M-1グランプリ2022準決勝進出者を寸評する

 カタールW杯真っ只中、サッカー好きの筆者も連日お茶の間で試合観戦に勤しんでいるが、この期間にはW杯とは別にもうひとつ、目が離せない大会が行なわれる。年に一度、お笑い好きが注目する若手漫才師日本一を決める大会。M-1グランプリ2022だ。この文章を書いている時点では準決勝を戦う28組がすでに決まっており、本日11月30日(水曜日)に行われるその戦いを経て、今大会のファイナリストが決まる。その決勝戦が行われるのは、奇しくもW杯の決勝戦と同じ12月18日(日曜日)。日本一の漫才師が決まるその数時間後には、サッカー世界最強国が決まるというわけだ。ここからの3週間は、サッカー好き兼お笑い好きの筆者にとっては、まさに至福の期間そのものになる。W杯がこの時期(11月〜12月)に開催されるのはおそらく今大会が最初で最後だと思われるので、2度と味わえない娯楽性抜群の3週間になる。

 話をM-1に戻せば、現在行われているカタールW杯同様、今回は準々決勝の段階で多くの番狂わせが発生している。有力候補だった人気者や実力派のグループが容赦なく落とされ、馴染みのないネームバリューの低い名前が何組も名を連ねる。まだ準決勝が行われる直前のこの時点ですでに、決勝戦が新鮮な顔ぶれになることが見えている。昨年とは大会のムードが大きく変わりそうな気がしてならないのだ。

 先日発表されたGYAO!ワイルドカード枠の勝者(金属バット)を含む、準決勝に進出した28組についての印象などを、今回も独断と偏見でそれぞれ述べてみたい。

○コンビ名 (所属事務所)[準決勝出場回数]

・金属バット(吉本興業 大阪)[5年連続5回目]

 準々決勝で敗退した100組近いグループの中から、唯一準決勝に復活できる権利を勝ち取った金属バット。このワイルドカード枠に選ばれたのは、実は今回が2度目になる(1度目は2019年)。もちろんネタが面白いから選ばれているわけだが、それ以上に感じるのは、彼らの人気の高さになる。動画配信サービスのGYAO!で一定の期間配信される準々決勝で披露したネタ動画の再生回数1位のグループが選ばれるこのワイルドカード枠だが、これはある意味ほぼファン投票のようなものだ。動画サイトを開いてまでネタの動画を見る人は、それなりのお笑い好きに限られる。ある程度の熱量を持つお笑いファンと言い換えてもいい。それにこれまで2度も選出されているということは、お笑いファンから相当の支持を集めていることとイコールだ。しかも金属バットは今年がラストイヤー。決勝に進出したことはこれまでに1度もない。まさにお笑いファンがその決勝進出を待望するコンビと言えるだろう。
 しかしそうしたお笑いファンの期待に水を差すわけではないが、このワイルドカード枠から決勝戦に進出した例は過去に一度もない。もし準決勝で敗退すれば、(ワイルドカード枠には)敗者復活戦の出場権がないため、金属バットはそこで終わる。彼らのM-1は、準決勝のトップバッターという、シンプルな盛り上げ役として終わってしまう可能性が高い。ここから決勝に進出することは、まさに至難の業。ミラクルは起きるのか。その最後の姿にとくと目を凝らしたい。

・カゲヤマ(吉本興業 東京)[初出場]

 このコンビで筆者の印象に残るのは、立ち位置右側の益田の方。彼が紹介する「スリル」という独自のゲームで、ここ一年いくつかの番組で活躍していた姿が記憶に新しい。
 準々決勝で見せたネタをひと言でいえば、力技。単純明快なパワープレイで、初の準決勝進出を勝ち取ったという印象だ。このスタイルが準決勝でも通用するかどうかは微妙なところだが、錦鯉の例もある。わかりやすいシンプルなネタは、どちらかと言えば高評価を与えられる傾向がある。今年のキングオブコントでも準決勝に進出した、気になる存在だと言える。

・シンクロニシティ(フリー)[初出場]

