその姿は昔大好きだったおばあちゃん。少女が小学校へと上がる前にいなくなってしまったおばあちゃん。
 「おばあちゃん・・・お母さんもお父さんも私のこといないみたいにするの。」
 そう呟く少女を優しいおばあちゃんは抱きしめてくれました。
 「仕方がないんだよ。もう、別の世界にいるのだから。お母さんとお父さんにお別れを言う時間だよ。」
 と少女の涙を拭いてあげながら諭すのです。どうしてそんなことを言うのかわからない少女は大好きだったおばあちゃんを振り解いてリビングへとかけ出します。
 「ねえ、お母さん。ねえ、お父さん!」
 そう言いながら母に抱き着こうとするも少女の体はすり抜けてしまった。
 テーブルの上にある大きな包みに、少女の写真。それを見て少女は気づいてしまいました。
 ああ、私は死んでしまったのだと。
 うつらな目をしながら少女はおばあちゃんの待つ部屋へと足を向けます。扉の前に立ち止まると少女は、
 「ごめんなさい、いい子で居られなくて。でも、もう泣かないで。私も泣かないから。」
 そう言うと母がこちらを向いてくれました。
 「ねえ、あなた今、いや勘違いよね。」
 母親は少女の声が微かに聞こえたような、少女のことが見えたような、そんな気がしてならなかったのです。それに気づいた少女はえんえんと泣き叫びながら母親に抱きつきます。
 すり抜けてしまうのを分かっていてもそこに母親の温もりがあるように感じて泣きながら眠りについてしまうのでした。

Fin…


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