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『lollypop shrine maiden unchain 少女悪夢』 第一章 二節



翌日。私は校舎の外周を散歩し呪符を置いて周った。校門を抜けると左側に教室が集まる本校舎、右側は入校口があり理科実験室や図書室、体育館も右側の校舎から出入りする。二つの校舎を結ぶ連絡通路の下を潜ると校庭が広がっている。校舎の外周は二人組がなんとか歩けるくらいの遊歩道用の舗装がされており四季折々の花々が植え付けられている。無花果や樫の木などの樹々も植えられていて学園の風紀が伺える。その木の袂に小さな折鶴を置いてまわる。昨日の出来事の確認も兼ねて歩いてまわった。カズネが事前に何かを行っていた痕跡は何一つ見つからなかった。校舎の裏手から薄暗く影になった窓ガラスを見上げると男女が唇を重ねて抱き合っているのが見えた。年頃の子供のそれは普通と流す事も出来るけれど、カズネが発する蠱惑的な妖気は何か関係あるのか? そんな事を考えながら昼休憩のひと時を仕掛けの準備に費やした。彼や彼女の青春という名の行為に興味などない。“悪鬼と餓鬼” カズネが操ったモノノ怪と関係あるのか? 謎だ。不安は尽きないが今日決着をつける。カズネを祓えば済む事なのだから。私はその時の為に出来得る全ての策を張り巡らせる事に夢中だった。


私は彼女をこの部屋に誘い込んだ。彼女をカウンセリングルームに呼び出すと、のこのこと付いてきた。彼女はこの部屋に仕掛けた徹底した仕込みに気付いてはいないだろう。
 カズネは「なぁ~んの用ですかぁ? せんせー?」と大きく背伸びして欠伸しながら部屋に入ってきた。
 この部屋は私があらかじめ用意した方陣の中央に位置する。謂わばサンクチュアリ。聖域だ。この空間。この部屋の中では私が祓う為に扱う全ての方法を用意できる。空間内では私の祓う為の創造を具象化できる。つまり、この聖域に入り込んだら最後、悪霊は祓われる迄、永久にこの教室に閉じ込められると云う事だ。その為の作業に今日一日を費やしたのだから。
「何でのこのことやって来たの? 言い訳の一つ二つして逃げればよかったのに」
「そんじゃつまんないじゃん。せっかくセンセーからお誘いがあったのに、好きな相手からの告白をゴメンねバイバイってする気分になれないでしょ。きゃわいい高校生なら特にさ」
 廊下で張っているとカズネがトコトコと現れ、ワタシは声を掛けた。ちょっとお話があるの来てくれない? と言うと、はーいと抜けた返事を返して躊躇いなくワタシの後ろを付いて歩いた。面白そうに笑う彼女に殺意を覚えた。
「今からこの部屋で貴方を潰す。ごめんなさいね。たぶんこれはとばっちり。貴方と出逢ったのが悪かっただけ。でも、ワタシの邪魔する奴は消すのが主義だから。貴方の残滓を一欠片塵一つ残らず消滅させてあげる」
「ふーん。すんごいこと言うね。ならさ、もう少しティーンの甘酸っぱい恋模様ってシチュエーションに変えない?」カズネは指をパチン! と鳴らすと、カウンセリングルームは教室へ変化した。
「そんな事が出来るのか…」
 ワタシはカズネを睨みつけた。一応結界が張られた室内では妖気は浄化される。能力の差に問わず瞬間に消し飛ぶ様設計を施した筈だが今それを擦り抜けてみせた。だとすれば、彼女が扱うのは妖術の類ではない。彼女から邪な気配は感じ取る事が出来ない。それは初めてあったその瞬間からずっと捉える事が出来ていなかったが、今この瞬間の術を見ても何も捉える事が出来ずにいた。この子は何者? 妖術でなければ法術の類か又は聖なるモノか。まぁどうでもいい。決着をつける。この空間を月の表面に変化させたなら理解できる。だが、精々事務室が教室に変わった程度。そんなこと下級モノノ怪でもよくやる手だ。下級なら瞬間消し飛ぶが彼女は下級ではないというだけの事。なら塵にする。話は早い。
「いーじゃん。いーじゃん。こういうシチュエーションっていーよね。ぶちゅーんってやってきゅるきゅるってしてぼーんって跨ったりしてさ。そういうのをつい想像しちゃうじゃん」
「面倒さい。殺す」
