見出し画像

ヴィンテージ:3

「そんでそっから話してないの?」
「そう」
 茉理は薄目で俺を睨んだ。
「そんなんで飛香と上手くいくわけないじゃん。彼女人見知りなんだから」
「上手くやりたいとかって訳じゃないから困ってる」
 イーゼルに両手で凭れ掛かり、下を向いて顔を隠しながら言った。
「アイツの絵。興味あるんだよ。なんであんなの描いてんのか。って聞きたいの」
「教えてくれるわけないじゃん」
「だから、困ってんだろって。話しにくいじゃんあいつって」
「でも、そこがいいから話しかけたいんでしょ」
 キャンバスに目を向けて硬筆の鉛筆を走らせながら俺の言葉に相槌した。
「まぁ、そうだけど」
「なら直接聞いてみなよ。別に隠すタイプじゃないじゃん飛香って」
「お前は聞いた事あんの?昔の話とか」
「ないけど」
「それじゃあ無理だろ」
「それはやってみなきゃわかんないじゃん」
「じゃあなんでお前は聞かないの?」
「んー。興味ないし。私には答えてくれないだろうなって」
「それこそなんでだよ。仲良いじゃん」
「仲良いからだよ。良すぎるんだ。もし、もしさ、私が美術部じゃなかったら教えてくれるかもしれない。でも、私は本書きでもなきゃ、野次馬でもないの。ふつーにOLして生きよってタイプでもないからさ。美大に行きたいって思っちゃってるから聞けないの」
「それこそなんでだよ。共通の話題じゃん」
「だから、だよ」
 鉛筆を走らせる音が止まる。陰影が写し取られた林檎に薄い長線を掻き集めた様に光の影が走っていた。
「彼女はさ。俗に言う天才なんだよ。知識も何もないのに私より、絵が上手いの」
 茉里は筆を走らせるのをやめて、ダビデ像のデッセンが描かれたキャンバスを虚に眺めた。一瞬、練り消しゴムに手をやったけど、ぎゅっと目を瞑りイーゼルの淵に置いた。
「俺はお前の絵も十分すぎる程上手いと思うけどな」
「求められてないんだよ。美大で求められるのかっていったら求められない絵なの」
 俺は茉里の言葉の意味を汲み取る事が出来なかった気がする。
「だから、あたし描かなきゃ一生真っ暗闇。人生曇天の道をまっしぐら」
「そこまで悲観しなくても」
 俺の眼を見据えると、
「それがこの世界なの。ずっと泣くか、苦しむか、でも何か刻みたいじゃん自分の何か」
 美里の眼は俺と清原の眼と同じだった。隠し持った生の渇望を見た様で気持ち悪かった。そして、美里もこの留魂の世で足掻く屍の一つなんだという事に初めて気付いた。絵が好きな高校生じゃない。必死にしがみつく人間なんだ。

_その4

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?