見出し画像

或る処刑人の話

ムッシュ・ド・パリ

みなさんはこの言葉を聞いてどのようなものをイメージしますか?
こちらは昔のフランスで実際にあった職業の頭領を示す称号でした。
そして
このムッシュ・ド・パリの称号を持つ有名な方がいます。

死刑執行人の家系であるサンソン家4代目当主
シャルル=アンリ・サンソン

こんばんは
雑音蓄音機です

今日はこの方の話を少ししたいと思います
シャルル=アンリ・サンソン
名前は小説や漫画などで聞いた事がある方もいるかと思います。

フランス革命期前後の時代に生きた方で
人類史上二番目に多くの首を落とした処刑人としても知られています。

サンソン家の歴史は初代シャルル・サンソン・ド・ロンヴァルから始まります。
彼はもともと処刑人の家系ではありませんでした。
裕福な名家の生まれで兵士だったのですが、
ある娘に恋をしてしまいます。
想いは募る一方なのですが処刑人の娘だったのです。
当時の処刑人の身分は社会の最底辺であり最も蔑まれる立場だったのですが、
彼はその娘と結ばれ処刑人という職を継ぐ事となるのです。

そんな初代から数えて4代目がシャルル=アンリ・サンソンでした。
彼も例外なく様々な偏見や差別の中で、
それでも高水準の教育を受けて育ちました。
多くの処刑の手伝いをしながら39歳の時にムッシュドパリに叙任(じょにん)します.

処刑人という職業は過酷でした。
処刑人が持つ剣によって首を一刀両断にする剣術を身に付けなければなりませんでしたし、
身の毛もよだつ拷問の数々も誤りなく行わなければなりません。
心身ともに強健な者でなくては処刑人は務まりませんでした。
『処刑』の依頼だけでは生活を維持する事はできません。
副業として医師の仕事も行っていたそうです。
処刑人として多くの遺体に触れているため、
医師としての技術は群を抜いていたそうです。
遺体解剖などをして日々研究を行っていたのだとか。

シャルル自身、信心深く偏見を抱かない人物だったそうで、
死刑執行人でありながら死刑廃止論者だったそうである。
医師として生計を立てる事ができていたのと
自身の死刑執行人からの解放を願っての事であったのだとか。
一方死刑執行人としては「王の代わりに剣を振るう」というプライドが彼を支えていたそうである。

彼の運命を大きく変えたのはギロチンの誕生とフランス革命でした。
ギロチンは失敗の少ない人道的な処刑器具として迎えられ、
より迅速により手軽に処刑を実現した。これが彼を苦しめる事になるのです。
そして、フランス革命。
彼は自身が崇拝するルイ16世の処刑を行う事となりました。
「王の代わりに剣を振るった男が、王の首を落としたのである」
そうして始まった恐怖政治はさらに彼を追い詰めるのだった。
次々に処刑台に連れてこられる罪もない民衆たち。
大義もなにも無い処刑。消えゆく命。
精神を病みながらも息子に職を譲って引退。
死刑廃止を願った男が皮肉にも史上二番目に首を落とした処刑人として名が残ったのである。

処刑人と聞くとすごく怖いイメージがあるし、
実際残酷な拷問も行ってはいるんですけど、
シャルル・アンリ・サンソンの物語を聞いた時は、
このような人生を歩んだ者もいるのだなと思いました。
「生まれた家がたまたま処刑人の家だった」
それだけで彼の運命がある程度制約されてしまったわけですが、
そんな中でもなんとか全力で生き抜いていた人なのではないかなと思いました。

一番衝撃だったのは、
最底辺の身分でありながら高水準の教育を受けていた事と、
処刑人という立場を上手く逆手に取った医師としての立場。
その当時オカルト的な非科学的な医者も多くいた中で、
彼らは現実的な治療を行っていたといいます。

彼の人生は決して恵まれたものではないのですが、
それでも今も不思議な魅力を持って、
今の時代にも語り継がれていますね。

彼の話は、
あるポッドキャストで聞きました。
死刑執行人なので、
ダークなイメージがありますし、
それ故に魅力のある人物でもあるんですけど
その裏で一人の人間としての苦悩を抱きながら、
ある種呪われた職長を全うしたのではないかなと思います。    
彼はずっと呪われた職業の中で闇の中にいて
その闇から解放されたいが為にに死刑廃止を望み願っていたのかもしれませんけど
革命が起きて闇からの解放が永遠に閉ざされてしまったという
悲しい運命に完全に囚われてしまったといったような
運命にも翻弄された方のかなと思います

その中で処刑人として人を正義の名の下に処刑する一方で医師として救える命を救う
日々処刑した遺体を見て人体の研究を重ねているからこそできるある種贖罪のような医師としての仕事を全うしていた
このバランスが無いと精神的には持たなかったのかなと思いますし
普通なら処刑一本でそこから何の広がりも無く堕ちていく一方な気がするんですけれど
そこはそれとしてもう一つの道を切り開いていった人なのかなと思います
もちろん医師としての仕事はシャルルアンリサンソンよりも前の代から行われていたそうですけど
そういう光と闇のバランスが強く印象に残る方の人生でした

今日は、
夏の終わりの時期ではありますが、
処刑人の話をさせていただきました。
ご視聴ありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?