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なぜ石油生産を止められないのか

まとめ
・在来型油田は生産量を調整するとコストがかかったり油田が"痛む"ため、できれば減産したくない
・シェールオイルは一度生産開始すると基本的に止められないが、新規生産を止めれば一気に生産量は減少する
・しかし、各プレイヤーは自分以外の誰かに減産して欲しいと考えるので、合理的行動の結果チキンレースとなる
・石油産業は短期の需給調整は在庫で行ってきたので、在庫による調整力を超えた需要変動には対応できないし、これまでそうした事態はなかった

原油価格が歴史上初めてマイナスとなって一週間以上が経ち、既に様々な反応があった。例えば、新たな貯蔵場所として使われていないパイプラインが使われようとしたり、海上のタンカーの予約が殺到して運賃が高騰している

世界的な経済活動の自粛により、石油需要が急減し、貯蔵タンクの容量が足りなくなったということは分かるとして、石油業界に馴染みのない方々にとって最も不思議に思われるポイントの一つが、なぜ需要減に合わせて生産をすぐに止められないのかということだろう。

その問いに一言で答えるのは非常に難しいが、一般の方向けにできるだけシンプルな説明を試みてみようと思う。

まず、おおまかに在来型石油・ガス資源と、シェールオイル/ガスの違いについて知る必要がある。

在来型と非在来型の分類

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現在生産されている石油・ガスには大まかに「在来型」と「非在来型」に分類される。この分類はあいまいなもので、必ずしも厳密な定義はないが、在来型を「貯留層」(後述する)と呼ばれる石油やガスが長い年月をかけて集約された化石資源であるとすれば、非在来型はそれ以外ということになる(図)。

非在来型の現在の代表格はシェールオイルやシェールガスだが、それ以外にもカナダで産出される重質油オイルサンドや、炭田から産出される天然ガスであるコールベッドメタンなどが従来から非在来型とされてきた。この表の「オイルシェール」はシェールオイルとは全く別のものだが、後述するように本来タイトオイルと呼ぶべきものをメディアがシェールオイルと呼んでしまっているため、このような紛らわしいことになってしまった。この他にも、ガスや石炭から液体燃料を生産するGTL(Gas to liquid)、CTL(Coal to liquid)も非在来型に含まれる。最近話題になるメタンハイドレートを非在来型に含む場合もあるが、本来「資源」とは商用利用できて初めてそう呼ぶものなので、どちらかというと「非在来型の候補」といったところだろう。

在来型資源とシェール資源はなにが違うか

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次に、在来型石油・ガスと、非在来型の代表格であるシェールオイル・ガスが地層内でどのように存在し、生産されるのかについて。(手元の100均ホワイトボードで秒速で描いた拙い絵で申し訳ない)

石油がどの様にして生まれるかということについて詳細は割愛するが、簡単に言えば有機物を多く含んだ地層が地下で長い年月をかけて熱分解され、その中でも高温域ではガス(天然ガス)に、低温域では石油になると一般に考えられている。そうした石油やガスを多く含む岩石を根源岩というが、多くの場合シェール層(頁岩層)と呼ばれる地層である。そこからさらに長い年月をかけて石油・ガス成分が地表面方向に移動し、偶然石油やガスを通しにくい地層にトラップされ集約されたものを貯留層と呼ぶ。そこを狙って石油やガスを生産するのが在来型ということになる(図右半分)。

一方、シェールオイル・ガスというのは、貯留層に集約される前のシェール層やその付近の資源を直接狙うものだ。貯留層に集約されていないということは、資源の移動性が低い地層で(一箇所から吸い上げにくい)、相対的に低い密度で広く分布し、面的な開発が必要になる。シェール革命は元々「シェールガス革命」と呼ばれていたように、シェールガスの開発から始まった。シェール層を水平に掘っていき(水平掘削)、高い水圧をかけてシェール岩を粉砕し(水圧破砕、フラッキング、図中のひび割れ線)、割れ目に砂や化学物質を突っ込むことで資源の移動性を高め、広く薄く回収するというものである。

