見出し画像

『旅先のタクシー・1』

 この話は2022年2月3日にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。そのままここに掲載いたします。これは掲載第172作目です。

終電時刻が過ぎるまで酒場にいることがなくなって久しい。コロナ禍になってからは尚更だ。その所為かタクシーにほとんど乗らなくなった。

 都内は公的交通機関が発達している。地下鉄は本当に便利だと思う。僕の場合加えて歩くことが好き。駅一つもしくは二つ分くらい平気で歩く。こうなるとタクシーの出番は限られてくる。

 都内のタクシーの初乗り運賃が、規定が変わったのか、何年か前からいくらか安くなったようだ。確か700円台になったときに高過ぎると思ったのも乗らなくなった一因だ。それから、知らない人(ドライバー)と密室(車内)にいることが何となく苦痛に感じられるようになった。

 東京オリンピックを数年後に控えた頃、都内では懐かしさを覚える車体のタクシーが散見されるようになった。この何とも言えない懐かしさはどこからきているのだろうか? 旅先の思い出からだろうか?

 旅先でタクシーに乗る。最初に乗るのは海外の場合は到着時に空港から、国内は駅からの場合が多いだろうか。どちらでもファーストコンタクトとなる現地の人がタクシードライバーということも少なくない。

 海外の場合、到着後空港内の移動中に目にする景色や匂いに引き続き、タクシーの車内の清潔さ、ハンドルの位置、ドライバーの話す言葉などで異国を感じる。

 国内の場合は、ドライバーの話し言葉のアクセントや方言、車内の広告、ラジオから聞こえてくる話題に東京との違いを見る。そのときにもう旅先にいるのだということを感じる。

 タクシーでハッキリと外国を感じたのは、5歳のときに訪れたハワイだった。後部座席が足を投げ出せるくらい広くゆったりしていたことに驚いた。リムジンがタクシーになっていたのかもしれない。当時ハワイのタクシーは車種や車体の大きさが様々。幼かった僕は、当たり前なのだが、タクシーが外車だったことに驚いていた。車種はキャデラックかシボレーだったと思う。

 車体が街の景色に溶け込んでいて景色の一部となっているタクシー。これは間違いなくロンドンタクシーが一番。いや、ニューヨークのイエローキャブだというトラベラーもいるだろう。かなりいい勝負だが僕はロンドンタクシーに軍配を上げたい。

1987年の大学生のときにロンドンタクシーに初めて乗った。コンパクトに見える全体像からは意外なほど後部座席が広かった。運転席の背中のあたりに収納されている補助席を出せば、複数で乗車した際に対面に座れることに感心した。日本にはないこの座席の配置に外国を見た気がした。

 都内で散見されるようになった懐かしさを覚えたタクシー。その懐かしさはロンドンタクシーからきていた。

 ロンドンタクシーについて少々調べてみた。我々が「ロンドンタクシー」と聞いて真っ先に目に浮かぶあの車体は「オースチン・FX4」という車種で「BLACK CAB」という通称でロンドンの人たちに親しまれている。

画像1

画像2

ロンドンタクシーはやはり趣がありますね。ひと目でこれと分かるし。このミニチュアは2004年に購入した分冊百科に付いていたものです。

 2017年から電気自動車化がスタートした。僕が2012年のロンドン再訪時に乗ったロンドンタクシーは昔ながらの「オースチン・FX4」型の「BLACK CAB」だったことになる。

 電気自動車化で、車体も現代風になり、独特のエンジン音も消えてしまったのだろうか。ちょっとイメージできない。

 ビッグベンやウエストミンスターを背にして走るロンドンタクシーが現代の電気自動車・・・。トラベラー的には過去と現在のミスマッチというかアンバランスを嘆くのではなく、楽しめるようにならないと旅がつまらなくなってくるのだろうか。

 そういえばビッグベンのメンテナンスがまだ続いているようだ。ありえないことだが、メンテナンスが終わって囲いが外れて全貌が現れたビッグベンがアナログからデジタルに変わっていたら・・・。電気自動車になったロンドンタクシーが景色に落ち着くのだろうか。

 それから、ロンドンタクシーのドライバーになるのはかなり大変な様子だ。ノリッジテストというものを通る必要があり、この試験がかなり難しいらしい。

 ロンドンを訪れる度に購入する地図「LONDON AZ」はそこそこの厚さがある。きっとこの地図全部に加えて、近道もたくさん熟知しているくらいでないと試験は通らないのではと勝手に想像してしまう。

