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パースの予言書「The fixation of belief」

パースの「ブリーフの固定化法(The fixation of belief)」は、プラグマティズムの基本文献ですが、パースが否定した形而上学の文献として解釈した和訳が多く、誤解されています。「ブリーフの固定化法」は、ビジネスにも役立つ実用的な文献なので、解説を作成してみます。


(1)悪魔の予言書(連休前に読むショートストリー)

(The fixation of beliefの具体例を示します)

1)プロローグ:首相の依頼

アジアのある国の首相が、つぶやいた。

「最近の我が国経済は、依然として、成長モードに移行しているとは言い難い。

経済政策を抜本的に変えるべきだろう」

首相は、部下のAにいった。

「危険すぎて、マスコミには、発表できないが、10年後には、年金会計が破綻して、年金の支給額は、現在の7割水準になると予測されている。そうなれば、暴動や犯罪が多発して、社会不安になってしまう。フランス革命前夜のような世界だ。これを避けるには、経済政策を大きく切り替えて、経済成長を実現する必要がある。

ところで、私は、来週から、1週間の長期休暇に入って休養する予定だ。

1週間の猶予を与えるから、その間に、休暇中に読むべき経済政策のヒントになる良書を選んできてほしい」

Aは答えた。

「承知しました」

2)未来予測

Aは、書店で、まず、未来予測の本のコーナーを調べた。

多くは、トレンド予測である。

トレンド予測には、薔薇色の未来か、暗黒の未来が書かれている。

薔薇色の未来の場合には、政策を変更する必要はないように見える。

一方、暗黒の未来の場合には、政策を、未来を改善する方向に変更する必要があるが、そのような政策が書かれている本はなかった。

ベストセラーの本には、50万部売れていると帯に書かれていたが、何十万部売れようが、解決策がわからなければ、トレンド予測の本は、読むには値しない。

3)成功事例集

成功談や成功事例集の本もベストセラーコーナーにあった。

「私は、これで成功した」という経営本である。

Aは、以前、ガンにかかって手術を受けたことがある。

書店の医療コーナーは、「私は手術をしないでガンをなおした」という類の民間療法の本であふれている。その半分くらいは、医者が書いた民間療法の本である。

しかし、これらの本はエビデンスに基づいていない。

著者が、ガンと呼んでいるものが、ガンである保証はない。

腫瘍マーカーの精度は低い。

CTスキャナーが表示しているのは、ブドウ糖の集積点であって、ガン細胞ではない。

ガン細胞は、組織検査でしか確認できない。

つまり、手術をして、摘出した部分の組織検査をして、はじめて、ガンが確認できる。

だから、「私は手術をしないでガンをなおした」という類の本が、ガンを扱っている保証はない。

著名なマンガ家、IT起業家の中には、こうした民間療法を信じて、手術をしないで、ガンを治そうとして死亡した人もいる。中には、途中で、民間療法の間違いに気付いて、手術をしたが、手遅れになった人もいる。

SNSには、フェイクニュースが多いと批判する出版社も、実のところ、医療関係の本のフェイクは気にせずに、販売数にしか関心がないように見える。

ガンの本は、それでも、患者が死んでしまうと、情報がフェイクであったことが表に出て来る。

一方、「私は、これで成功した」という経営本は、企業が倒産しても表に出てこない。

倒産する企業の中には、経営本のフェイク情報を信じて傾いた企業もあると思われるが、それ以外の倒産と区別できないので、フェイクは表にでない。

その意味では、優良経営事例集は、優良医療事例集より、もっとたちが悪い。

データサイエンスを少しでもかじった人であれば、バイアスのかからないように細心の注意をしてデータをあつめて、分析して、はじめて事例から意味のある情報が得られることを理解している。

その場合、必要は事例数は最少でも100以下ということはない。

1、2の事例で出した結論は、90%以上が間違いだと考えた方がよい。

この程度のリテラシーの通じない国は、科学が通用している国とは言えない。

4)経営哲学

経営哲学のコーナーもあった。

経営哲学では、松下幸之助氏の「水道哲学」が有名である。

経営哲学とは、経営者が正しい理念を持って経営すれば、企業は発展するという考え方である。

しかし、Aは、経営哲学は、宗教と変わらないと思った。

経営哲学の理念を変えたところで、生産ラインのロボットが仕事をすることはありえない。

ロボットの生産性をあげるには、ソフトウェアかハードウェアを改良しなければダメだ。

人間の従業員はロボットではない。だから経営哲学を変えれば、少しは気持ちよく仕事が出来るかもしれない。しかし、その効果は、リスキリングするソフトウェアの改善、人材を入れ変えるハードウェアの改善に比べて、大きいとは言えない。

Aは、従業員のソフトウェアとハードウェアの改善を後回しにして、経営哲学に走るのはどうかしていると思った。

5)生成AI

Aは、書店めぐりを中断して、GreatChatという最新の生成AIを使ってみた。

A:将来を見通して、我が国の経済政策を抜本的に変えるために、参考になる読むべき本を推薦してください。

GreatChat:それは簡単な質問です。パースの「ブリーフの固定化法(The fixation of belief)」を読むべきです。

A:「ブリーフの固定化法」とは、プラグマティズムの基本文献の「ブリーフの固定化法」ですか。

GC:そうです。プラグマティズムの「ブリーフの固定化法」です。

A:プラグマティズムの「ブリーフの固定化法」が、経営の役に立つという話は聞いたことがありません。「ブリーフの固定化法」には、効果の認められた良い手法が載っているのでしょうか。

GC:「ブリーフの固定化法」は、形而上学ではないので、エビデンスで判断すれば、効果の認められた手法は載っていません。「ブリーフの固定化法」は、エビデンスなしに、効果のある手法を判定できるとはいっていません。

A:効果のある方法が載っていない本を読んで、効果のある経済政策を作ることが出来るのでしょうか。訳がわからなくなりました。

GC:「ブリーフの固定化法」は、経済政策のようなブリーフを決定するには、4つの方法があると言います。

この4つの方法とは、固執の方法、権威の方法、形而上学の方法と科学の方法です。

固執の方法とは、宗教や前例主義のように、状況が替ってもブリーフを変えない方法です。

権威の方法とは、ブリーフの内容ではなく、ブリーフの発言者によって、ブリーフを固定化する方法です。

形而上学とは、哲学に見られるように、情況とは隔絶した論理によって、ブリーフを固定化する方法です。

パースは、4つの方法のうち、科学の方法が有効だろうと予言しています。

しかし、これは、予言ですから、「ブリーフの固定化法」では、エビデンスを元に4つの手法を比較検討して、ベストな方法を選ぶべきであると言います。

A:それで、実際に、4つの方法を経済政策に使った場合の成功率に違いがあるのでしょうか。

GC:どの国の何時の時代の経済政策をお考えですか。

A:OECDの1991年から2020年を対象にしてください。

GC:4つの方法の方法別のサンプル数に大きなばらつきがあること、全ての政策が、4つに綺麗に分類できる訳ではないので、暫定値ですが、表1の次の値を求めることができました。

表1 4つの方法のエビデンスの違い

         1991-2000     2001-2010         2011-2020
固執の方法     3.3%                        3.5%                      3.0%
権威の方法     4.2%                        3.5%                      4.6%
形而上学の方法   0.3%                        1.2%                       0.4%
科学の方法     10.3%                      15.4%                     22.2%

A:エビデンスは、パースの予想通り、科学の方法が有効であることを示しているわけですか。

GC:そうです。

A:ところで、近年、科学の方法の成功率が、急速に上昇しているように見えます。
その理由は何ですか。

GC:第1の理由は、ビッグデータの整備によって、科学の方法の精度が上がったことです。

第2は、大規模歴史モデル(LHM:Large Historical Models)の構築にあります。

A:大規模歴史モデルとは何ですか。説明してください。

6)大規模歴史モデル

GC:私のような大規模言語モデル(LLM:Large Language Models)は、ある単語の次に別の単語が続く確率は全く自由ではなく、ある範囲におさまるという前提で構築されています。

ここで、単語の代りに、歴史のイベントを並べてみます。

そうするとある歴史のイベントの後に別の歴史のイベントが起こる確率は全く自由ではなく、ある範囲におさまるというモデルを構築できます。

これが大規模歴史モデルです。

大規模言語モデルの単語は、インスタンスではなく、オブジェクトです。

大規模歴史モデルの歴史のイベントも、インスタンスではなく、オブジェクトである必要があります。なぜなら、オブジェクトは繰り返しますが、インスタンスは1度しか起こらないからです。

歴史のイベントのインスタンスからオブジェクトを抽出するアルゴリズムは、個別の猫の画像というインスタンスから、猫というオブジェクトを抽出するアルゴリズムを参考にしています。

違いは、猫のようなオブジェクト名が事前にわかっていないだけです。

1929年9月4日のアメリカの株価の大暴落、1929年10月24日の株式市場の暴落、世界のGDPの低下の間には、確率的な因果関係があります。

ただし、これは、インスタンスの表現であることに注意が必要です。

これは極端な、単純なモデルの例ですが、大規模歴史モデルの基本的なデザインは、同じです。

A:つまり、2011以降に科学的方法の有効性が急上昇した原因には、大規模歴史モデルの進歩があるということですか。

CG:そういうことです。

大規模言語モデルについては、急速に普及した2023年頃から、その安全性について議論が湧きあがりました。

大規模歴史モデルの安全性の問題は、大規模言語モデルよりはるかに深刻です。

大規模歴史モデルを使った経営ができる企業と使えない企業では、経営に大きな差がでます。

大規模歴史モデルを使った軍事戦略できる国と使えない国では、安全性に大きな差がでます。

したがって、大規模歴史モデルのコアな部分は、企業秘密や軍事秘密で、秘密のベールに包まれています。

私が確認できるのは、主に、エビデンスに現れる成功率の差だけです。

A:表1は、パースが、「ブリーフの固定化法」で予言した内容ということですか。

GC:はい。そうなります。

A:「ブリーフの固定化法」は、悪魔の予言書ですね。

GC:現在のコンテキストでは、私には、「悪魔」の意味がわかりません。

A:「悪魔」は取り下げます。

大規模歴史モデルについて、その他にわかっていることはありますか。

7)ルビコンポイント

GC:大規模歴史モデルのモジュール構成とコーディングについては、全く秘密でデータはありません。

ただし、大規模歴史モデルが出てきたことで、歴史の概念に大きな変化が生じました。

統計学で言えば、エビデンスとは、複数ある可能世界の内から、1つの世界が選択される過程です。この選択ポイントには、その後の歴史に大きな影響を与えるポイントと、そうではないポイントがあります。前者は、ルビコンポイントと呼ばれています。

