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『週末ちょっと早起きして台湾』

 この話は2020年8月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第154作目です。

 7月も間もなく終わろうとしている頃にこれを書いている。東京の梅雨明けは月をまたぎそうだ。

 東京のコロナウイルス感染者数は連日200人台を保ち推移している。明日自分が感染してもおかしくはない状況となった。

 都内にある台湾の朝ごはんを専門にしているお店がずっと気になっていた。食べに行ってみようと思ったときにはコロナの影響でお店は営業を自粛していた。

 7月のある週末にそのお店のことを思い出しひとりで行ってみることにした。出かけて行く前に営業を再開しているかどうかをホームページ代わりになっているお店のFacebookでチェックした。

 午前8時開店だと思い込んで9時前に到着するように出かけて行った。お店が見えてくる前に遠目に人集りが目に入った。初めて訪れるそのお店に迷うことなく辿り着けたことがわかった。

 行列というか人集りを見てこのお店は間違いなく美味しいのではないかと思った。台北で朝ごはんを食べに行ったお店と同じような光景だったからだ。

 台湾の食に関する光瀬憲子さんの著書の中に、台湾で人集りがしているお店は美味しいという一節があったのを思い出した。そうそう、「人集り」と「行列」を上手く見分けられるようになると美味しいお店に出逢える率が高くなるのだった。これはトラベラーにとって結構大きなヒントだと思っている。

 メディアに出て評判になったお店の前にできているのが行列。ガイドブックには出ていそうもないお店を現地の人らしき人たちが囲むようにしているのが人集りということか。

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上の写真がその都内のお店の開店前の様子。下の写真は既出ですが台北で何度も通った朝ごはんのお店の様子。美味しい朝ごはんのお店の前の様子はそっくりでした。

 お店の開店は午前9時だった。土曜日に限り午前8時くらいから行列が出来ているときは整理券を発行するとのことだった。整理券はイートインの場合もテイクアウトの場合も発行される。

 店内で食べたい旨を受け付けのスタッフに告げて整理券を貰った。だいたい90分後になりそうだとのことだった。朝ごはんを食べに来たのに食べ始める頃はランチの時間が見えてくる頃になってしまう。土曜日で時間はあるし次はいつ来られるかわからないので待つことにした。

 整理券にQRコードがありそれをスマートフォンで読み込む。読み込んだ画面を見れば自分の前にあと何人いるかをリアルタイムで知ることができる。ひと手間かけて設定をすれば来店の合図をメールで知らせてくれる。待ち時間によってはその場を離れることも可能だ。

 ひと昔前ならメールがポケットベルだったなと思った。20数年前に訪れたハワイのアロハタワーにあるステーキハウスを思い出した。手渡されたポケットベルが鳴るまでアロハタワー内をブラブラすることができた。

 近くの公園で読みかけの本の続きを読んだり、LINEでいまの状況を友人たちに知らせたり、スマホに残っている台北で食べた朝ごはんの写真を眺めたり、お店の前の人集りを見たりして入店の知らせを待った。

 人集りやテイクアウトしたものを手に引き上げていく人たちから聞こえてくる話し声に中国語が少なくなかった。期待が高まった。

 ようやく店内に入ることができた。入口で手を消毒してショーケースの前のテイクアウトの人も並んでいる列の後ろに付いた。ショーケースの向こうは調理場でスタッフの方々が黙々と働いているのが見えた。いい感じで湯気が立っている。搾りたての豆乳から立っているのだろうか。

 食べるものは予め決めてきた。鹹豆漿(シェンドウジャン)という豆乳に酢、ラー油、醤油、ゴマ油、干しエビが入ったものに油條(ヨウティアオ。揚げパンのようなもの)をトッピングしたものと、焼餅(サオピン)

という台湾風のパンに薄く焼いたネギ入りの卵焼きとこれまた油條を挟んだものだ。

 並びながらメニューや焼き上がって綺麗に並んでいるいくつも種類がある酥餅(スーピン。お焼きのようなもの。)を見ているとだんだんと台湾に朝ごはんを食べに来ている気分になって来た。注文の順番が来た。メニューを指差しながら発音が難しいずっと食べたいと思っていたものを注文した。英語が通じない台湾の美味しい朝ごはんのお店と同じ状況だと思った。

 台湾の朝ごはんが好きな母へのお土産として数種類ある酥餅の中から二種類を選んでテイクアウトすることにした。イートインにテイクアウト。コロナの影響ですっかり普段使いのワードになった。

 ひとり用のテーブルに着いて注文したものが出来上がるのを待った。水をひとくち飲んで店内をぐるりと見渡した。イートイン用のテーブルは4人用が1脚。1人、2人用は数脚。10数人のイートインの客と列を成す5, 6人のテイクアウトの客で店内は満杯。大人数で食事に訪れたらかえって雰囲気が壊れるお店だなと思ったときに自分の整理券の番号が呼ばれた。

