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「鬼滅の刃」考② 鬼の職業・経営

 前回の記事に書けなかったいくつかの点について追記です。基本的に自分の関心は「鬼」にしかないので、鬼殺隊が好きな人はスキップしてかまいません。(あと下記の内容はネタバレを含みます)

1.鬼の職業の二つのタイプ

 前回の記事で鬼は人間を超越した不老不死の存在なので(実際は寿命がありそうですけど)、とにかく人間が鬼になる動機は2つと書きました。それは「欲望のままに生きる」ことと、病気や寿命で追求できなかったことを「究める」ことです。

 鬼滅の刃は戦闘を中心とした少年漫画なので、基本的に敵は「戦士」が中心です。なので後者のなかでも「戦闘を究める」タイプは、鬼殺隊でも最も強い上弦の鬼の敵になります。実際、第8巻で登場する上弦の参の鬼の猗窩座は、「強い敵」を尊敬し、柱を「鬼にならないか」と誘い、上弦の鬼に対しても強い鬼を「倒したい」と考えています。

 一方「欲望のままに生きる」タイプは、もちろん人を殺して食べる、ということはありますが、別の意味の「究める」方向があります。たとえばそれは上弦の伍の鬼、玉壺は「芸術家」です。もちろん悪趣味なのは仕方ないのですが、彼は彼なりの芸術観があり、生前のほとんどのことは説明されていませんが、鬼に小屋を襲われても研ぐのをやめなかった鋼鐵塚の集中力に「芸術家」として嫉妬しています。

 もうひとりの上弦の弐の鬼、童磨は、鬼になる前から新興宗教団体の教祖です。つまり彼の職業は「宗教家」なのですが、実際のところ彼を「宗教家」というには若干語弊があります。というのも彼の生家はもともとそのような宗教団体で、童磨は子供の頃から信者に関して、というより他人に全く興味がない人間でした。彼は最初から人間の精神そのものの脆弱性を斜めに見ており、そのような困って悩んでいる人たちを「食べる」ことに何の疑問も抱いていません。少年漫画なので詳しく書かれていませんが、彼の父は信者の女性に手を出していたことからすると、おそらく童磨は「色欲狂」なのです。そしてその快楽そのものを追求するために、人間を騙して気分よくさせることを「究めて」いるといえます。

 似たような「職業」はほかにもいます。上弦の陸の鬼の片割れ、堕姫は「花魁」です。もちろん身を隠すという意味もあるかもしれませんが、彼女が人間の欲望を対象にした職業をしていたのは、鬼の役割としてはあり得ることです。

 鬼はそのように「人間の欲望」を扱う職業に身を隠しやすい。言い方を変えれば、「欲望」をそのまま売り買いする職業は、鬼によく似ています。鬼殺隊の蛇柱の伊黒の家は、彼自身が「呪われた」と呼んでいますが、鬼が奪った金品で暮らす一族でした。鬼がそのような強奪や殺戮をすることにすがって生きていくというのは、人間の欲望のあらわれです。

2.鬼は職業として何を究めるべきか

 「欲望」に深く関係しながら、鬼滅の刃には出てこない職業はなんでしょうか。同じような人間を超えた能力を持ち「人を食う」という設定で思い出した漫画は「寄生獣」です。寄生生物は人間を食べることを上手にこなすために、政治家になるのです。彼らにとってユートピアを作るために必要だったからでしょう。人間社会を寄生生物に合わせて作り変えるためです。

 残念ながら寄生生物と違って、鬼は「日の下」では生きられません。したがって夜だけ活動する政治家というのは無理があり過ぎます。鬼は政治家を脅す黒幕のようにはなれたかもしれません。鬼舞辻無惨はそのように活動することも出来たかもしれませんが、彼はそもそも「鬼のため」に生きているわけではないので論外です。

 ここで再度「究める」という点で、鬼という不老不死の存在が人間の究める職業に適したものはないでしょうか。

 ひとつは珠世のような鬼が実践している「医者」です。医学の追求には途方もない労力と時間が必要です。鬼のような生命力や時間があれば、医学の発展には役立つかもしれません。

 ほかに漫画には出てこない職業は、「学問や技術を究める」鬼です。鬼には基本的に生命の危険があるようなものは「藤の花」や「太陽」以外にはないのですから、いくらでも追及できる筈です。たとえば、もし出てきたら敵として厄介ではありますが、「鬼の武器」を発明する鬼は出てきません。鬼殺隊における刀鍛冶に対抗する鬼はいないのです。だから玉壺は嫉妬したのかもしれません。これはもし出てくるとしたら、少年漫画でありそうな「悪の科学者」とか「マッドサイエンティスト」です。

 それと鬼のイメージで近い職業でいえば、「裁判官」や「審判」のような鬼も職業としてはあり得るかもしれません。これは地獄の閻魔大王のように、人間の罪を追求する鬼です。「鬼の法律」のようなものを掲げて人間を裁くような鬼です。西洋ではこのような裁判官のような悪魔がよく出てきますが、それは「罪と罰」のようなものが、日本や東洋の宗教よりも強いからかもしれません。

 いずれにしろ、鬼が究める職業というのは、専門職です。人間の世界でもひとつの道を究めた人間を「○○の鬼」のような言い方をする時があります。そのような専門性が極まった場所は縁壱がいうように「すべて同じ場所にたどり着く」のかもしれません。

3.「鬼会社」の経営者としての鬼舞辻無惨

 このように鬼が人間社会で隠れて生きていくために、鬼が仕事をして働くという形になるとすると、親玉の鬼舞辻無惨は、そのリーダーであり「社長」ということになります。ではそのような経営者としてのリーダーシップやマネジメントの観点から「鬼会社」を見ていきましょう。