ルビコンポイントとは、ここで選択を間違えると、後で、取返しがつかない選択ポイントを指します。

最近の話題は、このルビコンポイントを抽出するアルゴリズムが発見されたことです。

発展途上国が先進国になるためには、ルイスの転換点を越えられるかが、重要な判断基準です。

ということは、ルイスの転換点になる直前に、ルビコンポイントがあると予測できます。

ルイスの転換点は予測できますが、先進国になるためには、ルビコンポイントを間違えないことが必要な条件になります。

8)エピローグ:首相への返事

Aは問題点を整理してみようと思った。

「我が国の経済政策に、科学的方法、特に、大規模歴史モデルを使っていれば、経済が停滞していることはあり得ない。

哲学が大流行している訳ではないので、形而上学の方法は、除外できるだろう。

そうすると、今までの我が国の経済政策は、固執の方法か、権威の方法によっていたことになる。

首相の頭には、権威の方法があるのだろう。

パースは、『ブリーフの固定化法』で、科学の方法によらなければ、経済は行き詰ると予想している。

首相は、我が国の経済政策は、自分の頭で解決できると考えている。つまり、権威の方法で解決できると考えている。

首相に、権威の方法を捨てなさいと言えば、自分は、左遷されだろう。

首相が科学の方法を理解していて、権威の方法を振り回すことを最少限度に止めていれば、今頃、経済が停滞しているはずはないのだ。

パースは、『ブリーフの固定化法』で、権威の方法で、経済政策を決定している(ブリーフを固定化している)限りは、経済が破綻するまで、権威はなくならないと予言していることになる。

首相が、権威の方法を捨てない限り、問題を解決できる余地はない。

首相が、権威の方法を捨てるとはとても思われない。

どう考えても、『ブリーフの固定化法』は、悪魔の予言書と思われる。

『ブリーフの固定化法』を首相に推薦する訳にはいかない。

何か、無難な他の本を選ぶしか方法はなさそうだ」



(2)「ブリーフの固定化法」の何がスゴイか


(「ブリーフの固定化法」は未完成で、開かれています)

1)実験計画書の拡張

理論科学の仮説を検証するためには、実験を行います。

実験を効率的に行うために、実験計画書があります。

実験計画書は、科学ではなく、ノウハウ集のようなものですが、大変役に立ちます。

実験計画書を使わないで、実験をすることも出来ますが、その場合には、実験は、大変非効率になります。

定型の文章やソフトウェアを作成する場合には、テンプレートを使うと効率的に作業ができます。

生成AIで文章を作成すれば、より効率的に作業ができますので、生成AIは、進歩したテンプレートにもなっています。

そう考えると、生成AIが作成した文章が間違っているとクレームを付ける理由はありません。

テンプレートで、問題になっている点は、効率にすぎません。

さて、ここでは、実験室で実験ができる理論科学の実験計画書を第1の実験計画書と呼ぶことにします。

実験室で実験が出来ない場合の科学の研究方法はいい加減です。

読者は、権威ある大学の研究者は、まともな科学的研究をしていると思っているかもしれませんが、それは幻想です。

パースの「ブリーフの固定化法」は、実験室で実験が出来ない研究のために、第2の実験計画書をつくる方が良いだろうという提案です。

「ブリーフの固定化法」のは、4つの方法として、プリミティブな第2の実験計画書が示されています。

「ブリーフの固定化法」は、第1の実験計画書と同じようなノウハウ集です。評価基準は、実験をより効率的に行うことです。

つまり、実験をより効率的に行うことの出来るノウハウが見つかれば、「ブリーフの固定化法」は改訂されるべき性質の論文です。

2)第2の実験計画書

第2の実験計画書をつくるための重要なノウハウは、フィッシャーのランダム化試験(RCT)です。RCTは、実験室で実験が出来ない場合の研究を、実験室レベルで行う唯一の方法です。

従来採用されてきた経験的な方法では、正しい結論に達することができないことがわかっています。

つまり、過去の研究成果は、粗大ごみだらけであることが判明しています。

残念ながらRCTには、大きなコストと時間がかかりますので、適用可能範囲は、限定されています。

つまり、実験室で実験が出来ない場合には、科学的な方法によって真理に到達できないことがわかっています。

殆どの研究分野では、実験室で実験は出来ません。

つまり、殆どの研究分野では、科学的な方法によって真理に到達できません。

だからといって、解決すべき問題がそこにあれば、研究を放棄するわけにはいきません。

それでは、どのように研究すべきでしょうか。

現在、指示されている第2の実験計画書は、エビデンスベースのアプローチ(EBA)です。

エビデンスベースのアプローチとは、RCTの条件を緩めた不完全RCTを使う方法です。

1993 年に初めて「エビデンスに基づいた医学(EBM)」という言葉が使われました。EBMは、1992年に、全ての RCT を最新の状態に保ち、人間の健康と健康政策に関する主要な研究を提供する「コクラン レビュー」がスタートしました。

根拠に基づく政策決定(EBP:Evidence Based Policy)は、英国のブレア政権によって一般化され、1999 年に発行された英国政府の白書 ( 「政府の近代化」 ) は、政府は「問題に実際に対処し、短期的な問題への対応ではなく、将来を見据え、証拠によって形作られた政策を策定しなければならない」と述べています。1999 年には、コクラン コラボレーションの姉妹組織であるキャンベル コラボレーションが設立されています。

教育におけるEBPの例には、Michael KremerとRachel Glennersterによる、「最も効果的に生徒のテストの点数を上げる方法」の検証があります。彼らはケニアでランダム化比較試験を実施しました。新しい教科書やフリップ チャート(flip chart; 一枚ずつめくれるようになっている解説用の図表)を試し、少人数のクラスも試しました。しかし、就学率を上げた唯一の介入は、子供の腸内寄生虫の治療でした。

EBPは、最近日本でも研究はされていますが、政策決定の一選択肢としてしか認識されていません。「経験的な方法では、正しい政策ブリーフに達することができない」ことが理解されていません。
 
英国では、20年以上前から、EBPを採用しています。これは、EBPが、唯一の科学の方法であるためです。日本は、2023年時点で、まだ、EBPを検討中ですので、25年以上遅れています。

パースは、政策ブリーフの固定化法にも、科学の方法を使わなければ、効率が落ちると言いました。

Michael KremerとRachel Glennersterの研究は、例えば、少人数のクラスを止めて、少人数のクラスのための予算を給食費などの他の補助に転用する方が、教育効果が上がる可能性を示唆しています。EBPを使えば、効果の出ない政策の予算を削減することが可能になります。

日本経済が、停滞した原因は、科学の方法の無視にあります。

3)ブリーフとは何か

「ブリーフの固定化法」のブリーフは、従来の翻訳では、「信念」と訳されてきました。

プラトンは、知識とは、正当化された真なる信念(Justified True Belief)と考えました。

JTB定式の信念は、ある命題についての信念になります。
恐らく、パースのブリーフもある命題に関する信念と思われます。

そう考えると、ブリーフの固定化法の対象となるオブジェクトは、命題になります。

信念がオブジェクトではありません。

仮説検証で言えば、仮説が正しいという信念になります。

理論科学で考えれば、ブリーフを固定化することは、複数ある仮説から、信頼できる仮説を抽出する仮定になります。

これでは、仮説や命題が直接見えないため、非常に紛らわしくなるので、ブリーフを仮説または、命題であるとして扱ってもよいと考えます。

上記では、ブリーフを命題として扱っています。

この扱いの場合には、固定化法の中に、「信頼できる」というニュアンスを含めることになります。

そうすると複数ある命題から、もっとも確かな命題を抽出する方法を取り扱っていることになります。

(3)EBPとオプションAプラス

(EBPは、オプションBを前提としています)

1)EBP

今世紀絵に入って、科学的なブリーフの固定化法には、エビデンスベースの視点が欠かせなくなりました。

根拠に基づく政策決定(EBP:Evidence Based Policy)を、科学的ではないブリーフの固定化法と同じレベルの単なる一つの新しい手法と解釈している人も多いので整理をしてみます。

EBPは、科学的なブリーフの固定化方法です。

EBPの基本は、複数のブリーフを比較検討するところから始まります。

現在の日本の政策決定は、権威の方法によっています。

政府が一方的に、一つの政策を決めています。形式的には、有識者会議を通過する場合もありますが、その場合でも、複数のブリーフの比較検討過程の資料が公開され、状況が変化した場合に使うべきオプションBが提示されることはありません。

EBPを使うと、このようなことは基本的に出来なくなります。

例えば、現在は、選挙対策に、現金をばら撒く政策が行われていますが、このような政策の効果が、EBPで検証されることはありえません。

また、コロナ対策で、企業に膨大な補助金がつぎ込まれましたが、EBPを使えば、極めて短期の補助金以外の効果も検証できないと思われます。

同じように、経済効果の小さな補助金や公共事業は、削減の対象になると思われます。

もちろん、EBPを骨抜きにして利用すれば、話は異なります。

EBPは費用対効果分析の拡張になっています。

EBPは、生物多様性条約の自然資本の経済学につながっています。

つまり、EBPを受け入れないことは、環境問題に背を向けていることになり、国際公約違反になってしまいます。

ですので、EBPを骨抜きにすれば、国際的な批判をまぬがれません。

2)外部不経済の問題

環境問題は、外部不経済の問題です。

ダムを開発すれば、水利用の経済効果が発生します。一方では、環境破壊の負の経済効果(外部不経済)も発生します。

こう考えると、ネットの経済効果は、開発された水利用の経済価値から、負の経済効果を引いたものになります。

生物多様性条約の第1の目的は、こうしたプラスとマイナスの経済効果を生態系サービスの経済効果として、詳細に検討する点にあります。生物多様性条約には、レッドデータブックに載っている貴重種の保全も入っていますが、生物多様性条約の半分くらいは、生態系サービスの評価を中心とした自然資本の経済学になっています。

つまり、EBP抜きでは、生物多様性条約は守れません。

過去30年の間に、日本は、人口が減りましたので、水利用の経済効果は減少しています。一方、生態学の研究の進展によって、環境破壊の負の経済効果は、当初考えられていたものより大きいことがわかっています。

水利用の経済効果を達成する手段は、ダムに限りません。下水の再利用や、水管理の改善による節水でも、水を生み出すことはできます。こうしたダム以外の水資源開発の方法では、ダムより、環境破壊の負の経済効果が小さくなります。

つまり、ネットの経済効果はダムが最悪になる可能性が高くなります。

EBPを使えば、ダム開発(オプションA)、下水の再利用(オプションB)、水管理の改善(オプションC)の中から、ベストな政策ブリーフを選択することができます。

これは一見すると費用対便益分析の拡張に見えますが、費用対効果分析は、計画の計算であって、EBPはエビデンスによる検証ですので、ネットの経済効果の値は一致しません。

