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『旅先で幼い頃にかえる』

 この話は2021年8月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第166作目です。

 Instagramで海外の好きな都市の風景を眺める時間が日に日に長くなっている。フォローしているもの以外にも同じ都市の風景がどんどん入ってくる。日々結構な量である。同じ場所の現在と過去を比較させてのものなど各投稿者が工夫を凝らしているのが伝わってくる。そこがまた面白くてつい時間を忘れてしまう。旅好きにぴったりの気分転換だ。

 ロンドンの風景の投稿にはロンドンバスが映っているものが多い。しかし、現在のダブルデッカー(二階建てバス)の車体は長距離もこなす観光バスのようである。二層構造であること以外は旧型のダブルデッカー(ルートマスターと呼ばれている)にあった「二階建てバス」の独特の趣はない。

 ロンドンバスといえばイギリス好きにはルートマスターのほうだ。「二階建てバス」といったら昔からこちらだろう。最新のダブルデッカーはまだ歴史が浅いロンドン・アイ(観覧車)との組み合わせには映える。ロンドンのシンボルであるビッグ・ベンと画面に収まりがいいのはやはりルートマスターのほうだ。

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「二階建てバス」といえばやはりこの型ですよね。「ルートマスター」と呼ばれていることをこの話を書く際に初めて知りました。

 幼い頃に手に取る本といえば車に関する絵本や図鑑ばかりだった。気に入ったものは本体から表紙が外れるくらい繰り返し見ていた。表紙が取れても繰り返し見た。

 ミニカーもかなり集めていた。片付けるために母親から与えられた洋服ダンスの引き出しのひとつにたっぷりあった。

 もともとは銀座にあった祖母の実家の天ぷら屋が東急文化会館(現渋谷ヒカリエ)の中にあった。数軒先に輸入ミニカーの専門店があった。親戚の天ぷら屋を訪れる度に食事そっちのけでそのお店からなかなか離れなかった。そうやって両親を困らせては一つ二つ買ってもらった。

 外国のミニカーはデパートのおもちゃ売り場に並んでいる国産のものより隅々まで垢抜けていた。幼いながらも気が付いた垢の抜け具合が幼心を鷲掴みにした。とにかく格好いい外国産が好きになった。

 振り返ると、外国のミニカーの格好よさに気付いたのが海外に目が向き始めたときだった。ハワイに行くのに初めてパスポートを手にした5歳のときよりも前のことだ。

 二階は座席のみ。建物に車輪が付いて走行しているように見えた「二階建てバス」に衝撃を受けた。外国って凄いなと幼心に思った。これが初めて受けたカルチャーショックだったかもしれない。  

 その頃手にした数々の外国のミニカーの中に「二階建てバス」ももちろんあった。赤い塗装が剥げて素地のシルバーが全体に出るまで遊んだ記憶がある。相当気に入っていたようだ。「二階建てバス」のことをロンドンバスとかダブルデッカーなんて言うようになったのは、大人になってロンドンで実物に乗ってからだ。

 旅行作家・蔵前仁一さんの近著「旅がくれたもの」を拝読した。本の中で蔵前さんが旅先で出逢って買い求めたものがカラー写真とエッセイで紹介されている。それぞれが惹きつけられるほどの存在感を放っている。手にしたもそれぞれに対する思い出と愛おしさ一杯のエッセイも秀逸だ。

 僕が勝手にずっと抱いていた蔵前さんの旅のイメージからその買いっぷりは意外で面白かった。どんどんページを繰っていった。こんなものも?と思うものもあったが理解できた。僕もこれまで旅先でいろいろと「買っちゃった」はあったので。

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「旅がくれたもの」蔵前仁一著 旅行人                既にお読みになったトラベラーも多いでしょう。

 非日常の空間である旅先では、普段の生活ではしないことをしてしまいがちだ。例えば日本では普段全く口にしないものを飲み食いしたり、ホテルの部屋にあったからと自宅にはないバスローブを着てみたり、普段買わないものを買ってしまったり。

 ほぼ料理をしない自宅のキッチンに備え付けの食器棚がある。その食器棚の一段にダブルデッカーのミニチュアが並んでいる。そこに並んでいるのは主に2012年のロンドン再訪時に購入したものである。

 大学二年生だった1987年の夏休みにイギリスのコルチェスターで4週間英語の研修を受けた。滞在中ロンドンへ出て行ったとき目の前を行き交うバスのほとんどが幼い頃に衝撃を受けたあの赤い塗装の「二階建てバス」だった。

