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小説「魔法使いのDNA」/#010


10
慎太郎

 ギターと歌詞を書き溜めたノートを弟が形見として引き受けたように、僕も父から譲り受けたものがある。
 
 それは父が趣味で使っていたマジックの道具の数々だ。
 手品に使うカードなどであったが、そうしたカードたちと一緒に、父が会社でプロデュースしたビジネス用のカードの試作品が混じっていた。

 それは『モチベーションカード』といって、気分が落ち込んでくじけそうになったときや、勇気が必要なときにカードを一枚引いて、書かれている言葉と写真に励まされる趣向らしい。
 ブライアン・イーノとピーター・シュミッドの開発した『オブリーク・ストラテジー』にインスパイアされて開発したと解説に書いてある。

 6年生になって、バスケもそこそこ上手になって、仲間たちともうまくやれるようになった。僕はディフェンスを頑張って、ディフェンスには自信があったし、みんなもそれを認めていた。試合にも出場する機会が増えた。
 バスケの練習が終わって家に帰ると、父が描いたマインドマップを眺めた。
 なるほど、と思うことが多くなった。
 楽しいかも知れない、と思った。

 5月の連休には県大会がひかえていた。
 僕たちのチームは、父が言っていたように本当に強くて、3月に開催された新人戦で準優勝をして県大会への切符を手にしていた。
 僕たちは大会に向けて練習を重ねていた。
 大会を1週間前にひかえた日曜日、僕たちは練習試合のためにとなりの町の小学校に遠征をした。

 ミニバスは通常のバスケットボールのルールと同じく4クォーター制で、第1、第2ピリオドで前半、第3、第4ピリオドが後半となる。
 1ピリオドはそれぞれ6分間。10名の選手が最低1ピリオド6分以上出場しなくてはならない。具体的には、最初のピリオドに5名の選手が出場し、次のピリオドでは前のピリオドと全員交代で違う選手5名が出場し、後半の3ピリ、4ピリには、前半に出た10名の選手の中から上手い順に5名の選手が出場する。それをベスメン(ベストメンバー)と言っていた。

 この日はいつものベスメンのうちの一人が体調を崩して休んでいたので僕が代わりにベスメンとして出場した。
 試合は前半を折り返して、わずかな点差ではあったがリードしていた。リードされていることに焦って、相手のプレイが少し荒っぽくなって、つられて僕らのチームもプレイが雑になり、両チームともファールが極端に増えた。積極的に攻めてくるのでディフェンスが仕事の僕の負担は大きく忙しかった。
 ルーズボールを相手の選手と取りあって、足を踏み込んだときに激痛が走った。そして僕はそのまま動けなくなった。
 コーチが気がついて、すぐに僕は交代された。

 捻挫だと思って足を氷で冷やして、強めにテーピングをしたのだけれど、翌朝になっても痛みは治まらず、腫れも引いていなかった。
 母に連れられて整形外科に行き、レントゲンを撮ってもらったら骨折をしていることがわかった。右の足首の剥離骨折で、全治3ヶ月だと言われた。
 週末の大会はもちろん、連休明けにある春季大会への出場も絶望となった。
 ショックすぎて言葉が出なかった。
 母が僕の気持ちを心配して声をかけてくれるが、なんて答えて良いか言葉が見つからなかった。
 悔しくて涙も出ず、悲しい顔もできなくて、苦笑いしたままで、でるのはため息ばかりだった。

 整形外科から帰ってきて、ギブスで固められた足を引きずって、遅刻して小学校に行った。
 クラスの友だちが心配して声をかけてくれたけど、事情を説明するのが面倒で、「骨折」と言葉にすることが苦痛だった。

 授業が終わるとすぐに家に帰った。

 やる気は出なかったけれど、宿題のために勉強机に座る。何の気もなしに引き出しを開けて、そして目が止まった。
 
 モチベーションカード。
 
 試作品のカードは手作りの箱に入っていた。
 箱から取り出して、一番上のカードをめくってみた。

「ピンチはチャンス」と書かれていた。

 今の僕はまさしくピンチだった。
 大会への出場に向けて一生懸命に練習をしてきて、いざ本番というときに大ケガをしてしまった。
 僕が出場できないことで、チームもピンチだろうか?
 僕のチームにはキャプテンの泰斗をはじめ、亮太、雅人と際立って上手な選手が3人いる。そして体格に恵まれた、小学生ながらにすでに165cmの身長があるセンター圭介がいる。そして3人には劣るけれどもドリブル、シュート、パス、そしてディフェンスも上手でバランスの良い祐也がいる。この5人がベスメンだ。
 そして僕はその控えで、長所はタフで献身的なディフェンス。
 オフェンスはディフェンスからと父が言っていた。
 ディフェンスの大切さは僕も知っている。
 イージーなシュートを外したり、単純なミスから相手に点を入れられたりすると相手に流れがいってしまい、試合ががたがたになることがある。そんなとき、僕がディフェンスをしっかりすることで試合を立て直すことができる。

