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【怪談屋02】滝本さんと白い霞

※音声配信など、朗読に限り使用自由です。

魂は上りて神となり、魄は下りて鬼となる。
そして、百の物語が紡がれし夜、何かが起こる。
私の体験を記したものや、知り合いになった人から聞いたこと、あるいは創作など。

Sさんの通う高校の同級生「滝本さん」は、少し変わっているところがある。

たまに、Sさんの顔と、足元を見比べるように視線を上下させることがあったという。
あまり話す仲ではなかったが、あるとき、たまらず話しかけた。
「どうかした?」
Sさんが問うと、滝本さんは他聞を憚るように声を潜めて、言いにくそうに話した。
自分は幽霊が見えるわけではないのだが、ときどき、そういう気配を感じるという。

誰もいないのに、影だけが見えたり、誰かの話し声が聞こえたり。不思議な体験をするそうだ。
そう前置きして、こう続けた。
「ときどき、Sさんの足元にね、丸くて小さくて、白いモヤが見えてて。ぴったりくっついてきてるの。悪いことがないといいのだけど」
心配そうに、彼女は言った。

Sさんはその言葉に、最初は首を捻ったが、すぐに、はっと思い当たった。

Sさんは3か月前に、飼い犬を亡くしていた。
11才のプードルで、死因は腎不全。急に元気がなくなり、行った先の病院で、腎臓が悪くなっていることを獣医に告げられた。
別れはその、10日後のことだった。

Sさんはまだ飼い犬との別れが受け入れられず、夜眠りにつくと、よく飼い犬の夢を見た。


そして朝に目を覚ますと同時に、もう会えないという現実に悲しみ、涙を流す。そんな日々が続いていた。

それを滝本さんに伝えると、ほっとしたように笑った。

「飼い主が寂しがってるから、心配してるのかな」

それから、滝本さんとよく話すようになった。
モヤが見えることを確認して、Sさんは足元の虚空を、愛おしく思いながら見つめた。

しばらくして、Sさんは徐々に、飼い犬のいない日々を受け入れられるようになり、また同時に、この世にあまり長く引き留めているのも悪いことのように思い始めた。

「足元のモヤ、見えなくなったよ」

と、滝本さんに言われたのは、ちょうどその頃だった。
Sさんの悲しみが癒えつつあることが分かったのか、それとも単なる偶然なのかは分からない。

それきりモヤは現れなかった。

今もときどき、飼い犬が夢に出てくるらしい。

でももう、目が覚めて寂しく思うことはなくなった、とSさんは言う。

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