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週3日勤務、火木は「パパの日」を一年間続けて気づけたこと

日中はできるだけ仕事せず、子どものお世話に専念する「パパの日」を始めて一年が経った。週5日勤務から週3日勤務になって、仕事や収入はどうなったか。いちばんつらかったことはなにか。そして、気づいた大切なこととは――。一年間を振り返る。

週3日勤務、火木は「パパの日」

オランダで暮らしている僕には、子どもが2人、3歳の長女と1歳の長男がいる。2人ともオランダ生まれ。

そんな2人の保育園がない日、火曜日と木曜日は「パパの日」。この日は日中はできるだけ仕事せず、2人のお世話をすることにしている。

パパの日を始めたきっかけは、2人目が生まれたことだった。それまで、子どもが1人だったころは、僕は週5日、妻は週3日だけ働いていた。

だけど2人目ができて、今の働き方のままで育児がまわるわけがないと思い、僕も彼女と同じように、週3日勤務にすることにしたのだ。

これには、オランダの人たちから受けた影響も大きい。多くのパパは、週4日勤務で、週に一度はパパ一人で子どもの面倒を見ていると言われている。

週5日分の仕事を3日でこなすために

パパの日を始めるとき、まっ先に思い浮かんだのは、「今までやっていた仕事はまわるだろうか」ということだった。

ただ、「まわらないと分かったら、やめよう」という選択肢はなくて、「まわそう。どうまわそうか」と考えていた。そのためには、いくつかのことを「やめなければ」いけなかった。

一番大きな変化は、記事を書く仕事をやめたことだった。

一つの記事を作り上げるには、途切れることのない数時間が必要。週5日勤務のときと同じだけの原稿をこなそうとするなら、週3日勤務じゃ無理だと思った。

「その分収入は減ってしまうけど、書く記事の量を減らす」という選択肢もあったはず。だけど、当時の僕には思い浮かびもしなかった。期待に応えたかったんだと思う。

そうして書くことはやめ、だけど、求めに応じ続けるため、僕は企画やお客さんとのやりとりに徹することにした。企画であれば、より短時間で、パソコンがなくともできる。

さらに、企画の仕事を細分化し、必要なリサーチも他の人にお願いすることにした。インタビューなど決められた時間拘束される仕事は、月水金に固めるようにした。

勤務時間が減っても、収入は減らない

こうして、週5日勤務から週3日勤務にシフトしながら、それまでと同じ量の仕事をこなせるようにした。

当たり前だけど、労働時間は減った。例えば、パパの日を始める前、週5日勤務だった2017年11月は月124.5時間だったのが、2019年12月は57時間だった。

また、さっきは「同じ量の仕事をこなせるようにした」と言ったが、実は売り上げは増えた。

というのも、執筆ではなく、企画やお客さんとのやりとり中心の仕事をするうち、ありがたいことに、企画、あるいは新たにメディア運営の仕事が舞い込んできたのだ。

企画やメディア運営の仕事は、執筆とはビジネスモデルがちがってくる。リサーチなど他の人にお願いすることが増えてもなお、利益率は上がり、結果的に収入も少し増えた。

そうした新しい質の仕事が舞い込んできたのは、「パパの日を始めたから」と言ってもいいかもしれない。

「時間的制約がある中で、これ以上、記事を書くことはできない。どんなことならできるか」と考えて、企画やメディア運営にまつわるアイデアをブログで発信していたら、こうなった。

ちなみに、自分で記事を書くことはできないと決めていたので、ブログの執筆もライターさんにお手伝いしてもらった。自分で書きたい気持ちはつねにあったけれど、「ダメだ」と言い聞かせた。

「パパの日」でいちばんつらかったこと

週3日勤務になって仕事の質が変わると、目の前の仕事に追われることは少なくなり、いろんなことを考える時間が増え、いろんな「やりたい」が出てくる。

「編集の力を活かして、人事や販促の助けになれないか」だとか、「もっとブログを更新したい」もそうだし、ポッドキャストや動画にもトライしたい、ニュースレターも配信してみたい――。

しかし、パパの日に子どもの目をぬすんで、ちょっとでもそれに向かおうとすると、「パパ、来てー!」。

もうそのときは、やりたいことは全部がまんして、子どもと向き合わなければならない。子どもと向き合うと決めたのに、つい仕事をしてしまった自分が嫌になる。このつらさよ。

「パパの日」は勤務日より疲れる。これは、子どもと接したことのある人になら分かっていただけるかもしれないが、やはりいちばんつらいのは、この「やりたいことができないこと」。