 ワタシは守護符の力を全て解き放ち銃弾を無から解き放つ。彼女は教室の中心に立っている。教卓に立つワタシを見つめながら学習椅子の真ん中にニヤついて舌を出して戯ける。そんな彼女を半球状に召喚した銃弾三千発が一斉放射する。空気を跳ね除ける銃弾が耳を劈く様な音を立ててカズネに向けて放たれる。
「つーまんない」銃弾に当たりながら拍子を打つ。一瞬血みどろの彼女が角膜に刻まれたが途端元に戻る。時間を戻された。
「小細工だね。めんでーってそういうの。もっとガツンと来てよ。思いっきり受け止めっからさ。青春ってそゆのじゃん? ガーッて来てギュッーって。そういうのが好きなの」
 相変わらず笑みを浮かべ佇む。何をした? 銃弾は明らかに当たった。感触も掴めた。生命が絶つ音も聞こえた。けれど、そこから何かの力で巻き戻された? 空間支配されている気配はない。反作用でワタシの力が押し戻された感覚だ。掌に汗が滲む。滑る拳を固めるともう片方の手に意識を集中させた。
 ワタシの手元に刀が召喚され、教卓を蹴り跳ねる。カズネとの間隔を一気に詰め左手で振りかぶり右手を添えて思い切り切り付ける。カズネは風斬りの聲を聞く様に寸々避けてみせる。右へ左へ振り翳される刀身を可憐に舞い避けながら彼女は楽しそうに笑ってみせた。ワタシは右足を彼女に向かい大きく踏み込むと彼女の頭上目掛けて縦一線に振り切る。唐竹割り。真っ二つになる彼女を思い描き縦に振り翳す。しかし、その切先をカズネは人差し指一本で受け止めた。刀身に力を込めてもピクリとも動かない。彼女の身長程はある刀身に全体重を乗せた一閃と彼女の指が拮抗しているということなのか。柄を握った指がギリギリと音を立てるくらい力を込めても寸分も動く事はない。彼女は微笑みながら、「次はなにでくる感じですかぁ?」と煽った。
 ワタシはその刹那に刀を消して屈み彼女の腹目掛け掌底を喰らわす。カズネは拮抗していたバランスが崩れてこちら側に少し倒れ込んだ所にワタシの左手が直撃する。手には呪符を握り込んでいた。彼女の腹の裏から背中を通り衝撃波が発される。腹の肉が捩れるのが触感で分かる。カズネは
目を大きく開いて咽頭からコホッと空気が漏れ出る。全身の硬直を感じる。流石に効いた? 彼女の胸元に遅れて出る右手で掌底を当てに行く。それが届く直前に彼女は両手でワタシの右手を掴むと、「掴まえた」と、ワタシの顔を覗き込みニヤと笑う。左手がやたら腹に喰い込む。泥に手を突っ込んだみたいにズプズプ飲み込まれる左手。ヤバい。これもブラフ。握った呪符が彼女の腹に取り込まれた。仕方ない両手の筋繊維がズタズタになってでもヤる。ワタシは右手に短銃身散弾銃を召喚させカズネの頭部を狙い打ちした。反発で右半身が大きく仰け反る。カズネの頭部がひしゃげ真っ赤な肉片がワタシの背中に飛び散り服を赤く染める。左手は腹部にめり込んでいるので左半身は右半身に付いて来れず左肩に激痛が走る。これならやれる。呪符を爆破札に変化させ起爆させた。カズネの腹が閃光と共に膨張し風船の様に弾け飛んだ。ワタシの左半身ごとカズネの上半身は肉屑になって、腰骨から下だけが辛うじてその場に留まっていた。ワタシは焼け爛れ骨が見え視神経まで露わになった眼球をカズネに向けて彼女の無様な様相を見届けた。爆風で教卓に背中を打ち付け、右手は筋膜が千切れ肘が脱臼し感覚が無い。手をブラリと垂らしながら立ち上がるとワタシは頭で唱える。無から有を創り出す……。ワタシの元の形、失った左半身の動脈と静脈が絡み合う様に枝葉を作りながら空間に現れてその周りを桃色の筋繊維が纏わりつく、筋繊維の中央に上腕骨と橈骨と尺骨が伸び現れ肘を構成する軟骨が再生する。手根骨が現れる時には上腕から肩甲骨までの皮膚がクチクチ音を立て再生を始めていた。視神経は肉に覆い隠され、垂れ落ち捩れ変形した眼球はずるずる引き戻され元の位置に収まる。ワタシの体はみるみる内に再生し元の姿を取り戻した。無の空間からワタシの体が創造された。結界内でワタシは無敵。死という概念を無にする。無から武器を産み出す様に無から自己を産み出すことが出来る。再生能力なんてヤワなもんじゃない。その先。時間創造。空間創造。形あるモノを創造する力を結界内で生み出すことが出来る。ワタシはカズネだった肉片に目を向けながら肉体の再生する生々しい音を鎮まった教室で只々聴いていた。ただ……。おかしい。何故幻想から醒めない。何故教室のまま?
