小さなナイスガイ
たった2,3分間の間の出来事。
温かい気持ちにさせてもらうとともに、感嘆させられるような少年の行動を目にした。
話は遡る。数週間前から両奥歯に水が染みるようになり、歯を磨くと頻繁に歯茎から血が出るようになった。そうこうしていたら奥歯付近が変な金属味、塩味がするようになってきた。
「ああ、虫歯かな」
誇れることではないが、ここ10年ほど歯科にかかったことがない。
決してかかる必要がなかったわけではない、つまり虫歯がなかったとうことではない。10年ほど前にバスケで歯が欠けてしまった際に1度だけ受診したことがある。
その時点で初期の虫歯が3本あると言われていた。ちゃんと治療しておけばよかった・・・
ただ、医師でありながらも病院受診・歯科受診など医者にかかる事が嫌いなのだ。
だって、怖いじゃないですか。きっと痛いことも知ってるし。
今回ばかりはやむなし、「年貢の納め時か」って感じ。虫歯や歯周病から多くの全身疾患につながることもある。この際、治してしまおうかと考えたわけだ。
今日が10数年ぶりの歯科受診日。
時間の都合が合わず、時間休をとって仕事を早めに切り上げ、少し緊張しながら15時位に受診に向かう。
途中、交通量の多い直線道路。近くには小学校、低学年の子達の下校時間か。ランドセルを背負った子どもたちがちらほら。
押しボタン式信号機が赤色に変わる。
左側から犬の散歩をしたお年寄りが渡っていく。右側からは小学校3年生位の男の子が渡ってくる。男の子が犬を指さして手をふる。すれ違いざまに振り返る。
信号をわたりきった後も、男の子は渡ってきた方向を振り返っている。
「ワンちゃんが好きなんだなあ」と思っていたその瞬間。
なぜか渡ってきたにも関わらず、もう一度押しボタン式信号機のボタンを押した。そしてまたちらっと渡ってきた方を一瞬振り返る。
「え?もしかしてイタズラ?」と思った頃に信号が青に変わる。
男の子が渡ってきた方向の少し向こうに同じくらいの学年の女の子が3人、横断歩道に向かって歩いて来ている。
数秒前の自分の考えが恥ずかしくなるとともに、自分が汚れ歪んだ心で世界を見ていることをこれでもかと痛感する。
きっと彼は、女の子たちが横断歩道に辿り着く頃に、歩行者信号が青に変わって彼女たちが待たずに横断できる状態にするために、わざわざ渡ってきた横断歩道の押しボタンを押したのだ。サイドミラーで彼を確認する。もうすでに帰路へと歩みを進めていた。
「かっこよすぎるだろ、おい」
思わず口にしてしまった。
これをイタズラと見ることもできるだろう、余計なことと思うこともできるだろう。彼がそうした行動の本心も自分の想像でしかない。でも自分は信じている、勝手に信じさせてもらう。彼が自分以外の他者のことを慮ってその行動をしたのだろうということを。その優しさで君は彼女たちの助けになっただけではなく、それを見た一人のおっさんの気持ちも豊かなものにしてくれた。君を一人の人間として尊敬する。君の勇気を見て、おっさんも勇気をもらったぞ。こんなに優しい男の子がいる、世の中まだまだ捨てたもんじゃない。
君よ、その優しさを持ち続けたまま大人になってくれ。
頼むぞ、小さなナイスガイ!
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