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『本を読んで・3』

 この話は2013年3月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第65作目です。

 どうやってこの本のことを知ったのか、未だに思い出せない。ストーリーが掲載されると、都度メールで友人・知人達に知らせている。そのメールには、前月からひと月の間に読んだ本の中で面白かったものを、「おススメ」として併せて載せている。本を紹介する時には、どんな内容か、どうやってこの本を知ったか・・・等を一冊につき数行で記している。

 その本も大変面白かったので、読んだ後で同様に発信したことは覚えていた。どうしてもその本との出会いが分からなかったので、発信したメールをチェックしたが、その本との出会いは記していなかった。何だか、旅先のその場所のことはよく覚えているのだが、行き方を思い出せない状況に似ている感じがした。現在読んでいる本が、次に、もしくは将来読むべき本を教えてくれるときがある。その本もきっと読んでいた本から教えられた一冊だったのだろう。

 その本とは、「ザ・ホテル 扉の向こうの隠された世界」  (ジェフリー・ロビンソン著・春日倫子訳 文春文庫)である。ロンドンの最高級ホテルといえば、リッツが真っ先に思い浮かぶが、この本の舞台であるクラリッジズも最高級で老舗である。イギリスが好きになって久しいが、この本を読むまでそのホテルの存在は全く知らなかった。顧客はロイヤルファミリーから国内外の裕福な方々まで様々だ。「一見さんお断り」的な伝統が無きにしも非ずなところもこのホテルの特徴であるようだ。

 この本はノンフィクションでありながら、小説的に書かれていて、さらに面白いのでテンポよく読める。結局翻訳だけでは物足らず、原書でも読んだ。それくらい面白い一冊であった。

 クラリッジズはどのくらいの料金で宿泊出来るのかを、ガイドブックやインターネットで調べてみた。ロンドンはただでさえ宿泊費が嵩むところなので、それ相当の覚悟をしていたが、やはり一見では敷居が(ロンドンのホテルに敷居はないだろうが)高いそれなりの値段だった。

 2012年の9月の終わりから10月の初めにかけて、約20年振りにロンドンに行った。もちろんクラリッジズには宿泊出来なかったが、是非見てみたいと思い、滞在中に出掛けて行った。

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クラリッジズのメインエントランス。(写真上)下の写真から、街並にとけ込みつつもその存在感を十分に示しているのがわかります。

 クラリッジズは、リッツがあり人通りも交通も多いピカデリーから奥に入ったブルック・ストリートにある。何かホテルの名前やロゴの入ったものでも記念にと思い、中に入った。少々圧倒されるような雰囲気だった。コンシェルジュのところへ行って、こちらの要望を告げるとギフトショップはないとのことだった。(宿泊客のみに対応しているかもしれないが)。本も原書は絶版になっているので、以前は置いていたが今はないとのことだった。その対応は全く見下ろされた感じはせず、満足のいくものであった。

 メインエントランスとは別に、デイビス・ストリートに面してバー専用の入り口があるのを見つけた。入り口横に掲げられていたメニューをみると、街中のパブとは違い、やはりそれなりの値段設定であった。クラリッジズは滞在していたホテルから歩いて数分のところにあったので、23ポンド(2013年2月末のレートで約3,200円)もするフィッシュ&チップスにはとても興味を持ったこともあり、ロンドン滞在中にそのバーだけでも立ち寄ってみようと思ったが、スケジュールの都合で叶わなかった。

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バーの入り口(写真上)とメニュー(写真下)。写真下の中央にフィッシュ&チップスが載っています。よく見ると、ハンバーガーやピザも、“それなり”の値段であるのがわかります。

 世界中に一度は泊まってみたいと、ずっと思っているホテルがいくつかあるが、本を読んだ上に、実際に訪れることが出来たこのクラリッジズもその一つに加わった。

 絶版となってしまった原書は、COW BOOKS南青山店の店長である落田さんに探してもらった。ハードカバーの表紙を捲るとサインらしきものがあり、手に取った時からずっと気になっていた。

 一日このストーリーを書くにあたり、著者であるロビンソン氏のウェブサイトを探して、そのサインらしきものを写真に撮り、問い合わせてみた。早速担当の方から、それは本物のサインであり、初版本であると丁寧なお返事をいただいた。

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      原書(写真上)と本物だったサイン(写真下)です。

 何だか大好きな本と憧れのホテルがグッと身近に感じられた。きっとこの本も、古書なので、いろいろなところを旅して私のところに辿り着いたはずだ。この本を手放すつもりはないので、この本の旅はもう終わり。しかし、いつか私の手元を離れる日が来るかもしれない。それまで私の手元がこの本にとって居心地の良いホテルであるよう大事にしたいと思った。


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