上司から怒られたときに立ち直るコツ
前回の記事では「こころを使いこなす」6つのステップを紹介し、ステップ3の「目標を定める」を私の実際のメモを使いながら説明しました。今回はいよいよステップ4の「悩みの解決技法」に入っていきます。
自分に「ツッコミ」を入れるための方法論
認知行動療法では、人が悩み苦しんでいる状況を解決に導いていくための「方法論」がいくつも用意されています。今回はそのうち「認知再構成法」という手法を紹介したいと思います。
まず、認知再構成法は教科書的には「非機能的思考を同定し、より機能的な思考を自ら考え出すための技法」と定義されます。
この定義だけではすぐ理解するのは少し難しいですよね。非機能的思考?となってしまうと思います。なので「悩みの原因となるネガティブな思考のクセを改善するための技法」くらいにまずは捉えて下さい。
「認知再構成法」はとても効果があるのですが、やや込み入った作業が必要です。そこで今回は、私の経験を踏まえて、そのエッセンスの部分を説明することに集中します。そこでポイントとなるのは「自分にツッコミを入れられるようになること」です。
例えばこんな状況を考えてみましょう。
状況: 上司から依頼された資料を作成して持っていったら、「イメージと違う。これでは使えないのでやり直して」と厳しい口調で言われてしまった。
考え: 言われたとおりに作ったつもりなのに。上司はすごく不機嫌だったしもうダメだ。
こういう場面で、悩みやすいタイプの人は「ネガティブ思考の波」に巻き込まれて、その負のサイクルから抜け出せなくなりがちです。依頼通りにやったつもりなのに否定されたと焦りだし、上司の不機嫌な様子が頭から離れず、どうしようどうしようと追い込まれていく。こういうネガティブな思考の悪循環にはまり込んでしまう人は多いです。
でも、ここで「上司そこまで怒ってなかったよね?」「指摘されたところを直せばいいんじゃない?」と冷静にツッコミを入れる「もう一人の」自分がいたらどうでしょうか。
自分の状況を客観的、俯瞰的に捉えて「上司に怒られたことは忘れて、資料を改善することに集中しよう」ともう一人の自分が考えることができれば、「次回までに指摘された部分を直して持っていこう」と適切な行動を取ることが可能になります。
これは「足がつく」プールで溺れたとパニックになっている人に例えるとさらに分かりやすいかもしれません。
自分が溺れたと一度パニックになってしまうと、周囲の状況を考える余裕はなくなり、なんとかそこから逃れようと手足をバタバタと動かして結果的にさらに追い込まれていきます。
でも、一度落ち着いて「ここ足つくんじゃね?」と自分にツッコミを入れられれば、そこで窮地を脱することが可能になります。
「もう一人の自分」を作り出すトレーニング
とは言っても、悩みの真っ只中で冷静に「ツッコミを入れること」って、言うのは簡単ですけど実際にやるのはとても難しいですよね。それができないから悩んでるじゃないか、と思ってしまいます。
ということで、それを身につけるための体系化された「トレーニング」が認知再構成法になります。
では、具体的にそのやり方を見ていきましょう。認知行動療法教育研究会のサイトで紹介されているモデルが分かりやすいので参照します。ステップは3つです。
①「そう考える根拠を考えてみよう」
(根拠と反証を探す)
②「どんな結果が待っているかを考えてみよう」
(結果について考える)
③「別の考え方をしてみよう」
(代わりの考えを探す)
まずは①「そう考える根拠を考えてみよう」から説明しましょう。先ほど挙げた、資料を上司からダメ出しされた例を使います。
状況: 上司から依頼された資料を作成して持っていったら、「イメージと違う。これでは使えないのでやり直して」と厳しい口調で言われてしまった。
考え: 言われたとおりに作ったつもりなのに。上司はすごく不機嫌だったしもうダメだ。
まず、自分が「なぜそう思うのか」を、いくつかの観点から客観的に自分に問いかけていきます。「もう一人」の自分がツッコミを入れて、それに素直に答えていく感じで進めるとうまくいきます。
Q: なぜ「もうダメだ」と思う?
A: 上司のイメージと資料が合っていなかったし、それを指摘する口調もすごく厳しかったから。もう挽回できない。
Q: でも、本当に「もうダメ」かな?
A: やり直してこいと言われたからまだチャンスはあるかも。そういえば前に同じような指摘をされた時はうまく挽回できた。
こうして書いてみると、自分がどんなことに悩んでいるのかが見えてきます。
上司から受けた指摘は資料がイメージと違うという点でした。ただ、ここではその指摘の内容以上に、上司の「指摘する口調が厳しかった」ことが悩みの中心となっています。だからこそ「もう挽回できない」と絶望的な気分に繋がってしまっています。
でも、本当にもうダメか?と問いかけてみると、まだやり直しのチャンスは貰っているし、以前の似たような状況でうまくいったと考えられています。これは解決の糸口となりそうです。
ただ、このくらいの問いかけで問題が解決するほど、悩んでいる人の混乱は甘くありません。私も昔であれば「そうはいっても今回は違うんだよ!今回だけはもう絶望的、もう上司は許してくれないよ!」とまた不安のループに戻っていたと思います。
そこで次のステップ「どんな結果が待っているかを考えてみよう」に入っていきます。ここでも、「もう一人の自分」に問いかけてもらいましょう。
Q: 最悪の場合どんなことになりそう?
