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のり子
2022年1月9日 16:53
7「君のお兄さんの文章を読んだことはあるかい?」「ない。小さな物語だけ」「錬金に関する別冊ノートの博識文章は読もうと思うかい」「読めるかしら」 そういう会話があったのは確かひと月まえ。 星溶はそれから火観子に読み良いところにだけ色をつけて、持ってきてくれた。 彼は、火観子を迎えに、車でやってきた。黄色くてまるっこい車。なんだかコダワリがありそうなものだったけれど、それを聞いても「別に
2022年1月8日 17:48
6 さてさて決行の時間—— いよいよ始まった。地上へ続く扉も固く閉められ、換気口も閉じられる。完全なる密封。完璧な密室。毛虫の這い出る隙もない。二人は固形酸素を背中へつけて吸引マスクで顔を覆った。錬金を行う際の、いつもの装備である。物々しい金属マスクはネジで留めてあり恐ろしい。火観子には到底似合わない。ブラウスの上から汚れが重なって乾いた真っ黒のマントを羽織った。まるで黒死病時代の医師の雰囲気
2022年1月8日 09:09
5 遠いチャイムの音で目を覚ました。 キーンコーンという音が、いつもと違って、夢の向こうから降ってくるに聞こえた。宇宙で発生した絶対的な音が、壁や天井、床を伝って火観子の耳にまで届く。どの方向から聞こえたわけでもない感覚、空を包むような音にして届いたのである。 ああ、彼女は寝過ごした。 さっきのチャイムは、始業式が始まった音である……。 火観子はベッドでくの字に丸くなっていたけれど、目
2022年1月5日 21:13
4 星溶は机に立ち上がって天井に腕を伸ばし、通気口の蓋を開けて汚れた二酸化炭素を外へ出した。不都合なことに、二酸化炭素は重たく、部屋に溜まるのである。そのこともノートに書いてあって火観子は知っていた。だから強制カーテンと階段とを使って空気を流さないといけないのである。火観子たちはすっかり時間が経ってから吸入マスクを脱いで、そこに座ったまま星溶の入れた珈琲をのむこととなった。 星溶は真っ黒な火観
2022年1月3日 18:38
3 檸檬、——その紡錘形。 地球の一日は、そういう形をしている。朝日から夕日まで。「面白い形だ、手に染み込むように包まれる」 と星溶は言った。 一日を手に包むことはできない。もしできたとしたら……。 ——きっと、夏休みの宿題に困ることはないだろう。手に包むことができたら。……でも実際、一日というものは、手につかめるよりもはるかに大きい……。 ・・・ この学校の夏休みは、とても短
2022年1月3日 00:37
2 女の子はお砂糖とスパイスと、素敵な何かでできている。その素敵な何かを、火観子は、恋に関するものだと夢想している。それに比べて男の子というのは、もっと肉体的で、複雑で、且つ現実から浮いた理論的ときているから、女の子のように甘い味もしなければ、きらりと光るものもない。まるで間違えて此処にいるみたいな表情をしてることがある。それだけに彼らはつい生きる意味なんて考えてしまうのではなかろうか。 夜空
2022年1月3日 00:06
その日は街の遠くで一と区画ぶん燃えてしまうような火災があったらしく、わたしがめを醒ましたとき、部屋には煙が充満していて、なによりわたしは蛇か蠍でも見たようなトリハダのたったひとつの目玉を見つけたけれど、急に電気が消えるみたいにまた眠ってしまった。 いつのことだかはっきりしない。 ただ遠い昔の記憶である。 ——浜辺にて。火観子のゆらめく思想。 1 火観子は部屋をぬけ出して、壁や柱の影に隠