 幼い頃塗装が剥げるまで遊んだミニカーの本物にそのときに初めて乗った。乗車するや否や迷わず後方へ進み備え付けの螺旋階段を上った。  

 階段を上りきった目の前に広がった二階の景色に目奪われた。ミニカーではわからなかった二階はこうなっているのかと思いしばらく立ち尽くしてしまった。

 迷わず一番前まで進み空いている座席に腰を下ろした。目線がこれまで経験したことがない高さになり、バスはロンドンの街を進んで行った。

  二階の一番前に陣取るのは観光客だけだと知るのはさらに数回その「特等席」を楽しんでからだった。「特等席」を卒業するとタブルデッカーと呼んでいることに気付いた。

 2012年のロンドン再訪は当時約20年ぶりの再訪だった。かつてないほどに「またしばらくロンドンに来ることができないかもしれない」

という思いが強く働きダブルデッカーのミニチュアをいくつも買っていた。

 この話を書く上で食器棚からダブルデッカーを全て出してきて並べてみた。眺めて真っ先に思ったのは、いい歳をしてこんなに買って・・・ということではなく、「ロンドンへまた行きたいな・・・」ということだった。

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2012年のロンドン再訪で買い集めたもの。現在も未開封で食器棚に。全てルートマスター型です。ユニオンジャック柄のものは、箱のハロッズのロゴも手伝ってか、いかにもロンドン土産という感じが気に入っています。

 その20数年ぶりのロンドン再訪を待つ間に都内で英国展やイギリスフェアなどがあると結構まめに足を運んでいた。イギリス関連の催しを訪れては買っていたダブルデッカーたちも並べた中にあった。

 箱に残っていた値札シールを見て愕然。結構いい値段だった。幼い頃に受けた衝撃や旅の思い出というのは金銭感覚をも麻痺させると言ったら少々大袈裟だろうか。所謂「プライスレス」というのはこういうこととわかった気がした。

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都内で催された英国展などで買い集めたもの。一番小さいものは本文一枚目の写真のために初めて開封しました。これが鉛筆削りだったことと一番大きいものは貯金箱だということは今回改めて知りました。忘れていたのではなくよく見ないで買ったのだと思います・・・反省。

 ロンドン再訪がまた叶ったときに備えてToDoリストを作っている。例えばホームステイをしたロンドン郊外のコルチェスターの再訪。これまで二度再訪しているが一時間ほどの電車の旅が楽しめるところが好きだ。再びパブ巡りをして最新のビール事情とパブフードをチェック。朝ごはんに本場のイングリッシュ・フル・ブレックファストを食べる。クラリッジスのバーで高級ホテル価格のフィッシュ&チップスを食べることなどすでに数多くのことがリストアップされている。

 ロンドンを訪れる度に買っている地図「London AZ」を片手に心ゆくまでダブルデッカーに乗ってみたい。歩くだけではわからないロンドンの様々な場所を車窓から眺めることもリストに加えなくてはと思っている。

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次回再訪時ルートマスター型が運行している路線を探し当ててロンドンを巡る際はこの三つは欠かせないでしょう。現在Oysterはアプリにもなっているそうです。

 ロンドン交通博物館(London Transportation Museum)もInstagramとFacebookでフォローしている。まだ訪れたことないここも次回再訪の際には訪れなくてはと思っているところだ。既にリストに追加してある。

 ロンドン交通博物館は結構な頻度でSNSへの投稿がある。地下鉄はもちろんバスに関しても保存しておきたくなるようないい写真が多い。観覧者参加型のプログラムもかなり充実している様子だ。

 博物館なのでやはりミュージアムショップがあるようだ。そこには財布の紐がだらしなくなってしまうほど様々な「二階建てバス」のミニチュアがかなりありそうだ。幼い頃の思い出を買うなどと美化して現地で散財している様子が目に浮かぶ。

 断捨離を続けているのに食器棚がおもちゃ箱になっては洒落にもならない。そう心がけながらもミュージアムショップのオンラインストアを「お気に入り」に加えてしまい目が離せないでいる。せめて食器棚の中の置き場所が「二階建て」にならないようにしなくてはと思っている。

追記:

1. 蔵前仁一さんの「旅がくれたもの」は書店ではなく、蔵前さんの出版社である「旅行人」のオンラインストアから購入しました。希望すると写真のようにサインを入れていただけます。興味のある方は「旅行人」で検索してみてください。「失われた旅を求めて」もお薦めです。

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2. イギリス、ロンドンに関してはこれまで22作書いていました。    「再会・4」「本を読んで・3」「3,000円のベーグル」「レコードジャケットに想いを馳せて」「右肘、左肘・・・?」「Chinatown(旅先で食べたもの・5)は二階建てバスのミニチュアを買い漁ったときと同じ2012年の再訪のときの出来事です。

3. ロンドンの話を二話寄稿させていただいた「おとなの青春旅行」が書店に並んで三年になりました。未読の方は是非ご笑覧ください。

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「おとなの青春旅行」講談社現代新書                                                            「パブをはしごして、青春のビールをーイギリス・ロンドン」を寄稿


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