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『地獄おっさん』①

『地獄おっさん』

○ 千葉県・国道・昼

山に囲まれた国道を、運転席のマサキ(20)と、助手席のコウジ(20)の二人は車で進む。
マサキ「つーか、もうどこら辺で曲がればいいのか、全然わかんねーよ」
コウジ「やっぱナビが無い車はダメだね」
マサキ「お前、人に車出してもらってて、スゲー態度だなー」呆れた顔のマサキ。右ポケットから携帯を取り出すコウジ。コウジの右手人差し指には、大きめの指輪がはめてある。
コウジ「オレの携帯も、こんな千葉の山道じゃー、電波ねーから戦力外だしなぁー」
マサキ、軽く舌打ちをしてから、コウジの携帯を見る。
マサキ「ホントだ。そっちこそ、使えねーよ」
コウジ、マサキの言葉を聞き流す。
国道の案内標識に、「白原病院・500メートル左折」と出てくる。笑みが出る二人。
コウジ「やったじゃん。これで川口先生んトコ行けるっしょ」
マサキ「にしても、なんでこんな千葉のド田舎に引っ越したのかな」
コウジ「何か、ユカに聞いた感じじゃ、子供かな? まぁー家族の誰かが、こっちで店をやりだして、川ちゃんも病気になっちゃったから、そのまま先生辞めて、こっちに引っ越したらしいわ」
マサキ「あ、もうユカとかは病院行ってんの?」
コウジ「あー、今月の頭にケイタ達と行ったって」
マサキ、ハンドルを左に切る。
マサキ「川ちゃんも、俺らが突然来たら超ビビるだろうな!」
コウジ「(軽く笑って)まぁー、最後の教え子達が何人も見舞いに来たら、そりゃー教師冥利に尽きるんじゃねーの」

○千葉県・山道(2時間後)

疲れた表情で、片側一車線の細い山道を走る二人。
コウジ「つーかさー、もうお前の携帯貸せよ!」
ポケットを手で隠すマサキ。
マサキ「マジ無理だって。あと電池一個しかねーんだから」
コウジ、身を乗り出しながら、
コウジ「バカヤロウ! もうエマージェンシーだっつーの!」
マサキ「(観念したように)わかった。わかったよ」
車はカーブに差し掛かる。山道のカーブを越えると、道なりに潰れた喫茶店の様な建物が出てくる。見た目はボロボロ。駐車場の入り口がある。
マサキ「とりあえず、ここに止めよう」

○千葉県・山道の駐車場・夕方
入り口に入る車。駐車場は、山道の入り口から、横に並んで20台程入れる様になっている。マサキは入り口から一番遠い、奥に車を止める。
コウジ、喫茶店を見る。
コウジ「うわ! メチャメチャぼろいな。…つーか、この年代モノの車じゃ、この絵にうまくマッチングしちゃってんじゃねーの」
マサキ「(呟く)うるせーな」
マサキ、携帯をだす。
マサキ「じゃー、ちょっとナビのサイト見る前に、一回だけリエにメールしちゃうわ」
コウジ、運転席の方に身を乗り出して、
コウジ「先にナビだろ! 女なんて後でスグ会えるんだからよ!」
マサキ「(携帯をいじりながら)バカヤロウ。いつ何があるかわからない時代なんだ。だからオレは、毎回全力で愛してるわけ!」
コウジ「(強い口調で)お前、マジでいい加減にしろよ! どんどん時間遅くなるだろ! 面会時間終わるぞ!」
マサキ、左手でコウジをなだめる仕草をしてから、再び携帯に目をやって、
マサキ「分かったよ。何時頃帰るかだけ打ったら…(大きな声で)あっ!」
コウジ「どうした!」
マサキ「…電池が切れた」
車のシートに、ぐったりと体を落とすコウジ。
携帯を後ろのシートに投げ捨てるマサキ。
コウジ「マジ、どーするよ? こんな田舎まで来て、何にもしねーで帰る事になるぞ」
一台の白いセダンの車が、駐車場入り口から入ってくる。
車は、駐車場の入り口近くに停車しエンジンを切る。。
マサキ達の車と横並びではあるが、車10台分以上離れているので、互いにしっかりと車内が伺える状況ではない。
時刻も17時を回っている。辺りも薄っすらと暗くなっている。
マサキ「あ、車が入ってきた。アレにちょっと地図でも借りるか」
マサキ、古いタイプのドアロックを上にあげる。
コウジ、ドアを開けようとするマサキの体を、右手で軽く押さえる。
コウジ「おい、ちょっと待てよ」
マサキ「あ? どした?」
コウジ「(ニヤつきながら)ちょっと遠いからよく見えないんだけどよー、何かあやしいぞ…ムフフフフフ」
マサキ「何! まさか、エロスのにおいですか?」
運転席の窓に鼻をつけ、その車を凝視するマサキ。
身を乗り出し、マサキの肩に顔をつけ、その車を凝視するコウジ。
マサキ「お前、スゲー格好だな」
コウジ「あぁ? うん。余裕っしょ、マジで」
マサキ「ハハハ…でもだいぶ目も慣れて、きマスたな」
白いセダンの車の中で、髪の長い小さい顔と、髪の無い大きな顔が、おでこをつけて寄り添っているのが薄っすらと見える。
マサキ「何かこれ、やっぱ当たりなんじゃない!」
コウジ「だな! …あれ…多分、おっさんだろ?」
マサキ「確かに…ちょっとハゲてるっぽいな…じゃー、ババアかな?」
コウジ「わっかんねー。…だけど髪の感じが、巻いてるっぽくね? ババアっぽくは見えねーけどなー」
マサキ「援交か? こんな山奥で」
マサキ達は、身動き一つとらず、じっと白いセダンの車内を伺う。
辺りはまた暗くなっている。しかし、マサキ達の目はだんだんと暗闇に慣れてくる。
マサキ達から、少し車内の状況が見えてくる。

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