東京、最初の家での事件

お化け以外は全部出た、そう感じた家の話。

年末に引っ越す、引っ越しまでに時間がないことや東京の家賃の高さなど、ある程度綺麗で広さが確保されているにも関わらず家賃が安いという理由で1階の部屋を借りた。

日当たりが悪いことが原因なのか、はたまた日中に不在がちで閉め切っていたことが原因なのか。
靴箱に収納した靴の全てにカビが生え、家の中はダンゴムシとムカデが大量発生。
ハンガーにかけていた上着もカビが生えてしまい全て捨てることになった。
そんなアパートの話。

アパートの1階の部屋には、コンクリート打ちっぱなしの庭があった。
庭の隣は公民館が建っていて、そことの仕切りのフェンスに蔓の雑草がぼうぼうに生い茂っていた。
その草が自分の家の領域にも侵入してくる。
気晴らしに引っこ抜いても直ぐに生えてきた。
なぜかアパートとのフェンスの所は日当たりが良かった。
どうしてそういう作りなのか謎だが、コンクリート打ちっぱなしのその庭は隣の部屋との仕切りはなく、不特定多数がアパートの端から端まで通り抜け出来るような作りになっていた。
平日休みに窓を開けてくつろいでいても、下校時の小学生が通っては家の中を覗き込んでくるので非常に不快だった。
同棲するまでは戸建ての実家暮らしだった私は、人が通り抜けることや1階であることを全く考慮せずに、日に当てた方が良いかと思って洗濯物を庭に干していた。

下着のパンツだけがどんどん無くなっていった。
パンツだけがない。
片付けのできない私は、まぁどこかに置いてあるだろう位にしか思っていなかった。

夏が近づいていた。
朝、下着姿で胡坐をかいて化粧していた。
パッと顔を上げると、網戸に張り付いた背のでかい男がこちらを覗きこんでいた。
近眼の私は眼鏡をかけていなかった。
裸眼でも、今このタイミングで家に入られたら腰を抜かして逃げられない位に網戸ギリギリに男が立っているのは分かった。

叫んだ、とにかく声が出るだけ叫んだ。

ドタドタと足音を立てて、男は逃げていった。
隣のご家族は若い女の子が二人いる。
素早く着替えて今起きたことを隣家に伝えに行った。
すると隣の奥さんは、下着がなくなることは随分前(私が引っ越してくる前)から起きており警察に被害届は提出済である事、私の叫び声が聞こえたけれどなんか言ってるな程度にしか思わなかったと。

さすが東京!
とんでもない叫び声を聞いても、なんか言ってるなとしか感じないのか。
私、引っ越してきた時にご挨拶したし、その時に贈答タオルを受け取ったのは貴女ですよね?お会いしてますよね?
こんなに怖いことが起きたのに、私は今この時間のないときに隣家の心配をしてるのか。
心配してほしいのは私だよ!
いろいろな感情が駆け巡って汗が止まらなかった。

とにかく誰かに心配してもらって、私に大変なことが起きたことを慰めてもらいたかった。
興奮状態の私は配偶者にとりあえず電話した。
私の発言を聞いた配偶者は、電話の向こうでまたどこかに魂を飛ばして無言になった。
話し相手になれよ、怖い思いしているのはこっちだぞ、いい加減その癖直せよ!
と怒鳴りそうになるのを我慢した。
出勤前の朝だから私には時間がない。
今は怒鳴るのは我慢だ。
すぐ近くの派出所に行って話してきてと配偶者から言われたので、機械的にそうした。

派出所は誰もいなかった。
お急ぎの方はご連絡ください
壁にその一文が書かれた紙が貼られ、白い電話がぽつんと置いてあった。
受話器を持つと近くの警察署に繋がった。
今起きたことを手短に伝えた。
電話に出てくれた警察官は、事件が起きた直後に連絡くれないと!と言った。
そんなこと言われても。
ふざけたこと言いやがって!
怒りの気持ちを飲み込んだ。
パトロールを強化しますと言っていたが、強化しているところは一度も見てない。

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