ゆめのほとり鳥  九螺ささら(著)


ゆめのほとり鳥


魂が自由なのだと思う。
不思議なもので魂が自由なひとに会うと、一瞬で気づく。
私はこの歌人に会ったことはもちろんないが、作品を読めばすぐにわかる。彼女は“魂が自由”なんだと。
こういう感覚って、きっと私だけではないはずだ。

朝日歌壇でよく名前を存じ上げている。
他の誰とも違う歌を詠んでいる印象をもった。
その名前にも特徴があるではないか。
いつの間にかこの人の名前を頭にインプットし、目で追うようになった。
そして、いつかこの人の歌をまとめて読んでみたいと、心の本棚にストックしていた。

他の誰とも違う歌を詠むと書いた。
彼女のオリジナリティが僕の心の凹んだ部分に見事にフィットするのだ。
このフィット感は他の作家にあまり見られない。
木下龍也は良い歌を詠む。ため息が出るほど、いっかい回って笑ってしまうほど腑に落ちる歌をつくる。
いっぽう九螺ささらの歌は、腑に落ちるというより、そこから来たかというまるっきり想定外の視点から歌をもってくる。
あまり好きな言葉ではないが、誰かに「寄り添う」派の木下龍也に対して、九螺ささらの作品は誰にも寄り添わない。孤立無援と云ってもいいくらい単独で唯我独尊だ。
まるで自分の心の中で深い穴を掘り下げて、そこから言葉を発掘してきて歌にしているような。
掘れば掘るほど共感できる不思議。
彼女の作品をこれからも追いかけていきたい。

「たとえばね、砂糖と塩が混じったら砂糖と塩には分けられないでしょ」

東直子の描いた表紙の絵が素晴らしすぎてひっくり返った。

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