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「鬼滅の刃」考④ マーケター拾肆の呼吸

一連の「鬼滅の刃」についての記事を投稿していたら、マーケティング界隈の人々も一緒に作品を楽しんでいることがわかって嬉しい限りです。そこで松本健太郎さんがTwitterで、「みなさんの呼吸のタイプはどれですか?」という質問に触発されて、マーケターたちの呼吸法と型について考えてみたいと思います。

1.マーケター始まりの呼吸

  鬼滅の刃では、呼吸法を鬼殺隊にもたらしたのは「始まりの呼吸」と呼ばれる継国縁壱です。彼の呼吸は「日の呼吸」で、主人公である竈門炭治郎の祖先が「ヒノカミ神楽」で継承していたものです。この呼吸がもとになって他の呼吸法が派生したと考えられています。

 マーケターの始まりの呼吸は、フィリップ・コトラー教授のアジェンダに従えば1.0から4.0へのマーケティングの歴史をなぞらえることになるでしょう。まず最初の1.0は製造業にはじまるマス・マーケティングです。この時代の最も象徴的なマーケティングは「フォーディズム(フォード主義)」です。つまり、良い商品を手に入りやすい価格で、より多くの人々へ便益を伝え、買えるようにするという考えです。

 この呼吸法の元はやはり製造業の雄、自動車会社、ゼネラルモーターズやフォードであり、生活用品いえばP&Gやコカ・コーラではないかと思います。特に自動車産業は当時非常に高価だった製品である車を普及させることで、人々の生活を一変させました。

「日の呼吸」フォードの呼吸 壱ノ型 大量製造市場創造=大量に製造することで消費者に手に入れやすい廉価で大量販売し、大きな市場をつくりあげること。 

 この商品を製造管理することから始まったマーケティングは、今までなかった製品を生み出すことで新しい市場を作る(Market+ing)という概念を作り出したのです。

2.マーケターの呼吸 「水の呼吸」から派生「蛇」「花」「蟲」

 始まりの日の呼吸から派生したのは次の五つの呼吸法で、「水」「炎」「岩」「風」「雷」が基礎になっています。製造業のマーケティング、特に消費者向けの商品のマーケティングは、P&Gに代表されるように基礎となるものです。また、最初に理解するには手をつけやすいということになると、鬼滅の刃でも初心者向けの呼吸法である、「水の呼吸」にあたるでしょう。P&Gのマーケティングが「水の呼吸」というわけです。

 P&Gは製造中心のフォードの時代から、「顧客」という変幻自在な存在を取り入れて進化しました。さながら水の呼吸があらゆる戦いの状況に柔軟なことと同じように、P&Gの呼吸は「顧客」によってどのようなマーケティングにも対応できるような型を生み出します。

「水の呼吸」P&Gの呼吸 壱ノ型 顧客上司=顧客がボスであり、すべての判断は顧客に従う

 「水」の呼吸の派生には、「蛇」「花」「蟲」があります。蛇というのは水の変幻自在さを特長にして、非力な体力でも使いこなせる変則的な技が特長です。これで考えると、トリッキーな技が得意なマーケティングと考えるとレッドブルのようなイメージです。

「蛇の呼吸」レッドブルの呼吸 参ノ型 驚嘆体験=サンプリングも基本無告知で実施する、顧客にサプライズを与える

 花の呼吸、エレガントで美しい呼吸法なのでこのイメージはやはり資生堂やロレアルなどのコスメブランドでしょうか。

「花の呼吸」資生堂の呼吸 肆ノ型 花椿文化=商品を超えた生活文化を創り出すことで商品を超えたライフスタイル拡張を可能にする

  蟲の呼吸は、花から派生して、技というより「藤の花」を毒として活用するために生まれた呼吸法です。内側にじわじわと浸透する欲望を植え付けることを基本においたエレガントなマーケティングというとラグジュアリーブランドではないかと思います。ルイヴィトンがそれにあたります。

