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Another Terror 後編

February 2, 1897 /15:00:00
Endicott House, New York
The Past

彼……マンフレッドがエンディコット邸にやってきたのは、2月2日のことだった。
 エンディコット三世の在宅を見計らっての来客は珍しくなかったため、大抵その時間は使用人が玄関の近くに控えている。しかしその日は急な休みで使用人がおらず、彼のノックに最初に気づいたのは末娘のベアトリスだった。
「すみません」
ドアの向こうから聞こえたのは、明瞭で落ち着いた男の声だった。
扉を開くと、くたびれたスーツを着た若者が驚いたようにベアトリスを見下ろしていた。
両手に大量の書類を抱えている。
「どちら様ですか」
少女に迎え入れられたのが意外だったのか、彼は虚を突かれたように棒立ちになる。「いや……えっと。コーネリアス・エンディコットさんはいるかな」
彼の口調は落ち着いていたが、どこか焦っているような、もどかしいような雰囲気を感じた。まるで、大発見を発表する前の、学者のような。
「パパのこと?」
「ああ、そう。お父さんはいるかな」
「二階の書斎よ」
ベアトリスはメインホールの階段を示す。
ありがとう、と彼は言い残すと、そそくさと階段へ向かう。途中、階段の前の絨毯にひらりと書類の一部が落ちた。
「あ……」
ベアトリスが声を掛ける暇もなく、彼は姿を消してしまった。仕方なく、ベアトリスは書類を拾い上げる。
「真実の、冒険物語……」
それは雑誌の一部のようだった。挿絵に描かれているのは、威厳に満ちた髭面の男。ベアトリスは彼に見覚えがあった。
「ハイタワー三世!」
ホテルの創業時、壮大なパレードを催してニューヨーク中を魅了した人物。彼の冒険旅行の物語だった。
(あのハイタワーさんの知り合い?)
ベアトリスは雑誌を握りしめ、胸を踊らせて階段をかけあがる。父の書斎へ向かった。
書斎のドアノブに手を掛けたその時。
「ハイタワー三世の弱みを掴んだんだ!」
ドア越しに聞こえたのは、あの若者の声だった。
ベアトリスははっとして、ドアノブから手を離す。(弱み?)
そっと、扉に耳を押し当てた。二人のやりとりはごにょごにょと聞きづらかったが、どうやら父の新聞社に雇われたくて、あの若者はハイタワー三世の記事を持ち込んだらしい。
スキャンダル、不正、といった単語が聞こえた。
ベアトリスはゆっくりと扉から離れる。
そして、雑誌の挿絵に書かれたハイタワー三世の顔をじっと見つめた。
「いやな人たち……パパも、あの人も」
ハイタワー三世は、すごい人に違いない。
パレードを見て、ベアトリスは確かにそう感じたのだ。なのにあの二人は、彼を悪く言うばかりか、悪評を世間に広めようとしている。

何にせよ、とベアトリスは思う。
……真実は、この物語に書かれているはずだ。


September 20,1912 /04:00:00
NYCPS Office,Carlucci Building 3F
Present Day


 ベアトリスは事務所の古めかしい机に向かい、書類を作っていた。ツアーのエレベーターが停止した原因の調査書を市に提出しなければならない。
(そもそも、事故と呼べるほど大事でもない)
 エレベーターは誰も乗らない時間から動かなくなった。前日の点検で何がしかを怠り、切るべきものを切らず、あるいは点けるべきものを点けずにおいたから調子が悪かったのだと、そう自分に言い聞かせた。
 ――もう問題なく、全てのエレベーターは動かせる状態にあるのだから。


「よし、と」
 ベアトリスはタイプライターから指を離した。窓の外を見やると、空が赤らんでいる。
(朝……)
 座ったままうんと伸びをすると、タイプライターを机の隅によける。今度は机に額を着け、だらんと腕の力を抜いた。埃っぽい床に、華奢な指先が触れた。
 端から見れば死体のような姿勢であることは自覚していたが、疲労感には抗えなかった。
かたまってしまった指をぶらぶらと遊ばせる。
(余裕ができたらちゃんとしよう)
 日を見て掃除もしなければ。思えば、色々と先延ばしにしている。ハロウィンパーティーの企画は部下に投げたままであるし、コレクションのリストもまだ半分も埋まっていない。協会の組織としての課題も多く、いずれはきちんと仕組みを作らなければ。今のままでは漠然とし過ぎている。
 不意に、遊ばせていた指が椅子の脚にぴんと当たった。
「――痛い」


September 20,1912 /11:30:00
The Hotel High Tower, Park Place 1
Present Day

 ホテルハイタワーのエレベーター停止と、偶像の消失――あれから数日が経った。
  ホテルへ向かうと、マークがカミーラと共に入口に立っていた。彼は『休止中』と書かれた札を掲げている。マンフレッドが声をかける前に、マークはこちらに気付いた。
「ごめんカミーラ、ちょっと抜けるよ」
「抜けるって……まだあの記者とつるんでるの?」
 カミーラがこちらを睨む。マークは札をカミーラに押し付けると、親しげに歩み寄ってきた。

