田中君のこと、つづき

 田中君のことは、もう10年以上忘れていた。田中君がドタキャンしたクラス会を最後にグループLINEから退出していて、田中君のことは一切思い出さなかった。いや、当時は田中君を忘れようとしていたから記憶の奥底にしまわれたのかもしれない。
 昔の思い出や今感じることを書こうと決めたことで、色んな過去の記憶が一気に脳内にあふれ出た。そのあふれ出た記憶の海に、田中君のことが甘酸っぱいものとしてぷかぷかと浮かんでいた。そんな感じで、田中君との日々をその記憶の海で見付けるまではあんなに好きで好きでたまらなかったのに忘れることが出来るのかと、自分にただただびっくりした。
 今の今まで田中君を検索しようとは考えたことはなかった。余りにも見事にきれいさっぱり記憶から消えていたから。ひょっとしたら、田中君という存在は私が勝手に想像した産物で、田中君自体は実在しないのでは?そんな恐怖まで湧き上がってきた。
 いやーでも、これだけしっかりと記憶があるのだから、田中君との出来事は実際に在ったことだろうし。この世の中は、それが本質かどうかは別として、ネット上にはあらゆる情報が落ちている。田中君がどこで何をしているか見つけてしまったりして。ほんの軽い出来心で田中君のフルネームで検索してしまった。

 いた。

 歳を重ねたであろう田中君を発見してしまった。田中君は、オンラインのニュースサイトの会員としてフルネームで登録していた。顔出しをしていたから、現在の顔立ちまで確認できた。私の知っている田中君の、私をドキドキさせた怖い目は、その写真からは感じることが出来なかった。満面の笑みを浮かべた田中君の写真は、自分の人生に自信を持っているのだろうなと思える雰囲気が出ていた。これまでの職歴も読んでいくと、順当に資格も取得して出世していた。
 パソコンの中の田中君の情報は、新卒で就職した上場企業から今月、別の上場企業へ転職したと書いてあった。そして、地元を離れて、私の住む東京で勤めているようだった。
 少し笑ってしまった。文章を書きつけるまでは、これっぽっちも思い出すこともせずにすっかり忘れていたのに。思い出して検索したら東京にいるのかー。
 当たり前だが、東京は人が多い。田中君と私の職域は全く被らないし、田中君の居そうな品川区近辺は、私の仕事の担当先は無いため行くこともない。
 一緒にお酒を呑んで、どんな新しいことにチャレンジしているのか聞いてみたかった。どんな考え方を身に付け、どんなことに今一番ワクワクしているのか。最近観た面白かった映画やおススメの本とか、何に興味があるのか知りたかった。もう会うこともないであろう田中君。
 検索なんてするもんじゃないよね。自分の行動を少しだけ反省した。

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