「さっすがセンセ手慣れてんね。全てぐちゃぐちゃにする手段をよく知ってる。まぁアタシには効かないから諦めてね。よく頑張った方だと思うよ」
 カズネはいつの間にか教壇の奥に立っていた。ワタシはいつの間にか教室の中心に居る。教室は奥に向かってやけに正方形に拡張され勉強机が部屋の隅一杯まで異常に増えていた。遠くに見えるカズネ。部屋の中心から細長い黒の線に見える彼女が教卓に向かい突っ立っているのが辛うじて見える。けれど、声は至近距離から発されたみたいに明瞭に聴こえる。精神支配。嗚呼、そうか。コイツを舐めてた。
「先生も流石に驚いたっぽいね。アタシのテリトリーにセンセが入ったのがわるいんよ。どっちが死ぬか? 決まってんじゃん。後手に回った方」
「だが、ワタシの罠は永久に続く。こんな事されても何度も何度もアンタに殺意の全てを殺意の術をぶつけて粉々になるまで嬲り殺しにしてやる。覚悟は?」
「ふふふ。覚悟はね。産まれた瞬間から決まってんの。肉片にされそうならコッチがやり返すだけだって」
 カズネは健やかな笑みを浮かべた。気がする。遠すぎてよく見えない。それくらい遠い。けれど、彼女の声色は一点を見詰めるのを感じる。悍ましい覚悟か。ならワタシも持ってるやつだ。空間認知をいぢられたなら返す手は一つ。
 ワタシは空間を捻じ曲げる。カズネとの間の空間を引っ張りワタシの眼前に引き寄せる。カズネはワタシの目の前にいきなり立ち尽くされて目を見開いた。床から鎖を召喚。彼女の四肢を拘束する。呪法封じを込めた封殺呪具。カズネは無力になる筈。彼女の左胸、胸骨の隙間に手を抉り込む。掴んだ。彼女の心臓。ハートを直接握り込み。潰した。触感。やった。だが、これで足りる相手な訳ない。カズネは目や口から血をだらりと流れ落とす。糞が。ワタシは一気に距離を離す。祓串を片手に。片手には散弾銃。祓串を一閃。空間を切り取る。刹那斜め上に散弾銃を打っ放す。カズネは切り取った空間、左斜め上から飛び掛かって襲い掛かっていた。カズネの左胸を無数の弾丸が抉る。何の反応もない。コッチじゃねえ。背後に向き直り祓串一閃。とりあえず直線に一発ブチ放つ。現れた空間でカズネは飛び上がり躱した。ワタシは散弾銃の支えにした左腕の焼け爛れた甲の回復を待つ前に祓串をその場で一回転振りバレリーナみたいに舞った。捩れた空間の真実が明らかになる。教室は一瞬狭まり元の形を露わにする。そこに現れたのは三人のカズネ。チッと舌打ち。床から聖槍を召喚し彼女達の胸を穿つ。クソみたいな笑みを浮かべる彼女達。一体ずつ一発打ち込んで吹っ飛ぶ彼女達。銃を刀に変化させる。彼女達は黒い煙を発しながら、その煙はコウモリに形を変えてワタシに襲い掛かる。祓具と祓えの太刀。薙ぐ。襲い掛る瘴気は消し飛ぶ。ワタシは舞い斬りカズネの残滓を感じ取る。背後。背を向き一閃。カズネは黒い鉄扇で受け止めた。
「バレちった。やっぱやるね」
「伊達に殺しまくってないから」
「アタシ達にちっとは敬意を払ってよ。配慮足んない子にはアタシは本気で行くからね」
「上等」