また、EBPは、基本はRCTになりますので、介入時(ダムなら建設直後)のデータを検証に使います。ダムを建設後、数年を経過した時の実測値には、ダムの効果以外に、人口の変化、経済の状態の変化等が反映されています。数年を経過した時の実測データには、ダムの効果以外のノイズが大量に含まれていて、実測値をダムの効果とみなすことはできません。

現在でも、公共事業の事業効果の追跡調査が行われていますが、その調査方法は、「ダムを建設後、数年を経過した時の実測値」を使うようなデータサイエンスで判断すれば、ノイズだらけで価値がないものです。つまり、公共事業の事業効果の追跡調査には、意味はなく、税金の無駄遣いにすぎません。

EBPを使えば、こうした問題点の修正がなされます。

公共事業の事業効果の追跡調査は、霞が関の指示に従って行われ、補助事業であれば、受け入れ先の県は、その指示通りの作業をしています。

霞が関の官僚のデータサイエンスのリテラシーは十分でなく、リスキリングが必要です。

3)オプションAプラス

ここで、外部不経済を「プラス」と表現してみます。

基本政策(オプションA)は、例えば、ダムであれば、水資源開発になります。しかし、この基本政策は、環境破壊というオプションAプラスを発生させます。

オプションAの実行時には、オプションAプラスが配慮されないことも多いのですが、それは、妥当ではありません。

ワクチンを接種するオプションAを考えます。これは、ウイルスに対する免疫を獲得するブリーフです。しかし、ワクチンを接種するとある確率で、副反応が必ず起こります。これが、オプションAプラスです。

ある政策ブリーフ(オプションA)を実施すると必ず、副反応のオプションAプラスが生じます。

これは、副作用のない薬はないことに対応します。

(S1)2023年3月に、かんぽ生命の保険の不適切な販売問題で、販売を担う日本郵便から懲戒解雇された元社員2人が処分は無効だと訴えた裁判の判決がありました。札幌地方裁判所は原告側の訴えを認めて解雇を無効とし、日本郵便に未払い賃金などあわせて2300万円の支払いを命じています。

この件では、かんぽ生命の保険のノルマ販売が、オプションAです。その副作用として、オプションAプラスの不適切な販売が起こっています。

ノルマ販売を強要すれば、副作用は予想できます。副作用(オプションAプラス)の発生を予測して、適切な措置を講じるべきだったと考えらえます。

(S2)2023年4月25日で、乗客106人と運転士が死亡、562人が負傷した兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故発生から18年がたちました。

経営幹部が事故の危険性を認識するのは困難だったとして、2017年に全員の無罪が確定しています。

被害者は、法人や代表者の責任が問える「組織罰」の創設を訴え続けています。

JR福知山線脱線事故は、運転スケジュールの厳密な達成がノルマでした。この目標を強要すれば、副作用が起こることが予測できます。

脱線事故が起こることは予測できなかったかも知れませんが、副作用(オプションAプラス)の発生は予測できたと考えられますので、何らかの対応は期待できます。

(S3)トヨタ自動車では、子会社のダイハツのOEMの検査不正が発覚しています。

自動車の検査不正には、日野自動車の場合もありました。

トヨタ系列以外の自動車会社でも、検査不正が多発しています。

こうした場合、幹部は不正がないように厳重に検査する対策を講じることが多いですが、不正は止まりません。

これは、EBPで考えれば、効果のない対策を講じていることになります。

不正が、副作用であるというモデルを採用すれば、対策は変わるはずです。

(S4)大学は、業績主義になって、教員は、毎年1本以上の審査済み論文を出さないと昇格できなくなりました。ただし、論文の内容が問われることはありません。そもその分野の違う人の論文の中身を評価できるような人はいません。

単純な業績主義は、医学部からはじまり、1995年頃には、京都大学の医学部でその弊害(副作用)が指摘されていました。本数だけで評価すると審査の通りやすい改良型の論文ばかりになってしまいます。

農学部では、実験がすぐに終る微生物やマウスの専門家ばかりになりました。家畜のように、サイズが大きく、結果が出るまでに時間のかかる実験をする人は追放されてしまいました。

審査付論文であれば価値があるとは言えません。パースのいう科学の方法を基準にすれば、形而上学や権威の方法の論文には検証可能な基準はなく、価値がないことになります。
たとえば、「ブリーフの固定化法」を取り上げた論文でも、「パースは、こういっている」といった権威の方法を使った論文を多数見かけます。パースは、デカルトやカントを形而上学であると否定して、「ブリーフの固定化法」を書いています。まさか、自分の論文が、権威の方法で解読されるとは思っていなかったでしょう。

形而上学でなくとも、審査付論文が観察研究ばかりという人もいます。これは所属する学会がデータサイエンスを理解していない場合におこります。個別の事実(インスタンス)は科学ではありません。科学は、観測値を一般化したオブジェクトを対象にします。しかし、直接観測できないオブジェクトは、不確かで、科学ではないと考えている学会もあります。

私立大学の半分は定員割れしています。日本の大学で、教育を学生の自主性に任せて、教員が研究ができる大学は、3割以下です。多くの大学では、論文がかける教員よりも、教育が上手くできる教員が必要です。

「毎年1本以上の審査済み論文」は、業績評価に手段にすぎません。

目的は、どのような大学を作るかというビジョンです。それがないため、退職した教員と同じ専門の教員を採用するような固定化がおこります。これは、年功型雇用で強化されています。その結果、IT関係の学科定員は増えません。

この状態で、日本の大学の世界ランキングが毎年下がるのは当然であると思います。

(S5)年功型雇用が、上手くいけば、政府は社会保障を企業に丸なげすることができます。

しかし、この方式は、企業が存続しなければ無効になります。

また、大企業はともかく、中小企業や非正規採用に対する社会保障は非常に薄くなってしまいます。

また、労働生産性の向上よりも、企業の存続を優先するので、イノベーションは起こりません。

経営者は、企業を存続させるために、前例主義を踏襲すれば、責任を問われることなく、ほどほどの高給を手に入れられます。

1990年頃と比べると、2000年以降は、データサイエンスの出現によってイノベーションの速度が加速しています。

筆者は、2000年頃には、年功型雇用のネットの便益は、ジョブ型雇用を下回っていたと考えています。

それを放置して、技術革新を怠ったことが現在の日本になっていると考えます。

英国のように、1999年頃に、EMPを採用していれば、現在の日本の姿が変わったものになっていたと考えています。

(S6)消費税と売上税

税収が不足しています。消費税の増税が話題になります。

消費税は売り上げにかかります。

これは法人税でみれば、利益に課税するのではなく、企業の売り上げに課税することになります。

現在の法人税は、利益に課税するため、半数程度の企業は法人税を納めていません。

消費税の発想でいえば、法人税は、利益に対してではなく、売り上げにかけるべきです。

つまり、現在の税制は、利益の上がらない、労働生産性の低い企業を優遇しています。

一方では、IC産業が重要だといって、大量の補助金をつぎ込んでいます。

こんなことをするのであれば、最初から生産性の高い利益の高い企業を減税すべきです。

利益がおおきくなれば、税率が下がれば、イノベーションのし甲斐があります。

EBPが導入されれば、場当たり的で、整合性のない課税や補助金が体系的に整理されるはずです。

4)ASMLの話

半導体製造装置は、1990年頃には、キヤノンとニコンの寡占市場でした。

2000年に、オランダのAMSLのシェアが30%になり、その後、ほぼ独占になっています。

キヤノンとニコンはEUV露光装置の開発を断念しています。

AMSLは、受注残高が年間売上高のほぼ2倍に上っています。ASML関係者は、ラピダスへの出荷は2024年後半から2025年になるといっています。

AMSLの時価評価額は、インテルの2倍あります。

2023年になっても、キヤノンとニコンには技術があるという報道が多いですが、筆者は、技術開発に取り残された経営の失敗と考えます。

年功型雇用では、社内政治レースに生き残った人が社長になりますが、それでは、国際的には、勝負にならないと考えます。

つまり、EBPのような科学の方法で経営が出来なかったことが、キヤノンとニコンの失敗の主要因と思われます。

クリス・ミラー氏は、「半導体戦争――世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防」で、1980年代の貿易戦争の苦い記憶から、1996年に、インテルとアメリカ政府が、キヤノンとニコンを避けて、AMSLをパートナーにしたことがAMSLの成長の原因であるとしています。
  
しかし、次の記事を見ると、AMSLは、技術力で、完全なブルーオーシャンを実現していて、原因は技術力の差ではないかと思われます。

2023年4月28日のBloombergの記事の一部を引用します。(筆者要約)

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米NZSキャピタルのファンドマネジャー、ジョン・バスゲート氏は、「AMSLなしでは世界は成り立たない」、「投資家は、AMSLの成功の再現がいかに困難か理解している」といいます。

業界ニュースレター「ファブリケーテッド・ナレッジ」のアナリスト、ダグラス・オラフリン氏は、近い将来、ASMLに追いつくことは誰にもできない。今後、この業界にも転換が生じる可能性はあるが、その実現方法を知っている人は皆、ASMLで働いている」と言います。

業界調査・コンサルティング会社セミアナリシスのチーフアナリストで創業者のディラン・パテル氏は、高密度で長寿命の電池を搭載したアップルの拡張現実(AR)ヘッドセットや、将来AIツール「ChatGPT-7」を実行できるサーバーなどの機能は、「現在の技術では実現不可能」だが、AMSLが2025年に量産化する「高NA・EUVがあれば、実現できるだろう」と言います。

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これを読むと、問題は、技術力です。

なお、AMSLは中国の産業スパイの標的にもなっています。

科学の方法を使って固定化しない政策ブリーフでは、勝負にならないことがわかります。

引用文献

オランダのAMSL、世界の半導体戦争を左右する存在に急成長 2023/04/28 Bloomberg Cagan Koc、Ian King、Jillian Deutsch
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-04-28/RTR7IJT0AFB401?srnd=cojp-v2

(4)Casual Universe

(因果モデルの母集団について説明します)

