TheBazaarExpress74、「THE WORLD」世界唯一の分譲型超豪華客船の旅

----Something to remember.Very beautiful dinner,Thank you very much.

 その日、ニース-バルセロナ間を航行する超豪華客船The World号のメインダイニングでは、ディナー終了後、居並ぶVIPたちのスタンディング・オベーションに沸き返った。厨房から登場したのはニースで活躍する若きシェフ松嶋啓介。このたびのゲストシェフ松嶋が黒のシェフコート姿でダイニングに現れると、「素晴らしかった、記憶しておきたい料理だった」という称賛の声が渦巻いた。

 この日松嶋が用意したメニューは、

 スズキのシチリア風カラスミ添え

 フォアグラのフラン(鳥出汁の茶碗蒸し)とソテー、野生のキノコ添え

 牛肉のミルフィーユ、ワサビ風味

 ブルターニュ産ホタテのソテーとラディトュードのグリル、レモンたんぽぽ添え

 ビーツのカネロニ仕立て

 いずれもニースの出航日早朝にイタリア・ヴィンチミリアとニースの市場で調達した食材を中心にした、まさにコート・ダジュールならではの作品だった。

 この船は、世界でただ一雙「客室分譲型」、海に浮かぶ超豪華マンションと呼ばれる。オーナーたちは共同組合をつくり、その中に6つの委員会をつくって船の運航スケジュールから招待シェフの人選まで自ら手がけている。今回乗船していたのは、アメリカの超大手銀行の頭取とその友人、アイルランドの日系企業のオーナー夫妻、日本の大手ゲームメーカーの創業者夫人といった世界のVIPたち。つまり異文化の集合体であり、世界の美食家たちだったから、松嶋も彼らを満足させられたことで自らの作品に手応えを感じていた。

「私は味覚を六角形の図式で考えるようにしています」

 松嶋がそう説明してくれたことがある。

「世界中でうま味、酸っぱ味、苦味、辛味、渋味の5味は共通です。これに日本人独特のうま味がある。この六角形のバランスをとってさらに「食感」で奥行きを出す。この絵が描ければ、味覚は図で表現できるのです」

 今回の料理でいえば、ホタテ貝を使った一品にはホタテの甘味に対してタンポポの苦味でバランスが取られた。フォアグラにキノコを添えるのは定番だが、茶碗蒸しという欧米人には珍しい柔らかな食感を加えることで料理に新鮮さが加わった。

 さらに昨今のフランス料理界で注目されているのは「アイデンティティ」。07年に開催された世界一のフランス料理を決めるボキューズ・ドールでも「アイデンティティ賞」が新設されたほどがから、シェフは自らの「故郷」を何らかの技法で表現することが求められる。松嶋が02年の店のオープン時からスペシャリテとしている「牛肉のミルフィーユ、ワサビ風味」はまさに松嶋の故郷、つまりジャポンを表現した一品だ。

 牛肉の薄切りを重ねてステーキとするアイディアは、大阪の鉄板焼きからヒントを得た。添えるワサビは本ワサビではなく、西洋ワサビが入ったSB社製のものを使ったところに欧米人に受けるポイントがある。肉を薄く切るテクニックには、日本製の包丁が不可欠。さらに松嶋はこの皿の付け合わせには天ぷらを使うことが多い。つまりオールジャパン体制で、日本の味覚をフランス料理に翻訳することに成功した結果なのだ。

「ボクの夢は世界中に店を持つこと」

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