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イノベーションの本質 (野中 郁次郎)

絶対価値

 競争優位という考え方は「相対価値」に拠ったものです。

(p45より引用) 人間はとかく相対価値の追求に走りがちです。生涯、夢を追い続けた本田宗一郎でさえそうでした。これに対し、現場のエンジニアたちは絶対価値を追求しようとし、それが世界に先んじた低公害エンジンの開発に結実しました。
 「競争に勝つ」という相対価値の追求は、勝った時点で消える可能性があります。これに対し、絶対価値の追求の根底にあるのは「自分たちは何のために存在するのか」という根本的な問いかけであり、それは普遍性を持って未来へとつながっていきます。自分たちのめざす絶対価値は何なのか、もう一度、われわれは問い直すべきでしょう。

 「相対価値」の追求は、相手があり相手に勝つことが目標になります。「絶対価値」は、相手を必要としません。もちろん相手があってもいいのですが、「絶対価値」に重きをおくと、「相手に勝っても満足しない」「相手に負けても納得する」という“自分を基準にした価値判断”を下すことになります。
 「絶対価値」のハードルが低ければ、甘えになります。「絶対価値」を決めるのが自分自身である場合は、自分自身の真剣さが問われるのです。

(p118より引用) 市場がある以上、相対価値も必要です。しかし、それを超える絶対価値の追求がなければ、高い目標に向けた強いモチベーションは生まれません。

イノベーションを支えるもの

 イノベーション実現までには、幾重にも続く困難な課題があります。それに挫けず乗り越えていった成功者のエネルギーの源泉は何だったのでしょう。
 イノベーションを生み出し続けた代表的企業HONDAのKey Wordは「夢」でした。

(p68より引用) あらゆるイノベーションは矛盾解消プロセスによりもたらされます。・・・
 弁証法的に限りなく真実を追い求め、絶えずイノベーションを実現していくプロセスはしばしば壁に突き当たります。このとき、ホンダにおいて障害や困難を乗り越え、モチベーションを持続する原動力となるのが、「夢を追い求める」という企業理念です。宗一郎が最も好んだ言葉が「夢」でした。「The Power of Dreams」というコーポレートスローガンにはその遺志が受け継がれています。

 HONDAと同じく進取の気質をもつ企業としてはCANONがあげられるでしょう。
 ちょっと前のCANONのヒット商品にデジタルカメラIXY DIGITALがあります。この開発にあたってもCANONらしさ、すなわちCANONとしての「美意識」があったと言います。困難な課題に取り組みつつも、これだけは譲れないという「価値観」をもつ、こういった一本筋の通った精神は、CANONのDNAとして受け継がれている「行動指針」に支えられています。

(p118より引用) キヤノンには行動指針として、自発(何ごとにも自ら主体的にとり組む)、自治(自らを管理する)、自覚(自ら置かれている立場、役割、状況をよく認識する)の「三自の精神」が脈々と受け継がれています。こうした美意識や行動精神はキヤノンの貴重な知識資産であり、一つの型をとして共有されているからこそ、絶対価値の追求が可能となるのでしょう。

価値観のリセットによる気づき

 イノベーションに立ち塞がる壁を壊すより直接的な原動力は、企業理念や行動指針に裏打ちされた「具体的数値目標」です。
 この例として野中氏は、SUZUKIの50ccスクーター「チョイノリ」を挙げています。

 このケースでは、率先垂範でコストダウンに取り組んでいるトップ鈴木修会長から「排気量1cc=1000円」という目標を与えられたのがイノベーションへの挑戦のスタートでした。開発メンバは、この具体的な目標を達成するため悪戦苦闘した末、大きな発想の転換にたどり着きます。

(p129より引用) 特筆すべきは、低コスト化の知恵と工夫を一つ一つ積み上げていくと同時に、「逆転の発想」が行われたことだ。エンジンに、あえて高性能車と同じレベルの技術、つまり、50ccスクーターにとっては「オーバークオリティの技術」を使うことで、その性能を活かして逆に周辺部品を減らそうとしたのだ。

 「部分最適」より「全体最適」とはよく言われることですが、実際の現場ではなかなか難しいものです。目の前の課題に真剣に取り組めば取り組むほど視野が狭くなるのは仕方ありません。SUZUKIの例は、真剣さも極限まで突き詰めればブレークスルーの道が拓けることを示しています。

(p132より引用) 気づきは「価値観のリセット」を生み、既成事実にとらわれない発想は、本来はオーバークオリティのはずの新たな技術に登場の場を与えた。多くの企業はたいがい、大事なことが後になってわかるが、優れた企業は先んじて真実に気づく。ここには大きな違いがある。

 SUZUKIのコストダウンへの挑戦は、「部分のコストアップによる全体のコストダウン」という発想の転換や「削ってゆく vs 付けてゆく」といった創造的な工夫を産み出しました。