 カズネは鉄扇を黒い泥の塊に変え太刀に絡ませ太刀を素手で握る。太刀を引っ張られ体勢前に崩す。反対の手で黒槍をワタシの腹に突き刺す。腹で受けソレを呑み込む。今度はカズネがワタシに引っ張られ体制を崩す。使い物にならない太刀をディストラクションし、素手で彼女の手首を握る。彼女の手首が溶ける。ワタシは目を瞑る。閃光手榴弾を掌に召喚。起動。刹那周囲の影が消える程の光が発散される。瞬間力を起動させる。瞳を見開くとワタシの瞳は銀河の様に煌めき法力が急上昇する。梓弓を構え教卓側に向けて放つ。カズネは混戦の中いつの間にか教卓前に立ち尽くし矢を素手で受け止めた。法力を込めた矢は彼女の手を焼く。彼女は不敵に笑うと矢を握り折った。途端に教室は永久に延び広がり勉強机だけが整然と並べられた空間に変わった。カズネは漆黒の矢を自身の背後に並べる。整然と浮かび上がる数百の矢にワタシは狙われた。そしてワタシの背後に、もう一人カズネが居た。そのカズネもワタシを例の矢数百を向け狙っている。そして左にも。右にも。カズネ? 本当にカズネは居るのか? もしかするとカズネは居なくて数千数万の矢の先に狙われているだけなんじゃないか? わからない。意味の無い想像が駆け巡る。ワタシは矢に狙われている筈。その事に集中しろ。カズネは左手を腰に当て、右手を天に翳すと指を人差し指と親指で銃の形を作り、それをワタシに向けて片目を瞑った。来るか。バーン! カズネはそう言った。
 ワタシは天の川銀河を思い浮かべた。我が心の拠り所に願う。凡ゆる苦しみから我を生かしてくださいまし。と。ワタシはワタシの力を信奉する。風切音。漆黒の矢は物理現象。教室の奥深くまで矢はワタシを狙い構えているのかも知れない。ワタシ目掛け半球状に狙われている。そうか。なら。ワタシは矢に串刺しにされた。銀河は果て無く広がる。飛び散る血柱。浮かび上がる走馬灯。煌めき。淀み。時間。空間。歪みやがれ。断絶。
 ワタシの瞳に映る煌めきが矢の一本一本を線で結ぶ。凡ゆる世界線の中で無様に死んでゆくワタシが瞳に映る。逃げ場は無いのかと。諦めこそ寛容。死に晒せよ私。ワタシは梓弓を放った。彼女はそれを受け止め握り潰した。囲まれた。矢の視線。放たれる血飛沫。ワタシは死にゆくワタシを血の川に見つめる。ワタシは煌めいていた。ワタシは矢を放つ。彼女は矢を受け止めた。ワタシは射抜かれる。血柱。絶叫。嗚呼惨い。ワタシは放つ。彼女は受け止める。だがそれは銀弾。掌を貫きカズネの心臓へ当たる。カズネは目を見開く。やり直し。また当たる。やり直し。また当たる。やり直し。また当たる。やり直し。また当たる。やり直し。また当たる。やり直し。また当てる。敢えて当てる。うん千の矢ならばそれ以上当たれば良いまで。何万何億と当たれば良いまで。当たる中で何かが見つかる。煌めく星々の如く、幾億の絶命を乗り越えてカズネの変化を感じ取る。カズネは何度も同じ答えを導くが導く度に疲弊する消耗する。同じ答えを何度も導く事は苦痛を伴う。伴いながら死から遠ざかる。ならば、幾億の死を以て一つの異質を産み出す。ワタシが梓弓でなく銃口を彼女に向ける択を。彼女は幾億の煌めきの中から異物を除かなくてはならない。それは数ある勝利の方程式の中にある数少ない敗北を選り分ける作業。彼女は選ばされる。何度も何度も殺した相手に選択肢を迫られ繰り返される。異物を選り分ける作業の永遠に閉じ込められる。星々の煌めき。矢と矢を結ぶ輝く線。銀弾が胸を貫くビジョンは彼女を怯ませる。刹那。一瞬の更に先。刹那にワタシは必要最低限の行動で目の前のカズネに迫る道筋を導き出した。祓串を持ち空中を舞いながら幾億の漆黒を躱して迫る。ある黒は祓い溶け。ある黒は弾かれ矢と矢がぶつかる。そうして産まれる隙間に体を挟み込む。時と時の間に生まれる奇蹟を掴む様に時の流れを優雅に舞い踊る。眼前まで近づくとカズネを祓えの太刀で胴と首真っ二つに一閃。カズネは銀弾を胸に受け血を吐き蹲った。二つの真実がカズネに提示され瞳に映る。ワタシは絶望を描き換えカズネが死に至る過程を導いてみせた。カズネは絶望を味わうだろう。絶対的優位に於ける弱点は数少ない敗北を見出す事にある。ワタシは数あるストックから最良の敗北を見出し隠れ蓑にしカズネの敗北を選び出した。カズネは無から敗北に至った。と。思った。
