小説「魔法使いのDNA」/#011
11
慎太郎
6月中旬を過ぎるとスポーツ少年団の大会がはじまった。
僕らのチームは僕抜きで順調に勝ち進み、県大会出場の切符を手に入れた。
6月末になって、ようやく整形外科の先生から試合出場の許可が出た。
リハビリを重ね、ギブスが取れてからは積極的に歩くようにして、そして毎日シュートの練習をしていたけれど、それでも全力で走って練習してきた他のチームのメンバーと比べたならば、体力面での不安は大いにある。
僕の個性はチームのために貢献する献身的なディフェンスで、それには全力で駆け回ることが不可欠なのだ。
それでもコーチも他の仲間たちも僕の復帰を心待ちにしてくれていて、一緒にコートに立てることを楽しみにしていてくれた。
県大会に向けて、調整のために練習試合が組まれた。
久しぶりに出る試合。
出場するからには、第1ピリオド分、6分間は走り続けなければならない。チームの仲間たちは僕が休んでいる間に格段にレベルアップしていた。少し気持ちが焦ったけれど、チームが強くなるのはうれしくて、僕も頑張らなきゃと思った。
僕が普段、コツコツとジャンプシュートの練習をしていることを、口に出して言われたことはないけれど、みんな見ていてくれて、「シンのシュートがよく入るようになっている」と僕の知らないところで話題になっていたらしい。
亮太がボールを運んできてキャプテンの泰斗にボールがわたる。強気でドライブしてペイントエリアに入り込むがディフェンスが固くてシュートできずに亮太に戻す。
僕はセーフティに構えていて、いつでもディフェンスにいける状態にある。
もう一度亮太が仕掛けてインサイドで勝負をかけるが、相手チームのディフェンスの方が体格で勝りインサイドでは思うようにプレイができない。
すっと僕がフォローしに前に出ると、亮太が僕にパスが出た。フリーの状態でパスを受け取った僕は、リズム良くシュートを放った。ずっと練習してきたシュートだ。
ボールは弧を描き、ゴールをくぐった。
シュパッと気持ちの良い音がした。
僕は思わず拳を握りしめていた。
雅人が僕に駆け寄ってきて背中をポンと叩いた。
「ナイッシュー、さあ、ディフェンスだ!」
ケガをする前と同じように、僕はディフェンスに集中して相手のエースをマークした。そしてケガの前には想像できなかったミドルレンジからのシュートを連続で決めた。
さすがに僕へボールが渡ることを相手チームも警戒し出して、僕につくディフェンスが早くなった。おかげで最初のようにフリーでシュートは打てなくなったけれど、その分インサイドが手薄になって、泰斗と雅人が少し自由に動けるようになった。
ケガから復帰したてで体力的な問題も残っていたし、また僕が前線から離れていた間にはチームの仲間たちも着実にうまくなっていたので、僕は1ピリオドに出場しただけで、第3ピリオドのベスメンには入らなかった。
僕の活躍に刺激を受けて、気持ちも盛り上がり絶好調のベスメンはファールトラブルもなく、ケガをすることもなく、いい感じでゲームの主導権を握る危なげなく勝利することができた。
そして僕たちは県大会を迎えた。
7月最初の週末。梅雨はまだあけていなかったけれど、爽やかな晴天に恵まれた日だった。僕たちはコーチたちの車に分乗して、大会会場になっている体育館へ向かった。僕たちの最初の試合は第2試合目だった。
僕は第2ピリオドに出場しディフェンスに集中したいつも通りのプレイをしながら、ミドルレンジのシュートを2本決めた。
相手のチームは長身の圭介よりもでかいセンターがいて、他のメンバーも比較的大きくインサイドの強いチームだった。そのため、第3ピリオドでは圭介も苦戦した。ゴールしたでフリーでシュートを打たせてもらえず1回でゴールが決まらない。しかもオフェンスリバウンドをことごとく相手チームに拾われて、焦ってファールが多くなった。