「やぁマニー。誠意を見せてくれたね」
「マニー……」
「機械点検で当分ツアーは休みだ」
 マークは肩をすくめる。マンフレッドはマークに、恐る恐る尋ねた。
「ベアトリスの様子は」
「会長?ああ、事務所で詫び状を書いてる。何組か、事前に招待してた客がいたんだ」
「そうか……」
「まぁ直ぐに落ち着くさ。あんたには借りを返さないとね」
 マークは懐から、二枚のチケットを取り出し、ひらひらと振ってみせた。
「……何の真似だよ」
「君の会社の隣にシアターがあるだろ。そこでやるコンサートのチケット。一番良い席を2つ取ってある」
 不敵な笑みのマーク。マンフレッドは両手を上げて制止した。
「いや、悪いけど、君と一緒に行く気は……」
「違う違う違う、口説いてるんじゃない。会長を誘えよ、このチケットで」
「ベアトリスを? なぜ」
「一回ゆっくり話し合えっていう僕の提案さ。もちろん、ハイタワーの話題は禁止」
 突拍子もない話に、マンフレッドは首を振った。
「来るはずない、彼女が」
「来るさ」
 僕を信じろ、とマークは笑った。
「僕にとっちゃ安いもんだが、無駄にするなよ」マークはチケットをマンフレッドの胸に押し付ける。「あと他の協会員に見られるな。君ははっきり言って嫌われてる」
 マンフレッドは苦笑して、チケットを受け取った。
「お互い様だろ」 

September 29,1912 /18:30:00 
New York Deli, Broadway 109
Present Day 

あれから10日もしないうちに、ツアーは再開された。機械系統の不具合は解消され、偶像は何事もなかったかのように、書斎へ戻ったという。
「この間の騒ぎのことなんだけど」
ツアーが再開された後も、マークとマンフレッドはこうして度々顔を突き合わせていた。
「あのあと、ツアーのシステムが変わったんだ」と、マークは言う。
「変わった」
 ああ、とマークは頷いた。
「じつはあれ以前から物の場所が変わることがあってね。どこの誰が物を動かしてるのか知らなかったけど、誰も気にしなかった。でもあの日以来、物品の管理が厳しくなった。担当者はエリア制になり、エントランス担当、ロビー担当、待合室・書斎担当、というように、自分の割り当てられた場所は自分の責任で守るしくみになったんだ。もちろん、物の管理もね」
 それで、少なくともツアー中に物が勝手に移動することはなくなるものと思われた。だが、そうはならなかったのだ、とマークは言う。
「続いたんだ、相変わらず。協会員が目を離したほんの数秒の間に書斎の竜の置物は消え、倉庫の床に現れた。柱の上に置かれたはずの偶像は何度も消えたし、誰かが走り去る足音を聞いた者もいる」
「その人たちから話を聞けるかな」
「いなくなったよ。気味が悪いってさ」
「……会長はそのことを?」
「知ってる。誰かの悪戯だと言って聞かないけど。でも彼らの話が本当なら、人間業じゃない」
 マークはマンフレッドをひたと見た。マンフレッドは深く、頷いた。それは、今まで続けてきた調査が認められる日が近いことに、確信と言える確かなものを初めて感じたからだった。

September 29,1912 / 20:55:00
The Hotel High Tower, Park Place 1
Present Day

「もう遅いです、戻られては」
「いえ。もう少し」
「……では、鍵を」
 ベアトリスは鍵を受けとると、小さく微笑んだ。
「ありがとう、カミーラ」
 エントランスから出ていくカミーラを見届け、ベアトリスは書斎へ向かう。途中、冒険旅行の写真が飾られた小さな部屋を通った。
ヨーロッパやインド、エジプト。そこに飾られた写真はハイタワー三世が辿った栄光の旅路を示す証だ。無論、小説の内容は誇張されている。そんなことはわかっている。
 だが、他の誰が、現実にこれだけの美術品を集めることができただろうか。
(なぜ、わかってもらえないのかしら)
ツアーを始めた当初、協会は活気に満ちていた。ベアトリスを信頼している資産家は多く、多額の寄付金が集まった。従姉妹のアイリスの手を借りてようやく協会を発足し、手続きを終え、ホテルを保護下に置いたとき、「自分は正しいことをしている」という確かなものをベアトリスは感じていた。
 しかし、相次ぐエレベーターの不具合。そして物品の勝手な配置変更。──今となっては全てが自身の無能の証左のように思える。
 現実に、機器の点検によるツアー休止が長引き、協会の支持者には不信感を抱くものも出始めた。
(あなたなら、どうするのかしら……アイリス)
思うように人員が集まらず、くじけそうになったベアトリスを支えたのは、従姉妹の励ましだった。しかし今、ここに彼女はいない。この壁は自分の力で越えなければ。――自分の力で。
重い足取りで、書斎の扉を潜る。
机には蓄音機、ドラゴンを象った小物の数々。ステンドグラスのハイタワー三世が、ベアトリスをじっと見下ろしていた。
 ほんの数ヶ月前、13年間放置されていた廃墟を少しでも営業当時の姿に近付けようと、ベアトリスは必死だった。
 ゴシック様式の柱には、シリキ・ウトゥンドゥが静かに鎮座している。
(……呪い)

