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温故知新を探求する —蓄熱(調熱)の子音を科学する

11月8日のKANSOセミナーでは、KANSOの建築が主軸にしているマテリアルの「蓄熱(調熱)」と「調湿」について、科学的な実測データを用いて、より理解を深めたいと思っています。

https://kanso-in-misato.peatix.com/view

ここでは、セミナーのイントロダクションとして、蓄熱(調熱)について、理論的な解説をしたいと思います。簡潔に書いたつもりですが、SNSにとっては多少長い文章になってしまいました。お時間のあるときにゆっくりお読みください。

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現代の省エネ建築は、「断熱」に偏重しています。断熱性能とは、熱の通しにくさです。建物の省エネ性能は主に、断熱性能を表す熱伝導率(λ 値)、熱貫流率(U値)、外皮平均熱貫流率(UA値)、熱損失係数(Q値)で計算されます。

しかし建物の省エネにとってもう一つ重要な概念があります。それは「蓄熱」です。言葉通りに捉えると、マテリアル(建材)が熱を蓄えること。しかしそれでは、実際の物理現象の半分しか表現していません。マテリアルは熱を吸収(吸熱)もすれば、熱を放出(放熱)もします。室内の空気を、状況に応じて冷やしもすれば、温めもする、両方向の作用をします。ですので私は、「蓄熱」を「調熱」と補足したり、言い換えたりしています。

国際規格ISO13790においては、熱損失係数(Q値)の計算式で、躯体の蓄熱性能を表す熱容量(C値)も一応、考慮されています。しかし大雑把です。なぜかというと、Q値というのは「空気の温度」を基準にした値だからです。これをしっかり説明するには、熱とは何か、ということを、物理学的に理解しなければなりません。

世間一般では「熱」=「温度」と理解されいますが、厳密な物理学的な定義は、「熱」とは「分子の振動」です。熱は物質から物質に移動しますが、それには「伝導」「対流」「放射」という3種類の現象があります。

「伝導」は、2つの接触する物質間で分子の振動が伝わる現象です。「対流」は、自由に移動する液体や気体の分子の移動によって熱が運搬される現象です。建物におけるこの2つの現象は、冷暖房機(もしくは建材)と室内空気の「温度差」によって起こります。

しかし、3つ目の「放射」は、前者2つとは次元も性質も異なります。放射とは、熱を持ったすべての物質が放つ「電磁波」です。電磁波が分子に当たり、振動させる現象です。「伝導」と「対流」が、分子間、もしくは分子自体の移動による熱の伝達であり、「温度差」に起因する現象であるのに対し、「放射」は、マテリアルの「絶対温度」だけに由来するもので、温度差は関係なく、接触していない物質間でも、熱が伝達されます。代表的な例として焚き火の熱があります。吐く息が白い零下の気温であっても、焚き火の炎が人間の肌を温めるのは、焚き火が放つ電磁波のおかげです。空気は、主要な分子である酸素や窒素の2原子構造の分子の構造上、電磁波のエネルギーを吸収しにくい(温まりにくい)性質があります。

「断熱」も「蓄熱(調熱)」も物理的には「熱」の現象です。温度差を前提にした「断熱」を説明するには、同じく温度差によって起こる「伝導」と「対流」で事足ります。しかし「蓄熱」をしっかり説明するためには、マテリアル自体の絶対温度だけに起因する「放射」を含めることが必須になります。

「空気の温度」を基準にしたQ値が、伝導と対流という熱移動に起因する「断熱」は説明できても、放射という空気の温度に関係ない電磁波エネルギーも考慮すべき「蓄熱」は大雑把にしか表現できない、というのはそのためです。空気の温度を基準にした計算式では、蓄熱の「母音」は表現できてきも、細かな「子音」は表現できません。

「子音」と言っているのは、例えば、蓄熱のマテリアルが放熱する電磁波(赤外線)が、空気よりも、ダイレクトに人の体を温める現象です。「体感温度」とよく言われます。たくさん放熱する蓄熱容量の高い建材や輻射式暖房の建物では、室温は18℃でも、体を直接温める電磁波(赤外線)によって体感温度は22℃くらい、という現象がよくあります。石や土や木をふんだんに使った古建築を熱需要100kWh/m2・年くらいに断熱改修した建物の実際の熱使用量が30kWh/m2・年(パッシブハウス並み)とうことを、よく耳にします。

また、熱を持った蓄熱体が「実際の断熱性能を高める」という子音もあります。例えば、南面のレンガの分厚いファサードは、日中に太陽の熱放射(電磁波)をたくさん受け、吸熱します。日中温まった壁の夜間の熱伝導(室内の空気の熱が壁を通して外に出ていく)はゆっくりになります。すなわちその壁の熱伝導率は、理論的な値より低くなり、実際の断熱性能は高くなります。

また、蓄熱性能を表す熱容量(C値)は「静的」な値です。しかし吸熱や放熱には、マテリアルによって「速度」があります。「動的」に理解する必要があります。石や土といったミネラル系の素材は、短距離選手のように、素早く吸熱・放熱しますが、木材は、長距離選手のように、ゆっくりと吸熱・放熱します。前者は夏のオーバーヒートを防ぐ効果が高くて、後者は、瞬発力はないですが、長時間、熱を蓄え、ゆっくり放熱するので、冬に室内を冷えにくくする働きが強いのです。昔の建物をみると、夏の暑さが厳しいところでは、ミネラル系の素材、冬の寒さが厳しいところでは木材がたくさん使用されています。

最後に誤解がないように。断熱か蓄熱か、という2極論な話をしたいのではありません。蓄熱が効果的に機能するためには、一定以上の断熱性能が必要です。気密も同様です。

ここでは、現代建築の温熱設計で、計算しやすくわかりやすい「断熱」の陰で、おそらく、計算しにくい、把握しにくい、という理由から構造的に軽視されてきた「蓄熱」にスポットをあてたまでです。

断熱性能も蓄熱性能も両方バランス良く考慮して建材を選び、設計デザインすることを推奨し、実践していきたいと思います。それは、同時に古建築を温故知新すること、探求することでもあります。




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