4ピリがはじまってすぐにファールを取られて、圭介のファールが4つになった。
「慎太郎、まだ走れるか?」
コーチはベンチの選手を一通り眺めて、僕に声をかけた。
僕はケガをした右足首が痛くないことを確認して、「大丈夫です」と言った。
もう一人のコーチが言った。
「積極的にシュートを狙っていけよ。」
オフェンスを期待されたはじめての試合だった。
チームで一番大きな圭介がアウトして、6年生で一番小さな僕がコートに入った。
相手チームがマークを確認して、僕と同じ9番の選手が僕のマークについた。
チャンスはすぐにやってきた。
相手チームのエリアでボールを回して、右奥から祐也が逆サイドに切れると、ちょっとした相手の隙を見つけて、泰斗が中央から突破した。体格の良いディフェンダー二人に阻まれて、シュートすることができず、外にいる亮太にパスを戻した。亮太はそのパスを弾くように僕へ回した。
フリーでパスを受けた僕は、身体を沈め、膝から指先へと力を伝えるようにしてシュートを放った。
ボールはきれいな弧を描きリングに吸い込まれた。
この1本のシュートがゲームの流れを引き寄せた。
相手コートからマンツーマンでしつこいプレスをかけ、それがうまくはまり、僕たちのチームは立て続けにゴールを重ねた。リードされていた12点の点差があっという間に2点差、1ゴール差となった。押せ押せムードでチームのテンションが上がった。たまらず相手チームはタイムアウトを取ったけれど、僕らの勢いは止まらなかった。
亮太が攻め手に迷うと僕が前に出る。相手の9番が僕につられて、隙ができるとその隙を亮太は見逃さない。いつも以上にバリエーションのある攻撃が展開できた。
主導権を失った相手チームのファールは極端に増えていった。チームファールが5つを超えて、僕らのチームのフリースローの回数が増えて、そしてまたそのフリースローがよく入った。
いつの間にか逆転して、10点以上の点差が開いていた。残り時間が2分を切ったところでエースの5番の選手がファールトラブルで退場となると、あきらめのムードが一気に高まって、僕らの勝利は確実になった。
試合が終了して、次の試合が始まるまでの間にお弁当を食べた。
トイレに行って帰ってくるとチームの仲間たちがなにやら盛り上がっている。
幽霊がどうとか。
夏だから怪談話か、と思った。僕も嫌いじゃない。
ところが僕が戻ってきてみんなに声をかけると、なぜか気まずいムードになって場が静まってしまった。
「どうしたの?僕、まずいこと言ったかな?」と僕は言った。
「いや、そういうわけじゃ・・・。」一番お調子者の祐也がぼそっと言った。
「慎太郎、あのね、僕見たんだよ・」僕よりも15cmも大きい圭介がもじもじして言った。
「おい!」となりにいた亮太が圭介の脇腹をつっついた。
「いい、オレが話す。」キャプテンの泰斗が言った。
「慎太郎、気を悪くしないで聞いてくれるかな。」
「どうしたんだよ、みんな。僕のプレイ、まずかったかな。」
「試合の話じゃないよ。慎太郎、すごく活躍したじゃないか。そうじゃなくてさ、」と言って圭介の顔をみた。
「さっき圭介がトイレに行ったんだよ。」
「トイレには僕も行ったけど、会わなかったね。」
「うん、大きい方がしたくて、空いているトイレを探しに行った。」と圭介。
「歩きながらなんとなく窓の外を眺めていたら、中庭の大きな木の下に慎太郎のお父さんがいるのが見えたんだ。」
「え、お父さん?」僕は思わず大声を出した。
「うん、シンのお父さんが病気で死んじゃったのはみんな知ってる。」
「圭介の見間違いだよ、って話していたんだけど、」と祐也が口を尖らせる。