 両者ともにサラリーマン。早い話、立場はアマチュアに近いコンビだ。しかしその実績を見れば、M-1では過去に3度、準々決勝まで進出した経験を持つ。いわゆるポッと出という感じでは全くない。そのある程度やりそうな雰囲気は、彼らの3回戦のネタ動画を見たときからなんとなく気にはなっていたが、それでも準決勝に進出するとはこちらは正直思っていなかった。
 こうしたフリーのコンビが準決勝に進出するのは、2019〜2020年に連続して進出したラランド(現在はレモンジャム所属)以来。大袈裟に言えば、これは快挙だ。ラランドよりも、ネタはいい意味で新鮮さがある。決勝進出の可能性はそれほど高くは見えないが、ラランド同様、この準決勝進出をきっかけに露出を増やしそうな気がしてならない。準決勝進出コンビに相応しいネタができるか、注目したい。

・ママタルト(サンミュージックプロダクション)[初出場]

 ここ1〜2年で地味に露出を増やしつつある、注目の若手コンビ。準々決勝でのネタはそれほどよかったとは個人的には思わないが、会場ウケは悪くなさそうだった。潜在能力は高そうに見えるだけに、うまくいけば勢いそのままに決勝までいきそうなムードを感じる。
 このコンビで活躍が目立つのは、体重180キロの巨漢、ボケ担当の大鶴肥満になる。最近のバラエティ番組などでちらほら目につく機会が多いが、ネタを作っているのはツッコミでもある相方の檜原洋平の方になる。コンビの目立たない方が、いわばコンビの「頭脳」というわけだ。この手のタイプのコンビは、概して強い。かつてのオードリー、最近では錦鯉やモグライダーがその代表格になる。キャラのあるボケの横には、実力のあるその参謀が控えているわけだ。ママタルト檜原の力はまだよくわからないが、そろそろその能力が大舞台で発揮されてもおかしくはない。それが今回のM-1になるのか、それとももう少し先になるのかは、この準決勝次第。ママタルトのキーマンは檜原。少なくとも僕はそう思っている。

・ハイツ友の会(吉本興業 大阪)[初出場]

 筆者が初めてこのコンビを見かけたのはおよそ1年前、昨年のNHK新人お笑い大賞になる。ニッポンの社長の圧勝に終わったこの大会だが、そんな優勝コンビに次ぐ成績(準優勝)を収めたこの女性コンビのネタも、こちらの印象には強く残っている。偉そうに言えば、筋がいい。近いうちに大きな賞レースでも活躍しそうな印象を受けたが、そこで早くも今回のM-1準決勝進出を決めてきた。準々決勝でのネタが面白かったことはもちろんだが、これまでいくつか見たネタを踏まえても、今回の準決勝進出にまぐれ感は一切ない。実力を感じさせる勝ち上がり方だった。
 今回準決勝に進出した女性コンビは2組いる。このハイツ友の会と、昨年も準決勝を戦ったヨネダ2000だ。しかしこの2組のスタイルは、大袈裟に言えば180度違う。ヨネダ2000が異端派だとすれば、ハイツ友の会は正統派。前者が終始舞台を動き回るネタをするのに対し、後者はマイクの前から一歩たりとも動くことはない。2人のシンプルな話術のみで笑いを誘う、こだわりがありそうなスタイルを貫いている。その纏う空気感は、ヒコロヒー的でもあり吉住的。近年活躍が目立つ女性芸人と、その方向性には近いものを感じる。久しぶりに現れた本物のコンビというか、売れそうな匂いが今からプンプンする。2009年のハリセンボン以来、史上4組目の女性コンビファイナリスト誕生なるか。期待したい。

・THIS IS パン(吉本興業 東京)[初出場]

 準決勝初進出の男女コンビ。ネタ番組でもたまに見かける実力派ではあるが、準々決勝でのネタは個人的にはイマイチだった。こう言っては申し訳ないが、彼らが出場した準々決勝2日目には、他にも面白いコンビが何組もいた。彼らの準決勝進出は、今回の準々決勝の審査に懐疑的になる理由のひとつでもあった。準決勝では、そうしたこちらの不満を吹き飛ばすようなネタを期待したい。

・カベポスター(吉本興業 大阪)[3年連続3度目]

