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ウェブ進化論(梅田 望夫)

はじめに

 本投稿は、10年以上前に書いたBlogの再録なので、内容はかなり古めかしいものです。ただ、逆に、当時はこんな感覚だったという証左になるのでそのまま投稿します。

オープンソースの気づき

 ベストセラー系の本は、それが旬のときにはほとんど手に取らないのですが、この本は、会社のメンバからのお勧めで読んでみました。
 流行のテーマの表層を舐めただけの本かと思っていましたが、偏見でした。大変失礼しました。内容はかなりキチンと書かれています。

 最近のネットビジネスの本質を理解するうえで重要なキーコンセプトを非常に丁寧に説明しています。
 この本から私が教えられたいくつかの意味づけのうちのひとつに、「オープンソース」というコンセプトがあります。

(p28より引用) オープンソースの本質とは、「何か素晴らしい知的資産の種がネット上に無償で公開されると、世界中の知的リソースがその種の周囲に自発的に結び付くことがある」ということと「モチベーションの高い優秀な才能が自発的に結びついた状態では、司令塔にあたる集権的リーダーシップが中央になくとも、解決すべき課題(たとえそれがどんな難問であれ)に関する情報が共有されるだけで、その課題が次々と解決されていくことがある」ということである。
 現代における最も複雑な構築物の一つである大規模ソフトウェアが、こんな不思議な原理に基づいて開発できるものなのだという発見は、インターネットの偉大な可能性を示すとともに、ネット世代の多くの若者たちに、とても大きな自信と全く新しい行動原理をもたらした。

 私の限られた頭では、オープンソースといえば「ソフトウェアの設計図にあたるソースコードを、インターネットなどを通じて無償で公開し、誰でもそのソフトウェアの改良、再配布が行なえるようにすること」といった用語集レベルの理解でした。

 が、確かに言われてみれば、「オープンソース」のネット時代での意味づけは、「ネットを介した自発的な知のコラボレーション」という「新しいダイナミズム」として理解すべきですね。
 「企業内の情報システムにオープンソースソフトウェアを利用します」とかいったコンテクストでの淡々とした「オープンソース」の意味づけとは異次元の相違があります。

グーグルの神経系

 本書では、ネットビジネスでの代表的な成功企業を取り上げて、そのビジネスモデルの相似・相違を具体的に浮き彫りにしています。 
 そのなかでも、特にグーグル(Google)は、全く異質の企業理念・ビジネスモデルをもつ企業であると指摘しています。
 その特徴的な点をいくつかご紹介します。

 ひとつは、グーグルの組織マネジメントについてです。
 グーグルでは、「情報共有こそがスピードとパワーの源泉という思想」が徹底されています。

 ここでは「電子メール」もすでに過去のパラダイムのツールです。電子メールも、発信者が受信者を指定するという「情報の閉鎖性・隠蔽性」を前提としたツールだからです。
 グーグルでは「社内ブログ」が情報共有の仕組みだと言います。完全リアルタイム&完全オープンな情報共有が実現されています。まさに、先に「加速学習法実践テキスト(コリン ローズ)」で紹介したアイデアの共有状況が実態として機能しています。

(加速学習法実践テキスト(コリン ローズ)p122より引用) 「私が1ドル持っていて、あなたも1ドル持っています。お互いにそれを交換してもどちらも前と同じです。」
「でも、私がアイデアを持っていて、あなたもアイデアを持っていると、お互いにそれを交換すれば2人とも前より豊かになります。」

 共有された情報は、それが取り上げるに値するものであれば、誰もが我先にとリプライを返し、解決に向けてブラッシュアップされて行きます。
 溢れる情報の整理は、「情報自身による『淘汰』に任せる」というわけです。その中で生き残る情報は、多く読まれた情報であり、厖大な情報の中から何を読むか、その選択のツールが「検索エンジン」であるともいえるのです。

逆パレートの法則

 以上のようなグーグルの業務推進のベースとなっている情報共有の仕掛けに続いて、今回は、グーグルのマーケティング戦略の特異点を御紹介します。
 そのエッセンスは、「ロングテール現象」の「意味づけ」です。

 グーグルは、「ロングテール」を自らのビジネスの主戦場と捉えています。

(p130より引用) 自らをロングテール追求者と定義するグーグルのCEOエリック・シュミットは、ロングテール追求の意味をいつもこう表現する。
厖大な数の、それぞれにはとても小さいマーケットが急成長しており、その市場がグーグルのターゲットだ。グーグルは、厖大な数のスモールビジネスと個人がカネを稼げるインフラを用意して、そのロングテール市場を追求する」

 従来から既存の多くの企業は、「選択と集中」戦略をとる場合、「パレートの法則」いわゆる「2:8の原則」に則っていました。有望な市場は2割部分であって、そこに経営リソースを集中投下すべきだとの考えです。

