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アクリル板に救われた話ー介護生活

三年ぶりに行動制限のない夏でした。
パート先にもお客様が大勢いらっしゃいましたけど、食事をするテーブルを真ん中で仕切るアクリル板は8月いっぱいまでそのまま置かせていただきました。
「同じ部屋に泊まっているのに、このアクリル板、意味あるの?」と言うお客様もいらして、おっしゃる通りなんですけど、諸事情がございまして。
そのうちの一つが、お酒を召し上がるお客様たち、真ん中にこれがあると、いまひとつ盛り上がりにかけるんです。
差しつ差されつができないせいでしょうね。
適当なところでお酒が止まる。
飲んで楽しんでいただきたいのは山々だけど、酔って大声で喋ったり笑ったりすること、今はちょっと我慢して欲しい。
アクリル板があることでいい感じにブレーキがかかるので、これは外さずにいて正解だったと思ってます。

そして、うちもアクリル板には大変お世話になりました。


夫が動けなくなってからも、食事のときは必ずベッドから起こして、みんなで食卓を囲むことにしていた。
介助する私が夫の隣にすわり、向かい側に娘と婿殿が座るのが定位置だった。

夫は病気が進行するにつれ、飲み込みが悪くなった。
もぐもぐ口を動かして、さあ飲み込むかという時に盛大にむせる。
口の中のものが、そこらじゅうに飛び散る。
向かい側に座る娘たちの被害は甚大である。
一緒に食事をすることは当然と思ってくれているようだけど、夫の口の中のものを全身に浴びるとなると、それは別問題だ。
仕方がないとわかっていても、その瞬間の「やられた感」は半端ない。

娘が電話で離れて住む息子たちに愚痴っている。
「食事中むせ爆弾あびると、マジ、萎えるんですけど。でもこの頃ちょっと慣れて、きそうな気配わかるようになった。おかあもとっさにちゃび(夫)の口塞いだりしてる。で、よけるんだけど、けっこうな確率で逃げ遅れるんだよね」
笑いながら話しているけれど、やっぱり嫌だよね。
正面に座る娘たちの被害は、隣に座る私の比じゃないもの。
息子が「そんなら俺、アクリル板買ってそっちに送るわ。いま、ネットですぐ買えるから。サイズだけ教えて。」と軽ーく言った。

介護をしている時に、される側に「ありがとう」と思ってもらうのはいいけれど、「申し訳ない」と思わせたくないと思う。
食卓にアクリル板を置くのは、一緒に食事することを拒絶しているようで、とても抵抗があった。
でも、コロナ禍にあってアクリル板へのハードルはうんと下がっている。
婿殿は外で働いているし、万一のときのコロナ感染予防という言い訳もある。
そうそう、感染予防ためと思えばいい。
息子に「これぐらいの大きさで」と伝えた。

二日後にはアマゾンからアクリル板が届いて、早速食卓に設置された。
食事が始まってすぐ、娘がアクリル板越しに夫に言った。
「おやじ、面会に来てやったぜ。そっちのメシはどうよ?なんか差し入れて欲しいものはあるか?」
みんなで笑って、言葉が出ない夫もにやにやしていた。
「もう盛大にむせても大丈夫だからね。遠慮しないでどんどんむせて」
と私も言った。

食事中の妙な緊張感がなくなった。
夫の爆弾はアクリル板がしっかり受け止めてくれたから。
今はもう必要なくなったアクリル板だけど、本当にお世話になりましたって気持ちがあって、まだ捨てられない。








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