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門出

今日は勤務先の学位授与式だった。

今年の卒業生は新型コロナウィルス感染症の拡大で入構制限があり、大学一年次をオンライン授業で乗り切った学生たちだ。

今でも思い出すのは4月の授業が始まったその日にやってきた女子学生二人組。

二年生になったばかりの二人は、その日の授業で初めて直に会ったと嬉しそうに教えてくれた。

そして二人ともずっと数学図書室に来たかったのだという。

一人は留学生。

「あなたの名前ってこう書くのね」「そうだよ」

そんな会話もなんだか初々しかったっけ。

そんな二年生の一人、Fくんが最初に職場の図書室にやってきたのは2021年4月末のことだった。

入ってきた彼に「こんにちは」と声をかけると、笑顔で「こんにちは」と返してくれた。

そして「見て行っていいですか」「僕、数学大好きなんです」「ここすごく落ち着きます」と言う。

すごく饒舌で明るく人懐っこい好青年。

それが「実は高校生の時は暗かったんですよ」などと初対面なのに色々話してくれて、「また来ます」と帰っていった。

また来るなんて社交辞令だろうな。

もうこのまま来ないかも。

実際そんなことはこれまでもあったし。

そう思っていたら、ひと月ほどしてまた本当にやってきた。

友達連れて。

それだけではない。

それからは本当に毎日のように顔を出してくれた。

「この机で勉強していっていいですか」

「この本、今一年生がつまずいているところをわかりやすく解説していますよ」

「彼女連れてきました」

「あの授業、ほんとにたいへん。先生に聞きに行きます」

「今度の試験はばっちりですよ」

「ホッチキス借りてもいいですか」

図書室の机で自習すると彼が言いだしてくれたから、ほかの学生にもそれを勧められるようになったし、作業がスムーズにできるように図書室のWi-Fiの増設を進めることができた。

参考書を教えてくれたから後輩にも勧めることができたし、その言葉に甘えて図書室に来た学生へのアドバイスを頼んだりもしたが、嫌な顔一つせず相手をしてくれた。

授業が大変という先生には毎年苦労する学生が続出し図書室に駆け込んできたが、そのたびに彼から聞いていたことを教えてあげられた。

今思うと彼に頼るところは本当に大きかったと思う。

もちろん学年が上がるにつれて頻度は下がっていったけれど、授業で学校に来た日は図書室にやってきて、現状報告をしてくれた。

そして二年生の時は朧げで、三年初めでもぼんやりしていた将来をだんだんとくっきりさせて、就活を始めるころには目標をきちんと定めていた。

就活のときのうまくいったこと、いかなかったことも彼女さんのことも、話をしながら自分で答えを見つけていく姿勢はさすがだった。

そして見事射止めた会社では在学中にもかかわらず、一目置かれて頼られているという。

四年になって大学に来る回数そのものが極端に少なくなる中、それでも何かあれば話をしに来てくれた。

卒業研究が煮詰まった時はアイデアを練りに、うまくいっているときはその報告に。

卒業研究発表会の日は、自分の出番の直前にやってきて話をし、「じゃ、行ってきますね」と。

「行ってらっしゃい」と送り届けたら後日彼の指導教員から図書室に立ち寄ったと話していたと教えていただいた。

そして今日、学位授与式と学科集会までのわずかな時間を縫って彼が彼女さんと一緒に来てくれた。

F君、本当にありがとう。

お幸せに。

そしてお元気で。

「ここでやっていける」と私に力を与えてくれた一人であるFくんに感謝を込めて新天地での活躍を祈りたい。

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