「蟲の呼吸」ルイ・ヴィトンの呼吸 大文字の歴史の舞=自らの価値をフランス王族御用達の職人文化のような人類の大きな歴史に置くことで、同カテゴリーの高級品ではなく、別格の希少資産として位置付ける。

3.マーケターの呼吸 「炎」の呼吸、派生「恋」の呼吸

 炎の呼吸は物語では、始まりの呼吸である「日の呼吸」とは区別されていますが、最古の呼吸法のひとつです。炎の呼吸には「恋」の派生があります。鬼滅の刃では、足を止めて放つ強力な技であり、炎の名の通り非常に力強い呼吸法です。これはマーケティングでたとえれば、「情緒的なつながり」を上手に作り出すことに長けている消費者向けマーケティングです。この代表格はやはりコカ・コーラでしょう。(色も炎のように赤です)

「炎の呼吸」コカ・コーラの呼吸 弐ノ型 情緒深化=商品は変えなくとも商品が与える情緒的価値を新鮮に保つさせることで消費者との強い感情的なつながりを作り出す

 炎の派生で「恋の呼吸」があります。鬼滅の刃では蛇柱の伊黒同様、特殊な形状をした刀を使う女性甘露寺が使いますが、彼女は非力なように見えて実は大食いで力強い能力の持ち主です。一見トリッキーに見えますが彼女しかできない柔軟でかつスピード感のある技を繰り出します。コカ・コーラと同様に情緒に強くしなやかで力強さを持つマーケティングは、マクドナルドでしょう。マクドナルドはまさにI'm Loving itというスローガン通り、人々が「大好きな」場所であり続けるというマーケティングです。元マクドナルドの足立さんが解説していた通り、「健康志向」から忌避されるハンバーガーという枠組みに囚われるのではなく、元々消費者が抱いている欲望=背徳感を捉えて、それをポジティブな「大好き」に転換させることで商品の魅力を引き出しています。

「恋の呼吸」マクドナルドの呼吸 伍ノ型 揺らめく情緒・背徳感=消費者の隠れた欲望(背徳感)を喜びの情緒に転換することで商品の価値を高めること

4.マーケターの呼吸 「風」の呼吸、派生の「霞」「獣」

 基礎の五の呼吸の一つである「風の呼吸」は、「霞」と「獣」の元になっている通り、穏やかさと激しさの両方の特質をもった動きの激しい技を生み出す呼吸法です。この「風」にふさわしいのはスポーツブランドのナイキでしょう。スポーツ用品の製造業でありつつ、「水」のP&Gの顧客、そして「炎」のコカ・コーラの「情緒」を取り込み革新性(イノベーション)と精神性(インスピレーション)の両方を進化させたマーケティングを実施しています。

「風の呼吸」 ナイキの呼吸 漆ノ型 待伏奇襲=公式スポンサーでないナイキがロサンゼルス五輪で実施した待ち伏せ型奇襲広告=アンブッシュマーケティングはあまりに効果的だったのでその後規制が出来たほど。

「風」の派生である「霞」は、柱の中でも最も若い剣士、時任無一郎が自ら作り出した呼吸法で、風の呼吸とは違って穏やかで無駄のない動きが特長です。これはまさしくナイキよりも新しく、同じ西海岸でブランドながら、一切広告をせずに店舗のみでブランドを作り上げた「スターバックス」に近いでしょう。

「霞の呼吸」スターバックスの呼吸 陸ノ型 期待超越=スターバックスは顧客に対してNPS(ネットプロモータースコア)を取り入れており、期待を超える顧客体験を提供できているか常にモニタリングし、それを製品、店舗、スタッフのすべての面で強化している。

 同じく「風」の派生とも呼ばれていますが、「獣(ケダモノ)の呼吸」は、伊之助が独自で編み出した呼吸法です。これは伊之助の自然で研ぎ澄まされた感覚から生まれた呼吸法です。これは言うなれば登山家であるイヴォン・シュイナードが独自の倫理観と哲学で生み出したパタゴニアに似ていると思います。彼のいう倫理は「サステナビリティ」を超えて、ある意味で最も新しいマーケティングの倫理かもしれません。