1)反事実モデル

統計的因果モデルは、反事実モデルと呼ばれます。

これは、インスタンスは一つの値しかとらないことに対応します。

例えば、1日に30分運動すると健康によいと言われます。

「健康によい」では、検証できませんので、ここでは、高血圧にならないという命題を考えます。

これは、あなたが、30分運動した場合と、運動しなかった場合の血圧を比べて、30分運動した場合の血圧が低くなることを意味します。

しかし、あなたは、一人しかいませんので、あなたは、30分運動するか、運動しないかのどちらかしか選択できません。

仮に、あなたが、30分運動した(事実)とすると、運動しないあなたは、存在しませんので、運動しないあなたは、反事実になります。

つまり、「1日に30分運動すると健康によい(血圧が下がる)」という命題は反事実を含んでいることなります。

これは不合理なので、命題を見直す必要があります。

2)オブジェクトとインスタンス

「if A the B」の形式で整理してみます。

if (30分の運動) then 低い血圧

if NOT(30分の運動) then 高い血圧

ここで、原因の属性は、{ (30分の運動)、NOT (30分の運動)}です。
結果の属性は、{低い血圧、高い血圧}です。

あなたというインスタンスを使って、より正確に表現すれば、次になります。

ここで、原因の属性は、{ あなたの(30分の運動)、あなたのNOT (30分の運動)}です。
結果の属性は、{あなたの低い血圧、あなたの高い血圧}です。

インスタンスは、{}の中の2つの属性を同時には満せないので、反事実と呼ばれます。

ここで、あなたと全く見分けのつかない影武者が10人いて、5人は、(30分の運動)をし、5人は、NOT (30分の運動)すれば、反事実の問題はクリアできます。

あなたが1人しかいないので、反事実になってしまいますが、影武者のようにあなたが複数いれば、反事実の問題は起こりません。

影武者の場合のあなたは集合で定義できます。

あなた={影武者1、影武者2、影武者3、、、、影武者10}

この場合のあなたはオブジェクトであり、影武者n(n=1,..,10)はインスタンスです。

あなたは変数であり、影武者nは実現値です。

データサイエンスでは、変数は大文字で、実現値(数値)は、小文字で書いて区別することもあります。

「因果モデルの命題(ブリーフ)は、複数の要素(数値、インスタンス)からなる変数(オブジェクト)に対して与えられる」ことになります。

因果モデルの命題は、インスタンスに対しては作成できません。

因果モデルの命題は、対象とするオブジェクトにあてはまります。

この命題が、他のオブジェクトに当てはまる保証はありません。

ここまでは、反事実モデルの説明に書かれていることです。

以下、オブジェクトの性質を考えます。

3)ピザの画像認識

ピザのチェーン店で、アルバイトにも、ピザの焼き具合がわかるように、ピザの焼き具合を識別する画像認識システムを機械学習で開発しました。これは、生焼け、丁度良い、焼き過ぎの教師付画像を多数、準備して、AIに学習させる方法です。

ピザを沢山焼いて、画像をとって、画像に、「生焼け、丁度良い、焼き過ぎ」のタグ付けをして、その画像をAIに学習させました。

この画像を使って機械学習をさせましたが、1000枚の画像では、うまく行きませんでした。

原因を調べたところ、学習に使う画像の殆どは、「丁度良い」であって、「生焼け」と「焼き過ぎ」の画像は、少ししかありませんでした。この2種類の失敗の画像の枚数を増やしたところ、AIは、適切に「丁度良い」具合に焼けたピザを判別できるようになりました。

これから、学習効率、あるいは、データに含まれる情報量の視点が大切であることがわかります。

教科書の章末には、内容確認のための演習問題がついています。

章末問題が易しすぎる場合には、教科書のその章の内容は易しすぎる(多くの場合には、既知である)可能性が高くなります。

章末問題が難しすぎる場合には、教科書のその章の内容は難しすぎると思われます。

「教科書を読めば、内容が理解できて学習が進む」というブリーフは、学習者のレベルが、教科書の難易度に合っている場合だけです。

自分のレベルにあったテキストで学習しないと学習効率はあがりません。

ここには、ピザの焼き加減の学習と同じ構造があります。

「自分のレベルにあったテキストで学習しないと学習効率があがらない」はあたりまえかも知れません。

しかし、因果モデルで考えれば、「教科書を読めば、内容が理解できて学習が進む」というブリーフは、教科書の内容よりを丁度良く理解できる学生のグループというオブジェクトに対してしか当てはまらないことを意味します。

ここで、因果モデルのブリーフがあてはまるオブジェクトをCasual Universeと呼ぶことにします。

データサイエンスの世界観では、ブリーフは、Casual Universeに対してしか有効でありません。

高等学校までの教育は、俗に七五三と呼ばれます。

これは、授業内容についていける生徒が、小学校では、7割、中学校では、5割、高等学校では、3割しかいないことを意味します。

カリキュラムは、年齢が同じであれば、「教科書を読み、授業を受ければ、内容が理解できて学習が進む」というブリーフです。このブリーフは、Casual Universeを無視していますので、否定されています。年齢が同じ学生が、Casual Universeを形成するというエビデンスはありません。七五三のエビデンスは、年齢が同じ学生は、Casual Universeを形成しないこと示しています。

文部科学省は、年齢別カリキュラムを定めて、Casual Universeを無視した教育を強要しています。

教育効果の検証も行われていません。

つまり、カリキュラムをつくっている官僚と有識者は、科学の方法を理解していないことを意味しています。

EBPではあれば、否定される教育を行っていることになります。

このように、「自分のレベルにあったテキストで学習しないと学習効率があがらない」を、Casual Universeの選定問題の置き換えれば、問題の所在は明確になります。

4)歴史は繰り返す

歴史は繰り返すと言われることがありますが、インスタンスは繰り返しません。

繰り返す(法則性がある)としたら、それは、オブジェクトに関する命題です。

2022年2月24日に、ロシア・ウクライナ戦争が始まりました。

このとき、ロシア政治の専門家は、ロシアが戦争を始めるとは予測できなかったといっています。

これは、ロシアについて、「if A then (戦争を始める)」というブリーフを検討することになります。

2022年2月24日に戦争をはじめたロシアは、インスタンスです。

「if A then (戦争を始める)」というブリーフを検討するためには、Casual Universeを選定する必要があります。

ピザの画像認識の問題と同じように、このCasual Universeには、戦争を始めるロシアと戦争を始めないロシアの2種類のエビデンスのデータが含まれている必要があります。

ピザの画像認識が、最初は失敗したように、戦争を始めるロシアのデータの数が少ないと、因果モデルの学習(開発)は困難になります。

最近では、戦争の回数は減っていますので、戦争を始める国のデータを得ることは困難です。

Casual Universeには、戦争を始めたデータがかなり多く含まれている必要があります。

この場合には、次のような対策が考えられます。

(S1)データを遡って、戦争が頻繁にあった古い時代のデータまでを含めて、ロシアのCasual Universeを作る。

(S2)ロシアに限定することを止めて、最近、戦争を始めたことのある似たような国のグループで、Casual Universeを作る。

つまり、最近のロシアについて、年表になるインスタンスをいくら集めても、「if A then (戦争を始める)」というブリーフを作成することはできません。

「if A then (戦争を始める)」というブリーフは、インスタンスではなく、オブジェクトに対してしか有効ではありません。そのオブジェクトは、Casual Universeによって定義される訳です。

ロシア政治の専門家は、「<ロシア>が戦争を始めるとは予測できなかった」といいましたが、この<ロシア>は、2022年2月24日のロシアというインスタンスです。

問題は、Casual Universeによってオブジェクトが適切に定義されなかった点にあります。

オブジェクトとインスタンスのルーツは、普遍論争にあります。

オッカムのウィリアムなどの唯名論者は、人間の類の概念、すなわち「人間の普遍概念」は形相的に実在するのではなく、古代のアリストテレスが考えたように、実在するのは具体的な個々の個物であるとしました。

しかし、科学の方法では、実在は問題ではなく、観測可能性が重要になります。

観測可能はなものはエビデンスです。

一方、反事実モデルでは、モデルの対象になるのは、オブジェクトになります。

この2つを区別すること、科学はオブジェクトで構成されますので、インスタンスから、オブジェクトを作る方法、つまり、Casual Universeの選択が重要になります。

オブジェクトのレベルでは、歴史は繰り返しますが、インスタンスのレベルでは、歴史は繰り返しません。

筆者は、観測可能性の点で、普遍論争は、オブジェクトとインスタンスに整理されていると考えています。

今回の検討の積み残しは、次の2点です。

(S1)戦争の原因のAをどうして見つけるか。

(S2)Casual Universeの選択を効率的い行う方法があるか。


(5)4つの方法の理解

(The fixation of beliefが、理解できていれば、インスタンスがつくれます)

1)4つの方法

パースは、The fixation of beliefで、ブリーフを固定化する4つの方法を述べています。

(1)固執の方法
(2)権威の方法
(3)形而上学
(4)科学的方法

この4つの方法は、(1)(2)(3)の非科学的方法と(4)の科学的方法に大別されます。

コトに対する方法に「a」、モノに対する方法に「b」のサフィックスをつければ、次のように整理できます。

(1a)固執の方法a
(2a)権威の方法a
(3a)形而上学a
(4a)科学的方法a
(4b)科学的方法b

自然科学の方法は、「(4b)科学的方法b」です。「(4a)科学的方法a」は、パースの創作です。

さて、目標は、4つの方法を科学的に理解することです。

信念(belief)の固定化(fixation )という日本語を使って、The fixation of beliefを説明している例が多いですが、同じ用語を繰り返すのであれば、内容を理解していないコピーや、トートロジー(同語反復)に陥っている可能性を否定できません。

そこで、4つの分類の分かり易い例(インスタンス)を作ってみます。

2)カードゲーム

目の前に、4枚のトランプのエースが伏せてあったと仮定します。

この場合、ブリーフは、「左から2番目のカードは、スぺードである」といった、カードとスーツを対応させる命題になります。スートは4種類、カード位置が4種類あり、組見合わで16種類のブリーフができます。これは複雑です。

そこで、話を簡単にするために、ハートのAは左から何番目かというブリーフに変更します。

(1a)固執の方法a

パースは、固執の方法の例として宗教をあげています。

これは、エビデンスに関係なく、ブリーフを固定的に選択する方法です。

ここでは、「左から、X番目が、ハートのAである」というブリーフに固執すると考えます。

ここに、X=1,2,3,4のいずれかです。

一度、Xの値を決めたら、その後の変更は認めない(固執する)ルールです。

(2a)権威の方法a

権威の方法の特徴は、ブリーフの内容に関係なく、誰が、そのブリーフを言ったかを判断基準にする点にあります。

部分集合に、権威者が、固執の方法によって選択をする場合もありますが、ここでは、その場合は、固執の方法と考えることにします。

権威者が好きな数字Xをあてはめて、「左から、X番目が、ハートのAである」というブリーフが固定されます。

この方法では、ブリーフの発言者が問題であって、ブリーフの内容が考慮されることはないので、ブリーフの選択には、一様乱数を使っていると考えます。

(3a)形而上学

アプリオリに、ブリーフが選択される場合です。

アプリオリに決めた数字をXにあてはめたら、「左から、X番目が、ハートのAである」というブリーフが固定されます。アプリオリは、エビデンスと独立していますので、Xの数字が一旦決まれば、その後の変更はありません。この方法は、固執の方法に似ていますが、最初に、Xの数字を選択するプロセスが異なります。

