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僕らはこれから困難な時代を迎えることで、人間性を取り戻すのかもしれない

山形への出張で特急を降り、東京駅で乗り換えまでにお昼でも食べようかと構内を歩いていた。

目の不自由な方が行きたい方向を探りながら工事中の壁に向かっていたので、近づいて声をかけた。

「何かお手伝いしましょうか」
『階段がこの先にありますか』
「あります。どちらまで行かれますか?」
『○○線ホームまで行きたいのです』
「僕は乗り換えまでまだ時間があるので、ホームまでご一緒しますよ」
『ありがとうございます』

そうして僕は彼の隣に並ぶように立って
「つかみやすいところをどうぞ」と待った。

彼はそっと掴むというより触れる感じで僕の肩に手を置いた。

ゆっくり歩きながら、工事中の様子を話したり、階段手前やエスカレーター手前では「これから階段降ります」とか、「エスカレーターに間もなく乗ります」などと言って、彼は杖を使って確認しながら一緒にホームまで向かった。

最後の長いエスカレーターを上がりながらふと口をついて出た

「コロナで何か変わったことありますか?」

するとすかさず彼はにこやかに答えた。

『人が優しくなリましたね』

ホームに着いて、来ていた電車に一緒に乗り、扉の位置と空いている状況を知らせた。そして椅子の位置を確認して座るところを見届けてお別れした。

正味5分ぐらいの出来事。

エスカレーターを降りて歩き始めた。


最近、エネルギー事業と地域資源循環と経済循環の仕組みづくりについて、本格的に動こうと考えてる。

(僕の周りにはもっともっと前からそういったこと気づいて取り組んできた方たちがたくさんいて、ようやく腰を上げるなんて、ギリギリ過ぎ!遅過ぎ!って失笑されそうだけど)

なぜなら、ウクライナのこと、資源のこと、食糧のこと、水のこと、森のこと、もう目と鼻の先まで高まってきたリスクがチラついてきてるなぁ、なんて思ってるから。

そんな困難な時代に入るかもしれないなと(目の不自由な方と別れて歩きながら)ふと思ったとき

そっか、オレたち、そこに気づいたら、助け合うのかもしれないな

って目の不自由な方に教えてもらった気がしたんだ。

コロナでいろんな困難に直面して、誰かの痛みがわかるようになって、そこに誰かの助けが必要なんだとわかって

これまで感じもしなかった助け合いの気持ちが芽生えてくるのかもしれないな

これまでもこれからもいろいろ困難なこともあるけど、その困難にぶつかった人から優しくなるんじゃないかな

そんなことを思ったんだ。


昨日は、ある場で持続可能な地域づくりについて自分の想いを話したんだよね。

そこにいた方々に
「そんなに地域は性善説じゃないよ」とか
「地域にはそんなに誰かのために頑張るような人はいないから期待してます」とか
「そんなことやるのにお金かかるの」とか

皮肉なのか応援なのかわからない言葉をもらったけど、

きっとこの方々は地域のことをずっと考えやってきていて、いろんな困難に今も向かっているからこその言葉なのだろうと笑顔で受け止めた。

彼らが進む中で地域を食いものにする人たちとも少なからず出会ってきて、見極められないで使われたり裏切られたりもあったのかもしれない。

そこでこいつはどっちだとか、こいつになんかできるのかいとか、そんな気持ちが隠れた言葉だったんじゃないか。

正直、確かにオレは今いろんなことやろうとしている。それはとても追いつかないぐらいデカいことだと思ってる。

飽きっぽいし、気が散りやすい性格なのもわかっていて、そんな自分を乗りこなしながら進むことは、とても困難で、僕こそ助けが必要な人間なんだと感じている。

だから助けてほしい。これからやることに力を貸してほしい。

そして僕が使えそうなら使ってほしい。あるものなら何でも差し出すから。

僕らはこれから困難な時代を迎えるかもしれないけど、そのことで人間性を取り戻すのかもしれない。

困難に取り組む、助け合う、そんな時代を共に駆け抜けていくのかもしれない。

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