September 29,1912 /18:30:00 
New York Deli, Broadway 109
Present Day 

 ニューヨーク・デリは、店内の一部が元々衣装スタジオだった部屋を改装した場所にあるため、内装が独特だ。壁一面に掛かった衣装をぼんやりと眺めながら、マンフレッドは今日会ったキブワナの証言を思い返していた。
(ということは、やはり)
 エンディコットの従業員名簿を頼りに会いに行ったあの眼光鋭い若者は「あの」キジャンジだった、ということだ。


「まだ作業がある。少ししたら出直してくれ」
 キブワナ・キジャンジはマンフレッドの名刺を暫く眺めた後、そう言って船に石炭を積む作業に戻った。彼の様子は少しくたびれたふうに見えた。衣服は長時間作業のために汚れ、髪を手入れする暇もないのか、ひどくボサボサに絡まっている。埠頭を見渡すと、周りの従業員も皆同じようだった。
 仕方なく、マンフレッドは埠頭にある、石炭を積んでいる船尾のすぐ傍らのベンチに腰掛け、彼を待った。
 日差しは柔らかい。埠頭に吹く風は潮を含んで重かった。
(彼は、何を求めてNYへ来たのだろう)
 どこか憔悴したような雰囲気の中でも、キブワナの眼光は鋭かった。彼を育んだ部族……ムトゥンドゥ族は、コンゴ・ロアンゴ遠征中のハイタワー三世にシリキ・ウトゥンドゥを奪われ、まもなく滅んだと聞いた。
 当時部族の長だった彼の父親と、ハイタワー三世の二人が写った写真が今も残っている。
 写真に写った父親の眼も、ギラギラと光っていた。ハイタワーに対する憎しみのためか――あるいは。
「話って何だ」
 キブワナはマンフレッドの隣に座ると、無愛想に言った。二十代半ばぐらいだろうか。体格がよく、上背のある若者だ。
「お手数をお掛けします。単刀直入にお聞きしますが、シリキ・ウトゥンドゥについて、知っていることを教えていただきたい」
 全て、とマンフレッドは言葉を重ねる。キブワナは宙を見て、唸るように息を吐いた。まるで予想通り、とでも言いたげに。
「話すことは何も無い」
「些細なことでも構いません。あの呪いの偶像と、あなたの部族との関係で思い出せることがあれば」
「……『彼』はおれ達の守り神だった。たぶん、いちばん永い間『彼』に仕えていたのはおれ達だと、そう、父から聞いた」
 キブワナの「仕える」という表現に、マンフレッドは部族と偶像の当時の関係性を垣間見た。シリキ・ウトゥンドゥのもたらす恵みや守護は、常に信仰と引き換えなのだ。
「ハイタワー三世のことは、覚えていますか?」
 キブワナは首を横に振った。
「あまり覚えていない。思い出そうとすると、記憶が霞がかるんだ」でも、とキブワナは続ける。「『彼』がいなくなった後、火を囲んでの宴があったのを覚えている。火を見たのはそれが初めてだった」
 マンフレッドはキブワナの言葉をメモに書き留めながら頷いた。
「ムトゥンドゥ族は火を使わない部族でしたね。少なくとも『彼』が集落を守っている間は」
 キブワナは瞬いた。
「そうだ。『彼』は、火が嫌いだったから」
 守り神を喪った部族が唐突に始めた宴。そしてその宴には、タブーであるはずの火が使われた。守り神の嫌っていたはずのものだ。
「……集落の中で、偶像を手放したがっていた者はいましたか」
 マンフレッドが訊ねると、キブワナは苦笑する。
「あんた、おれが言わなくたって知ってるじゃないか。何でも」
 「まぁ、調べましたから……長いこと」
「『彼』と手を切りたがっていた者は、多かったんじゃないかな。子供の前では、誰もそんな様子を見せなかったけど、おれは何となく感じていた。大人たちの……畏怖を」
  そう言うと、居心地が悪そうな顔をした。突然、視線が泳ぎ始める。
「どうしました」
 マンフレッドは訊ねた。
「ああ……なんで」キブワナは悪寒に堪えるかのように身をすくませる。「なんで今更……ああ」
 キブワナの様子が明らかに可怪しかった。
「この話は……ここまでにしてくれ」
「何故です?」
「『彼』が……」
狼狽したようにキブワナはベンチから立ち上がり、マンフレッドを振り返った。見開かれた眼が、怯えたようにこちらを見ている。
 低い語調で、キブワナは言った。
「『彼』がこっちを見てる……!」


