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noriとサトウ

「ヨーソローすよ!nori先輩!!」
朝から後輩のサトウがシャウトする。「ヨーソロー」っていうのは長渕剛の伝説曲「Captain of the ship」に出でくる歌詞の言葉だ。サトウは熱狂的な長渕ファンだった。

私は証券会社に入社した。今はネットで株は注文できる時代だし、金融商品取引法という投資家保護のための法整備もなされ、証券会社の営業もかなり様変わりしただろう。私が当時働いていた証券会社は東京証券取引所で人を介して注文の受け渡しをする「場立ち」がまだいた時代だった。ちょうど「株屋」から新しい証券ビジネスの変わり目だったかもしれない。

「株屋」の世界に興味がある読者は以下の日記を読んで貰うとわかりやすい。会社は違えど、ほぼ当時の証券会社の営業はそんな感じだった。

https://ameblo.jp/hkteleos/entry-10005997340.html

話を戻す。サトウは証券会社の一個下の後輩だった。

くそったれ課長のタグチから早朝、寮に電話が入る。くそったれ野郎、休日に何の用事なんだ。

「あー、noriか。てめえ、電話出るのおせえよ、バカ野郎!」
「課長、どうしたんすか?」
愛想ゼロで応答する。
「昨日ウチに入ったサトウいるだろ、あの野郎、とんでもねえ野郎で、もう辞めるって言って消えやがったんだよ!、お前、あいつ取っ捕まえてこい!」

前日、確かに新人が入社した。普通は同じ課で団結力を高めるためにみんなで飲みにいくのが恒例なのに、タグチとそりが合わない私と同僚を置き去りにして、タグチは勝手に新人連れて飲みに行ってしまったのだ。

「わかりました」

(なんかあったんだな)私は受話器を静かに叩きつけた。

とりあえず、新人たちを部屋に集合させる。

「よし、てめえら、サトウを捜して連れてこい!」

新人たちはオールバックの髪型で眼光鋭いパイセンの私の命令に直立不動で聞き、部屋を飛び出した。

昼過ぎに他の支店の新人から電話が入った!
「noriセンパイ!、サトウ見つかりました!」
「よし、今すぐ連れてこい!!」

一時間後、サトウは同期に付き添われて、私の部屋に来た。

「あ、、、サトウです、、、」
「おー、てめえがサトウか。訳を話せよ」

サトウは正座して、私に話をし始めた。

「昨日あれから課長とキャバクラに行ったんですよ。で課長がボクの頭を何度も叩くんですよ。で、課長に止めてください!って言ったのに、課長はさらにボクの頭叩くんです。さすがにキレて、課長をぶん殴って、こんな会社辞めてやる!って叫んで飛び出しちゃて、、、どうしたらいいかわからずカラオケボックスに居ました。申し訳ありません!!」

私はサトウをじっと睨みつけた。

「サトウ、てめえ、、、、、よくやった!!!」
サトウの両手をがっちり掴み、サトウと握手した。

残ってた寮にいた後輩に酒を買いに行かせ、深夜まで大宴会をした。

「で、サトウ、どんなパンチをぶちこんでやったんだ、タグチの野郎に、なあお前?」

「右ストレート一発すよ!」満面の笑みでサトウは話す。コイツにとっては私は初めての社会人のパイセンなんだ。否定しないで肯定してやるのが大事なんだ。

早朝サトウを連れて、課長に一緒に土下座して、事なきを得た。

サトウは変わったヤツだった。いちいち長渕の歌詞を引用して話すのだ。「明日が待ち遠しくて、出勤前、朝からオナニーを3回キメちゃいましたよ!」ケタケタと笑う。

私は私で毎晩サトウを連れ回して飲みに行き、休日も私の私用にお供させた。

「サトウ、てめえ、金にはよ、生き金、死に金があるって知ってるか?」

私は社会人になって、感謝っていうことを覚えた。心の中ではキライっていう思いがありながら、両親に感謝しなければならない。それは生活の糧を得るために仕事をすることがどれだけ大変か、身に染みてわかったからだ。川崎のヒロキが、「学生は半端者」って言った意味がようやく分かったのだ。

ちょうど、母親の誕生日が近かった。近所の伊勢丹に行き、サトウと一緒にプレゼントを選ぶ。確か、お洒落な家具を買った気がする。

会計は30万円だった。サトウは目を丸くして、私の顔をじっと見つめながら言った。

「nori先輩にとって生き金なんですね!ヨーソロー!

「決まってんだろ」

キザなことを言いながら、カッコつけすぎたなって空っぽの財布をポケットに突っ込み痩せ我慢した。

12月になった。寒さが身にこたえる。

サトウから電話が入る。

「おーサトウ、てめえどこいんだ?、飲み行くぞ!」

「nori先輩、今日はダメっす。それよりも先輩、寮に帰ってくるのは22時過ぎにしてくれませんか」

「なんだかしらねーけど、わかった」

サトウは新作のAVでも差し入れにくるんだなって思った。約束通り、外で飲んでから寮に帰った。

薄っぺらい部屋のドアを開ける。私は言葉を失った。

部屋には綺麗に飾ざれた装飾、欲しかったアコースティックギターやたくさんのプレゼント、サトウからの手紙があった。部屋は子供の時に眺めたおもちゃ屋さんの「ショーウィンドウ」になっていた。

今日はそういえば25歳の誕生日だった。

私は部屋の地べたに突っ伏しておいおいと泣き崩れた。子供の時に満たされなく、欲しかった「世界」が目の前にあったからだ。

大粒の涙を拭い、サトウに電話した。
「サトウ、、、、、てめえ、ありがとな!」

涙声を必死に押さえ、電話を切った。

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