「絶対、見間違いじゃない。あれは絶対、慎太郎のお父さんだ!」と圭介が力を入れて言った。
「それで、幽霊だ、っていう話になって・・・ごめん、気分悪いよね。」泰斗と亮太が申し訳なさそうに僕の顔色を見る。
「頑張れよ、お父さんきっと大事な試合には見に行くからな。」
父の言葉が頭の中に響いた。
「見に行くって言ってた。」そう呟いた。
「お父さん、見に行くからって言ってたんだ。」僕は立ち上がると圭介に詰め寄った。
「どこで見たの?中庭のどこ?どの木の下?」
圭介は驚いて立ち上がり、窓の方を指差した。
「おい、慎太郎、冷静に。」亮太がそう言ったが、僕はすでにもう駆け出していた。
圭介が指差したあたりをくまなく探してみたけれど、父らしき人影はどこにもなかった。仲のよさそうな父子とすれ違って、胸がぎゅっとなった。気がつくと涙が溢れていた。
体育館の周りを歩き回って、みんながいる控室に戻った。
圭介だけがそこにいて、他のメンバーはもうそこにはいなかった。
目を赤くした僕を見て「ごめんな、変なこと言って」と圭介が言った。
僕は首を振って「みんなは?」と聞いた。
他のチームの試合を見に行っていると答えた。
僕たちの次の試合がはじまった。
僕の出番は第2ピリオドからだった。
どうしても負けたくない試合だったけれど、県大会ともなると楽勝で勝てるチームは1つもない。気持ちが弱い方が負け。集中できない方が負けだ。
大事な試合であるのにも関わらず、僕は仲間たちが戦っているコートに集中できず、観客の中に父の姿を探していた。
どちらのチームもディフェンスが固く、すくない点数での接戦だった。攻めあぐねて、相手チームがタイムを取ったので、選手たちが戻ってきて水分補給をする。
ベンチにいる僕たちはゲームに出ている選手たちをうちわであおいで身体を冷やす。
自分のうちわを手に取ったとき、タオルのどこかに挟まっていたのか、カードがはらりと落ちた。
父の魔法のモチベーションカードだった。
拾い上げて文字を読むと、「自分らしく」と書いてあった。
自分らしく。
心の中で繰り返した。
父が会場にいるという友だちの言葉に舞い上がり、落ち着きをなくしている僕を戒めるために父がカードをタオルに挟んだのに違いないと思った。
ならば僕は父の期待に応えなくてはならない。
大きく息を吸って吐いた。
コートに目を移して、ゴールリングを見た。あそこに入れればいいんだ。
そして相手プレイヤーを見た。
「僕の一番の仕事は相手のエースに活躍させないこと。」
それが自分らしいということだろう。
互角の戦いのまま、第1ピリオドが終了して、僕の出番がやってきた。すでに気持ちは浮ついてはいなくて、父を探すこともしていなかった。目を閉じれば、そこに父の姿があったからだ。いつも以上に僕の心は落ち着いていた。
「慎太郎、5番よろしく。」マークを確認する泰斗の声が聞こえた。
「まかせて。」僕は力強く答える。
僕がディフェンスを引き締めて好ゲームとなった。
流れがこちらにある。そう感じたとき、僕は右のコーナーにあがって、絶妙のタイミングで味方のパスをもらう。ゴールまでは距離があるが、相手ディフェンスとの距離もあった。
僕はすっと腰を落とし、膝、上半身、腕、指先、ボールと力を伝えた。
ボールはいつもよりも高くあがり、美しい放物線を描き、ゴールリングへ向かった。
僕は目を閉じた。
シュパっと音が聞こえた。
「ナイスシュート!」観衆の声の中に父の声を聞いた。
僕は、きっと会場のどこかで試合を見ている父に見えるように、渾身のガッツポーズをつくった。
#011を最後までお読みいただきありがとうございます。
#012は4/3(月)に配信します。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?