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【旅エッセイ】忘れられない味


 私が韓国を旅するようになって、かれこれ二十年以上になるが、初めて韓国を訪れ、食べた料理が忘れられない。当時、韓国に行って楽しむグルメと言えば、「カルビ」と言われる牛カルビの焼肉が主流で、私もご多分にもれず、「カルビ」が食べられれば、それで充分だと思っていた。

 初めての韓国、私が訪れた街は釜山。美味しいものを食べるには、やはり地元の人に聞くのがいちばんと、その辺りを歩いている人に、果敢にもカタコトの韓国語で話しかけ、なんと親切なことに、店まで連れて行ってもらう。ロッテホテルの裏手に位置するその店は、その立地にもかかわらず、日本人観光客の姿はなく、地元の人々でにぎわっていた。もちろん、日本語メニューなど見当たらない。これはきっと地元の名店に違いない。初めて食べる、本場の韓国料理に胸躍った。

 念願だった本場の「カルビ」、その味はさぞ格別だったことだろう。しかし、二十数年たった今となっては、あまり覚えていないというのが事実である。というのも、その直後に「忘れられない味」に出会うことになるからだった。「カルビ」を食べ終え、そのまま少しくつろいでいると、隣のテーブルの二人組が、何やら真っ赤な鍋なのか、炒め物なのかを美味しそうに食べていた。あれは、いったい何だろう。そして、一緒に旅する友人たちと顔を見合わせ一斉に、「あれ、食べよう!」と声を上げた。

 店の主人に声をかけ、身振り手振りで、その意思を伝える。すると、店の主人は理解してくれたのか、「OK!OK!」と言って厨房に向かった。そして、しばらくして出てきたのが、隣のテーブルと同じ、真っ赤な鍋のような、炒め物のような料理である。名前はもちろん、何が入っているのかもわからない。赤いタレにまみれているが、ふわふわと柔らかく、白っぽいものがその料理の主な材料のようだった。それを、一口ほおばってみると、口の中でジュワーッと甘みが広がり溶けていく。モツだ!

 福岡で生まれ育った私にとって、モツは馴染み深い食材で、モツ鍋も好んで食べていた。それにしても、韓国にもモツ鍋があったなんて。しかも、ピリ辛ダレに甘いモツがからんで、もうたまらない。モツには少々うるさい博多っ子、韓国のモツ鍋にすっかりやられてしまった。そして、さっき食べたカルビは何処へ、あっという間に平らげてしまったのである。

 当時、それが何という名前で店のメニュー表にあったのか、もはや知る由はないが、おそらく、「コプチャンジョンゴル」か、「コプチャングイ」か。そして、それが釜山でよく食べられるということを、後になって知り、また釜山出身者が多く住む福岡では、いくつかの韓国料理店に行けば、それは看板メニューとして食べられていた。私は釜山で食べた味を懐かしみ、それらの店によく通ったものだった。私はこうして、初めて訪れた釜山で、また故郷である福岡で、大好きな韓国料理を見つけ、楽しんでいる。

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