 しかしながら、IT化/NW化の進展により、やり方次第では残り8割の方にブルーオーシャンが広がっていたというわけです。
 この海はすべての人に見えてはいたのですが、その海の魚影は薄いと思っていました。グーグルは、その海の魚の総数に気づき、全く新たな漁法で乗り出していったのです。その漁法は、追加の投下コストが限りなく0に近い形で残り8割部分へのリーチを可能にしました。

 そこに気づいたことも出色ですが、それを本当にビジネスとして現実のものにしたことが最大の特異点です。
 従来の延長線上のビジネスモデルとは全く別世界の発想にもとづいている分、そのプロセスを支えるIT基盤のアーキテクチャも今までの仕掛けと根本的に異なります。

(p129より引用) ロングテールとWeb2.0は表裏一体の関係にある。キーワードは不特定多数無限大の自由な参加である。それが、ネット上でのみ、ほぼゼロコストで実現される。ロングテール現象の核心は「参加自由のオープンさと自然淘汰の仕組みをロングテール部分に組み込むと、未知の可能性が大きく顕在化し、しかもそこが成長していく」ことである。そしてそのことを技術的に可能にする仕掛けとサービス開発の思想がWeb2.0である。

Web2.0と性善説

 ものごとは何でもそうですが、「性善説」に立つと「可能性の世界」がいきなり広がります。

(p121より引用) eベイの創業者ピエール・オミディヤー「Web2.0とは何か」と尋ねられ、
「道具を人々の手に行き渡らせるんだ。皆が一緒に働いたり、共有したり、協働したりできる道具を。「人々は善だ」という信念から始めるんだ。そしてそれらが結びついたものも必然的に善に違いない。そう、それで世界が変わるはずだ。Web2.0とはそういうことなんだ」
と答えている。

 情報共有化も性善説を基礎とするとこうなります。
 情報は個々人が自由に発信します。発信先を特定する必要はありません。自分のBlogでもいいですし、どこかの掲示板でも構いません。もちろん、企業内の業務の一環の場合は、何らかの「共有エリア」ということになります。(このくらいのルールは必要です)
 情報を入手する人は、必要な都度「検索エンジン」を使って(必要な情報を)引っ張ってきますし、また、RSSリーダーにキーワードを登録して、それにマッチした情報を取り込んでいくという感じです。

 従来の情報共有化は、たとえば、発信者主義の情報の一方通行であったり、既定のナレッジマネジメントの仕掛けに運用ルールどおりに登録したり、はたまた、単なるネットワーク上のファイル共用だけであったり・・・というものでした。

 さらに、それなりにIT対応を考えると、こんな大がかりな仕掛けになります。
 情報入手元システムからのデータをDWH(データウェアハウス)に接続
 →DWHでは、データを正規化する等の加工をして蓄積
 →蓄積したデータをある検索条件のものに一括抽出
 もしくは、ちょっと気の利いたところでは、アクセス権限のある操作者(マーケター等)がBI(Business Intelligence)ツールを駆使して情報を活用

 性善説に立つと、仮想の情報広場(DWH相当)に入力も自由、出力も自由ということになります。

 「ウィキペディア(wikipedia)」は、この新たなスキームがオープンなネットワーク環境下で動いている代表例です。これは、ご存知のとおり「ネット上の誰もが自由に編集に参加できる百科事典」ですね。

 この情報の自由放任主義は、今の「良識世界」から当然の反論を受けます。虚偽の情報・悪意のある情報等の混在の可能性です。(昨今も、ここでの議論とは別次元の話ですが、「偽情報(メール)」が話題になっているのは周知のとおりです)また、企業であれば、さらに情報管理上の問題点も指摘されます。

 この点は、当然キチンとした議論をしなくてはなりません。
 「性善説=ルール不要」ではありません。性善説にたっても違法は違法です。新たな仕掛けが機能するケースもあれば、やはり、まだマズイというケースもあると思います。たとえば、企業内の情報共有の場合には、やはりセキュリティ面のケアは十分にしておかなくてはならないでしょうし、謂れのない誹謗中傷が許されるはずもありません。

 ただ、方向性という点では、やはり何とかしてより自由な営みのウェイトを増やすことを考えるべきだと思います。
 健全な体であれば「自然治癒力」が働きます。
 腐っていたり賞味期限を過ぎたものを食べると、食当たりするのは当然です。が、食当たりする恐れのあるものを食べないように注意すれば、世の中にはいくらでもおいしいものはあるわけです。食べる前に目でみて、臭いをかいで、ちょっとかじってみて「???」と思うものは吐き出すようにすれば大丈夫です。

 そうやって、情報は「淘汰」(自然淘汰と言いたいところですが、現実はまだそこまでは・・・という状況でしょう)されていきます。しばらくすると流行らない店と行列のできる店に分かれて行くのです。

 悪意ある情報発信や他者の権利侵害、また、現行法規を逸脱した振る舞いは当然許されるべきではありませんが、「自己責任」をベースにした「性善説」はできるだけ歓迎したいと思います。


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