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マグネットの能力者

「君が薬師伝治君だね」

「え? はい」

「伝治君のことは君のお母さんから聞いているよ。少しいいかな?」

「今、忙しいんだけど」

「そうかい? 君はさっきからずっとこの公園のベンチに座って空をぼんやりと眺めていたじゃないか」

「日光浴だよ」

「日光浴? そうなのか。今日はいい天気だからね」

「ちょ、隣に座るなよ。なんなんだよ、あんた」

「私の名前は真堂だ。君はニートだと聞いていたが違うのかな?」

「絶賛ニート中だけど、それが何か?」

「ニートと呼ばれる人間はずっと部屋に籠もっているものだと思っていた」

「毎日、部屋に籠もってると、たまに太陽の光を浴びたくなるんだ」

「うん。日光浴は体内でビタミンDを作るからね。ビタミンDはカルシウムのバランスを整え、骨の健康を保つ効果がある」

「そんなこと考えて外に出てるわけじゃねぇよ」

「なんと。その健康志向は無意識だったのか。素晴らしい。君は健康的なニートのようだね」

「そんな褒め方をされたの初めてだよ。別にいいだろ。ほっといてくれ」

「そういうわけにもいかないんだ」

「母さんに何か頼まれたの? ああ、ニートの社会復帰を応援する・・・市役所とか、そういう関係の人?」

「いや、違う。しかし、君の母さんから頼まれたのは事実だ」

「何を? 俺、別に働く気ないよ」

「まあ、それはとりあえず置いといて。私の話を聞いてくれないか」

「なんだよ」

「伝治君のことは色々調べさせてもらった。大学卒業後は就職もせず毎日部屋でゲームをしてるそうだね」

「あのクソババァ」

「そのことは今はどうでもいい。私が君に興味を持ったのは、君が大学生だった頃の、あるエピソードを聞いたからだ」

「なにそれ?」

「2年前の2月3日。大学のサークル仲間と一緒に恵方巻を食べた時のことを覚えてるかい?」

「ああ、そんなことあったな。それが何か?」

「君はその時、その年の恵方だった東北東をコンパスも使わずに指し示したそうじゃないか」

「あ、そのことか。そんな地味な話、誰から聞いたんだよ」

「ちなみに北はどっち?」

「こっち」

「素晴らしい。正解だ。どうして君はそれがわかるんだ?」

「なんとなく。誰でもわかるのかと思ってたけど、そうでもないんだって知ったのは小学生の頃かな」

「小学生の頃から自分の能力を自覚していたのか」

「能力って。北がどっちかわかるってだけのちょっとした特技だよ。こんなの何の役にも立たない」

「それは君が力の使い方を知らないからだ」

「力の・・・使い方?」

「人間には五感と呼ばれる感覚がある。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚だ。しかし、それとは別にもう一つ。第六感と呼ばれる感覚がある。それが、磁覚だ」

「磁覚?」

「磁力を感じ取る能力のことだ。地球は北極がS極、南極がN極の巨大な磁石だということは君も知っているだろう。方位磁石はこの地球の磁気に反応して針を動かす。君の体内磁石は常人の数万倍だ。その超人的な磁覚によって、どこにいても北がどの方向かを当てることができる」

「俺は地磁気を感じ取っていたのか・・・」

「渡り鳥は地磁気を感じる能力をコンパスのように使って方位を正確に把握し、季節に合わせて移動している。鮭やハチなども同じ能力がある。磁覚が動物に備わっているなら、人間にあっても何も不思議はない」