あれもやりたい、これもやりたいと、欲望がちらつきながらも手をつけられず、結局はいろんな「やりたい」が、「積ん読」のように積み上がっていく。

僕はこのストレスに慣れるまでに、一年かかった。「パパの日は子どもと向き合う」と、頭ではそう考えて、決めたはずなのに、パパになりきれていなかったのだ。

「育児を楽しむ」大変だけどそれしかない

やりたいことができなかったり、子どものために寝不足になったり。悩みの多い子育てだけれど、それをすぐに解消する手立ては、残念ながら、ない。

だって、どんなに頑張っても、自分が仕事をしている間、子どもがじっと待っていてくれたり、急に一時間早く寝始めて、一時間遅く起きてくれるようになったり、なんて考えられない。

だとすると、やはり自分でコントロールできるところに解決策を求めるしかない。だけど、「やりたいことをがまんする」のは、どう考えても楽しくない。

だからもう、僕は育児をポジティブにとらえて、「育児を楽しもう」と思うことにした。さいわい、長女が言葉を話せるようになってきたので、おのずとコミュニケーションは楽しくなってきた。

それに、仕事がうまくいかなかったり、夫婦仲がギクシャクしたときなど、子どもと話すと、逆に救われることもある。無邪気な子どもの言葉に癒されて、前向きになれるときもある。

だいたい、やりたいことをやりたいなら、別にベビーシッターを雇えばよかったのだ。だけど、そうはしなかった。そのことがすべてを物語っているんじゃないか、と今なら思える。

「あえて妻と一緒に疲弊する」という発想

そうはいっても――子育てはやはり、楽しいことばかりではない。

毎日のオムツ替えやトイレトレーニング、歯磨き、「イヤイヤ期」の子どもの相手・・・・・・子育てには楽しくない要素もたくさんある。楽しくないけど、それは「やらなくてはいけないこと」。

例えば、よく、夜中に子どもが起きてしまって、妻があやしにいく。夫は翌朝からの仕事に集中できるように夜中は起きない、と完全に役割分担している夫婦の話も聞く。

それはそれでいいと思うし、短期的には合理的なのかもしれない。けれど、それだとなかなかお互いに相手の大変さを理解できないのではないか、と思って、僕はそうはしていない。

僕も妻も、お互いに仕事もやりたいこともいろいろあって、そのうえで子育ての楽しくない部分も共有して、あえて一緒に疲弊することも、ときには大事なのではないだろうか。

僕は「『不機嫌』という椅子は一家に一台しか置けない」と思っている。夫婦のどちらかがその椅子に座ると、もう一人は座るのをがまんしなければならない。

だけど、そのがまんは相手の不機嫌を理解することで可能になる。相手がどうして不機嫌なのか、本当に理解できれば、がまんもできるというものだ。

そのためには、一緒に疲弊して、感情を共有するという、もしかしたら遠回りかもしれない選択肢を選んでもいいと思う。

パパの日「2年目」に向けた抱負

もちろん、これはあくまでもわが家のバランスのとり方であって、他の人には別のやり方があるだろう。

例えば、夫が100%働き、妻が100%育児を担っていても、双方がハッピーで、わが家よりケンカも少ないという夫婦だっているだろうし、ベビーシッターを雇って解決する人もいるだろう。

要は、仕事、育児、家庭、趣味・・・・・・といった「全体」を自分の満足できるバランスに持っていくということ。そう思えるような余裕が必要ということだ。

ただ、こうして振り返ってきた、パパの日を始めてから一年間は、「夫」としての自分が、完全に頭の中から抜け落ちていたと思う。

仕事と育児をどうまわすか、にばかり意識が向いていたし、「不機嫌」の椅子にも、妻より僕のほうが座ることが多かったと思う。

2年目に突入した「パパの日」。相変わらず、今日も朝早く子どもに起こされてしまったけれど、子ども、そして家族と向き合う時間を「今しかない」と思えるように、また頑張っていこうと思う。

(「パパの日」を始めたばかりのころに書いた記事はこちらです)

編集者/Livit代表 岡徳之
2009年慶應義塾大学経済学部を卒業後、PR会社に入社。2011年に独立し、ライターとしてのキャリアを歩み始める。その後、記事執筆の分野をビジネス、テクノロジー、マーケティングへと広げ、企業のオウンドメディア運営にも従事。2013年シンガポールに進出。事業拡大にともない、専属ライターの採用、海外在住ライターのネットワーキングを開始。2015年オランダに進出。現在はアムステルダムを拠点に活動。これまで「東洋経済オンライン」や「NewsPicks」など有力メディア約30媒体で連載を担当。共著に『ミレニアル・Z世代の「新」価値観』『フューチャーリテール ~欧米の最新事例から紐解く、未来の小売体験~』。
構成・文:山本直子
フリーランスライター。慶應義塾大学文学部卒業後、シンクタンクで証券アナリストとして勤務。その後、日本、中国、マレーシア、シンガポールで経済記者を経て、2004年よりオランダ在住。現在はオランダの生活・経済情報やヨーロッパのITトレンドを雑誌やネットで紹介するほか、北ブラバント州政府のアドバイザーとして、日本とオランダの企業を結ぶ仲介役を務める。

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