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昔の選手は凄かったとは思えない理由

お決まりのフレーズ

最近の若い奴は…

年配の人が若者に対して嘆く時の代表的なフレーズです。しかしこの言葉は古代ギリシアの哲学者であるプラトンの残した書物にも記載があると言われており、日本でも平安時代から記録が残っているそうです。言ってしまえばどの時代でも若者に対して不満を持つ年配者が必ずいることの証であり、今後もこのような発言がなくなることはないでしょう。

そしてこの言葉はスポーツ界、野球界でも頻繁に使われることが多いです。プロ野球はキャンプ真っ盛りのシーズンですが、最近の選手は走らない、投げない、練習量が少ない、というOBの発言を見ない年はありません。そしてその後には、昔の選手の方が凄かったという話に繋がっていくことが多いです。

昔の選手が凄かったと主張する根拠

プロ野球の歴代記録を見ると、金田正一の400勝、王貞治の868本塁打、張本勲の3085安打、福本豊の1065盗塁などアンタッチャブルレコードとも言える数字があります。日米通算安打はイチローが大きく上回ったものの、NPBだけで3000本安打はまだ出ていません。金田の14年連続20勝、王の13年連続ホームラン王、張本の首位打者7回、福本の13年連続盗塁王などは確かに今後破られる可能性はかなり低いように感じます。「昔の選手は凄かった」というのはこのような記録が裏付けにある発言と言えるでしょう。

しかし冷静に考えれば、投げるボールや打撃技術のレベルについては現役のトップ選手が史上最高であることは間違いないでしょう。まず投手についてはスピードも変化球も比べものにならないほど進化しています。昨年はコロナ禍で過去のプロ野球の試合がBS、CSで放送されていましたが、アベレージで140キロを超えるような投手はほとんどいません。テレビ中継でスピードガンが表示されるようになった80年代の映像を立て続けに見る機会があったのですが、コンスタントに140キロ台中盤をマークしていたのは郭泰源、郭源治くらいで、この二人にしても打者に正対するのが早いフォームで、現在のトップ選手と比べると相当に見劣りするものです。

沢村栄治は160キロ投げていた?

よく伝説の投手である沢村栄治は160キロ投げていたみたいな言い伝えがありますが、そんなことは絶対になかったと言い切れるのではないでしょうか。調べてみると沢村の体格は174㎝、71㎏となっていますが、残されている写真を見る限り、今の高校生よりもかなり華奢な体格に見えます。瞬発力や肩の強さが当時の選手の中では突出していたのかもしれませんが、どう考えても160キロを投げられるだけの筋力があったとは考えられないでしょう。金田は184㎝の長身ですが体重は73㎏とかなりの細身です。当時のプロ野球界では突出した実力を誇っていたことは間違いありませんが、現代の投手と比べるのは無理があるでしょう。

バッティングについては投手の投げるボールに伴ってレベルが上がっていくものですので、当然今の打者の方が対応力もパワーも上になります。東京ドームの屋根は王のホームランの軌道を計算してボールが当たらないように設計したと言われていますが、松井秀喜や大谷翔平が軽々と天井にぶつけていたのを見ても、打者が進化しているのは明らかでしょう。

人間の記憶、感覚の限界

そしてこのような感覚のずれは、現場を離れて久しいOB、関係者だけが持っているわけではないようです。昨年、NHKBSの「レジェンドの目撃者」という番組に出演した落合博満中日前GMも自分たちがプレーしていた80年代の投手の方がボールは速かったと発言していたのです。落合は2004年から2011年までは監督、2013年から2016年まではGMを務めており、現場を離れてからの年数は10年も経っていません。その落合ですら現役よりも、自らがプレーしていた時代の投手の方が速かったと話しているのには正直衝撃を受けました。これは落合への批判というわけではなく、記憶の中の情報と現在の情報をすり合わせることがいかに難しいかという話です。幸い投手の投げるボール、打者の打球について細かくデータがとられることになったため、今後は数字で比較することが可能になっていくと思いますが、そのようなデータのない時代の話はある程度美化されてしまうことでしょう。

ただもちろん過去を全て否定しているのではなく、昔の選手でも驚くような高い技術を持っていたケースは多々あるように思います。前述した選手では福本のスライディングは今見てもスピードが落ちていないことがよく分かり、吉田義男や高木守道も現代よりもかなり守備位置が前とはいえグラブさばきやハンドリングは見事です。そういった『匠の技』的な部分は上手く伝承されていくことが重要ではないでしょうか。

過去、現在といった時間軸にとらわれることなく、あらゆるデータや数字にも頼りながら、凄いものは凄いと認められる感覚を持ち続けていきたいと思います。

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