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「ごめんね、ちょっとお外へ行ってくれるかな」

今日は、前から予約していた近所の歯医者の定期検診に行った。
自粛とはいえ、歯医者は稼働している。受付するとすぐ「コロナ対策の一環で、受診前に体温をはからせてください」と言われた。了承しつつ、どうやって検温するんだろうと思っていたら、「ちょっとおでこを失礼します」と言われて「?」としているうちに、ペンライトっぽいものをかざされ、3秒で「36.3度ですね」とはかってみせてくれた。瞬時のおでこ照射検温。まったく肌にも触れないから衛生的。先進的。初体験。気になって調べてしまったけど、たぶんこの「イージーテム」という体温計だと思う。今は需要の高まりのせいで受注停止になっているらしい。

話がそれた。とにかく平熱だったし無事に検診を終えられたのはよかったのだけど、歯医者からの帰り道はおどろくほど猛烈な風雨だった。飛ばされそうな傘にしがみついて家へと歩くことにした。ごうごうと吹く嵐の中でなんとか家に着く少し手前まで来て、セブンイレブンに立ち寄った。食料を買い足したかったのだ。

何とか傘立てに傘を置き、店内に入ってすぐ玄関マットをふと見下ろした。瞬間、何か黒いものがうごめいた。ドキリとする。が、よく落ち着いて見ると、小さなキジバトがちょこんと鎮座しているだけだった。風雨できっと寒かったんだろう。羽根もしっとりと濡れている。あまりにもキョトンとした顔でいるので、普段ハトは苦手な私も思わず笑ってしまった。

キジバトを驚かせぬようにゆっくりと入り、買いたい食料品をひととおりかき集めて、レジに向かった。ここのセブンイレブンのレジも「透明カーテン」が張られ、厳戒態勢だ。初めて見た時はぎょっとしたけど、見慣れてしまうと気にならなくなってくるものだ。自分の脳が麻痺してきている。レジの背中についた電子広告画面には「列にお並びの際は、間隔をあけるようにご協力ください」という赤い文字がぎらぎらと表示されていた。

レジ会計の後も例のキジバトはまだ入り口にいた。雨はまだ降り続けていた。もう少しゆっくりしていくのかなあ…と微笑ましく思っていた矢先、どうやら見かねた店長らしき女性がキジバトの前に現れた。女性はキジバトに向かってこう言った。「ごめんね、食料品も扱ってるお店だから、申し訳ないけど、ちょっとお外へ行ってくれるかな…」優しい声だった。女性は、ゆっくりと外へ外へとキジバトをうながした。いや、正確には「追い出した」が正しい。キジバトはキョトンとした顔のまま私の横をすり抜け、ひょこひょこと猛烈な風雨の下へと出て行った。しかたなかったのだ。そのまま私も一緒にセブンイレブンから離れ、帰宅した。

雨に濡れてしまった姿で玄関に着くと、「お昼ごはん、先に味噌ラーメン食べちゃった、ごめん。」という夫が、つやつやと健康そうな笑顔で迎えてくれた。

そして私は昼食をとり、暖かい部屋でホットコーヒーを飲んで、本を読んだり、お風呂に入ったりして今日1日を過ごして今こうしている。圧倒的に恵まれていた。
私は「ちょっとお外へ行ってくれるかな」と、この家から追い出されたりしない。

あのキジバトは今どうしているだろう。

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