(p132より引用) ベースとして、何が必要で何が必要でないか、本質的なところまで突き詰めるコスト意識が社内に浸透していた。その上で、数値目標が、トップのものづくり文化へのこだわりと信念に裏付けられていることを誰もが知っていた。だからこそ、試行錯誤と挑戦の末に、既存のやり方では限界があることに気づき、その向こうにある真実を見出すことができたのだ。

 こういう営みによるコストダウンは絶対価値を創造します。そして、真の競争力の源泉になります。

(p121より引用) 簡単に真似されるコストダウンと、創造的なコストダウンの違いはどこにあるのか。前者は価格競争にはまり泥沼の消耗戦を強いられるが、後者は他社の追随を許さず、競争優位を確保できる。

脱傍観者

 世界的な自動車部品メーカのデンソーでの「二次元レーザーレーダーシステム」開発を例に、野中氏は以下のようにコメントしています。

(p93より引用) 最近の企業には、効率追求の名のもとに各部門各機能別に分業化を進めた結果、タコツボ化の傾向が顕著に見られます。これでは、組織に蓄積された知を活かすことはできません。必要なのは横の展開です。ただ単に個々の知を集めるだけでは、革新的な商品はなかなか生まれません。ここで一歩踏み込んで、弁証法的なダイナミクスが働くように仕掛けると、組織の知が一気に活性化することをこのケースは示しています。

 野中氏は「知識創造」によるイノベーションを提唱しています。「形式知」を前提にしたアメリカ流の分析的ロジカルシンキング偏重に疑問を呈しています。

(p284より引用) 最近はロジカルシンキング(論理的思考)が流行ですが、ロジックはものごとを分析したり、伝達したりすることは得意でも、そこから新しい知は生まれません。論理とは対極にある、直接経験による主観的世界の大切さをわれわれはもう一度認識すべきです。

 野中氏は、ロジカルシンキングなど視野にも入れず、相対的な意味での他社との競争を全く度外視した独創的企業の代表例として「海洋堂」を紹介しています。

(p297より引用) 理念なき市場隷属のマーケティングと、理念を持ち実践しながら学ぶオタクとでは、どちらが強いか。顕在化したニーズは顧客に聞けばわかるが、誰が聞いても答えは同じになる。顕在化していない潜在的ニーズの地下水脈は、実践を通して自らを掘り下げながら見出す時代であることを、海洋堂の躍進は示している。

 「海洋堂」は顧客のニーズを全く無視しているのではありません。表層的なマーケット分析から導き出される結果ではなく、自分たちの追及しているもの(理念)に共感する顧客の存在を感じそこに対して強烈なメッセージ(こだわりのフィギュア)を送ったのです。

 野中氏は繰り返し訴えます。

(p317より引用) われわれはビジネスの世界において、どれほど顧客や市場をありのままに見ているでしょうか。分析はツールさえあれば、誰でも同じように行うことができます。しかし、同じような答えしか導き出すことができません。これに対し、現場で直接経験しながら、ありのままに見て直感する主観的な世界は、自分なりに意味を見つけて、新しい知を生み出していくことができます。
 分析の奴隷と化した傍観者の立場から自らを解き放つには、もう一度、直接経験できる現場に立ち戻り、知覚や身体感覚を信じ、自らの主観的光景に自身を持つことです。分析的な認識や思考を一時停止し、カッコに入れる。一切の価値判断を排し、ありのままを見て感じる。一歩踏み出しさえすれば、新しい世界が開かれることに今すぐ気づくべきです。

 私たちは、分析型のデータベースマーケティングを志向しがちです。私はロジカルシンキング自体が悪いものだとは思いません。
 ただ、その分析や思考に利用されるデータ(情報)が手に入りやすい表層的なものであることが、問題の1点目です。材料がありきたりの貧弱なものでは立派な料理はできません。
 もう1点目の問題は料理人の腕です。腕や良くなければ独創的な料理を求めても無理な相談です。「料理人の腕」にあたるのが「解釈力(意味づけ能力)」です。ロジカルシンキングは「最終結果」まで導き出すものではありません。データをもとに論理的に導き出されたアウトプットを前にして、それにどのような「意味づけ」をするのかが肝なのです。

 実は、もっと大事なことがあります。当然ですが、「実行する」ということです。いくら優れた結論であっても伴わなければ「無」です。

 行動するかどうかの判断基準としては「期待値」という考え方があります。ここまで来て、私たちは時折、非論理的に判断しがちになります。「果実の大きさ」よりも「確率の低さ」を過剰に気にするのです。これでは、ヒット商品(イノベーション)は到底望めません。
 規模の小さな会社ほど「果実の大きさ」に賭ける度胸をもっています。本当は、体力のある大企業ほど冒険ができるはずなのですが・・・


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