「やっぱ凄いね。本物の呪術と祓い師の力ってこんな感じなんだ。アタシちょっとヤバかったかも。ホントに祓われちゃう気がして焦ったもん」
 カズネは知らぬ間に背後にいてワタシの耳元で囁いた。ワタシは驚き飛び退く。だが、カズネも距離を離さず飛び付いてくる。ワタシは開いた瞳孔でカズネの所作を追いながら太刀を手に持ち斬りつけた。だが、カズネはそれを黒槍で受ける。退きつつ右左に斬りつけながらカズネに攻撃を仕掛けても、カズネは時折り躱し時折り槍で受け流しながらワタシの一手一手を封じる。
「何で。こんな風に。躱せる。どうやって受けた。どうして……」
「それはさ、アタシの幻想に先生が捕まっただけだから。しょうがないよ」
「幻想? 何をした?」
「なあんも。意味なんかないから。先生が見せた時間の牢獄の外からアタシは見てただけ」
「アレを脱したのか⁉︎ どうやって?」
「どうやっても何も、そもそもアタシは外側から観てただけなの。カズネがやられるまでずっと観察してた。センセが何をしてるのか? とか、どうやって切り抜けるつもりなのか? とかね」
「時間の創造の外に行けるのか?」
「行けるよ。だってアタシのテリトリーだからね。この学園は」
 そうか。斬りつけながら考える。コイツは此処の主なのか。だから、凡庸な手では効かなかった訳だ。普通なら途中で陥る永久地獄にも彼女はそもそもワタシと同じ壇上に立っていなかった。成る程。ならば全てを吐き出そう。ワタシは迸るエネルギーを体から収束発散させ用意しておいた法術の全てを同時起動させた。
「カズネ。アンタを完全消失させる」
「できるもんならやってみ、よ」
「後悔が過る時間も訪れないからな」
 ワタシは左手に持ったオーブを握り潰し閃光を放つと瞬間宙に飛び赤ん坊の様に丸まるとオーブを放ち守護させた。薄膜を張るオーブ。途端教室全てが爆発四散。空間の有りと凡ゆる物質を焼き尽くす煉獄。カズネの姿など当に見えない。程のインパルス。けれど、カズネの位置は察知できる。カズネが居るであろう方向に向け三百六十度全ての方向から光の槍を召喚し放つ。串刺しになった感触。爆発を止める。オーブを引き剥がし体に纏わせ光の甲冑に変えて身に纏う。両手には槍。大きくステップし彼女と思わしき黒い消し炭に両槍を穿つ。煙となって霧散する。ワタシは鎧を剥ぎ捨て黒煙が向かう先に光の化身と也先回りする。光速。煙がカズネの体を模し象っていく。掌底から閃光を放つ。再び煙へ変わる。追いつく。いや、地面だ。掌底を煙浴びせると、光線を走らせながら地面にできた黒い淀みに向かう。そこから黒槍。躱す。光の槍を突き刺す。中から無数の黒い小鬼が現れた。汚泥の澱みに手を突っ込む。小鬼はワタシの頚動脈を狙う。中の何かを握り潰す。鬼達は汚泥に変わる。淀みの中から腕が伸びワタシの肩を掴む。カズネだ。黒槍がワタシを貫く。からこそ、黒槍をワタシは掴み後退し引き摺り出す。カズネは歪んだ笑顔でもう一つの槍をワタシに向ける。死に晒せ。もう一つの槍もわざと受ける。これでいい。捕まえた。光の鎖がカズネとワタシを結び付ける。ワタシの体から産まれ出た鎖がカズネの体に纏わりつき一体となった。