マンフレッドはテーブルに資料を広げていた。
 ――キブワナのあの様子はなんだったのだろう。あれから少しインタビューを続けると、曾祖父が偶像を手にした経緯を覚えている限り話してくれた。彼の曾祖父もまた、偶像を捨てようとした罪によって裁かれたらしい。死の恐怖を、永遠に繰り返すことになったという。

あの場にはキブワナとマンフレッドの二人だけであるのに、終始ひどく他聞を恐れるような素振りでインタビューを終えると、「礼はいい」とだけ言ってキブワナは姿を消した。
(悪いことを、しただろうか)
 生まれた場所を捨て、NYで再起を図ろうという若者にとって、今日のマンフレッドの取材は決して歓迎できるものではなかったはずだ。
――何か、嫌な記憶を思い出させてしまったのだろうか。
 考え込んでいると、不意に声を掛けられた。
「今日はテラスじゃないんだな」
 顔を上げると、マークがテーブルの向かいに座ってきた。「パーティーの打ち合わせが終わったんで寄ったんだ。お邪魔かな」
「……いや」
 マンフレッドはマークの前にまで広がった資料を、申し訳程度にまとめる。
「ちょうど、聞いたことを整理していたところだ。……ひょっとして、探させたか」
「ううん。『資料を広げて一日中テーブルを占領してる客はいるか』って聞いたら、店員がここを教えてくれた」
「一日じゃなく半日だけど」
「それより、何かわかった?」
 マンフレッドは少し悩んで、首を横に振ってみせた。
「ぼちぼちかな」
マークは息を吐く。
「そっか……」
「でも、あの部族が呪いを信じ、それゆえに偶像を手放したがっていたのは確実だ」
「アレの呪いの恐ろしさを知っている者なら、自然だよ」
「そう思うか?」
 マンフレッドの問いに、マークは頷く。
「僕らのやってる『恐怖のホテルツアー』だって、ただの人集めの文句だ。目的は啓蒙活動だし、呪いを見に来るつもりでツアーに参加する人はいないよ。……あんまり」
「じゃあ、この男は特別だな」
 そう言ってマンフレッドがファイルから取り出したのは、ある似顔絵だった。山高帽を被り、つぎはぎだらけのコートを纏った老人。
「誰だい、これ」
「……僕は長いこと、この男を探してる。目撃証言をもとに、地図に奴の行動範囲もまとめてみたんだ」
 言葉の通り、広げてあったNYの地図には赤い×印がいくつもある。彼が目撃された場所だろう。マークは何かに気が付いたように、両の眉を上げた。
「あー、君がこの男を探してるのって、どうやら取材のためじゃなさそうだね……」
 マンフレッドは頷く。
「こいつの名はアーチー。かつてはホテルハイタワーの料理人で、ブルックリン在住だと、会った人間には言っているようだ」
「でも実際は違う」
「そう。正体はコイツだ」
 マンフレッドが取り出した写真。それを見て、マークはまさか、と声を上げた。
「こいつ、ハイタワーの旅の写真でよく脇にいる小男じゃないか」
「名前はアーチボルト・スメルディング。ハイタワー三世の従者だった男」
「あの、事件の夜に失踪したっていう」
「彼は事件の夜、僕と一緒にいたんだ。そして、ハイタワー三世の最期を目撃した。問題はその後、アーチーと名を変えてベアトリスに接触し、保存協会の立ち上げを提案したことだ」
「……嘘だろ」
「事実だよ。協会のツアーによって多くの人間が呪いの偶像と関わりを持ち、危険にさらされているこの現状。作り出したのはスメルディングだ」 


New York Globe Telegraph
1912年10月10日号
「ベアトリス女史、ハイタワーコレクションの出品を否定」 

今月末にウォーターフロントパークで行われるハロウィンパーティーにおいて、オークションが同時開催される旨を記した広告が出回っていることに関し、主催のニューヨーク市保存協会会長、ベアトリス・ローズ・エンディコット女史が8日にコメントした。彼女のコメントでは「今回行われるオークションは協会の活動資金調達のため恒常的に行われているチャリティ・オークションの一環に過ぎず、決してハイタワーコレクションを出品する意図が有るものではない」とし、同時に多くの人に誤解を与える表現であったと謝罪の意を示した。
ハイタワーコレクションといえば、かの有名な資産家であるハリソン・ハイタワー三世が世界各地から収集した文化的価値の高い品々だ。ホテル・ハイタワーに保管されているそれらが今回、オークションに出品されるとも受け取れる広告が数日前から出回り、話題を呼んだ。
しかしエンディコット女史によれば、オークションとは、協会が度々行っていた会員からの寄付を元手に資金を得るだけのもので、パーティーで御披露目をするハイタワーコレクションとは全く無関係なのだそう。
とはいえ寄付によって集まった品々はコレクションに負けず価値のあるものばかりなので、ぜひともオークションには参加して欲しい、と笑顔で付け加えた。