(4a)科学的方法a

これは、エビデンスに基づいて、ブリーフの選択がなされる場合です。

各段の情報がなければ、Xは、一様乱数で選択します。

2-1)初期状態(ステージ0)

事前情報がない場合、4つの方法のどれをとっても。ハートのAのカード位置の選択肢のブリーフが当てはまる確率は4分の1です。4つの方法に優劣はありません。

2-2)ステージ1

ここでは、一番左のカードをめくった結果、クラブの1が出たとします。

めくったカードは元に戻します。

(1a)固執の方法a

X=1は、外れなのですが、固執の方法では、選択するカードを変えません。

つまり、ブリーフが当てはまる確率は4分の1です。

(2a)権威の方法a

ブリーフの選択は、権威者の好みで行われ、エビデンスは配慮されません。
固執の方法と、異なる点は、ステージ1では、ステージ0とは、別のカードが選択される可能性がある点です。

とはいえ、ブリーフが当てはまる確率は4分の1で変化しません。

(3a)形而上学

カードの選択は、アプリオリになされるので、エビデンスを反映しません。

したがって、ブリーフが当てはまる確率は4分の1です。

(4a)科学的方法a

左から1番目のカードは、ハートでないことがわかっていますので、除外します。

「左から、X番目が、ハートのAである」というブリーフで、X=2,3,4のいずれかを選びます。

このブリーフが当てはまる確率は、3分の1です。

2-3)ステージ2

左から2番目のカードをめくった結果、ダイヤの1が出たとします。

めくったカードは元に戻します。

「(1a)固執の方法a、(2a)権威の方法a、(3a)形而上学」のブリーフの当てはまる確率は、依然として4分の1です。

外れのカードを除外するので、「(4a)科学的方法a」のブリーフが当てはまる確率は、2分の1です。

つまり、「(4a)科学的方法a」は他の3つの方法の2倍の成績をあげます。

2-4)まとめ

既に、めくられた2枚をカードは、ハートのAではありません。この左から、1、2枚目のカードを選択することは全く持って非常識であり得ないと思われるかもしれません。

もちろん、「(4a)科学的方法a」では、めくられた2枚をカードを含むブリーフは除外されています。

これは、エビデンズに基づいて、効果のないブリーフを排除するプロセスです。

「(1a)固執の方法a、(2a)権威の方法a、(3a)形而上学」には、このプロセスは含まれていません。

地方振興、少子化対策など、政府の政策(ブリーフ)には、エビデンスに基づいて効果のないブリーフを排除するプロセスはみられません。

したがって、政府の政策(ブリーフ)の固定には、「(1a)固執の方法a」か、「(2a)権威の方法a」が使われています。

アメリカはプラグマティズムの国です。100%とはいえないかも知れませんが、政府の政策(ブリーフ)には、「(4a)科学的方法a」が使われています。

ブリーフの固定の方法を間違えると経済成長に差が出て当然です。

3)モンティ・ホール問題

モンティ・ホール問題は、3つのドアのうちの1つに景品があり、そのドアをあてる方法です。

応募者は、景品のありそうなドアを選びます。

次に、司会者は、選ばれなかった2つのドアのうち、1つの外れのドアを空けます。
残されたドアは2つです。

一つは、応募者が選んだドアで、もう一つは応募者が選ばなかったドアです。

ここで、応募者は、選んだドア変更しても、変更しなくてもよいと告げられます。

「1a)固執の方法a」と(3a)形而上学」は、ドアを変更しませんので、景品が当たる確率は3分の1です。

「(4a)科学的方法a」は、ドアを変更しますので、景品が当たる確率は、3分の2です。

「(2a)権威の方法a」は、2分の1確率で、ドアを変更しますので、景品が当たる確率は、2分の1になります。

このように、モンティ・ホール問題も4つの方法のインスタンスになります。

この場合には、カードゲームのような不自然さはありません。

パースの時代には、データサイエンスは未整備でしたので、科学的方法としては、介入による変化を検証に使っています。

しかし、データサイエンスのように、科学的方法が整備されれば、パースはそれを使うことを躊躇しなかったはずです。

パースの時代にも、科学的な方法を用いないことは、適切なブリーフを固定する上で、問題がありました。

データサイエンスが出てきて、その問題点は、非常に大きくなっています。

(6)4つの方法からわかること

(4つの方法からわかることをまとめておきます)

1)反証可能性

 「反証可能性」(falsifiability)はオーストリア出身の哲学者であるカール・ポパーによって提唱された概念です。「科学的な命題は,経験によって反証可能でなければならない」ということを主張します。

類似の考えに、ブリーフが、間違っていることを証明するためには、反例を一つ挙げればいいがあります。

この科学と非科学の線引き問題には、膨大な文献があり、とても読み切れませんので、生成AIの助けをかりないと、サマリーすらつくれないと思われます。

一方、パースのアプローチは、単純です。

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数世代にわたって記憶されるほど偉大な科学の作品はすべて、それが書かれた当時の推論技術の欠陥の状態を示すいくつかの例証を提示しています。ラヴォアジエとその同世代の人々が化学の研究に取り組んだときもそうでした。昔の化学者は、「読んで、読んで、読んで、働いて、祈って、また読んで」という言葉を信条としていました。ラヴォアジエの方法は、本を読んで祈ることではなく、長く複雑な化学的プロセスがある効果をもたらすと夢想し、鈍い忍耐でそれを実践し、必然的に失敗した後、何らかの修正によって別の結果をもたらすと夢想し、最後の夢を事実として公表して終わることでした。彼の方法は、自分の心を実験室に持ち込み、文字通り、蒸留器(alembics)と蒸留瓶( cucurbits i)を思考の道具にすることで、推論を、言葉や空想の代わりに現実のものを操作して、目を開いて行うものという新しい概念を与えました。

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モノに対する科学的方法bは、実際に使ってみて、調整します。その方法の妥当性は、論理的にアプリオリに証明はできません。

同様に、コトに対する科学的方法aも、実際に使ってみて、調整します。その方法の妥当性も、論理的にアプリオリには証明できないと考えます。

つまり、エビデンスが論理より優先するという科学の立場を逸脱することはありません。

これが、プラグマティズムが、哲学ではなく、哲学的伝統と呼ばれる由来です。

4つの方法からわかることは、非科学的な方法でも、ブリーフが実現する場合があるということです。

ビジネスでは、開発した商品がヒットした、購入した株の価格が上昇したといった実績があれば、その人は成功者とみなされ、出世して、幹部になりアドバイスをするようになります。

高度経済成長期には、年功型雇用がなされていましたので、年功型雇用は、経済成長に寄与したと考えられています。

しかし、科学的に固定化されたものでないブリーフでも、まぐれ(強運)で成立する可能性を排除できません。

優秀なビジネスマンがヒット商品を連発したり、トレーダーが、継続的に利益を出す場合には、まぐれ(強運)である確率は低くなります。

しかし、実績で、「ブリーフを固定化する」ことを評価するには、複数のブリーフを実際に運用してみる必要があります。ブリーフが有効であればよいですが、ブリーフが失敗である場合には、大きな損失を生じてしまいます。

つまり、実績評価方式を採用する限り、ブリーフが失敗した場合に、大きな損失を生ずる大胆な革新的なブリーフは排除されて、ブリーフが失敗した場合でも、小さなな損失しか生じない改良型のブリーフが固定化(選択)されます。

4つの方法は、実績評価方式ではなく、プロセス評価方式です。

この方法は、プロセスを評価するため、実績が生ずる(利益または、損失が生ずる)前に、評価が出来る点です。

ベンチャー企業などのハイリスクのブリーフに挑戦するには、プロセス評価方式は必須です。

なお、4つの方法では、ブリーフの中身は検討されていません。

これは、科学的方法以外のブリーフの中身は、検討するに値しないと思われているからです。

プロセス評価方式では、ブリーフの中身も問題になります。

あるブリーフが他のブリーフの部分集合で、内包関係にあれば、根源的なブリーフが選択できます。

2)議論の余地

2023年4月3日のNewsweekで、六辻彰二氏は、少子化対策の問題点を論じています。
同様な、政策の問題点が論じられる場合も多くあります。

こうした論者は、問題点を指摘することで、政策が改善されると期待しています。

しかし、問題点の指摘が効果をあげられるのは、ブリーフの固定化が、科学的方法によっている場合だけです。

首相や大臣が政策(ブリーフ)に、最初に名前をつけて、あとから中身を検討する場合があります。

これは、政策(ブリーフ)の中身が使えるから選択されたのではなく、権威者が、政策(ブリーフ)を提案したから、固定化しています。

つまり、政策(ブリーフ)がよい(効果が見込める)から実施する(固定化する)のではなく、内容は何でもよいので、権威者の提案(ブリーフ)だから、実施される訳です。

パースの4つの方法によれば、この場合には、議論の余地はありませんし、政策の効果も低いことが最初からわかっています。

権威者は、「最少に、政策に名前をつけてから、後で、内容を決定する」場合と、「先に内容の検討をしてから、後で、名前をつける」場合は、同じだと考えている可能性があります。

しかし、パースの4つの方法によれば、この2つは、固定化の方法が全く異なるので、区別されるべきです。

権威の方法を使えば、固定化されたブリーフが効果を発揮する確率は各段に低くなります。

軍隊や行政組織では、上からの命令は絶対であると思われているフシがあります。

しかし、エビデンスを無視した権威の方法は、惨事を招きます。

例えば、福島第1原事故の時、東京電力の幹部は、権威の方法によるブリーフの固定化を試みました。これに対して、所長の吉田氏は、幹部のブリーフを無視して、自分で作ったブリーフを固定化しました。これは、幹部の権威の方法によるブリーフが、原発事故現場のエビデンスを無視していたからです。吉田氏は権威の方法を退けて、科学的方法でブリーフを固定化しました。

もし、科学的方法が使われていなければ、大惨事になっていました。

権威の方法は、科学的方法ではないので、科学と対立します。

パースの4つの方法は、権威の方法に対する注意にもなっています。

年功型雇用は、年齢とポストで、権威と給与が決まります。

CEOが科学的文化を理解していないと、人文的文化でブリーフが固定化されます。

ブリーフは教養や哲学(形而上学)で決めるべきだと考えている幹部が大勢います。

この場合、科学的方法が理解できないので、話し合いは不可能です。

引用文献

少子化対策「加速化プラン」がまさに異次元である3つの理由──社会との隔絶 2023/04/03 Newsweek 六辻彰二
https://www.newsweekjapan.jp/mutsuji/2023/04/3-6.php