その後、シェールガスと同じ発想で石油の生産が試みられ「シェールオイル」と呼ばれたが、後にシェール層に隣接するタイトサンド層を狙うと(なぜか)効率よく生産できることがわかり、専門的には「タイトオイル」と呼ばれている。しかし、メディアでは「シェール革命」で生産できるようになった石油とガスということで、一般にそれらをまとめてシェールオイル・シェルガスと呼ばれている。本稿でもそれに倣うことにする。

在来型石油生産の特徴

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さて、在来型石油とシェールオイルの概要がわかったところで、それぞれの生産方式の特徴をみていこう。(以下、ガスの話は割愛する)

在来型石油の場合、通常は数千億円から兆を超える桁のプロジェクトで、油田発見から初生産まで少なくとも5年、生産開始から停止まで20〜40年以上という息の長い事業となる。かつては、早く投資回収をするためにできるだけ大きな生産量を志向する場合もあったが、そのようなやり方では油田にダメージが大きく、後に急激に生産量が落ちてトータルでデメリットが大きい。むしろ、埋蔵量規模に見合った適正な生産量で長く生産を行った方が、トータルの回収率を上げられる上、付帯設備の投資の無駄も少なくて済む。現在では、試掘調査により埋蔵量を見積もった後は、適切な最大生産量を決めて、付帯設備の規模を設計し、ファイナンスを組んで売買計画を立てるというのが主流だ。

ここで、キーになるのが「EOR」という言葉。これはEnhanced Oil Recoveryの略で、日本語では「増進回収」と呼ばれる。在来型油田では生産開始直後は油田自体が圧力を持っているため自噴するが、しばらくすると圧力が下がってくる。そこで、生産井から離れた場所に別の穴を掘り、そこから海水やCO2などのガスを圧入することで、油井内の圧力を保ち、石油生産量を増加させるということが行われる。やがて、生産井から石油と合わせて水も産出されるようになり、石油の比率が下がり水と分離するためのコストが高くなって来た所で、経済性の観点から生産停止が決定されることになる。

このように、在来型油田の開発においては、油田のライフタイムを通して地下に眠る埋蔵量をできるだけ多く回収するという考え方のもと、最適化された生産計画に基づいて生産を行おうとする。従って、生産の途中でバルブを締めたり、EORを弱めたりすることで、生産量を絞ることは技術的には可能だが、そのようなことをすると設備稼働率が下がってコスト負担になる上、やりすぎれば油田に"ダメージ"(圧力が下がると油から溶解していたガスが泡の様に発生し油の移動性が下がるなど)を与え、将来的な回収率を下げかねないので、できるだけやりたくない。この点は、瞬間的に生産量を落としても単に少し設備稼働率が下がるだけの発電設備とは考え方が異なる。

石油は枯渇性ではあるが、自然のもの、つまりあえて言えば「"自然"エネルギー」なので、人間のコントロールには限界があるのである。

従って、市場価格が下落したり需要が減った場合、各々の在来型石油の生産者は、少しでも売上を確保したいという経済的な理由とともに、油田のダメージを考慮して生産量をできるだけ変化させたくないと考えるので、減産を押し付け合うチキンレースになる。これまでの歴史では、世界最大の油田をもつサウジアラビアが殆ど唯一生産量の調整を行ってきたため、同国は「スウィングプロデューサー」と呼ばれてきた。

しかし、サウジアラビアにとって調整役を一手に引き受けることは、OPECの盟主としての地位と引き換えに被る損失としては大きすぎる。従って、サウジアラビアとしてはOPEC諸国や他の産油国にも相応の負担をしてもらうことを条件に減産をすることになるが、そこは各国の思惑が交錯する国際政治ゲームでもある。2014年の減産見送りや、今年3月にサウジとロシアが決裂してむしろサウジが増産を決定したように、原油価格が下落したときに常にサウジアラビアが減産行動を取るとは限らない。近年急激に生産を伸ばしている米国のシェールオイルの生産を抑制させたい思惑もある。まして、今般のような世界石油需要の3割もの減少は、世界生産の1割でしかないサウジアラビアだけで背負える規模を超えている。

