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noriとユミコ①

あなたは、身が焦がれるような熱愛をしたことがあるだろうか。私には過去に一度だけそんな恋愛をしたことがある。私の半生を振り返っても、ユミコ以上に愛した女性はいないし、私に無償の愛を贈ってくれた唯一無二の女性だった。

私がユミコと出逢ったのは某証券会社に勤務していた時だった。ユミコは私のお客様だった。

「寄り付き!!」
都内某区、証券会社の営業フロア、朝9時の場が開くと同時に、短波放送が流れるなか、上司の怒号が飛び交い、株の注文を次々と顧客から取る「戦場」と化す。自分の顧客は基本、新規開拓する他ない。

「地べた這いつくばってでも、客にしてこい」

新人の時によく言われた言葉だ。当時は税務署に行けば、高額納税者名簿が閲覧出来る時代だったし、ハローページに金持ちも住所と電話番号を載せている時代だった。

新規開拓のやり方は営業マンによってやり方は異なるが、基本は飛び込み訪問とテレコールだ。

「私、○○証券のnoriと申します。社長、いらっしゃいますか?」
「二度と電話かけてくんな、バカ野郎!!」
まともに話すら聞いてくれない。

世の中は、山一証券の自主廃業、大手証券による総会屋への損失補填、長銀の経営破綻など日本の金融システム自体が揺らいでいた。株屋への風当たりはかなり厳しかった。

なかなか思うように新規開拓が進まない中、たまたま新聞で、超有名な野球選手が当時珍しかった億ションの超高層タワーマンションに入居したニュースをみた。そのタワーマンションは、私が営業担当をしていた地区に建っていた。翌日、その野球選手が入居する超高層タワーマンションに行ってみる。タワーは全部で3つ。最先端のセキュリティシステムが装備され、入居者以外は蟻一匹、中に入ることは到底出来ない。

タワーマンションを見上げながら、大学生の時にみた映画「ウォール街」を思い出した。

「これはカネが詰まったタワーだ。このタワーに入り込めば投資家ゲッコーのような人物に出逢えるかもしれない」ハイエナのように本能的にそう感じ取ったのだ。

急いで図書館に行き、ハローページを見て、該当する住所と電話番号をリストにする。

そのリストの中に、「ユミコ」は入っていた。

「私、○○証券のnoriと申します!」
「結構よ!!」
これがユミコと交わした初めての「会話」だった。

ユミコはリストの中でも、ひときわ、つんざくような甲高い声で、電話をガシャ切りする人だった。いわゆる「拒絶」だ。普通なら諦めるべき見込み客にもならない先だが、なぜか、私はユミコに興味を持った。その後、私はユミコとの「初めての会話」から、半年間毎日ユミコに電話をし続けたのだ。

その半年間、まともに会話になったことはなかったし、つれない「しつこい!」の一点張り。ただ、冷たいながらも、ユミコの声は透き通った声だった。

いつしか、新規開拓の電話が、「お客さんにならなくていい、ユミコに一目逢いたい」といつの間にか、ユミコのファンになってしまっていた。

ある日の冬の日だった。ユミコに電話した。
「私、○○証券のnoriですけど」
「言わなくたってわかるわよ!貴方、どうしてこんなシツコイのよ笑」
初めてユミコが笑ってくれた。私は「ユミコ様」にどうしてもお逢いしたいと熱烈なラブコールを電話口で、必死にまくし立てた。

「わかった、わかった! じゃあ、あなた、口座だけは開いてあげる。明日13時に家に来て!」ガシャリと電話が切られた。

私はガッツポーズをした。半年間のラブコールが実ったのだ。天に昇るような心境だった。

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