見出し画像

中学校教員を退職しました。特別支援学校の教員になりました。

 だいぶ久しぶりになってしまいました。すみません。

 タイトルを見ると、なんかすごいことをしたみたいに見えますが、県立の特別支援学校の教員になるには、市町村立の義務教育諸学校の教員を退職しなければならないので、こんな表現になります。 

 11月に願書を書き、1月に面接試験、3月初旬に合否発表(のようなもの、県立学校に行けるか行けないかだけが先にわかる)、3月下旬に行き先がわかる、そんな流れでした。

 行き先がわかった時点で、「退職願」を書きました。実は、同じタイミングで中学の教員から高校の教員になる弟と、一緒に書いたのですが、たぶん、弟がいなかったら、ペンが動き始めなかったかもしれないです。一人だったら、書き始めることができなかったかもしれない。それほど、なんともいえない、不思議な感覚になりました。

 特別支援学校の先生になりたい理由は、「自分が中学校でやってきた支援が、本当に自立と社会参加のための一助となっているのか疑問だった。自立とは何か、社会参加とは何かということを特別支援学校で勉強したいから」です。だから、希望がかなったわけです。特別支援学校の先生になるには中学校を辞めなければならない、というのは百も承知で、中学校が嫌いだから辞めるわけではないのに、「本当によかったのだろうか」という思いが、ずっと胸の中で渦巻いていました。

 でももう、後には退けない。自分で決めたことです。

 まっすぐに書くために、ガイドラインを鉛筆で引きました。

 その間に、すいすいとペンを走らせていく弟。その姿を見て、自分も、書こう、と決めました。 

 「退職願」

 その3文字を書いたら、あとは簡単でした。集中して一気に書き上げました。書き終えて、管理職に提出しました。気持ちを切り替えることができたと感じました。

 その後、正式に新聞で異動が発表になり、残していくクラスの生徒や、親しい教員仲間に連絡をとりました。そこで言われた言葉、もらった手紙は、私の心を揺さぶるものであったし、でも、だからこそ頑張らなければならない、と気持ちを新たにするきっかけになりました。

 残していく生徒から「hana先生がいない支援学級なら行く意味ない」と言われて大混乱しているツイキャス(一緒に喋ってくれたケニーさん、ありがとう)をしたり。

 教員をしている友人やクラスの生徒から応援してもらったり。

 お別れの言葉に、たくさん泣いてしまいましたが、でも、あとは頑張るだけです。皆さんの涙も、絶対に無駄にはしません。


 特別支援学校では、高等部1年生の担任になりました。一緒に担任をする2人の先生方にいろいろ教えてもらいながら、自分の経験と得意なことを生かしながら、今の勤務先に少しでもお役に立ちたいです。そして、子ども達が安心してわくわくしながら学校に来てくれるように、場づくりを頑張ります。そして何よりも、自分自身がわくわくしながら働きたいです。

 始業式まで、あと1週間です。早く子どもたちに会いたいな~。でも、健康第一、世の中の流れをしっかり見極めながら、今できることを着実にやっていきたいです。

特別支援教育に興味を持つ教員です。先生方だけでなく、いろいろな職業の方とお話して視野を広げたいし、夢を叶えたいです。いただいたサポートは、学習支援ボランティアをしている任意団体「みちしるべ」の活動費に使わせていただきます。