 ファイナリストの最有力候補。ひと言で言えばそうなる。M-1では現在3大会連続で準決勝に進出しているが、その他の賞レースでの実績も申し分ない。多くの人気者がすでに消えている今大会、機が熟していると思うのは僕だけではないはずだ。
 スタイルをひと言でいえば正統派。もう少し言えば、ボケのレベルが高い、ハイセンスな漫才だ。さらにもうひとつ特徴を言えば、ツッコミがうるさくない。永見大吾が繰り出す質の高いボケに対し、立ち位置向かって右の浜田順平は、そこまでテンション高くツッコまない。それが見ていて心地よいというか、あっさりとした味わいなのだ。コンビとしてのスタイルの象徴でもある。うるさくなくても面白い。お笑いの基本でもある、緊張と緩和を存分に生かしたネタはパワー十分。大阪の実力派から目は離せない。

・令和ロマン(吉本興業 東京)[4年ぶり2回目]

 大学お笑いサークル出身のエリートコンビ。他の賞レースでの実績もある、いま注目の若手コンビの一組だ。慶應義塾大学出身とあってか、両者ともに頭脳的というか、見るからに賢そうだ。しかし、そうした頭脳とお笑い的な頭脳とは、決してそれほど一致はしない。むしろその学歴の高さが、なんとなく足枷になる。お笑いにおいてはそうした傾向の方が強い。
 準々決勝で見せたのは、近年流行りの恋愛リアリティーショーを題材にしたもの。若者らしいネタと言えばそれまでだが、M-1のような老若男女が視聴するこうした大会に向いているとは、あまり言い難い。もし彼らが決勝に進めばこのネタを使う可能性が高まるが、決勝では高い評価は受けにくそうなネタにこちらには見えた。はたして準決勝で披露するのはどんな題材のネタなのか。注目したい。

・真空ジェシカ(プロダクション人力舎)[2年連続2回目]

 ご承知の通り、昨年のファイナリスト。モグライダーやランジャタイなど、昨年決勝を戦った同じ地下芸人の仲間たちは今回は落選。だからというわけではないが、真空ジェシカの存在は光って見える。準々決勝でのネタはやや決定力に欠けるようにも見えたが、通過はそれなりに妥当だったと言えるだろう。
 その芸風とは少し違い、ネタは意外とわかりやすい。立ち位置向かって右の川北茂澄がボケを乱れ打つ、オーソドックスなコント漫才だ。昨年の決勝でもそれなりの高評価は受けていた。前回の決勝進出を機に露出が大幅に増えたことで、そのスタイルはすでに判明した状態にある。2年連続で決勝に行くためには、昨年以上のネタができないと難しいと見る。前回を超えるか否か。彼らの判定基準はわかりやすい状況にある。

・かもめんたる(サンミュージックプロダクション)[初出場]

 見取り図、ランジャタイ、金属バットなど、有力だった今回のラストイヤーコンビが準々決勝でバッサリ落とされたなか(金属バットはワイルカードで枠で復活)、このコンビが準決勝まで勝ち上がったのは少々意外だった。近年お笑いにハマった人にはあまり馴染みのない存在だが、かもめんたるはれっきとしたキングオブコントチャンピオン(2013年)である。優勝を狙うコンビにとってはかなり不気味というか、怖い存在に見える。
 近年で言えば「有吉の壁」(日本テレビ)への出演、立ち位置向かって右の槙尾ユウスケが副業でカレー屋を経営している話が主に目につく。かつてのコント王者としての風格も、もはや薄れた状態に見えるが、今回のM-1準決勝進出は、そんな彼らの実力を再確認するにはもってこいの舞台になる。
 準々決勝ではややいかがわしいネタを見せたが、準決勝ではいったいどんなタイプのネタをするのか。今回激戦の準々決勝を通過した一番の要因は、その曲者ぶりというか、他のコンビにはない異端性にある。他の若手コンビや吉本の芸人がやりそうもない、ベテランらしいクセのある漫才だが、そこにコント師が漫才をしたときの違和感はあまりない。前述の通り今回がラストイヤーのコンビであるが、同時に、これまで誰も成し遂げたことがないキングオブコントとM-1のいわゆる「2冠」の可能性があるコンビでもある。準決勝ではある意味、一番気になるコンビと言ってもいいかもしれない。もし決勝に進出すれば、これまで低かった彼らのステイタス上昇は必至。最後のM-1で大会をかき回すことができるか。期待したい。