「獣の呼吸」パタゴニアの呼吸 壱ノ型 責任倫理=表層的な環境保護ではなく、自らの企業が、消費者とともに社会において責任ある立場として存続する役割をまず基底に据える。

5.マーケターの呼吸 「雷」の呼吸、派生の「音」

 顧客を第一に考えるというマーケティングの進化はテクノロジーの進化とあいまって単に製品を届けるという視点から、顧客から見た価値をどう作り出すか、という視点に代わってきました。その意味で比較的新しい企業ながら凄まじいスピードで進化してきたマーケティングがIT企業に見られます。それはまるで「雷の呼吸」のような素早さが特徴です。そのなかではやはりアマゾンが群を抜いているでしょう。

「雷の呼吸」アマゾンの呼吸 弐の型 弾み車高速回転=ジム・コリンズの「ビジョナリーカンパニー」によれば、アマゾンの成長は、より多くの商品をより低価格で提供すればより顧客が増えて、より多くの売り手が集まり、より多くの商品が扱えるというサイクルを高速で回すという循環を回すという「弾み車」が元になっている。

 アマゾンと並んで評されるアップルは、同じく急成長したデジタル企業ですが、「雷」のように高速に多種多様に展開するアマゾンの呼吸のマーケティングとは対照的に、よりフォーカスされエレガントな部分を持っています。「音の呼吸」は、美形の忍である宇髄天元がアレンジした独特の呼吸ですが、爆薬などの強力な武器を使い、鬼を倒す「譜面」をビジョンとして持つ技が特長なので、アップルがふさわしいでしょう。(アップルの飛躍は音楽のiTunesとiPodがポイントでしたので)

「音の呼吸」アップルの呼吸 壱ノ型 垂直統合=顧客にとってのブランドの体験を完璧にコントロールするために敢えて自社で製品ハードとソフトウェア、そしてそれをつなぐハブネットワークを一貫して提供すること

6.マーケターの呼吸 「岩」の呼吸、そして「月」の呼吸

 マーケターの呼吸、最後に出てくるのは鬼滅の刃では基礎の五つの呼吸の中の「岩の呼吸」です。マーケティングにおいて歴史的に古く、比較的規模の大きいビジネスは流通チェーンです。流通業はハードとなる店舗を元に、より多くの顧客をカバーすることで規模のメリットを最大化させるマーケティングです。さきほどはアマゾンをIT企業として「雷」として捉えましたが、米の古い流通業でしかもアマゾンに負けていないスケールと力強さを持っているのはウォルマートです。ウォルマートこそ「岩の呼吸」にふさわしい巨人企業でしょう。

「岩の呼吸」ウォルマートの呼吸 壱ノ型 常時廉売=Everyday Low Price。特売にの比率を上げて集客しても利益率が犠牲になるため、全体のオペレーション効率を向上することで低価格を常に維持し顧客の購買を最大化すること。

 おまけとして、上弦の壱の鬼、黒死牟が始まりの呼吸の始祖である縁壱の日の呼吸から派生して自ら編み出した呼吸法です。鬼の持つ人間を超えた身体能力をさらに高めることができ、しかも非常に高速で、全呼吸の中で最も多くの型を繰り出します。このようなある意味従来の常識を超えたスピードと多様性を持っているのは中国のテクノロジー企業です。とりわけアリババグループは、ジャック・マーのリーダーシップによって中国のECの企業から、フィンテックを取り込みOMO(Online Merges with Offline)という概念を掲げリアル店舗を取り込んだ独特のエコシステムを構築するプラットフォーマーへと多種多様に進化しつつあります。この進化の仕方は、中国が持つある意味鬼のような常識を超えた潜在力があってこそです。

「月の呼吸」アリババの呼吸 拾ノ型 新小売=デジタルテクノロジーを基礎にしてリアルな店舗での体験を最大化しつつ、デジタルで得られるデータを活用することで商品と顧客を効率よく結びつけることでオフラインの物流を最適化させること。

以上マーケターの呼吸、14種類について考えてみました。皆さんも是非自分に合ったマーケターの呼吸を探してみてください。

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