 席を立ってトレイに乗った鹹豆漿と焼餅を受け取りに行った。鹹豆漿をこぼさないように、ひっくり返さないように気をつけながら自分のテーブルに戻った。

 空腹だったがトレイに乗った鹹豆漿と焼餅をしばらく眺めた。朝ごはんを食べるためだけに週末に台湾へ行こうかと思わせたその朝ごはんが目の前にある。久しぶりの台湾の朝ごはんと空腹を刺激するいい匂いに自分が東京にいることを忘れた。

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待ちに待った朝ごはん。右が鹹豆漿(シェンドウジャン)で左が焼餅(サオピン)。焼餅(サオピン)からはみ出た油條(ヨウティアオ)はちぎって鹹豆漿へ入れました。

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鹹豆漿(シェンドウジャン)。食べる前に是非よくかき回してください。油條(ヨウティアオ)はしんなりしてから食べると美味しいです。

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再訪したときに焼餅(サオピン)をあえてお皿に盛って出していただきました。こんな感じです。胡麻の付いたパンは脆いのでこの状態だと非常に食べ辛いです。お店が出してくれる通り袋に入った状態で召し上がってください。油條は鹹豆漿にも入っているので次回は卵焼きをダブルにしてみようと思いました。

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台北で食べた豆乳と焼餅。この写真も再掲です。手前にあるのは飯團(ファントワン)という台湾のおむすびです。飯團以外はほぼ同じメニューです。見比べてみていかがですか?飯團は間もなくこのお店のメニューに加わるそうです。

 鹹豆漿を食べる前によくかき混ぜた。酢、ラー油、醤油、ゴマ油のいい香りが立ち込めてきて、豆乳が豆腐状になりしっかり味の付いた豆腐スープに変わった。

 ひとくち啜った。美味いったらなかった。パンからはみ出た油條をちぎって鹹豆漿に入れてから焼餅にガブリと喰らいついた。台北で食べたものと同じ味がした。東京にいることを完全に忘れた。再訪決定のお店となった。

 入店するまで待った時間の何十分の一にも満たない時間であっという間に食べ終えてしまった。足りないかなと思ったがかなり満腹になった。

 楽しく美味しかった台北での朝ごはんが鮮明に思い出された。しばらく思い出に浸りたかった。窓の外には自分の入店の順番を今か今かと首を長くして待っている人がまだまだたくさんいた。ここでもやはり長っ尻は粋ではない。次回の台湾再訪は「朝ごはん巡り」に決めたところで席を立った。

 台湾の朝ごはんを思い出すと真っ先に食べたくなるのは、台湾のおむすびといわれている飯團(ファントワン)だ。これはずっと食べたいと思って日本で探し続けているが食べられるところに出会えていない。家族や台湾好きの友人たちの中にも一番食べたい台湾料理は飯團だという人が多い。

 嬉しいことにこのお店が飯團を開発中であることをある日フォローしているInstagramで知った。7月に出たある雑誌の朝ごはん特集にその開発したものがお店で出る前に先に出ていた。再訪した際にその旨をお店のスタッフに聞いてみた。ある材料が台湾から届き次第始めると気持ちよく教えてくれた。

 材料が台湾から届くのを待っているところにお店の本気度が伺えた。日本で手に入るもので間に合わせることはしないのだろう。油條が香港と台北で食べたものより美味しかったのはそのせいなのかもしれないと思った。香港でも台北でもそのままで食べて美味しかった油條には一度も出会ったことがない。飯團がいまからすごく楽しみだ。

 7月の4連休中に二回再訪した。友人たちにそんなに美味しいのかと言われた。何度もよく行くねと呆れられたりもした。「それが何か?」という感じだ。こんなに美味しい朝ごはんを知らないなんて可哀想に・・・。

 香港の話の続きを書くつもりがまた違う旅先の話になってしまった。香港からなかなか帰れない・・・。

追記:                               1. お店の名前も場所もあえて記しませんでした。あそこではないかと思ったトラベラーの方、恐らくそこで間違いないと思います。この話を投稿する数日前に有給休暇が取れたので再訪しました。焼餅に油條を挟まないで卵焼きを二枚にしてもらいました。今後しばらくはこれにしようと思いました。

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2. 台湾の朝ごはんについてはこれまで二回書きました。        「旅先で食べたもの・1」「旅先で食べたもの・11」を未読の方は是非合わせてご笑覧ください。


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「おとなの青春旅行」講談社現代新書                「パブをはしごして、青春のビールをーイギリス・ロンドン」を寄稿


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