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伝説のロックバンドCCRが教えてくれた「音楽評論が日本経済を復活させる」

 この記事をあなたが得られるかもしれない利益:音楽評論復活が日本経済を復活させるというロジック。伝説のロックバンドCCRがここに復活(笑)。なぜ、レビュー、解説、評論が今求められているのか。「文化が経済をドライブする時代」が腑に落ちる。

昨日、客をファンにするような情報提供をしろ、と申し上げました。

 気の利いた板前トークのほかにも、お店でできる、お客様をファンにする情報提供は、まだ、ありますよね。

小さな黒板に白いチョークで「今日のおすすめ。フグの握り 下関でとれたてを活〆にして急送。鮮度抜群」、などをよく見かけます。

https://www.google.com/url?sa=i&url=http%3A%2F%2Fwww.abarenbou.biz%2Ffcblog%2F2015%2F11%2F18%2F%25E6%259C%25AC%25E6%2597%25A5%25E3%2581%25AE%25E3%2581%258A%25E3%2581%2599%25E3%2581%2599%25E3%2582%2581%2F&psig=AOvVaw0Zj6YBZDQ72Uk0jvYHjP2m&ust=1644584289395000&source=images&cd=vfe&ved=2ahUKEwighKCEmPX1AhX2TfUHHXDhBy4Qr4kDegUIARCFAg

 言うまでもなく、お客様がほしい情報ですね。

情報も鮮度が大事なのは言うまでもありませんが、黒板に書くのはともかく、紙に書いて張り出す情報は、毎回新しいものにしないといけません。

大ベストセラー「頭の体操」の著者、故・多湖輝(たごあきら)先生は、受験生が壁によく貼る標語や、食堂にはりだされたメニューなども、「古いものは取り換えろ」と言っていました。

https://www.google.com/url?sa=i&url=http%3A%2F%2Fhurec.bz%2Fmt%2Farchives%2F2012%2F04%2F1732_196711.html&psig=AOvVaw2jC_tqGnWkT9aNxOu7v1X-&ust=1644584553191000&source=images&cd=vfe&ved=2ahUKEwjp6oSCmfX1AhXvR_UHHRw7DuYQr4kDegUIARCeAg

心理学的に、見た目が古びた情報は記憶に残らないからだそうです。

 箸袋に気の利いた“女将作の俳句”などを毎月したためるのはどうでしょう。

https://www.google.com/url?sa=i&url=https%3A%2F%2Fwww.kumenosato.com%2Farchives%2F490&psig=AOvVaw11rRmXaKjulEOSgYH7-Egm&ust=1644584696595000&source=images&cd=vfe&ved=2ahUKEwiQybXGmfX1AhVVD94KHcpFCdQQr4kDegUIARCABA

ダウンロードが音楽を殺している

 お店だけではなくて、製品にも情報をつけるべきです。

例えば、音楽。

音楽ビジネスは、CDの売上が年々減少し、ライブ収入に頼る収益構造になってきています。

そこへもってきてコロナです。ライブもCDも売れない音楽業界をイノベーションしなければなりません。

 CDなんか買わない、ダウンロードするっていう人も多いかもしれませんが、僕は音楽ダウンロードこそが、音楽文化の衰退を招いているのじゃないかと思うんですよ。

どうしてか。

音楽以外の、音楽周辺の情報が生まれないからです。

アートとしてのジャケットと音楽評論という、音楽周辺にかつてあった二大ジャンルが衰退しています。

レコードが終わり、CDの登場でなくなったものは何でしょう。

それこそが、ジャケットという芸術作品と、音楽評論です。

https://www.google.com/url?sa=i&url=http%3A%2F%2Fwww.disk-market.com%2F%3Fpid%3D13967285&psig=AOvVaw1DhpJzzu8Ceek-H3AEGrkg&ust=1644584954773000&source=images&cd=vfe&ved=2ahUKEwjUwMPBmvX1AhVkS_UHHT4LD78Qr4kDegUIARDdAQ