「この距離だと精神攻撃モロに喰らうけどいいの?」
「構わない。共に死ぬ迄」
 カズネは体から淀みをワタシに纏わり付かせる。ワタシと彼女は結合する。今この時。捕らえた。ワタシは邪な力を体に産み出しカズネの邪と完全結合する。目を見開くカズネ。自爆。思い描いた。鎖と触手で結ばれ一体となった私達は光を呑み込む様に収束し…。一瞬の煌めきの後にオレンジのインパルスを発しながらそれらを呑み込む様に完全収束を果たし無になった。光の始まりと終わり。光と闇の集合値。ブラックホールへ変化した。そう。空間は完全な無へと変化した。呪符を使いこの空間をセカイと切り離し無にした。これでいい。ワタシはカズネと共に無へと着地した。


 と、でも思った?
 ワタシはカウンセリングルームの真ん中で立ち尽くし夢想した。呪符はこの世界とあのセカイを切り離す為に用意したモノだ。からこそ、今鏡ユウリは此処に存在している。舞奈カズネは無に放逐された。コレで終わった収束した。そっと溜息を吐く。そもそもこの依頼は何なのか? カズネが撒いた餌。別の者が撒いたのか。どうでもいい。消失させる。ワタシの怒りを買ったモノに対して制裁を加える。殺す。怒りを鎮める為に今日は下校しよう。窓からは夕陽が輝いて見える。明日が来たら消そう。何もかも。ワタシは左手に銀色のリボルバーを構えると壁に向かって試し撃ちする。白壁に罅割れた跡が残る。黒槍。ストッキングが破れている。ああ。ワタシは顳顬に銃口を突き付ける。いや。違う! 自分の左足を掠める様に咄嗟に打った。

 「血を見ると興奮するでしょ?」と、教壇に肘を突きワタシの青ざめ引き攣った顔を覗きながら楽しそうに彼女は言った。
「一体何をした?」
 ストッキングをズタズタに引き裂かれ滲み垂れる赤い血流。ふと意識してしまう滾りに私は我を忘れかけた。記憶を掠めるのは自身を撃ったこと。そして、黒槍に敢えて左足近づけ裂傷を負った事。敢えて。精神支配から脱れる為に負った傷。その筈だ。わからないがその筈なんだ。理解が追いつかない。理解。何を理解するのか。何億と繰り返された殺戮に終止符が打たれない事に苛立ったのはワタシだったのかもしれない。何て事だ。異常な事態に潰れたのは私なのか。
「教師ってのは教壇に縛り付けられてナンボの職業ですからね。生徒から睨まれる針の筵に突っ立ってる訳です。だから、文字通り針のむしろにしたげるように、そこに立ったら下半身から順々に針が刺すような痛覚を直接刺激する痛みを与える仕組みを作っといたんです。まぁ、センセーは教壇に立って講釈垂れる職業じゃないから申し訳ないんですけど」
 彼女は、ほら、痛いでしょ。アナタなら耐えられるかもしれないけど、ゾクゾクするほどの痛みはどう? と問いかけた。
「嘘つけ。ワタシはお前に化かされたんだ。この部屋に入った最初。云や。学園に足を踏み入れた直後からオマエの網に掛かっていた。全ては悪夢で深層心理に上書きされた空想の産物。無為に踏み入れたワタシが悪い。熊の巣穴に飛び込んだようなもんだ。ワタシの負けだ」
