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キャラクターになりきるため 映画における「衣装」について

批評を独学している私による、ほぼ私のための超解説です。できるだけ噛み砕いたものを置いていきますので、興味のある方はどうぞ。

今回は映画の衣装について。 

脚本や演技に比べると付属的という印象は否めませんが、まずはこの言葉を頭に叩き込んでから。

「ファッションデザイナーは女性を美しく見せることが仕事です。でも衣装デザイナーは美しさ以上に演技に対する俳優たちがキャラクターになりきるために手助けするのが仕事です」

この言葉は映画衣装の第一人者イデス・ヘッド(1897年ー1981年)の言葉です。

映画における衣装の役割とその見どころをチェックしておきましょう。


映画における衣装とは 映画衣装の巨匠イデス・ヘッドの姿勢と功績

映画における衣装はキャラクター造形の一部です。時代背景やキャラクターの身分、生活環境、性格や人格を表しています。

さらに前述のイデス・ヘッドの言葉にあるように「俳優がキャラクターになりきるため」、言い換えれば「俳優が演じやすいように」という働きがあるのでしょう。

イデス・ヘッド(1897年ー1981年)

ぱっつん前髪に黒ブチ眼鏡がトレードマークのイデス。イデスは脚本を忠実に読みこんだうえで、演じる役者の欠点を感じさせないよな工夫を凝らしていたといいます。また予算をいかに抑えるかも考え、その裏方に徹する姿勢は多くの監督の信頼を集めました。

映画『汚名』でイングリット・バーグマンの衣装を手がけた以後、ヒッチコックはほとんどの映画でイデスを起用。

1948年にアカデミー賞の衣装デザイン賞が新設されて以後、8回の受賞を重ねた、まさに映画衣装の巨匠です。

映画『ローマの休日』

オードリー・ヘップバーンの『ローマの休日』(53)では、オードリーの普段の装いをそのまま生かしたブラウスをデザイン。『麗しのサブリナ』(54)の今や定番となったサブリナパンツや黒のタートルといったシンプルな衣装もイデスの手によるものです。

アカデミー賞授賞式でもイデスのデザインしたドレスを着用したグレース・ケリー。『喝采』(54)や『裏窓』(54)など、シンプルで洗練されたラインはグレースのクールな魅力を最大に表現しており、今見ても古さをまったく感じさせません。

60年代半ば”ミニ嫌い”のイデスは一時低迷するものの、『明日に向かって撃て!』(69)『スティング』(73)『華麗なるヒコーキ野郎』(75)など”古き良き時代”をお洒落に描くジョージ・ロイ・ヒル監督作品で復活。『スティング』では”男の映画”で初めてアカデミー衣装デザイン賞を受賞しました。

注目の衣装デザイナーと代表映画

ミレーナ・カノネロ(1946年ー)

映画『炎のランナー』

イタリア出身の衣装デザイナー。
出世作は『炎のランナー』(81) スポーツ賛歌ではなく、走ることに賭けた男たちのフォーマルな美しさを衣装で表現。まだスポーツが騎士道精神にのっとり、崇高さを象徴する”白”のウエアにこだわった時代であることを、様々なニュアンスの白で表現しています。

スタンリー・キューブリックの『バリー・リンドン』(75)ではウルラ=ブリット・ショーダルドンと共同で担当。18世紀を舞台としたこの作品。完璧主義のキューブリック監督らしく衣装製作だけで1年半もかかったというエピソードも納得の圧巻の衣装です。

近年はウェス・アンダーソン監督作品(『グランド・ブダペスト・ホテル』『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』)でも衣裳を担当。

サンディ・パウエル(1960年-)

映画『アビエイター』

イギリス出身の衣装デザイナー。
『恋におちたシェイクスピア』(98)『アビエイター』(04)『ヴィクトリア女王 世紀の愛』(09)でアカデミー賞を受賞。

『エデンより彼方に』(02)『ブーリン家の姉妹』(08)『キャロル』(14)『女王陛下のお気に入り』(18)などクラシカルで優美なイメージがありますが、ご本人はイギリス・パンク界に身を置いていたというのも興味深い。レッドカーペットでもいつもスタイリッシュです。

マーク・ブリッジス

映画『ジョーカー』

アメリカ出身の衣装デザイナー。
『ブギーナイツ』(97)『ザ・マスター』(12)『ジョーカー』(19)など世相を反映した作品の衣装を担当。

50年代のファッション業界を描いた『ファントム・スレッド』(17)でアカデミー賞を受賞。

コスチュームプレイだけではない現代劇での衣装の見どころ

映画賞の衣装部門ではコスチュームプレイ(衣装劇、歴史劇)の受賞が目立ちます。しかしそれ以外にも衣装が印象的な映画は数多くあります。

この映画といえばこの衣装、このファッションアイテムを集めてみました。

『アニー・ホール』(77)のアニー・ホール・ルック

ダイアン・キートン演じるアニーのファッションは”アニー・ホール・ルック”と呼ばれ大流行。シャツ、ネクタイ、ベストに2タックのチノパンというメンズライクな衣装ながら、アニーの奔放で掴みどころのない魅力を表現しています。

この衣装はダイアン自身の手によるもので、衣装担当は「あれはやめたほうが……」とウディ・アレン監督に助言したそうだが、「あれでいい。彼女の好きにさせて」というエピソードも映画『アニー・ホール』そのもので、好き。

『アメリ』(01)のゴツいブーツ

レトロガーリーなファッションが見どころですが、注目はその足元。ゴツめのブーツ(Dr.Martens?) 真似したくなります。

『トップガン』(86)『ハンター』(80)のフライトジャケット


映画『ハンター』

2022年の続編『トップガン・マーヴェリック』も大ヒット。『トップガン』と言えばG1フライトジャケットです。

前作公開時の日本では、劇中には登場しないより軽量なMAー1も大ブームに。そのMA-1といえばスティーブ・マックイーンの遺作となった『ハンター』(80)も必見。

『死亡遊戯』(78)『キル・ビル』(03)の黄色のトラックスーツ

映画『キルビル』

真似して街着にした人がいたかどうかはわかりませんが、インパクト大の黄色のトラックスーツ。サイドには黒のライン。それっぽいジャージやロンTを着たときに「なんかキル・ビルっぽい……」と思った人もいるはず、です。

いずれもどんなキャラクターなのかを充分に表現した衣装です。着せられている”衣装”ではなく、そのキャラそのものといえるでしょう。

では、最後にもう一度イデス・ヘッドさんのこの言葉を。映画衣装に関してこれ以上の言葉はないでしょう。

「ファッションデザイナーは女性を美しく見せることが仕事です。でも衣装デザイナーは美しさ以上に演技に対する俳優たちがキャラクターになりきるために手助けするのが仕事です」

今回はここまでです。

<参考文献>
『魅惑という名の衣裳』川本恵子 
『シネマクローゼット』高松啓二 
『映画技法のリテラシー』 1.映像の法則 2.物語とクリティック 
『映画編集とは何か 浦岡敬一の技法』
『アートを書く!クリティカル文章術』
『映画史を学ぶ クリティカル・ワーズ』
『現代映画ナビゲーター』
『シネマ頭脳 映画を「自分のことば」で語るための』
『Viewing Film 映画のどこをどう読むか』


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