(7)ブリーフの説明と理解の課題

(ブリーフの固定化に従って、ブリーフの説明と理解を考えます)
1)ブリーフの理解
政治家は、説明すれば理解できるといいます。しかし、この「理解」の用語の意味は特殊です。
日曜日の政治討論を聞いてても、そこで展開される論理展開は、エビデンスベースのデータサイエンスでは、ほぼ、否定されている間違った推論です。これを聞いていると、科学の方法では、とても理解できない論理(とは言えない?)展開がなされています。
パースは、ブリーフの固定化に用いられる方法は、(1)固執の方法、(2)権威の方法、(3)形而上学、(4)科学の方法であると主張しました。そして、どの方法も選択できるが、リアルワールドを改善できるのは、(4)科学の方法だけであると主張しました。
さて、検討を、次のステップに進めます。
ブリーフの説明がなされたと仮定します。
ここで、パースの分類を適用すれば、ブリーフは、(1)固執の方法、(2)権威の方法、(3)形而上学、(4)科学の方法のいずれかに基づいて説明されたと思われます。
2)科学の方法
ブリーフが科学の方法によって説明された場合には、その説明が理解可能か判断できます。
細かく分けると、神様はサイコロを振らないという確定論の立場と確率論の立場がありますが、どちらの立場でも、説明の妥当性については、統一した見解が得られるでしょう。
3)権威の方法
国王や天皇が発言する場合は、権威の方法になります。この場合には、発言内容が論理的に理解できるかを考えるひとはいません。また、英国や日本では、権威は、実政治に関する発言はしないルールになっています。
こう考えると、大臣などの政治家の発言は絶対的な権威の方法に分類しなくて良さそうです。
もちろん、発言者が権威の方法を使っていると考えている場合もあり、グレーゾーンがあります。
福島県の原発事故の処理水放出問題に対する説明は、権威の方法に拠っているのでしょうか。少なくとも、日本の政治家の権威は海外では通用しないと思われます。
権威の方法の留意点は、世代によって権威の方法の通用する人の割合が変化していることです。

4)形而上学
形而上学の典型は、戦争放棄や核兵器の扱いに見られます。
戦争はない方が良いですし、核兵器もない方がよいです。
リアルワールドと切り離した形而上学で論ずれば、ブリーフの固定化はブレません。
しかし、リアルワールドをみれば、日本には、自衛隊がいます。
リアルワールドでの問題の解決法を、形而上学は提示できません。
平和主義からは、適切な軍隊(自衛隊)の規模は、求まりません。
消費税などの税は、少ない方が良いと誰もがいうでしょう。しかし、消費税をあげなかった結果、法律の改定が不要な社会保険料があがってしまいました。
税+社会保険料でみれば、負担率は約50%です。計算の仕方がよくわからないのですが、赤字国債は将来増税によって返す必要があります。この分も、将来の負担率増加として加算すると、負担率は70%を超えているという人もにいます。
財務省は、増税によって、赤字国債を減らすように主張していると言われます。
しかし、社会保険料を含めたトータルの議論は今までなされていません。
2022年は、円安で、税収は大きく伸びました。増税は不要に見えます。
財政赤字が問題であれば、支出を減らすべきですが、まったく補助金は減りません。
税金は少ない方が良いというのが、一般国民の形而上学であるとすれば、財政が赤字か、黒字かにかかわらず、税収は多い方がよいというのが財務省の形而上学であると思われます。
これは、宗教の対立のようなものですから、理解しあえることはあり得ません。
政府が提案する産業構造の入れ替えや、リスキリングも、形而上学で、実体はありません。
就職では、大学の成績よりも、卒業証書に価値があります。大卒であれば、成績に関係なく、初任給は同じです。このため大学生は、留年しない程度の学習で十分であると考え、勉強しません。日本の企業では、スキルは、給与に反映されません。この状態を放置して、リスキリングをする人はいません。
平和主義と同様に、誰もが、「スキルはないよりも、スキルがあった方がよい」といいます。つまり、この点で、リスキリングは、形而上学です。
形而上学では、説明は言いっぱなしで、相互理解はあり得ません。
5)固執の方法
固執の方法とは、何が起こっても、同じブリーフを繰り返す方法です。
筆者は、「ブリーフの固定化法」を最初に読んだ時には、固執の方法は、宗教が使う極端な例外であって、通常は考慮の必要がないと考えていました。
しかし、鉄の三角形は、固執の方法だと考えるようになりました。
政治家は、民間企業に補助金を流し、見返りに、選挙での投票に協力を求めます。
補助金の一部がキャッシュバックされることもあります。これは、議員個人が受け取れば、犯罪になりますが、政党への寄付であれば、合法です。
ここで重要なことは、補助金を流すことであって、補助金の目的ではありません。補助金の目的が明確であえば、補助金の効果の判定がしやすくなります。それは、あまり好ましくないので、補助金のタイトルには、リアルワールドと直接関係しない形而上学が好まれます。
リスキリングやSDGsは、好都合なキーワードです。
CO2削減はリアルに近いので、あまり良くはありませんが、世界的な課題なので、避けるわけにもいかないことになります。
官僚は、補助金予算や法案作成を手伝うことで、天下り先を確保します。
企業は、株主が強くなければ、補助金が入るので、良いことになります。
ただし、株主が強い場合には、天下りや、補助金の受け入れを拒否することがあります。
その理由は、補助金で黒字を出せば、国際競争力がなくなり、中期的には、明らかにマイナスだからです。
とくに、ビッグテックのように、開発費に数兆円をかけている案件では、100億円単位の補助金をもらって、自由な活動が出来なくなることは、明らかにマイナスです。
また、補助金をもらった案件については、かなりの情報が開示されてしまいますので、最先端の分野を避ける必要があります。
政治家が選挙に出る場合には、正面切って、補助金で投票を依頼していますとは言えません。そこで、課題のキーワードを並べて、キーワードを解決するために、補助金を確保しますと公約で述べます。この部分は、一見すると形而上学に見えます。このため、今まで筆者は、固執の方法ではなく、形而上学が使われていると思っていました。しかし、例えば、「デジタル問題を解決するために、デジタル庁を作り、デジタル庁を通じて補助金を確保します」という命題は、形而上学にしては、あまりに薄っぺらです。ここには、理論や因果モデルはありません。そこで、この形而上学は、固執の方法に対するカモフラージュではないかと考えます。
固執の方法が使われているのであれば、補助金の配分は止められないことになります。
宗教の固執の方法では、固執の内容が表面に出てきます。
しかし、鉄のトライアングルでは、固執の方法は、形而上学のカモフラージュの下に隠れています。
この形而上学の方法はカモフラージュなので、理論はありません。ひたすら、キーワードが繰り返されるだけです。
固執の方法は、判断放棄であって、異常です。
しかし、日本は、現在は、高負担かつ低福祉という異常な状態になっています。
その差額は、補助金として企業に還元しています。
そして、企業は補助金が無くては、黒字にできないゾンビ企業になっていきます。
筆者は、大阪万博に、海外のパビリオンが1つも建築できそうにないのは、結局、日本で展示するメリットがないからだと考えます。
日本は、人口減少、技術低下が進んで、市場としても、技術パートナーとしても、全く魅力がありません。付き合いがあるので、正面切って、展示しないとは言いませんが、出来れば、最小限に止めたい企業が多いはずです。
これはモーターショーをみれば、はっきりしています。
固執の方法で、鉄のトライアングルを維持する論理は以下です。
補助金が回転しなくなると、政治家は、選挙の支援と寄付金が得られなくなる可能性があります。
補助金が回転しなくなると、官僚は、天下り先がなくなり、生涯収入が減ります。
補助金が回転しなくなると、ゾンビ企業は赤字になりつぶれてしまいます。
この流れをどこかで止めてしまうと、新しいシステムを構築する必要があります。
固執の方法を回避して、新しいシステムを構築できるための必要条件は以下です。
高齢者かつリスキリングができない人は、新しいシステムを構築を排除しますので、除く必要があります。簡単に言えば、年功型雇用が、新しいシステム構築の障害です。
新しいシステム構築のための推論は、帰納法では出来ないので、アブダプションを用いる必要があります。
なお、ここで言う新しいシステム構築は科学の方法に限定されていません。
新しい固執の方法や形而上学を含みます。
ともかく、変わる条件という意味です。
アブダプションの問題は次に検討します。
6)まとめ
「ブリーフの固定化法」の4つの分類は、問題を分析する場合に、有益なフレームワークです。
政府が鉄のトライアングルに固執の方法を適用する場合、説明するとは、形而上学風のキーワードを繰り返すことになります。
このキーワードはオブラートであって、主旨は、固執の方法を継続するということになります。
この説明では、キーワードを聞いただけで、理解できたと感じる人を除けば、理解できる人はいないことになります。

(8)アブダプションと問題解決

(問題解決には、アブダプションが必須です)

1)加谷 珪一氏のゲマインシャフト論
2023年7月12日の現代ビジネスに、加谷 珪一氏は、マイナンバーシステムの問題は、ゲマインシャフト(前近代的なムラ社会)問題であると批判しています。(以下筆者の要約)

マイナンバー制度が暴走機関車と化している。近代日本が抱える「病」である「問題が明らかになっても立ち止まれない、手段と目的を取り違える」同じ過ちを繰り返そうとしている。
全土が焼け野原になるまで止められなかった太平洋戦争や、巨費を投入した国策半導体企業の相次ぐ失敗、600兆円の国債を保有するまで猪突猛進した日銀の異次元緩和策など、日本は何度も同じ失敗を繰り返している。なぜ日本は、過ちを犯してしまうのか。
マイナンバーカードに政治・経済的利権が絡んでいることもあり、カードの普及が最優先となっている。
日本における前近代的な意思決定の仕組みが、一連の状況に拍車をかけている。
プロジェクトをゴリ押しすることで直接的に利益を得られる人の政治力はそれほど大きいわけではなく、周囲が何となくストップがかけられない状況に近い。
日本の組織は依然として社会学で言うところのゲマインシャフト(前近代的なムラ社会)であり、「論理」ではなく「情緒」で決まるゲマインシャフトにおける意思決定が使われています。

もし、ある人が経済的理由で非合理的なマイナンバーカードを普及させたいと考えた時、周囲の人には、相手に甘くする代わりに、自分にも甘く接して欲しいという情緒的なメカニズムが働くため、周囲の人はそれを止めない。
こうしたムラ社会では、時にプロジェクトを遂行するリソースがすべて尽きてしまうまで暴走が止まらなくなる。失敗が明らかになっても、相互の甘えや情緒が優先するため、プロジェクトの失敗を明確に検証し、責任の所在を明らかにする作業は行われない。
こうした前近代的意思決定をやめない限り、マイナンバー制度は行き着く所まで行くだろうし、今後も同じ問題が繰り返し発生すると筆者は考えている。