October 10,1912 /12:30:00 
New York Deli, Broadway 109
Present Day 

いつもはホテル・ハイタワーに関する資料を広げていたテーブルだが、今朝はコーヒーと新聞が一部、広がっているだけだ。
マンフレッドは見出しを眺めて苦笑を浮かべる。
(あいつ、怒られただろうな)
スメルディングを誘き出す、と不敵に言い放ったマークが一体どういうつもりなのかを知ったのは、ほんの数日前のことだった。
『ハロウィンパーティー開催 ついに陽の目を見るコレクションの数々!オークションを同時開催』
なるほど、とマンフレッドは思った。ハイタワー三世の存在の証であるハイタワーコレクションがオークションに掛けられてしまう。そうなれば、必ずスメルディングが行動を起こすとマークは考えたのだろう。説明はあったものの、オークションに掛けられる可能性がゼロではない以上、少なくとも、ベアトリスには直接、確認したがるはず。
マークは協会で広報をやっていた、とマンフレッドは記憶していた。
うまくいけばスメルディングが、パーティー会場に現れるかもしれない、ということだろう。
マンフレッドはコーヒーを飲み終え、カールッチビルの三階を見やる。 恐らく今頃、尋常ではない問い合わせに対応しているのだろう。ベアトリスが事務所から出てくる様子は無い。
一応気にしてはいるが、あれから彼女の周囲にスメルディングが姿を現したことはない――今のところは。


September 29,1912 /19:00:00 
New York Deli, Broadway 109
The Past

「呪いの存在を知っていて、かつあの事件の目撃者であるという点で、君とスメルディングの立場は平等と言える。でも君が人々を呪いから遠ざけようとしたのに対して……奴は人々を危険にさらすことを選んだ」
 マークの言葉に、マンフレッドは頷く。
「そこで君は、わずかな目撃者をたよりにマンハッタン中を探し回ってるってわけ。僕だったら別の方法を考えるけど」
 マークが不敵に笑う。「思い付いたことがある」
「君を巻き込みたくない」
 何を今更、とマークは笑った。
「充分僕は深入りしてる」
 マンフレッドも苦笑する。
「それもそうだ」
 ところで、とマークはマンフレッドを見た。
「彼を見つけてどうするんだ? 話を聞く限りじゃ、仲良しにはなれなそうだけど」
「呪いの存在を認めさせ、ツアーを止めさせる。たとえ脅してでも」
「なるほど。それじゃまず、ハロウィンパーティーの広報にちょっと話をしないと」
 何をする気だ、とマンフレッドはマークを見た。マークは短く答えた。
「奴をおびきだすんだ」

One day/--:--:--
The Hotel High Tower, Park Place 1
The Past

秘密の倉庫の奥深くに、アーチー──スメルディングは新たに居住スペースを構えていた。以前使っていた部屋はツアーの開始に伴って使えなくなっていた。薄暗い物置のような部屋で決して居心地のいい場所ではなかったが、他に選択肢がなかったのだ。水路が近いわりに湿気は少なく、偶像のある書斎までは少し歩くものの、客室を使うよりは都合が良い。
スメルディングは埃っぽい床に腰かけると、路上で受け取ったチラシを上着から出してぼんやりと眺めた。
『ハロウィンパーティー開催 ついに陽の目を見るコレクションの数々!オークションを同時開催』
ニューヨーク市保存協会主催、とある。スメルディングは眉をひそめた。
ベアトリス──ハイタワーに強い羨望の念を抱く女性に入れ知恵をし、ニューヨーク市保存協会を設立するまではよかったのだが、そこからどうも思わぬ方向へ向かい始めた。
(オークション)
コレクションを売りに出す気はない、とベアトリスは言っていた。だが、本当にそうだろうか。彼女に会って詳細を聞き出したい気持ちに駆られた。けれども、今の自身の状況を考えるとあまり迂闊には動けない。以前の居住スペースを退去したことも考えると余計に、だ。
(どうしたものか)
ひとつ、心当たりがあった。カミーラと名乗ったあの女。
夜中にスメルディングが倉庫を彷徨いていたところ、声を掛けてきた協会員。内密にすることを条件に、ハイタワーコレクションのひとつひとつを解説してやった。カミーラなら何か知っているはずだ。何となく、このパーティーにはあの女が関わっている……そんな気がしたのだ。

October 10,1912/18:00:01
New York Deli, Broadway 109
Present Day

何日か経って、マンフレッドはマークからハロウィンパーティーの題材について聞いた。どうやら仮面舞踏会をテーマにするらしい。ヴェネツィアを発祥とするこの形式のパーティーは、身分・素性を隠した参加者たちが仮面を着けて行うものだ。仮面によって模糊となった互いの認識は、参加者の行動や言動をより大胆なものにすると聞く。
仮面によって、人の本性が現れる――という言い方をする者もいる。