画像3

勝手な想像ですが各ドライバーさんはこれ一冊頭に入っていると思うと尊敬します。

 2012年のロンドン再訪の一日、前夜に辿り着けなかったベーグルサンドイッチのお店に翌日の昼間タクシーで向かった。乗車前にお店の住所を書いたメモドライバーに渡すと、よく見るというよりは一瞥しただけでゆっくりと頷いた。メモをこちらにサッと返して、乗ってくださいという合図をして正面に向き直った。

 後部座席に落ち着き、「凄いな。住所を見ただけで分かるんだな」と感心しているうちにBLACK CABはゆっくりと動き出していた。カーナビらしき機械は後部座席からは見えなかった。

 少々渋滞にはまりはしたがスムーズな道中だった。そのスムーズさに前夜お店に徒歩で辿り着けなかった悔いがさらに大きくなった。

 道に明るくない不慣れなタクシードライバーに当たって、平気で遠回りをされたことを都内で何度も経験した。こちらの行き先とナンバープレートの地名をよく見ないとこの大ハズレに遭う。ロンドンタクシーは観光客の僕が道に不案内だという足元を見るようなズルはしなかった。

コロナ禍とはいえ東京にはオリンピックで国内外から多くの人がやってきてタクシーを利用したはずだ。トラベラーが遠回りなどの嫌な目に遭わなかったことを望む。このご時世だからカーナビが防いでくれたと思うが。

 現代のロンドンタクシーにカーナビが付いているか否かは分からない。規則で付けているかも知れない。しかし、難しいと言われるノリッジテストを通ってきたドライバーたちは「ナビなんか要るかよ」という自負を持って今日もハンドルを握っている気がする。いまでも伝統のロンドンタクシーくらいナビなしであって欲しい。

 ロンドン再訪に想いを馳せている長い間に、想いが買いものにも現れていた。2004年に書店で見て即購入した「世界のタクシーコレクション」。シリーズで購入したのはロンドンタクシー編だけだった。

画像4

皆さんよくご存知のあの分冊百科のシリーズ。本文最初の2枚の写真のミニチュアはこれに付いていました。

旅のストーリーが「みんなのストーリー」に掲載されると、オリジナルの原稿を都度USBに保存している。使っているUSBはロンドンタクシーを模している。

画像5

画像6

これは結構いい値段だった記憶がありますが買いました。いまでも使っています。

2012年の再訪時にBLACK CABのミニチュアを購入。同じものが2つ手元に。お土産にも買った記憶がある。3つ以上購入したのだろうか。

画像7

同じものが2つ。予備で買ったのかお土産の渡し忘れかはいまとなっては・・・。

ロンドンタクシーに惹かれたのかロンドンバスに惹かれたのかいまとなっては知る由もないが、ミニチュアのセットも二種そのときに買っていた。ご丁寧に郵便ポストと電話ボックス付き。現在も未開封のままで眺めている。

画像8

ロンドンバスの話を書いたときにも載せたものです。今日の最新の車体を模したものが現在のセットには入っているのでしょうか? 現地へ行って確かめたいですね。

 この話のタイトルは最初「ロンドンタクシー」だった。書き進めているうちにロンドン以外の様々な旅先でのタクシーの思い出が蘇ってきた。それならとタイトルを変えることにした。

 2022年最初の投稿(2月の掲載を目指し1月に投稿)が幸先よく新シリーズの始まりとなった。

 国内外を問わず旅に出る。ローカルフードを楽しむ。これはというスノードームに出逢う。厳選したホテルのベルデスクにステッカーはあるだろうか。夜は部屋でゆっくりと絵葉書を書く。旅の記録もまとめる。

「旅先で食べたもの」「訪れた証」「Bell Deskにて」「泊まるなら」と各シリーズのストックはまだ十分にある。でも、そろそろコロナに勘弁してもらい、「在庫補充」の旅に出たいと思っている。新シリーズも始まったことだし。

追記:

1. 徒歩では辿り着けかったベーグルサンドイッチの話は『3,000円のベーグル』というタイトルで以前書きました、未読の方は合わせてご笑覧ください。


2. ロンドンバスの話は『旅先で幼い頃にかえる』というタイトルで以前書きました、未読の方は合わせてご笑覧ください。

画像9

「おとなの青春旅行」講談社現代新書                「パブをはしごして、青春のビールをーイギリス・ロンドン」を寄稿


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?