『わたしの嫌いな桃源郷』を読んで。


初谷むい(著)

今ごろ元気でいるだろうかと思うひとがいる。
わりと本気で思うものだから、あやうく電話をしそうになる。
けれどもし着信拒否をされていたら?
何度かけても出てくれなかったら?
不安要素はいくらでも出てくる。
向こうも僕と同じように僕のことを「元気かな」と思ってくれていたとしたら?「さみしい」と感じていたら?
妄想は止まらなくなる。

50を過ぎてティーンエイジャーみたいなことを考えていて自分でもイヤになる。
ボタンはきちんと嵌めなければならない。かけ違いは致命傷になる。
もう僕は一度ならずも、ボタンの掛け違いをくりかえしている。

初谷むいの短歌や文章は僕に夢を思わせる。
まるで夢の中のことばのように、浮遊して実体を持たず、しかし確かに心に突き刺さってくる不思議な感覚を思い出させる。
じっさいにこの歌集にも夢という言葉がいくども出てくる。
非常にマニアックな精神分析医に自分の内部を見透かされているようだ。
生きている「いま」が長いイントロで、死んでから先が、ほんとうのはじまりであるかのように。

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