この2つこそが、お客さん=音楽ファンが喜ぶ情報だったんです。

レコードが生み出していた多角的な価値

CDの前にはLPレコード(アルバム)というものがありました。

レコードが大きかったから、そのジャケットはそのままアート、芸術作品でした。

それが今はなくなったでしょ。

EPレコードだって、ジャケットは美術作品でした。

https://www.google.com/url?sa=i&url=https%3A%2F%2Fjp.mercari.com%2Fitem%2Fm59662409584&psig=AOvVaw1Tb8VxZbWow17wD2YyfAyR&ust=1644585133270000&source=images&cd=vfe&ved=2ahUKEwjuitKWm_X1AhX9TPUHHX51AO0Qr4kDegUIARDJAQ

 CDもジャケはあるけれど、あの小さい10センチ四方くらいの入れ物では、人々の心を震わせるアートにはなりえないですよね。

ジャケットも人の心を動かす、立派な情報です。

音楽評論が失われたというのは、これはLPレコードの時代は、入れ物が大きかったせいか、付録的に写真だとか、文章だとか入れることが可能だったんですよ。

そして必ず、レコードに音楽評論という文章がついていました。

でもこれはCDになって以来、失われているんですよ。

CCRが教えてくれた「音楽評論は芸術」

 僕が今でも思い出すのは、70年代のポップス系ロックバンド、CCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル Creedence Clearwater Revival通称シーシ・アール)のアルバムを買ったときにジャケットに入っていたある批評家の文章なんです。

よく覚えていないんですが、こんな文がつづられていました。

CCRのこのサムデー・ネバーカムズ(Someday never comes)。このバンドが終わりを迎えるもの悲しさが、そのメロディと詞から伝わってくる。

詞は「少年よ、『いつか』なんて言ってるとすぐに人生は終わりがやってくるよ、若いうちに、だ。やりたいことは若いうちにやれよ」っていう、人生を終えようとする父親が息子に、やさしく言い聞かせるといった内容なのだが、まるでCCRが今その活動を終えようとしている姿に重なる。

雨を見たかいHave you ever seen the rainでいちやく日本のアーリーロック・ファンの心をとらえたときも、メロディアスな中にもメランコリーを感じさせたCCRだが、この最後の曲は、よりお別れの色が色濃く、ひたすら哀しげだ・・

筆者かなりうろ覚え

 こうした音楽評論って、なくなっちゃったんじゃないかな。

まあ洋楽は80年代で終わってるという人も多くて、音楽評論も同時に終焉したのかもしれないんですが・・・。

 解説、評論、レビューという情報ビジネスを復活させろ

 映画評論もそうですよね。かつては金曜ロードショーとかで淀川長治(よどがわ・ながはる)さんという、映画評論の草分けみたいな人がいましたが、今誰も彼のポジションにいないでしょ。ていうか、もうこのジャンル自体がない。


LiLiCo?女子プロレスラーの方が忙しいのかな。

https://www.google.com/url?sa=i&url=https%3A%2F%2Fbizble.asahi.com%2Fseries%2F2021061400025.html&psig=AOvVaw3IHfAe26WKKxqFCSLY6UPc&ust=1644585721305000&source=images&cd=vfe&ved=2ahUKEwjp8oSvnfX1AhVFAYgKHTjACHMQr4kDegUIARDzAQ

下手すると、文庫本買っても、巻末に解説がなかったりしますよね。

こうした評論っていうジャンルは、ビジネスを作る側にとって、たいへん戦略的に意味のある情報なんだけれど、いま、死んでいるんじゃないかなあ。

インターネット?

だめだめ。

検索すればでてくるけれど、評論自体が今いったようにすたれているから、出色のものにはなかなか出会いません。

インターネット自体、情報の価値は、ないよねえ。

明日はちょっとその話をしましょう。

今日も最後まで読んでくれてありがとうございました。

じゃあ、また明日会いましょう。

野呂 一郎

清和大学教授/新潟プロレスアドバイザー

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