・マユリカ(吉本興業 大阪)[2年連続3回目]

 前回も準決勝に進出した、大阪吉本の注目株。昨年の敗者復活戦ではそれなりに面白いネタを見せたが、結果は16組中6位。しかしその知名度を踏まえれば、これは大健闘と言えた。今年に入り彼らの露出が増えたのは、ある意味必然。いまもなお、その良い流れにのなかにある。
 スタイル的にはオーソドックスと言えるが、立ち位置向かって右の中谷のツッコミがハイトーンで声が大きいので、パンチ力を感じる。同じ大阪吉本のカベポスターとの違いはそこにある。ボケはどちらもローテンションだが、ツッコミ側のテンションが大きく異なる。そこは人によって好みが分かれるという感じだ。だが、M-1でハマりやすいのはツッコミの声が大きい系であることは、これまでの大会を振り返ればわかりやすい。上手くハマれば決勝進出の可能性はある。可能性は30%と見るが果たして。

・キュウ(タイタン)[3年連続3回目]

 今回の準々決勝、波乱が多かったことからもわかるように、ネタを見終わった直後に「準決勝当確」を断定できるグループは決して多くなかった。キュウは、こちらが思わず当確を押したくなった、そんな数少ないコンビの一組になる。
 準決勝進出はこれで3年連続。過去2回はいずれも力不足だったという印象だったが、今回は違う。少なくとも前回より大幅にパワーアップしている。ネタの題材や方向性に大きな変化はないが、漫才がかつてよりもM-1向けというか、大きく笑いやすいものに変わりつつある。さらに言えば、ネタの構成が綺麗だ。その点においては、準決勝進出者の中でも1,2を争う。期待値はこれまでの中では一番大きい。決勝進出の可能性は45%。同じタイタン所属のウエストランドとのダブルファイナリストもありそうな気配。

・ミキ(吉本興業 東京)[3年ぶり5回目]

 過去に2度決勝に進出した売れっ子コンビも、この2年は準々決勝敗退。テレビでの華々しい活躍とは裏腹に、M-1では不甲斐ない成績が続いてたミキだが、今回は久しぶりに準決勝への進出を決めた。全国的な知名度があるため、その決勝進出の可能性は高そうに見える。しかし、こちらの評価は決してそれほど高くはない。こう言ってはなんだが、今回彼らが準決勝に進出したこと自体、筆者にとっては少々驚きだった。
 準々決勝のネタは、率直に言ってあまり面白くなかった。下から数えた方が早いとは言わないが、それでも今回の上位28組に入っていたかと言えば、明らかにノーだ。
 何よりネタが単調だ。意外な展開や裏切りがないので、どのネタでもリズムはほぼ同じ。大袈裟に言えば、どれも一緒のネタに見えてしまう。中川家のようにネタに抑揚があればいいのだが、彼らにはまだそれができない。5年前からの上積みというか、成長を感じないと言えば彼らに怒られるだろうか。アインシュタイン、見取り図、東京ホテイソンらが落選した今回、「ラヴィット!」(TBS)ファミリーでは唯一の準決勝進出コンビながら、可能性は決して高くない。相当優れたネタでない限り決勝に進むことはできないと見るが、果たしてどうか。

・ヨネダ2000(吉本興業 東京)[2年連続2回目]