A: やり直した資料を上司が気に入らず、もっと激しく怒られてしまう
Q: もし奇跡が起きたらどうなりそう?
A: 上司の期待を大きく超える資料を作ることができてすごく褒められる
Q: 現実的にはどんなことになりそう?
A: 上司のイメージに近づけた資料を作ってなんとか認めてもらえる
まず「最悪」の場面を想像してみると、やり直した資料も上司に気に入ってもらえず、さらに激しく怒られてしまうイメージが浮かんできます。一度怒られるとまた同じことが起きるのではと考えがちで、「もうダメだ」と落ち込んでいるのもこのイメージが強いからと考えられます。
次に「最高」の場面、つまり奇跡が起きた時のことを考えてみると、そこでは上司の期待を大きく超える資料を作ることに成功し、上司が絶賛してくれています。これは最高の状況ですが、なかなかそこまでもっていくのは難しいです。
こうして、「最悪」と「最高」の場面について考えた上で、その中間にある「現実的」な未来を問いかけてみると、上司のイメージに近づいた資料を持っていき認めてもらうイメージが浮かんできます。
この流れ、すごく重要です。この例のように、昔の私も上司にダメ出しされるとすぐ絶望しがちだったのですが、その渦中で「そこまではやばくないんじゃない?」と心の片隅で冷静に思っているところもありました。
ただ、そう感じていながら、一度絶望したら絶望し続けないと辻褄が合わない、とばかりに最悪のケースを想像してさらに絶望していく悪循環を繰り返していました。
でも、現実的に起こることってこの例のようにそこまでひどくないですよね。上司の指摘は厳しかったかもしれないけれど、その内容をきちんと踏まえて資料を修正すれば、多くの場合はなんとかなるものです。
なので、起こりうる結果について最悪、最高、現実的と様々なケースを自分に問いかけてみることで、状況を客観的に捉えて、現実的な対処法を考える素地ができます。
ということで、最後のステップ「別の考え方をしてみよう」に進めます。同じように自分に問いかけていきましょう。
Q: 他の人ならこういう時どうすると思う?
A: 上司の口調や不機嫌な様子は気にせずに、指摘内容を淡々と直していく
Q: 自分はどんなことができると思う?
A: 仲の良い同僚に相談して、助けを借りながら資料のやり直しを進める
ここですごく効果があるのはこの「他の人ならどうすると思う?」という問いかけです。
悩んでいる渦中では、なかなか自分を客観視できないものですが、「他の人ならどうするか」と考えることで、自分を相対化しやすくなります。また、その「他者の目」を通して、自分の思考のクセや特徴を改めて認識できる効果もあります。
この例でも「他の人なら上司の口調や不機嫌な様子は気にしないかも」と考えることで、自分はそれを気にしすぎているのかもと客観的に状況を捉え直すことができます。
そして、こうやって冷静に考えてみることで、「仲の良い同僚はいつも助けてくれているし、その人の力を借りながら資料のやり直しを進めていこう」と現実的な解決策に辿り着くことが可能になります。
このように「認知再構成法」のステップで自分の悩みを様々な視点から捉えてみることで、最初は「もうダメだ」と絶望していたところから「なんとか頑張ろう」と前向きな考えに辿り着いていけることが理解できたと思います。
あとはこれを日常的に続けることで大きな効果が出てきます。私は実際にこの方法論を意識しながら、日々悩んだ時にEvernoteにメモをつけて、自分の悩みに対して「ツッコミ」を入れていくことを続けました。
例えばこんな形です。
状況: 営業部門のリーダーと打ち合わせ。非常に厳しい指摘を貰いうまく答えられなかった。同僚の女性がうまく対応。
考え: 緊張してしまってうまく回答できずに悔しい。同僚の女性はあんなにうまくできていたのに。
感情: 悔しさ(80) 後悔(70)
対応: そこまで落ち込むこともないか。自分ができる限りの準備はしていた。これを繰り返せば良くなっていくはず。
以前の私は、このメモのようにリーダーから厳しい指摘を受けると、そのこと自体にショックを受けてしまいその後うまく仕事を進められなくなってしまうことが多かったです。この時も同じように落ち込んでしまっています。
ただ、この「対応」のところに書かれているように、「そこまで落ち込むことでもないでしょ?」「次に向けてこれを継続すればいいじゃん」と適切なツッコミを自分に対してできています。
こうやって、悩んだ瞬間の自分にツッコミを入れることを継続していくと、面白いことに悩んだ時に自然と「もう一人の自分」が出てくるようになっていきました。漫画などでよくある、頭から吹き出しが出て「もう一人の自分」が語りだすあのイメージです。
これは本当に大きな効果があって、今ではストレスを感じたとしても、すぐ自分にツッコミを入れて一度冷静になるのが当たり前になっています。皆さんもぜひ挑戦してみてください!
次回は「コーピングレパートリー」という方法論を通じて、「ストレス解消法」をたくさん持つことの重要性を説明していきます。お楽しみに!
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