「会長から司会進行の役を仰せ付かったよ。チラシに文言を一言付け加えただけだっていうのに、あんまりだ」
マークは言うと、テーブルに項垂れた。
「司会進行? それはまた、大役だな」
マンフレッドが他人事のように言うと、マークはそんな場合か、と渋面を見せた。
「おかげで僕はスメルディング探しを手伝えなくなった。悪いけど君一人で頼むよ」
ああ、とマンフレッドは頷いた。「ここまでお膳立てしてもらったんだ、なんとかやるさ。それよりいいのか、司会の練習もあるだろう」
「よせよ。こっちの方が何倍も面白い」
「面白い、ね」 
「見てよこの、カボチャスーツ。酷いもんだろ」
言って、マークは衣装の絵を取り出した。ハロウィンらしく、オレンジと紫の配色が派手な衣装だ。
「……その、華やかだな」
「おまけに組むのはカミーラときた」
それだけでも憂鬱だ、とマークは苦笑した。

October 29,1912/13:55:00
New York Deli, Broadway 109
Present Day

ハロウィンが近い。
明るく、暖かな日差しに包まれた季節が終わりを告げ、薄暗い、肌寒い季節がやってくる。古代に生きた人々はこの時期に、現世と霊界の境界を越えた「魔」が、先祖の霊と共にやってくると信じていた。
そして、その「魔」を祓うために仮面を着けたとされている。
 ホテルの前では、コレクションを運び出す協会員たちがせわしなく往来していた。両手で抱えられるものならばまだいいが、中には10人がかりで運搬する彫像もある。
 広告効果を狙ってか、協会員は皆仮面をつけて作業に当たっている。
コレクションは準備のために閉鎖されたウォーターフロントパークへ搬入され、ハロウィンの装飾とともに公園を彩った。
「ほんとうに来るんですか、その……アーチーって人」
公園脇のベンチで、後輩記者のボブキンズと共にマンフレッドは搬入の様子を眺めていた。
「正直に言ってわからない。だが、このパーティーが奴にとっていち大事なのは確かだ」
「コレクションが競売に出されるかもって話ですか」
マークが仕掛けた広告にスメルディングが乗るかは定かでない。それを確かめるために、本当を言えばマークの助けが欲しかった。しかしマークがパーティーの司会となる以上、今回ばかりはボブキンズの助けを借りるより他ない。
「……と。あれは会長ですかね」
司会が立つステージにベアトリスの姿が見えた。仮面を着けていたが、白のドレスに見覚えがある。
あのドレスは、協会発足の日のスピーチで彼女が着ていた。
ステージに上がり、案配を確かめる彼女の姿を目で追う。
と、ステージの脇にも見覚えのある人影があった。仮面を着けた、天然の金髪の男。
「悪い、少し待っててくれ」
マンフレッドはボブキンズに言い残し、協会員のもとに駆け寄る。
「マーク」
言って、マンフレッドははっとした。ステージを見ていた彼は振り向き、仮面を外す。──別人だった。
「ああ、申し訳ない。人違いだ」
彼の名札には「マスカーラ」と書かれている。上背や雰囲気が似ていた。彼はいえ、とマンフレッドに返し、そそくさとステージ裏の暗闇に消える。
「知り合いですか」
後ろからボブキンズが来ていた。マンフレッドは首を振る。
「どうやら人違いだ。仮面越しだと、誰が誰やら」
「ちょっと。そんなんで当日、アーチーの奴を見付けられるんですか」
「いれば分かるさ……たぶん」

October 31,1912/19:35:00
Water Front Park, New York
Present Day

パーティーが間もなく始まる。
招待客は先にステージの近くの席をとり、残りのテーブルを一般客が順番に埋めていく。マンフレッドが通信社のデスクに向かって帳面をためつすがめつしていたせいで、社を出たのが夕刻になった。
見上げると、ひらけた公園の空をコウモリが飛び交っていた。
マンフレッドは報道関係者として先に会場にいたボブキンズと合流した。
「活気がありますね」 
ボブキンズが感心をあらわにしている。
公園を囲むようにハロウィンのカボチャの飾りが並び、ロープの簡単な柵で囲まれたハイタワーのコレクションが設置されていた。ステージの上にも、ハイタワーコレクションが並んでいる。園内にいくつも置かれた丸テーブルに乗った、装飾用の花々と料理。
芳しい料理の香りと明るい照明の中を、高揚した面持ちで流れていく男女達。そのいずれの顔にも仮面が着けられていた。
「今回ばかりは、ウェイターは勘弁してほしいね」
マンフレッドの軽口に、ボブキンズは苦笑した。
言いながらも、マンフレッドの眼は会場の隅々までをも見回していた。ふいに、青い鮮やかな仮面を取り出し、会場へ繰り出す。
「ちょっと見て回るよ」
「え?ストラングさん、なんすかその仮面。え、え?」
「今日のために用意した」
ドレスやタキシード、雑踏の間を縫うように移動し、マンフレッドは周囲の人々に眼をこらした。協会員たちが、照明にゆっくりとヴェールを被せるのが見えた。
会場が薄暗闇に包まれる。
「皆様、ハロウィンフェスティバルへようこそ!」
ステージの上から男の声がした。目をやると、そこにはカボチャスーツの男女が二人、ステージの上に立っていた。
「我々は本日の進行を務めさせて頂きます、ニューヨーク市保存協会のマーク・オーメンと」
「カミーラ・カーメンです」
「どうぞ、よろしく」
会場に拍手が流れた。
マンフレッドは苦笑した。存外、さまになっている。あれほど厭がっていてカボチャの衣装を着こなし、凛とした佇まいで司会の挨拶をしていた。
案外、そういうものなのかもしれない。
すぐに視線を戻し、再びマンフレッドは周囲の人間に眼を光らせた。マークの司会ぶりに興味が無かった訳ではないが、今はやることがある。

