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noriとユミコ②

翌日、約束の時間の30分前に、ユミコが住んでいる高層タワーに到着した。敷地内はかなり広く、エントランスの場所を念入りに確認する。半年間、電話をし続けて、ようやく逢う約束が出来た相手だ。万が一でも約束の時間に遅れてしまうなど、あってはならない。いや、絶対にだ。

タワーのエントランスは最新式の電子錠と居住者の有人警備を兼ねたコンシェルジュも居て、絶えず不審な訪問客がいないかチェックするようになっている。構造としては、入り口付近で、訪問先からエントランスの電子錠を外してもらって、内部に入り、コンシェルジュにも、訪問先と自分の名前も報告し、コンシェルジュから訪問先に間違いがないか電話確認してOKであれば、居住者用エレベーターに乗れる仕組みだった。今の高級レジデンスでは当たり前のセキュリティかもしれないが、当時はかなり珍しかった。

ようやくコンシェルジュの確認も終え、45階のユミコの部屋に向かうべく、エレベーターに乗り込んだ。心地よいモーツァルトの曲がエレベーター内に流れる中で、緊張しながら、胸がドキドキした。

45階に降り、ユミコが住む金色に輝くドアの前に立った。一つ深呼吸をした後、ドアホンを押す。

ガッシャという音と共に、金色に輝く重厚なドアが目の前に開き、ドアが開いたと同時に、ダマスクローズの強く優雅な匂いが飛び込んできた。白い大理石の玄関に、青いドレスを着た美しい貴婦人が微笑みながら立っていた。

「貴方がnoriさんね。初めまして、ユミコです。どーして、貴方はこんなしつこいのよ笑、まあ、上がりなさい」

私は大理石の玄関に靴を揃え、リビングに入った。思わず声を上げてしまった。重厚感があり、中世ヨーロッパの貴族の部屋そのものだったからだ。うっとり部屋の様子を眺めていると、ユミコはアールグレイの紅茶を出して、早口で切り出した。

「さて、来てくれたばっかりで申し訳ないんだけど、私これからすぐ出なきゃいけないのよ。口座用紙にサインしたらいいのよね。ねえ、早くして」

ユミコはメガネをかけ、大きな字で口座用紙に記載していく。家族構成を書いていく。旦那さんは超大手製薬メーカーの重役、お子さんは二人居て、長男はロンドンに留学中、長女はニューヨークから来週帰国予定、ユミコは自分で会社を経営し、貿易業もしているとの事だった。ちなみに、証券会社の営業は家族構成を詳細に把握することが非常に大事になる。誰がお金を持っていて、誰が決裁権があるかを把握しないと後々大トラブルに発展するからだ。資産家の場合、家族それぞれに資産区分が分かれていて、家族といえども、自分以外の家族名義の財産を勝手に売ったら裁判沙汰になってしまうのだ。

ユミコは口座用紙を書き終え、捺印を済ますと、改めて、私に用紙を手渡しながらハッキリと言った。

「noriさん、私はね、貴方は半年間、私に電話をかけ続けた営業の労を労う意味で、口座だけは開いてあげようと今日呼んだのよ。株の売買は投資銀行の専門トレーダーを介して売買してるし、専属のプライベートバンカーもいる。そこはよく理解してね」

黙って頷くしかなかった。ユミコが言っている意味がよくわかった。つまり、私はユミコの玄関に上がることは出来た。しかし、私は玄関に上がっただけで、ユミコからしたら身内のゲストではない。ビジターであり、ユミコの世界の外側なのだ。

「じゃあ、用事は済んだわね。帰ってくれる?」

場違いな場所に来てしまった。私がとても入れる世界じゃなかったんだ。ちょっと暗い気持ちになりながら、玄関で革靴を履いた。

「また電話します!」
「もう良いわよ!!」

ユミコは笑みを浮かべながら、重厚なる金色のドアは閉め、私は追い出された。

これからどのようにしたら、ユミコが棲む世界の内側に入れるのか、思案に暮れながら、ユミコ邸を後にした。




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