シェールオイル生産の特徴

一方、シェールオイルの生産は在来型とは大きく異なる。

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シェールオイルの開発は、息の長い在来型油田の開発と比べると、極めてサイクルが短い。掘削活動はわずか数週間で終了。生産開始後の1ヶ月もたてば生産量は急減する(減退率が大きい)。エリアにもよるが、1年後にはピーク生産量の約20%まで落ち込み、その後ダラダラと数年間生産を継続する(図左)。その為、生産量を維持拡大するためには次々に掘り続ける必要があり、右の図の様に平行して少しずらながら何本も掘り、面的に開発していく(図右)。

在来型油田と大きく異るのは、EORが原理的に無理ということだ。そのため、生産量の調整は、基本的に掘削活動の増減で決まる。減退率が大きいため、新規の生産がなければ生産量は急減することになる。

ただし、話を少しややこしくしているのが、シェール開発において、掘削後に生産開始していないDUC(Drilled but uncompleted well、掘削済・未仕上げ井戸)と呼ばれる生産待機状態にあるいわば生産在庫のようなものがあることである。昨年7月をピークに若干減っているものの、石油・ガスあわせて約7500箇所(2020年3月時点)もの井戸が生産待機状態にある(次の図)。従って、掘削活動件数(リグカウント)だけが低下しても、それが即生産量の低下につながるというわけではない。

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このような開発を、比較的高利な融資でサイクルを回していく。シェール開発が自転車操業と呼ばれる所以である。上述したように、在来型油田では、原油価格が変動しても生産量の調整を行わないことが多いが、シェールオイルの場合は原油価格が下落するとプロジェクトが停止してしまう。そこで、ビジネスを安定させるため、予め売り価格を決める(売る権利=フットオプションを購入する)など、「スリーウェイカラー」と呼ばれる複雑な売買契約を駆使してリスクヘッジをしている企業が多い。こうしたリスクヘッジ戦略は企業によってポジションに大きな違いがあるが、一般にシェールオイル生産量の4割程度がヘッジされていると言われている。この結果、各シェールオイル生産企業のリスクヘッジ戦略の違いによって、原油価格下落の影響をうけるタイミングや衝撃の大きさには差が発生する。

また、4月に経営破綻したシェール企業ホワイティングの様に、今後破綻する企業が続出すると考えられるが、必ずしも破綻したからといって生産が止まるわけではなく、債務放棄した上で生産活動は継続する場合も多い。

従って、シェールオイル企業は少しでもキャッシュを稼ぐためにできるだけ他の企業が減産するのを待って生産を続けようとするので、ここでもチキンレースとなる。

まとめ

結局、在来型石油もシェールオイルも、短期的に生産量を落としたくない理由があるため、需要が大きく減った場合、自分以外の誰かに減産して欲しいと考えてしまう。まして、今回のように極めて短期間に大幅な需要減が起きると、自社だけが減産したところで価格は回復し得ないので、他が倒れるのを待つしかなくなってしまう。

それでも、当然在庫キャパシティには限界があるので、生産を減らしたくない動機があるとしても、既にOPEC+諸国が減産を初め、シェールオイルの開発規模が縮小することで、減産の動きは始まっている。しかし、その速度が十分ではないため、来月にも在庫キャパシティがオーバーフローし、再び負の原油価格に突入する恐れが強まっている。ただし、今回は事前にリスクが共有されているため、大きなクラッシュは回避されるかもしれない。

これまで、石油産業は長期の需給調整は投資で行い、短期の需給調整は在庫で行ってきた。従って、在庫による調整力を超えた大幅で急な需要変動には仕組み上対応できないし、これまでそうした事態はなかったので構築する必要もなかった。むしろ、歴史的には、石油危機の教訓で、供給側がストップして原油価格が高騰する場合に備える国家戦略備蓄の積み上げこそが課題であって、今回のように世界同時的に需要が急減することは想定されていなかった。そのことが、原油価格がマイナスになるという事態を生み出したといえるだろう。




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