1.鬼会社のミッション(使命)・バリュー(価値観)・ビジョン(理想)

 鬼会社のミッション(使命)は何でしょうか。これは紛れもなく「鬼舞辻無惨(鬼)が太陽を克服すること」です。鬼殺隊の殲滅もひとつの目的ではありますが、必ずしもこれが重要なわけではありません。彼自身も鬼殺隊の「相手をするのはうんざり」というほど、降りかかる火の粉のように自分が完全生命体になる邪魔をしている存在だからです。続いてバリュー(価値観)ですが、これは「鬼舞辻無惨を常に敬い、服従し、忠実であれ」「鬼を邪魔する人間を抹殺せよ」「人間を多く食うことで強くなり、より濃い無惨の血を得よ」でしょうか。

 ここまではいいのですが、ビジョン(理想)になるとちょっと困ったことになりそうです。というのは、ミッション(使命)を全うした世界というのは文字通り鬼舞辻無惨が完全な生命になった世界のことなのですが、これがどういうものなのか不明です。これまで作品の中では彼自身の理想についてあまり触れることがないからです。確かに人間を道具や駒のように(もちろん鬼もですが)扱っているのですが、何を目指しているのかよくわからないところがあります。

 作品を読んでいる限りは、彼が唯一の弱点である太陽を克服すること以外で関心がありそうなのは、「鬼になりたい人間を鬼にしてやる」ことなのですが、それにしては部下の鬼に対して何か理想を語っているようにも見えません。むしろ下弦の鬼を「役に立たない」としてすべて殺したりしているのを見ると、自分の役に立つことが第一の目的のようです。要するに無惨にとって有用になるように努力しない鬼は要らない、ということなのですが、無惨が目的を果たした後は鬼たちには(彼の血を得る以外に)何が待っているのかがよくわからないのです。

 ミッションとバリューがあって、ビジョンがない経営というのは、会社にとって「目的地がない」のと一緒です。鬼自体がグループとしてまったく連携していないように見えるのは鬼舞辻無惨がリーダーとしてビジョンを示していないせいかもしれません。彼はトップの実力をもつ優秀な筈の上弦の鬼たちを「何も成果がない」と叱り飛ばしていますが、彼が何を求めているかをよくわかっていない鬼たちとしては、仕方ないことかと思われます。

2.鬼会社のマネジメント

 鬼たちは無惨のことを畏れていますが、それは「呪い」のせいであり、逆らった時の「保険」のようなものです。特に下級の鬼たちを見る限り、普段は普通に人間を欲望のままに食っているだけで、とりわけ無惨に役に立っているようには見えません。人間を鬼にできるのは無惨だけなので、彼は全員の鬼を把握しているはずですが、まったく自分の部下をうまく使っている感じがしません。むしろ野放しです。

 また、上位の鬼である十二鬼月というのは、本来ならば企業における役員や本部長クラスのリーダーのはずですが、無惨は彼らにチームとして鬼を率いるように指示しているように見えません。敵である鬼殺隊がチーム力を高めるために柱がリーダーとなって訓練させているのと比べると驚くほどの無能ぶりです。もちろん、鬼の能力は高いので個々の鬼が強ければいい、と思っているのかもしれませんが、千年も生きている割には情報収集するのに組織力を活かせていないのは経営者としてはマネジメント力が無さすぎるように思います。

 結果、自分がうまく指示できていない筈なのに、部下を怒りのままに痛めつけたり怒鳴り散らしたりするのも対応としては最悪です。

3.鬼会社を立て直すとしたら

 鬼舞辻無惨をもし鬼会社のリーダーとして失格だと更迭した場合、どんな方針があり得るでしょうか。まず、ビジョン(理想)を定める必要があります。やはり組織には「目的地」が必要です。それは言うならば「鬼が安心して生きられる世界を目指す」ということです。そしてこのビジョンからすると、必ずしも太陽を克服する完全体になるという使命は必要ありません。特に鬼舞辻無惨が更迭されれば、彼自身の完全体になる夢も必要ないからです。むしろミッション(使命)は、「鬼が危険を避けて生きる場所をつくる」ことになります。そしてバリュー(価値観)も、鬼舞辻無惨への忠誠は重要ではなく、彼の血を得ることで上位の鬼を目指す必要もなくなります。結論としては人間を殺すことよりも、「鬼にとって生きることの邪魔を排除せよ」という言い方のほうがふさわしくなります。

 こういう形で経営方針がかたまれば、まず鬼舞辻無惨に対して、「呪い」によって恐怖で鬼を縛ることをやめさせることになります。これはバリューの一部の「生きることの邪魔」に相当するからです。鬼が鬼同士で殺し合う必要はないからです。そして、もっと言えば人間を食べて鬼狩りに殺される危険を冒すよりは、珠世がそうしたように「少々の血を飲む程度」におさえられるようにすることのほうが重要です。

 これらのことは、実際漫画の中で人間のなかで生きている珠世が実践していることとほぼ同じです。そして無惨に代わってリーダーにふさわしいのはおそらく彼女でしょう。彼女であれば怒りに任せて部下を殺すこともせず、また組織だって鬼を連携させることも出来そうだからです。

 そのなかで上記で述べた「道を究める鬼となること」というのが、新しい経営戦略になるのかもしれません。何にせよそれが上位だけでない下級の鬼にとって太陽と同様の危険を避ける方法であればよいわけですから。

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