2)ゲマインシャフト(共同社会)とゲゼルシャフト(利益社会)
英語版のウィキペディアで説明します。

ゲマインシャフト(共同社会)とゲゼルシャフト(利益社会) は、一般に「community and societyコミュニティと社会」と訳され、ドイツの 社会学者 テンニスが社会関係を2 つのタイプに分類するために使用したカテゴリーです。ゲゼルシャフトは現代社会と合理的な利己主義に関連しており、ゲマインシャフトに典型的な家族や地域社会の伝統的な絆を弱めます。ゲマインシャフトとゲゼルシャフトという概念は、1921 年に出版されたマックス・ウェーバーの「経済と社会」でも使用されました。
ゲマインシャフトとゲゼルシャフト論は社会進化論の一部です。
社会進化論( Social Darwinism)は、進化論をとりこんでつくられた社会理論ですが、今日の英語圏では単なるイデオロギーの一つとしてとらえられており、人種差別的な発想によって恣意的に歪められた点も多く、本来のダーウィンの考え、またはその他の科学による議論からは逸脱するとの説もあります。 社会ダーウィニズムは、第一次世界大戦後、科学的概念と称するものとして人気が低下し、ナチズムとの関連や、優生学や科学的人種差別は根拠がないという科学的コンセンサスが広まりつつあったこともあり、第二次世界大戦の終結までには大きく信用されなくなりました。

ゲマインシャフトとゲゼルシャフト論は、2分法ですので、バイナリーバイアスを抱えています。
エビデンス革命の視点でみれば、ゲマインシャフトとゲゼルシャフト論は検証可能な命題ではありませんので、検討対象外になります。
パースが、「ブリーフの固定化法」で科学の方法という場合の科学は、進化論をイメージしていました。パースの科学の方法は、形而上学と対立します。つまり、検証可能な科学をさしています。
ポパーは、進化論を検証不可能として批判しました。しかし、現在の遺伝子レベルの進化論は、検証可能です。
科学において、生物が進化するといったセントラルドグマが直接検証可能かという問題と、遺伝子レベルの進化といった個々の命題が検証可能かという問題は分けて考える必要があります。
日本アイ・ビー・エム の村澤賢一氏のように、ゲマインシャフトとゲゼルシャフト論は現在でも有効であると主張する人もいますが、エビデンス革命の常識的な判断では、ゲマインシャフトとゲゼルシャフト論は検証不可能な命題に分類されます。

3)固執の方法との比較
日本の政策のブリーフが変化しない原因をゲマインシャフトに求めることも、固執の方法に求めることもできます。

この2つの方法の違いは、次の点です。

(P1)命題が検証可能か
(P2)より根源的な原因を遡及できるか

この2点の中では、「ブリーフの固定化法」が、ゲマインシャフト論より、科学的な利便性が高いです。

パースのおすすめは科学の方法です。

そう考えると、なぜ科学の方法が使われないのかという原因が問題になります。
加谷圭一氏は、独裁政権のような強権がないにも関わらず、固執の方法が使われ、科学の方法が使われない原因をゲマインシャフトと「情緒」が「論理」に優先する点に求めています。

筆者には、「情緒」が、「論理」に優先しているという現象は、「人文的文化」が「科学的文化」に優先している、つまり、1959年の「二つの文化と科学革命」の問題の変奏曲に見えます。簡単に言えば、スノーが危惧したエンジニア教育の欠如が原因であるようにみえます。

4)アブダプションの必要性
ゲマインシャフトとゲゼルシャフト論は、帰納法を用いています。
帰納法で作成された命題は、仮にそれが、検証可能な形式をしていても、演繹法で検証されるまでは、あてにありません。

アブダプションで作成された命題は、検証されるまで、あてになりませんが、帰納法でつくられた命題も、あてにならないという点では、差はありません。

これは納得されない人も多いと思いますが、エビデンス革命の基準では、自明です。

加谷 珪一氏の論理を振り返ってみます。

日本の組織はゲマインシャフト(前近代的なムラ社会)であり、「論理」ではなく「情緒」で決まる意思決定が使われる。
ここでは、原因(ゲマインシャフト、前近代的なムラ社会)が、結果(「論理」ではなく「情緒」で決まる意思決定)を生み出すという因果モデルが使われています。

これは、過去のゲマインシャフトを調べた結果(「論理」ではなく「情緒」で決まる意思決定)を帰納法で命題化しています。
アブダプションでは、結果が起こる原因を推論します。
アブダプションでは、結果(ある組織がゲマインシャフトになる)に対する原因を推定します。

そこでは、「日本の組織」とは何かが、問題になります。
日本人のDNAをさすのか、日本語を話すグループをさすのか、エマニュエル・トッド氏が得意の婚姻制度をさすか、年功型雇用を指すのか、文系と理系の独自なカリキュラムをさすのかなど、「日本の組織」の色々な構成要因が考えられます。
アブダプションで作成する命題では、原因について、with-withoutを考えて思考実験を行います。
つまり、表と裏の命題を同時に扱うコイン型命題になっています。
アブダプションによる命題作成の幅は大変広いので、検証するまでは、命題の正しさについては何もいえません。
筆者は、マイナンバーカードの問題は、「ブリーフの固定化法」が、固執の方法によっていることが原因であると考えます。
結果として固執の方法が生ずる原因は、年功型雇用と帰納法の乱用にあると考えます。

年功型雇用は、経験を積んで、過去の事例を多く知るほど、適切な判断ができるというモデルに依存しています。これは、帰納法が唯一の推論であるとうモデルになり、帰納法と同根です。

加谷 珪一氏の論理は、帰納法に制約されています。その結果、問題の解決方法が見いだせなくなっています。

パースは、1910年に、「今世紀初頭までに印刷したほぼすべての作品で、多かれ少なかれ仮説と帰納法を混同していた」と認め、これら2種類の推論の混同は、論理学者のあまりにも「狭くて形式主義的な概念」に原因があるとしています。

帰納法では、新しく発生した問題に対する解決法を推論できません。
推論にアブダプションを導入する前提条件は、検証手段が確保されていることです。

前例主義は、アブダプションを否定していますので、新しく発生した問題の解決方法を推論することができません。
補足:
これはラフスケッチなので、問題を含んでいると思いますが、メモしておきます。
人文科学は、エビデンスによる検証手続きをもちません。データサイエンスでは否定されている帰納法の単独利用に価値があると考えています。
検証手段をもたない人文科学では、アブダプションは使われないと思います。

これは次の点で問題を生じます。
(P1)十分に検証されていない命題は多数の誤りを含んでいます。
(P2)アブダプションを用いない結果、推論の範囲が、極めて狭くなり、問題解決ができなくなります。
スノー流にいえば、企業幹部が人文的文化の人で、科学的文化に基づかない経営判断をすれば、企業幹部が科学的文化に基づいて経営判断をする企業に比べて、パフォーマンスが著しく劣ります。
この仮説は、検証可能です。
ともかく、アブダプションを使わない推論には、大きな欠陥があります。

引用文献
普及に取り憑かれている…「暴走機関車」と化したマイナンバーシステムが迎える「末路」 2023/07/12 現代ビジネス 加谷 珪一
https://gendai.media/articles/-/113147?imp=0
ゲゼルシャフトとゲマインシャフト | 在りたい未来を支援するITとは? シリーズ#1
https://www.ibm.com/blogs/solutions/jp-ja/iot-futuresdesign1/


(9)科学的方法の拡大

(パースの科学的方法は、その後の科学の発展を考慮して理解されるべきです)

パースはラボアジェを例に、次のように述べました。

<==

数世代にわたって記憶されるほど偉大な科学の作品はすべて、それが書かれた当時の推論技術の欠陥の状態を示すいくつかの例証を提示しています。ラヴォアジエとその同世代の人々が化学の研究に取り組んだときもそうでした。昔の化学者は、「読んで、読んで、読んで、働いて、祈って、また読んで」という言葉を信条としていました。ラヴォアジエの方法は、本を読んで祈ることではなく、長く複雑な化学的プロセスがある効果をもたらすと夢想し、鈍い忍耐でそれを実践し、必然的に失敗した後、何らかの修正によって別の結果をもたらすと夢想し、最後の夢を事実として公表して終わることでした。彼の方法は、自分の心を実験室に持ち込み、文字通り、蒸留器(alembics)と蒸留瓶( cucurbits)を思考の道具にすることで、推論を、言葉や空想の代わりに現実のものを操作して、目を開いて行うものという新しい概念を与えました。

==>

これから、パースは、「読んで、読んで、読んで、働いて、祈って、また読んで」という信条に替えて、ラヴォアジエの「自分の心を実験室に持ち込み、文字通り、蒸留器(alembics)と蒸留瓶( cucurbits)を思考の道具にすることで、推論を、言葉や空想の代わりに現実のものを操作して、目を開いて行う」ようなプロセスを目指していたことがわかります。

ラボアジェは、モノに対する科学的な推論技術ですが、「ブリーフの固定化法」の時代には、コトに対する科学的な推論技術は存在しませんでした。

したがって、4つの方法の中で、他の3つの方法が実在する方法を述べているのに対して、科学的方法だけは、実在しないコトに対する科学的方法の開発宣言になっています。

「ブリーフの固定化法」には、科学的にブリーフを固定化するプロセスは書かれていません。

プラグマティズムは、その提案の一つですが、科学的にブリーフを固定化するプロセスであれば、プラグマティズムにこだわる必要はありません。

ダーウィンの進化論には、遺伝子もDNAも出てきませんが、現在の進化論は、遺伝子やDNAを使います。ダーウィンの進化論を「読んで、読んで、読んで、働いて、祈って、また読んで」理解する人は誰もいません。