「ならなんで俺は、その磁覚が人より優れているんだ」

「特に理由はないよ。生まれもっての才能で、君は選ばれた。ただそれだけだ」

「俺が選ばれた?」

「そうだ。犬並みの嗅覚や、イルカ並みの聴覚を持って生まれる人間もいる。君のように磁覚に優れた人間が稀に生まれてくる」

「それで、あんたは俺に何をさせるつもりなんだ?」

「伝治君。私は君のような磁覚の優れた人間を集めているのさ。私が君に力の使い方を教えてやる。だから、私に協力してほしい」

「協力?」

「私と共に新しい世界を創ろう」

「・・・旧世界の破壊と新世界の創造、だと・・・! 俺はただの一般人だ。そんな大それたこと・・・」

「君が磁覚を使いこなせば、己の体内磁石を自在に操ることが可能となる。その磁力により様々な奇跡を起こすことができるんだ」

「漫画やアニメに出てくるマグネットの能力者ってことか」

「ん? ああ、そうだね」

「俺にそんな力があったなんて。じゃあ、この力を鍛えれば電気を起こすことも出来るのか?」

「ああ、そうだね。訓練すれば指先から電流を流すことが出来る」

「10億ボルトの電撃を放ったり、砂鉄を集めて剣を作ることも出来るのか?」

「ああ・・・そうだね」

「じゃあ、レールガンも?」

「レールガン?」

「ほら、フレミング左手の法則とか、ローレンツ力を利用してとか、そんなやつでコインをマッハ3で飛ばせたりするのか?」

「ローレンツ力というと、リニアモーターカーで使われている原理のことか。ああ、うん、そうだね」

「ゆくゆくは地球の磁場を操作して自転を変化させることも出来るってことか」

「うんうん、そうだね。夢があっていいんじゃないかな」

「でも、磁覚の鍛え方ってどうやるんだ?」

「研修を行ってもらう」

「研修? 俺の能力を鍛える訓練ってことか。厳しそうだな」

「期間は3ヶ月。その期間で私の技を徹底的に伝治君に教えこむ。君には私の右腕として働いてもらうつもりだ」

「つまり、あんたも磁力を扱えるのか?」

「当然だ。私も選ばれた人間だからね。そして、今の君より磁力の扱いに長けている。むうん! 伝治君、さきほど君は正確に北を指し示すことが出来たが、今はどうだい?」

「そんなの簡単に・・・あれ? どっちだっけ?」

「君の周りの磁気を撹乱した。初歩的な磁力のコントロールだよ。私の本気はまだまだこんなものじゃない」

「すげぇ・・・」

「さあ、私と一緒に世界を変えよう。新世界を共に創ろうじゃないか」

「・・・断る」

「・・・なぜ?」

「俺に力があることはわかった。あんたの力も本物だ。でも、だからこそ、俺はあんたに協力しない」

「どうしてだ。自在に磁力を扱うことに魅力を感じていたんじゃないのか」

「確かにな。10億ボルトの電撃も、砂鉄の剣も、レールガンも、やってみたいと思うよ。そんなアニメみたいな力に憧れるよ。でもそんなのは空想の話で十分なんだ。俺はこの世界を変えたいなんて思わない。俺は快適なニート生活を送ってる今が気に入ってるんだ!」

「カッコいいこと言ってるけどダメ人間の発言だね。お母さんが泣いている姿が目に浮かぶよ」

「うるせぇ!」

「伝治君が私のもとで働くことに、君のお母さんは了承してくれた」

「母さんが?」

「伝治君のことをよろしく頼むと」

「確かに母さんは「お願いだから働いて」って毎日泣いてたけど・・・」

「毎日泣いていたのか・・・」

「でも働けばなんでもいいってわけじゃないだろ。そんなこと、母さんが言うわけない。あんた、母さんに何をした!」

「楽にしてやったのさ。私の力でね」

「なんだって・・・!」

「最後には喜んで賛成してくれたよ」

「母さんは無事なのか?」

「ああ、もちろん無事だ。また1週間後に様子を見に行くつもりだ」

「・・・それがタイムリミットってことか」

「君の人生だ。今すぐに決断しろとは言わない。1週間後にまた会おう。いい返事を期待している」

「くっ・・・」

「そうそう。名刺を渡すのを忘れていたな。私はこういうものだ。働く気になったらすぐに連絡してほしい」

「名刺なんてあるのかよ。・・・え?」

「ん、どうかしたかい?」

「『株式会社はんどぱわあ 代表取締役 真堂明』。え、どゆこと?」

「ああ、こう見えても社長なんだ。一応ね」

「いやいや、そうじゃなくて! 世界征服を企む悪の能力者なんじゃないの!?」

「世界征服? こんな善良そうな人間を捕まえて君は何を言ってるんだ?」

「だって、新しい世界を創るために俺に協力しろとか言ってなかったか!?」

「ああ。私が目指す新しい世界。誰もが腰痛に悩まない世界を創るために、君の力が必要なんだ」

「腰痛?」

「そうだ」

「だって、なんか怪しかったじゃん! どう考えても悪の組織への勧誘だったじゃん!」

「丁寧に説明していたつもりだったが」

「それが謎の強キャラ感を出してたんだよ! 強いからこその余裕みたいに見えたんだよ!」

「それは・・・すまなかったね」

「紛らわしいんだよ! え、じゃあ、俺に何をさせるつもりだったの?」

「『磁力矯正はんどぱわあ』ってお店、聞いたことないかな。指先から電流を放出して体内磁力を矯正し凝りや痛みを治すという画期的な方法で、今、都内に8店舗展開してるんだが」

「知らねぇよ!」

「体内に微小な電流を流すことにより全身の細胞が活発化し、細胞や組織の新陳代謝が図られ、凝りや痛みが緩和される。薬のように直接的に生体機能へ作用するのではなく、体内の自然治癒力を介して作用するために副作用の心配もない」

「よくわかんないけど、なんかすげぇ」

「君には3ヶ月間の研修で私の技を全て叩きこむ。そしてゆくゆくは一番の売上がある新宿店の店長を任せるつもりだ」

「そんなに俺に期待してるの!?」

「もちろんだ。君の磁覚は本物だ。素質は私以上かもしれない。いい施術者になれるだろう」

「じゃあ10億ボルトの電撃は? 砂鉄の剣やレールガンは?」

「私には到底無理だが、鍛えれば可能性はゼロじゃない。知らんけど」

「無責任だな! じゃあさっき、俺の周りの磁場を撹乱してたのは?」

「実はあれが私の全力だった」

「全力であの程度かよ! 初歩的とかいいながら顔中汗だくだったから怪しいと思ったんだ!」

「すまない。ちょっと見栄をはってしまった」

「可愛いかよ! じゃあ、母さんには何をしたんだよ」

「言っただろう。慢性的な腰痛に悩んでいたそうだから、私の施術で楽にしてあげたのさ。体が軽くなったと大喜びして、伝治君が私のもとで働くことに大賛成してくれた」

「ホントに文字通り楽にしてあげてたー!」

「もちろん、今回は無料サービスだ」

「めっちゃいい人ー!」

「1週間後にまた様子を伺いに行くよ」

「アフターケアも完璧ー!」

「君の返事はその時に聞かせてもらおう」

「社長!」

「な、なんだい?」

「俺、感動しました! お願いします。俺を社長のもとで働かせてください! 一生、社長についていきます!」



「いらっしゃいませー! はい、ご予約の高橋様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


「ああ〜、だいぶ凝ってますね。この辺ですか? ですよね?」


「大丈夫です。任せてください。それでは磁力矯正、始めていきますね」


「むうん!」

おしまい。

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