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HSP気質とインプットの関係

仕事に活用できそうな、とある思考法についての本を読んだのですが、読了してからずっと、なんとなく嫌な感じが腹のあたりに残っています。

読んでる途中は、
「あれはそういうことだったのか!」
「こう考えれば良いのか」
「なるほどねーだからうまくいかなかったのか」
みたいな納得感がかなりあって、仕事に活用していこうという気持ちが盛り上がっていたのですが、なぜだか読了してから、なんだかモヤモヤする。

自分でも自分の反応がすごく不思議だったのと、もしかしてHSP気質が関係している部分もあるんじゃないかと思ったので、ちょっと分解して考えてみました。

ちなみに私は、無料診断によると「非HSS型HSE」というものらしく、人口比率にするとかなり少数派みたいです。あくまでも自分の記録として書いてみます。


ある種の高揚感

読書は昔から好きです。
子どもの頃は物語をよく読んでいて、中高生の頃は雑誌のコラムなどを読むのも好きでした。

最近はもっぱらビジネス書の類を読んでいますが(小説を読むと没頭し過ぎる&感情を処理する余白がないので生活に若干の支障が出る)、活字自体が好きなのと、テキストでのインプットが性に合っているので、noteやブログ記事などもよく見ます。ちなみに、ストレングスファインダーの最上位は学習欲です。

「テキストでのインプットが性に合っている」と感じるのは、テキストだと集中できるから。動画はなんかダメなんですよね。たぶん音の情報を受け取り過ぎてるんだと思うけど。(作業BGMは絶対に活用できないタイプです。)

逆に、集中できる分、情報を思いっきり吸収してしまいます。

これは長所でもあって、自分でも飲み込みは早い方だと思うし、それを応用できるようになるスピードも割と早いと思います。

「洗脳される」というと言い過ぎだけど、「そういうことか!」とロジカルに納得できたら、そのまま突き進めてしまうので、周囲からは「素直」と評されることも多いです。これも、長所といえば長所。

でも今回、この「飲み込みの早さ」と「素直に(思慮なく)行動に移せてしまうこと」が、ちょっと危ういんじゃないかと感じました。

HSP気質の特徴は4つあるらしいのですが、その中でも「刺激に圧倒されやすい」と「共感的、感情的な反応が高まりやすい」というのが、今回感じた危うさに関係しているような気がします。

【HSPの4つの特徴「DOES」】
Depth of Processing:物事を深く処理する(不慣れな状況に置かれると一度立ち止まって指さしを確認する)
Overstimulated:刺激に圧倒されやすい
Emotional Reactivity and High Empathy:共感的、感情的な反応が高まりやすい
Sensitivity to Subtleties:些細な刺激にも気が付きやすい(刺激に対する閾値が低い)

LITALICO仕事ナビ

「自分がどう感じるか、どう考えるか」をすっ飛ばして、「新しい知見」という情報に圧倒されて、感情の高まりのままに行動してしまうというのが、今回感じた危うさなんじゃないかと思います。

これは、ある種の高揚感のようなもの。
セミナーを受けた後なんかに、「わかった気になる」「自分にもできるような気がする」という高揚感に包まれる経験をしたことがある方も多いと思うけど、あれと似てます。

自分軸を見失う瞬間

今まではあまり自覚できていなかったけど、そういう高揚感に浸っている時って、「自分軸」がぼやけているんじゃないかと感じました。

「自分の価値観に合いすぎていて気持ちが高まった」というパターンも、もちろんあるけど、それだけじゃない気がします。

仮説1:今まで知らなかったことを知って、素晴らしい世界に踏み込めた気がしたという高揚感
→でも、その世界が自分にとって良い場所かどうかはわからない。

仮説2:できなかったことができるようになる希望が持てたという高揚感
→でも、それが自分に適したやり方なのかはわからない。

新しく得た情報が「自分にとってどういう影響をもたらすのか」ということを、いったん冷静になって考えないと、自分軸を横に置いたまま行動してしまうのだと思います。

そして今までの私は、それを無自覚にやってきたのだと思います。

どうやら「らしさの期待」だけで生きてきたようだと気づいたのは、もう3年も前のことで、当時のnoteには
”周りからの「らしさの期待」と「自分らしさ」に重なる部分がけっこうたくさんあって、基本的には「らしさの期待」に応えながら、そこに何となく自分らしさを織り交ぜて生きてきている”
と書いたのですが、今回のモヤモヤは「なぜ、そういった生き方をしてきたのか」を考えるヒントになりそうだと感じています。

HSP気質ゆえに刺激に過敏で、かつその刺激に従順的な気質が掛け合わさって(これがHSP気質に関係しているかどうかは置いといて)、自分軸を見失いがちだったのではないかと思います。

幼少期は「自分軸」という概念もなかったし、「ただただ素直に生きてたら自分がわからなくなった」という感じな気がします。

もう少し深掘りしてみたい。

「はて、自分は?」に戻ったら

人生紆余曲折あって現在38歳。

30代で「自分とは何ぞや?」に向き合って、HSP気質であるらしいということにも自覚的になって、やっとやっと、地に足つけて生きていけそうな予感が持てています。

少し前のnoteに、こんなことを書きました。

これからどうやって自分を成長させていくかを考えるときに、「HSP気質」を参考情報とすることで、今までよりも負荷のかかりにくいやり方を選んでいけると感じています。

このnoteは、まさにこれを実践していると思っています。

「なんだかうまくいきそうな情報」に対して共感や感情が高まっている自分を俯瞰して、「自分にとってどういうものか」を立ち止まって考える。

すぐにその通り実践するのではなくて、「自分にとってベストなやり方」に落とし込むステップを踏む。

それこそが、今までの私に足りなかったもので、自分で自分の生きづらさを助長していた部分なのではないかと思っています。

これからは、解像度が荒いまま根気とガッツでカバーしてきたところを、解像度を上げることで負荷を落として「自分のやりやすい方法」へ変換することをやってみたいです。

本を読んで学んだ知識が仕事に活用できることは間違いないし、取り入れていきたいところはたくさんあります。ただ、本に書いてあるやり方をそのまま実践するのは、HSP気質の自分にとって負荷がかなり高い。なので、負荷のかかりにくいやり方を考えて、そっちを実践していきたいです。

これは、巷で言われる成功法則の「まずは言われた通りにやってみる」に反すると思うのだけど、「まずは言われた通りにやってみる」を実践し続けて壁にぶち当たっているのが今なので、そろそろ「自分はどうするか」を考えても良いのかもしれないと思いました。

今まで、人生の全てにおいて、情報の受け取り方が雑だったんだろうと思います。

こうして記録に残しながら、まだまだ自分を成長させていきたいです。

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