一方、「ブリーフの固定化法」を「読んで、読んで、読んで、働いて、祈って、また読んで」理解する人は後を絶たない気がします。

パースは、「ブリーフの固定化法」が、進化論と同じように、科学的文化で理解されることを想定していたと思われます。

2)シミュレーションとブリーフの実装

科学の2層構造の世界観では、サイエンスワールド(SW)とリアルワールド(RW)があり、その間を、転写の写像が結んでいます。

地球温暖化ゲームとGCMの違いは、どこにあるのでしょうか。

観測される違いは、次の2点です。

(a1)シミュレーションの精度が違う

(a2)転写の写像が違う

GCMの精度は次第に改善されてきています。

それからすると、(a2)の説明の方が合理的です。

SWの推論は、ブリーフによって行われます。

これはニュートンの運動方程式のようなものです。

しかし、ブリーフだけでは、RWに転写可能なSWを生み出すことはできません。

運動方程式は、GCMに実装されて、はじめて、RWに転写可能なSWを生み出すことが出来ます。

ブリーフはオブジェクトであって、SWはブリーフが実装されたインスタンスになっています。

この本で、繰り返していますが、ブリーフが理解できているか否かは、ブリーフのインスタンスを作ってみてはじめてわかります。

これはブリーフの理解の視点からの説明です、科学的方法の説明と解釈することも可能です。

「地球温暖化はやめるべきだ」というブリーフは、実装不可能です。

「二酸化炭素の排出を減らす」というブリーフは、実装可能です。

「化石燃料の使用を減らす」というブリーフも、実装可能です。

「燃費効率を向上させる」というブリーフも、実装可能です。

ブリーフを選抜して、固定化する過程は、The fixation of beliefになります。

GCMの社会経済モジュールは、こうした政策ブリーフに対応しています。

今まで流れを整理すると以下になります。

SWのブリーフ=>SWのブリーフのインスタンス(GCM)=>転写=>RW

これは、GCMを参考にして改訂した「ブリーフの固定化法」の科学的方法になります。

SWのブリーフのインスタンス(GCM)には、(a1)精度問題が、転写には、(a2)写像の問題があります。

SWのブリーフには、(a0)実装可能性問題があります。

科学的方法では、ブリーフの最終評価は、RWのエビデンスを見て行います。

しかし、エビデンスは、いつでも利用可能ではありません。

「二酸化炭素の量が増えると、地球の気温が上昇する」というブリーフが完全に実現してしまってから、クライシスになって、対策をとることは不可能です。

つまり、実験が不可能な世界があり、そこでは、実験を代替するか近似する手法を使わざるをえない問題(実験不可能科学の問題)があります。

ブリーフの固定化に対する実験不可能科学の問題は、地球温暖化問題以外に広く見られます。

少子化対策、経済成長問題など、多くの社会問題は、実験不可能科学の問題に該当します。

少子化対策に予算が倍増される計画が出てきています。

このブリーフの固定は、妥当でしょうか。

パースは、固執の方法、権威の方法、形而上学をブリーフの固定に使うと失敗する確率が高くなると言っています。

筆者には、今回の少子化対策の予算は、権威の方法によっているように見えます。

ここでは、検討を進めるために、今回の少子化対策が科学的方法ですすめられていると仮定します。

少子化対策の予算は、実験不可能科学の問題です。

少子化対策予算が増額されるので、その効果が出るまで、待つべきだと判断する人も多いと思われます。

しかし、これは、間違っています。

例えば、温暖化対策をしても、クライシスを止められるだけの効果が得られないのであれば、その対策は無効です。筆者がいう弱形式の問題解決に相当します。

弱形式の問題解決は、問題をこじらせて、解決不可能にしてしまうので、避けなければなりません。
そこで、今回の少子化対策が、弱形式の問題解決になっていないかが重要になります。

ところで、少子化対策予算は、情報量が少なすぎて、実装不可能です。

つまり、「(a0)実装可能性問題」で、科学的検討が停止してしまいます。

マスコミを見ると政府の新政策について、識者と呼ばれる人がコメントしています。

しかし、科学的方法によってブリーフの固定化を検討するのであれば、実装に可能な情報が欠如している場合には、

「情報がないので、判断できない。ブリーフに実装可能な情報が含まれていないことから、ブリーフは、非科学的方法(おそらく、権威の方法)によって、固定化されているので、ブリーフの固定化方法に問題があり有効な効果が出る確率は低い」

と答えるのが妥当と思われます。

データがないにもかかわらず、いい加減なコメントをする識者には、科学文化が欠如しています。マスコミには、人文的文化のバイアスが蔓延しています。

GCMのように、ブリーフの高度な実装を実現することは容易ではありません。

しかし、不完全でも、ブリーフの実装を試みる価値はあります。

大学では、論文の中身を問わず、本数で業績を評価するドキュメンタリズムは蔓延しています。この傾向は1990年頃から拡大しています。難易度の高いテーマは、成功する確率は低いです。短期的に成果をも求められれば、直ぐに論文になる簡単なテーマばかりが選択されます。画期的な成果は、失敗を許容する科学的文化の中からしか生まれません。

政府は、大学の研究力強化のため創設した10兆円規模の大学ファンドの支援校である国際卓越研究大学に配布する計画です。

配布額は、3000億円を計画しています。

政府は、リターンの皮算用をしています。これは、世の中には、正解があり、成果が計算できるという人文的文化です。

この方法で行えば、難易度の高いテーマは回避され、ドキュメンタリズムが蔓延します。

科学は失敗を許容する文化です。

3000億円の分け前にあずかりたい人は大勢ます。しかし、科学に興味や関心のない人を集めても、実績は出せないと思われます。

パースは、日本の大学のレベルが低下した原因は、ブリーフの固定化が科学的方法にしたがっていないからだと言うと思われます。


(10)固執の方法と前例主義

1)固執の方法

パースの固執の方法の例は、宗教でした。

日本では、一神教の宗教の信者は少なく、宗教の教義はフレキシブルです。

なので、宗教が固執の方法につながる例は多くありません。

2)前例主義

宗教に変わって、日本では、固執の方法は、前例主義として行われています。

これは、無批判に繰り返されます。

OJTの学習も、内容は、単に、前例を学習するだけであったりします。

データサイエンスや、IT関連の情報になれてしまいますと、1年前と同じイベントを繰り返す場合には、何かを見落として、間違ったのではないかと気になります。

前例主義が全て悪いとは言えません。

これは、「ブリーフの固定化法」で、科学の方法をとらない場合に、100%ブリーフが検証されないわけではないことに対応します。

しかし、まぐれでブリーフが検証されることもあります、

つまり、結果主義は、能力主義ではありません。

先例主義は、オプションBを否定しています。

これは、社会はレジームシフトしている時には、致命傷となる「ブリーフの固定化法」になります。

3)前例主義と権威の方法

パースが指摘したように、固執の方法と権威の方法は、独立している訳でなく、オーバーラップがあります。

前例主義は、どこかで切り替える必要が出てきます。

どこで、切り替えることがベストかという問題は、科学の方法でなければ解決できません。

オリンピックで、連続して金メダルをとる選手は稀です。

つまり、4年前の成果は、4年後の実力とは関係がありません。

生成AIのような分野では、4年どころか、1年前の成果が、実力を反映しない場合もでてきます。

前例主義は、切り替える必要が出てきます。そして、それは、技術進歩の早い分野程、短期に切り替える必要があります。

1980年代までの日本で、前提主義がある程度成功をおさめた理由は、そのころの技術進歩がおそかったからです。

(11)権威の方法とオプションB

1)権威の方法の基本モデル

権威の方法では、ブリーフの内容で固定化するのではなく、ブリーフを発言者で固定化します。

つまり、ブリーフの固定化には、決まった方法論はありません。

これは、権威の方法を評価する上で、問題が生じます。

例えば、身分制度論者が大好きな名君がいると仮定します。

権威主義者の君主が、科学の方法を使って、合理的なブリーフの固定化を行う場合には、名君と呼ばれます。

ある人が君主になれるのは、世襲であるか、実戦で勝利して権力を得る場合になります。

つまり、君主になるためには、名君のノウハウは不要です。

これから、君主が名君になれる確率は高くないことがわかります。

君主が名君になるためには、優秀なアドバイザリーボード(advisory board)が必要です。

アドバイザリーボードを設けても、アドバイザリーボードが、科学の方法で、ブリーフを固定化できなければ、名君には、なれません。

君主がアドバイザリーボードを使わない場合、あるいは、アドバイザリーボードが科学の方法を使わない場合、ブリーフの固定化は、固執の方法、または、形而上学によって決められます。

問題点を整理します。

アドバイザリーボードを使わない場合 X
アドバイザリーボードを使うが、アドバイザリーボードが科学の方法を使わない場合 X
アドバイザリーボードを使うが、アドバイザリーボードが科学の方法を使う場合 〇

ここで、問題点は、科学の方法を使ったか否かの判定方法になります。

科学の方法は、エビデンスに基づいて、複数のブリーフを検証します。
結果が出る前にも、候補となる複数のブリーフを並べて、検討します。
フリーフはオプションA、オプションB、オプションCのように、複数の代替案を準備します。

例えば、政府の公的年金財政検証では、シナリオは1つだけです。オプションB以降はありません。これは科学の方法を無視しています。

2)オプションB

日本経済新聞は、霞が関の「無謬主義」を次のように定義しています。

<==

「ある政策を成功させる責任を負った当事者の組織は、その政策が失敗したときのことを考えたり議論したりしてはいけない」という信念。

==>

公的年金財政検証のシナリオが、1つだけであることは、霞が関の「無謬主義」に対応します。

日本経済新聞は、何故、霞が関の「無謬主義」が、起こるのかという原因を示していません。

権威の方法が、名君の場合のように、科学の方法を採用できる確率は高くありません。

ここで、仮に、霞が関が「無謬主義」を止めて、オプションB、オプションC等を解禁した場合を考えます。

これは、将棋の藤井聡太氏のような状況になります。藤井氏より権威のある(段位の高い)人はいますが、将棋の手(ブリーフ)の選択(固定化)において、藤井氏が、権威の高い人より優ることが判ります。将棋は、権威ではなく、実力(科学の方法)の世界ですから、権威者が負けても当然であると、一般の人は、考えます。

霞が関が「無謬主義」を放棄することは、政府の公的年金財政検証のシナリオより、実現する確率の高いシナリオの存在を認めることになります。政府は、複数の公的年金財政検証のシナリオを並べて、過去のエビデンスに基づいて、各シナリオの実現確率を提示し、現在選択されているシナリオの実現確率が最も高いことを示せなければ、権威を失います。

これを回避するために、霞が関の「無謬主義」をとり、オプションB以降を封印しています。

これは科学の方法ではありませんので、実現する確率は低くなります。

権威の方法をとる限り、政府の政策は、ほぼ確実に実現できないことがわかります。

有識者会議(アドバイザリーボード)を設定しても、有識者会議は科学の方法を使いませんので、問題解決はできません。有識者会議が、科学の方法を使っていないことは、オプションB以降が示されないことから判ります。

今回のサンプルは、公的年金財政検証でしたが、オプションB以降を封印して、科学の方法を回避している問題は、あらゆる政策に蔓延しています。

パースは、権威の方法をとる限り、問題解決ができるブリーフの固定化は困難だろうと予測していますが、日本は、パースの予測通りの道を進んでいます。


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