 控えの選手は僕の他にもアウトサイドからのシュートが得意な英雄がいる。そして5年生には高志や徹平といったなかなかに上手なメンバーが揃っている。
 来年以降のチームのことも同時に考えるから、同じレベルであれば積極的に5年生を使うとコーチは言っている。

 僕たちのチームはそこそこに強くて、地区予選では優勝、準優勝できるレベルであったけれど、それはたとえ僕が出場できなくても変わらないだろう。
 だとしたら、チームのピンチではないかも知れない。

 しかし、もっと上をめざすとするならばどうか。
 地区予選で勝利することは当たり前で、もっとコマを進めて県大会や、関東大会、いや全国大会までを視野に入れたらどうだろう。

 世の中には強いチームがたくさんある。
 いくらうちのチームの3人の選手がうまいといっても、それは果たしてどのレベルでの話なのだろうか。
 チームがもう一つステージを上げるためには勝つことへの執着とみんなで戦う意志、チームワークが必要だし、個々の選手のスキルアップが必要不可欠だと思った。

 チームに足りないものって何だろう。
 インサイドはそこそこやれるし、強いセンターもいる。
 欠点をあげるならばシュートの決定率の低さとアウトサイド。
 英雄はアウトサイドが得意だけれど、すごく遠くからシュートを打てるわけでもない。
 もしも僕にアウトサイドのシュートという飛び道具があったならば、チームはもっと強くなれるのではないか?
 アウトサイドに警戒して僕にディフェンスが引っ張られればインサイドの選手の負担が少なくなる。そうしたら亮太の仕事は楽になるし、圭介はもっとオフェンスリバウンドとることもできるだろう。
 セカンドガードからシューティングガードへ。
 足をケガして走ることができないこの3ヶ月でシュートをしっかり練習したらどうだろう。僕の力でチームを一つ上のステージに持ち上げることができないだろうか。
「ピンチはチャンス」
 カードを見ながらそんな風に考えた。

 ミニバスの練習は毎週土日と月曜日の夜。もっとたくさん練習ができるチームも多くて、そうしたチームはやっぱり強いのだけれど、コーチたちはボランティアで指導してくれているわけで、練習場所の確保とかの問題もあって、週3回の練習が今できる精一杯だった。
 僕はギブスのままでも練習は休まなかった。歩くのもつらいのだから、もちろん走ったりはできなかったけれど、練習を見ていて学べることは多かったし、少しでもボールに触っていたかった。そしてチームのみんなと勝ちたい思いを共有したかった。

 ひと月が過ぎてギブスを外せる頃になると、まだ走ることの許可はもらえていなくても、動くことはできたので、コートの隅で黙々とシュートの練習をした。
 頭の中でNBAの選手のシュートフォームを思い浮かべていた。

 まだ父がいた頃、朝起きるとテレビからNBAのゲームが流れていた。録画をして見ていたらしい。
 僕はあまり興味を持てなくて、ちゃんと見ることはあまりなかったのだけど、自然に視界に入ってきていたらしく、今こうしてシュートシーンをイメージすると、あの頃、父が好きだった選手の3ポイントシュートの美しいフォームが頭の中に描かれる。

 夏が間近になって日が昇るのが早くなった。
 僕は少し早起きをして、毎朝近くの公園でシュートの練習をするようになった。

 バスケットはハビットスポーツなんだ。
 ハビットというのは習慣性のこと。
 練習すればするだけ上手になって、練習することだけがうまくなるコツ。
 だから、体格にも素質にも恵まれていないお前にだってバスケットでは活躍できるチャンスが十分にある。

 僕がミニバスをはじめた頃、父が言っていたことの意味が今ようやくわかるようになった。
 頭で考えてシュートを打つのではなくて、正しいシュートの形を身体に覚えさせる。
 試合中はディフェンスがいて、どんな形でボールをもらえるのかもわからない。そんな中でシュートを決めなくてはならないのだとしたら、練習でディフェンスのいないフリーの状態で打ったシュートは100%の確率で入るようにしておきたい。
 シュートを打ってはボールを拾い、またシュートを放つ。
 黙々とそれを繰り返しながら、僕は父の存在を確かに感じていた。

 ナイスシュート。
 もっとテンポよく。
 手だけで投げてる。もっと下半身を意識して。

 頭の中に父の声が聞こえている。
 目を閉じると元気な頃の父の姿がまぶたの裏に映し出された。
 僕は幻の父に会えることをモチベーションにして毎日公園へと通っていたのかも知れない。


#010を最後までお読みいただきありがとうございます。
#011は3/27(月)に配信します。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。


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