ステージでゲストの紹介が始まった。
会場の隅まで来た時、マンフレッドはふと、違和を覚える男の姿を捉えた。
連れはいない。
事務職然としたスーツの男がひとり、ステージを見ていた。食い入るように見ているようで、どうも眼だけは周囲の様子をしきりに気にしている。仮面の向こうにある、細い目。すぼめたような小さい口の上には、かろうじて整えられた風の髭が生えていた。
(あの男は)
マンフレッドは近付いた。男がこちらに気付く。マンフレッドは一瞬の逡巡の後、声を掛けた。
「すみません」
少しのあいだ目が合った。
が、すぐに男は身を翻す。会場の出口へ向かっている。
「待て!」
マンフレッドは駆け出した。


October 31,1912/19:42:42
Delancey Street, New York
Present Day

男――アーチーは会場を出ると、ますます足を速め、すぐ脇の小道へ曲がっていく。アーチーの曲がった道へ駆け込むと、さらに先の角を曲がっていく姿が見える。それを追い掛け、角を曲がり、マンフレッドは足を緩める。
小道の先は休業中のニューヨーク・デリの入口。
行き止まりだったのだ。
「アーチー」
肩で息をしながら、マンフレッドは言った。
アーチーは仮面を剥ぎ、扉を背に持たれながら、懇願するような顔でこちらを見た。
「わ、私が、何をしたというのだ。君はいったい」
「あのツアー」
マンフレッドはアーチーの言葉を遮る。「あなたの指示で行われている、ホテルツアー。あれはいったい、どういうつもりで」
マンフレッドの言葉に、ああ、そうかとアーチーは眼を見開いた。
「そうか……そういうことか。君は、あの時の」
「ええ。ウェイターですよ。13年前のホテルにいた」
「嗅ぎまわっている記者というのは君だったか。さすがに随分と、事情に詳しいんだな」
「あんたをずっと探していたんだ、アーチボルト・スメルディング。私の姿を見て逃げ出したことからも、ある程度は追われる心当りがあるようだが」
マンフレッドの言葉に、アーチーは苦笑した。
「歳なのでね。後ろ暗いことの一つもあるさ」
「それはそうだろうね。ニューヨーク市民の多くを、危険な偶像の呪いに晒している」
呪い、という言葉にアーチーの表情が強張った。やはり、とマンフレッドは思った。
(やはり、虚妄などではなかった)
呪いは実在したのだ。だとすれば。
「お前はあの夜にあったことの一部始終を知っている。ならば何故。いったい何の目的で、あのツアーを開かせた」
無知なベアトリスを傀儡のように利用し、ニューヨーク市民を危険に晒した。その目的は何なのか。
「……ふん。何を言うかと思えば。偶像の呪いなど、存在するはずがない」
アーチーは口の端を歪めて笑う。いつかのハイタワー三世のように。
と、再びアーチーの顔が強張った。目が泳ぎ始め、体ががたがたと震えている。
「……どうした」
「ち、ち、違います!あなたのお力を否定するつもりは無いのです!お許しください!」
アーチーの言葉にマンフレッドは眉をひそめる。支離滅裂な内容だが、この様子には見覚えがある。
(あのときの、キブワナと同じ)
アーチーは今、見えない誰かに恐れを抱いている。
「うわぁぁぁぁ」
ふいにアーチーは駆け出した。マンフレッドは突き飛ばされ、その場に倒れる。
「くそっ」
すぐに身を起こすが、袋小路の入口までアーチーは辿り着いていた。逃がすものか、と思った時、アーチーの体を壁に押さえ付ける、別の人影があった。
「やっと捕まえた本星を手放すなって!」 
月明かりに照らされたその顔を見て、マンフレッドは眼を見開いた。逃げたアーチーを捕まえたのは、マークだった。
「マーク、何してる。パーティーは」
「そんなことより」
マークはアーチーを示す。
「訊きたいことを訊くのが先だ」
「それはそうだが」
「なぁ、アーチー」
マンフレッドが訊く前にマークが言った。
「あのホテルを使って、きみは何かをしようとしている。ツアーはそのためのものだ。そうだな」
アーチーは見開いた眼をマークに向けたまま、小刻みに頷く。
「ようし。いったい何のためだ」 
アーチーが何かを言いかけ、襟首を捉えるマークの腕を数回叩いた。
「あ、ごめん」
マークがアーチーを解放した。
アーチーは数回咳払いをして、顔を伏せたまま、二人に向き直る。
「まさか、新手が来るとは」
そのまさかはマンフレッドも同じだった。アーチーは伏せた顔を上げる。神経質そうなその目が、月の光を反射した。
「私の目的はな。あのホテルに囚われたご主人様……ハイタワー三世の魂を解放することだ」
「何、だって」
マンフレッドには、アーチーの言葉の意を汲むことが出来なかった。
「あのホテルに囚われたご主人様を助け出すには、偶像……シリキ・ウトゥンドゥの生け贄となる魂が必要なのだ。そして幸い、このニューヨークには替わりとなる者がいる。いくらでもな」
アーチーの物言いに、マンフレッドは薄ら寒さを覚えた。ツアーを始めた動機としては納得できる部分もあるが、その理屈のようで理屈でない、狂気じみた理論。決して理解はできない。
「そんなことが可能なのか」 
アーチーはマンフレッドを見返す。
「何か不都合でもあるのか」
「不都合でも、じゃないだろう」
そんな不合理な理屈のために、今までいったいどれだけの人間が危険に晒されてきたのかを考えると、不都合どころの話ではない。そして、本当に可能なのだとしたら。
――その時。
マンフレッドらの立つ袋小路に、突風が吹いた。うわ、と声をあげたマークが眼を押さえる。

