のれん分けと事業譲渡の際に注意すること
弁理士の坂岡範穗(さかおかのりお)です。
今回は、のれん分けと事業譲渡の際に注意することについて話をします。
お店で修行を積んだ後に、従業員がその店の名前(屋号)を使って新たなお店を出しても良いよとの許可をもらうことがあります。
また、割と有名なブランドなのですが、後継者がいなくてそのブランドとともに事業を譲渡してもらうこともあります。
このときに注意しなければならないのは、その屋号なりブランドが商標登録されていて、その商標の使用許諾を受ける、又はその商標権の譲渡を受けることができるのかということです。
例え話をします。
とあるところに美味しいラーメン屋さんがあって、とても繁盛しています。
仮にこのラーメン屋さんの主人がX氏であって、屋号を「月見屋」とします。
秘伝のスープがあって、このスープの作り方は限られた弟子にしか教えていません。
この秘伝のスープを目当てに、お客さんが来店されます。
さて、X氏も高齢となって身体の自由も利かなくなってきたので、一番弟子の弟子Aに、屋号の「月見屋」とともにお店を譲渡することにします。
勿論、有償です。
お店の設備などもありますが、何せ「月見屋」という屋号が近隣では評判になっており、この屋号だけで集客できるためです。
しかし、X氏は商標のことなど全く知らず、「月見屋」という屋号はX氏が先に使っているからX氏だけが使用する権利があると思っています。
弟子Aも同様です。
このため、X氏は、屋号「月見屋」の使用料も含めた金額で弟子Aに譲渡しました。
弟子Aは、銀行から借金をしてそのお金を工面しました。
そして、X氏からラーメン屋を継いで、そのまま「月見屋」の屋号で営業をしていました。
ところがです、ある日突然、B社から警告書が送られてきました。
それは、B社が「月見屋」について商標登録しているから使用するな、過去の使用料についても支払えという内容でした。
弟子Aはびっくりです。
X氏から、「月見屋」はうちが日本で最初に使用したから、うちに使用する権利があると聞かされていたからです。
慌てて地元の商工会議所に駆け込み、商標の専門家である弁理士を紹介してもらいました。
その弁理士に相談したところ、以下のようなことを言われました。
「月見屋」を商標登録出願して、商標登録しないと独占的に使用する権利はない。
日本で最初に使用していたことは理由にならない。
使用したければB社より先に商標登録出願しておくべき。
例外的に、「月見屋」がB社の出願前から需要者の間で周知になっていれば対抗することもできる。但し、その周知は近隣都道府県に及ぶ必要があるし、過去の広告、メディアに取り上げられた回数と内容、売り上げ額等の客観的な証拠を揃える必要があるとのことでした。
創業者であるX氏に連絡を取っても、そのような証拠はありません。
話をしても、B社に激怒して道理を知らないたわけ者と罵るだけです。
せめて、屋号「月見屋」の使用料を返してもらおうと思いましたが、X氏は飲む打つ買うを地で行くような人であり、貯金らしい貯金もありません。
若い頃に立てた家も、離婚した奥さんに渡ってしまい、築50年のアパートに住んでいます。
結局、弟子Aは何とかお金を工面して、ラーメン屋の屋号を変更したばかりでなく、過去の使用料もB社に支払うことで許してもらえました。
ラーメン屋の営業は続けることができたものの、お客さんも離れてしまい、経営的に大きな痛手を受けました。
いかがでしょうか。
いくらその屋号が人気であっても、商標登録していないと何の権利もありません。
弟子Aのようにならないためにも、のれん分けや事業譲渡を受けるときには、必ず商標についても確認をしてください。
坂岡特許事務所 弁理士 坂岡範穗(さかおかのりお)
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