 私は邪念を振り払う様に眉間に皺を寄せ鼻先をくっと上に上げると、己の信念の具体化を象徴する様に、創造した激鉄に指を掛け銃弾を装填する。この女は吸血鬼だ。人の生気を喰らい、魂を弄んで愚弄する淫猥な悪魔なのだと。その胸に銀弾を捻り込む想像を頭一杯に浮かべると引き金に手を掛けた。誘惑に一発ブチ込んで、この怠惰な空間を成仏させてやると、そう決意して。
「やっぱ混乱してるフリすんだね。アタシの意味分かんないブラフ。それってセンセーの真似事なの。要するに無意味な殺し合い。センセーのやり方で先生を崩すってのが楽しい訳じゃん」
「何処まで戻った?」
「アタシの矢で貫かれた直後」
「なら何でワタシは教卓に立っている?」
「それは先生だから。言ったじゃん。ここに罠を仕掛けたーって。ループに入ったらこうなる様に作っといたの。貴方が仕掛けた罠みたいにアタシの闇はさらに深く深く潜り込んでたってだけ」
「どういうこと?」「つまりこういうこと」
 彼女は私の瞳の奥深くを覗くように、目を細め、口角を名一杯釣り上げると、目で捉える事の出来ない程の速度で私の耳元に近づき、こう言った。
「貴方も蠱惑な感情に従ってみない?」と。
 私は刹那の事に、思わず仰け反り、反射的に銃口を耳元に居る彼女に向けたが、彼女は激鉄に手を掛けて引き金を引かせない様に力を込めながらこう付け加えた。
「貴方は私の魅力を心の奥から望んでいるの。だから、怯える。私のこの舌に刻まれた欲望に、貴方は飢えを感じているのよ。わかる? 先生?」と。
 とても挑戦的な物言いだと思ったが、彼女の視線から目を離す事が出来なかった。彼女は私の瞳を真正面から覗くと、舌を出したまま、ゆっくりと私の口元に近づき、私の舌を導く様に目と舌の動きと昂りを感じさせる鼻息のフゥー……っという音。私に浴びせかけながら、私の鼻先まで近寄ると、アーっと言って、口を開ける事を促した。何故だか催眠術にでもかかった様に口元が開く私に、こんどはエッー……っと自らの舌先をチラチラと動かしながら、舌を出す様に促すジェスチャーをした。私は魅入られた様に、ア……ア……と、声ともない声を上げながら、ゆっくりと自らの舌先を彼女の舌先に向けて突き出していた。彼女は私の舌先に自分の舌先をチョンとフレンチキスをする様に優しく、第一感触を確かめる感じで撫でると、そのまま私の舌先から、舌の上、舌の裏、下の奥から喉奥まで、ゆっくりと味見する様に絡めとって、感触を確かめた。その時の彼女の表情は、愛する者を愛でる様に薄目を開けた慈愛の眼差しと、切なさの零れるアンニュイな吐息で溢れていた。私はそれに抗えず、唯、彼女の思うがままに舌先から喉奥までを明け渡していた。しばらくして、口づけを止め、エッー……っと言いながら、滴り落ちる唾液を舐め取ると舌をベロりと見せつけながら、口を離した。彼女の舌に描かれた紋様が色濃く、そして光を乱反射して虹色に光っていた。私はあんぐりと口を開けたまま呆然と立ちながら、その光景を見ている。何故動けないのか不思議だったが掠める予感が頭の中に描かれた。彼女は……。

 私の舌にも紋様が刻まれた様な、そんな熱を舌の中心に感じていた。ビジョン。記憶。

 頭の中を金属音が駆け巡った。キーンという音と共に頭の中に無数のイメージが奏鳴される。ポーンポーン囃子、笠被った踊り子、檜の舞台、眺める烏帽子被る男達、踊り子は艶かしく男達を魅了する、鼓笛隊の音に合わせ舞い狂う少女、面の裏からつつ……と垂れ落ちた涙、我ら神仏也……と。



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