「ひゃっははははは!」

笑い声を、聞いた気がした。可笑しくてたまらない、という声。顔を伏せたマンフレッドは息を呑む。……これは。
「ひ、ひいぃ」
アーチーが駆け出す。追おうとするマークを、マンフレッドは制した。突風は止まない。通りの看板がばたばたと音を立てている。アーチーは夜の闇に消えてしまった。
すると、突風が止む。異様な静けさが通りに満ちた。
「ねぇ、今のって」
マークが口を開く。マンフレッドは無言で頷いた。意を汲んだように、マークは重く息を吐く。
偶像が笑った、としか思えなかった。邪魔立てすれば只ではおかない、ということか。あるいは、アーチーに何らかの意思表示をしたか。
ふいに、マークがマンフレッドの腕を引く。
「……帰ろう」
促され、マンフレッドはああ、と短く答えた。

November 1,1912/12:15:00
New York Deli, Broadway 109
Present Day

「それならそうと、言ってくれればよかったものを」
マンフレッドが言うと、マークは苦笑した。
「言ったところで、君は納得しないだろ。マーク・オーメン役の替え玉俳優を雇うだなんて」
 当たり前だ、とマンフレッドは渋面でマークを睨む。
「しかし参ったな。昨日の事は、いくらなんでも記事にはできない」  
「正気を疑われるだろうねぇ。クビになるかも」
「他人事のように言うが、あれを知ってしまった以上、君にも考えてもらうからな。ホテルツアーを中止にする方法を」
「はいはい」
気のない返事をして、マークはコーヒーを飲んだ。
「正式に、コンビ結成ってことで」
「そうは言っていないが」
「ねぇ、聞かないの? 僕の替え玉が誰なのか」 
「ん? ああ、そういえば、君に上背の似た若者を見かけたな。名前は確か」
「ミケーレ・マスカーラだ。よほど気に入ったんだろうな、来年は自分の名前で司会をやることが決まったよ」
マスカーラ。確か、あの男はそんな名前だった。
「君の組織では役割を放棄しても糾弾されないのか?」
「糾弾されるよ。僕じゃなければね」
マークはコーヒーを飲み干し、立ち上がる。
「会場を片付けてくる。なんでも昨日は酔って暴れた客がいたのか知らないけど、パークがひどい有り様なんだ」
ああ、とマンフレッドは頷いた。
「ボブキンズから少し聞いたよ。おまけに、そうなるまでの経緯を、誰一人覚えていないらしいな。まったく奇妙な話だ」
マークがくつくつと笑う。
「ハロウィンの魔法かな」


「……振り出しか」
マンフレッドは店を出る。多くも少なくもないブロードウェイの人通りを眺め、マンフレッドは溜め息を吐いた。
アーチーはまた行方を眩ませ、ツアーは続く。しかし、何より今までと違うのは、ツアーの恐るべき目的を知ってしまったことだ。
ニューヨーク中の人々の魂と引き換えに、このホテル・ハイタワーにハイタワー三世を再び降臨させる。そのことを知っているのは自分たちだけなのだ、と思うと、とても荷が重く感じた。
社に戻ろう、と歩みを速める。ふいに、グローブ通信の方から駆けて来るボブキンズと目があった。
「あ、いたいた。何やってるんですか!」
「どうした、あわてて」
「今朝のホテルツアーの客で、緑の雷を見た、という人が現れたんです」
「――まさか」
「でもツアーの記憶が無いみたいで。今から取材のアポが取れたんで、行きましょう!」
ああ、とマンフレッドは頷き、先を行く後輩を追った。
――呪術や魔術などは廃れて久しい、二十世紀のニューヨーク。その存在を証明することは難しい、とは理解している。
しかし、少しずつでもいい。噂程度でも構わない。
人々に知らせなければならないのだ。

――ホテル・ハイタワーは、呪われている。

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