 昨年のM-1準決勝進出とTHE W決勝進出を機にミニブレイクを果たした、期待の若手女性コンビ。その勢いは衰えず、M-1では今年も準決勝に進出。M-1決勝の直前、12月10日に行われるTHE Wでもすでに、昨年に続く決勝進出を決めている。さらに加えて言えば、今年のキングオブコントでも準決勝を戦っている。昨年のM-1以降、参加した全ての賞レースおいて、準決勝以上の好成績を収めている。現在賞レースにおいて最も活躍している女性コンビ。ヨネダ2000は思わずそう言いたくなる存在だ。
 そのスタイルをひと言でいえば、異端派。昨年のTHE Wで優勝したオダウエダを「女ランジャタイ」と評したのは陣内智則だが、その言い回しはこのヨネダ2000にも十分当てはまる。素人目には分かりづらい、良くも悪くも誰もやらないようなネタを彼女たちは披露する。しゃべくり漫才が全盛だったかつての時代では、評価を受けにくかったタイプに属すると言ってもいい。だが、そうした以前の古い価値観はもはや崩れかけている。マヂカルラブリーの優勝、ランジャタイの躍進などがその象徴。褒めすぎを承知で言えば、ヨネダ2000にもそうした時代を変える力がある。そのためには、少なくとも決勝に進出する必要がある。レトロな風味が香るハイツ友の会と、奇抜で斬新なヨネダ2000。今回、決勝に進出するのはどちらか。この女性コンビ対決も、準決勝の大きな見どころだと僕は思う。

・ケビンス(吉本興業)[初出場]

 有名どころが少ない今回の準決勝進出組。その中でもこのコンビの知名度は限りなく低い。昨年結成されたコンビなので仕方ないと言えばそれまでだが、唯一こちらの印象に残るのは、立ち位置向かって左のツッコミ担当・仁木恭平。今年のR-1グランプリ準決勝でそう悪くないネタを見せていたので、ケビンスというそのコンビ名は、少なくともこちらの頭の片隅にはあった。準々決勝で見せたネタは、僕的には正直いまひとつ。どこかで見たことがありそうな、悪い意味で普通のネタだった。
 近年のM-1のレベルは高く、準決勝進出すら高評価に値するが、そんな彼らが決勝に進むことは、文字通りの番狂わせに相当する。失うものがない立ち位置をうまく利用できるか。注目したい。

・ダンビラムーチョ(吉本興業 東京)[4年ぶり2回目]

 準々決勝のネタは既存の曲を使っていたことで、配信では後半に無音の部分があり、ネタを丸々視聴することはできなかった。しかしその前半部を見れば、後半に大きく盛り上がりそうなネタであることは、なんとなく想像はできた。以前テレビで見た時も歌ネタを披露していたように、おそらくこれが彼らにとって得意なスタイルなのだろう。前回のモグライダーもそうだったが、こうした既存の曲を利用したネタは、ハマれば勝てる。それが意外な展開であるほど、爆発を期待できる。加えて、思わず真似したくなるというか、好感を持たれやすくなる効果もある。できれば決勝まで進み、配信では耳にできなかったネタの続きを見てみたいものである。

・ダイヤモンド(吉本興業 東京)[初出場]

 準決勝は初進出だが、正体不明のダークホースでは全くない。M-1ではこれまで4年連続で準々決勝に進出。昨年は「おもしろ荘」でも優勝している通り、いつきてもおかしくない実力派というのが、彼らに抱いていたこちらの印象だった。今回の準決勝進出で、ようやく1つ大きな壁を越えたことになる。残る壁はあと1つ。準決勝の壁を越えられるか否か。準々決勝のネタは悪くなかったが、あの出来栄えでは決勝進出はやや厳しい。準決勝ではもうワンランク上のものを期待したい。ポテンシャルは高そうなだけに、こちらの期待値も低くない。決勝進出の可能性は30%。

・ビスケットブラザーズ(吉本興業 大阪)[初出場]

 記憶に新しい、キングオブコント2022王者。現役ののキングオブコントチャンピオンが同年のM-1決勝に進出した例は、これまで2017年のかまいたちのみ。もし彼らが決勝に進出すれば、かまいたち以来の快挙を達成することになる。だが、その可能性ははたしてどのくらいあるだろうか。
 準々決勝で彼らのネタを見た感想をひと言でえば、物足りなかった、となる。少なくともこの出来では、決勝に進出することは難しい。僕はそう思う。勝手に想像するに、先月優勝したばかりのキングオブコント王者コンビを、さすがに準々決勝で落選させるわけにはいかなかったのだろう。その審査には、少なからずの“配慮”を感じた。彼らの準決勝進出に対する、これが率直な印象になる。
 もしこのままビスケットブラザーズが決勝に進出すれば、ネタの出来はどうあれ、大会が大きく盛り上がることはまず間違いない。M-1優勝の翌年にキングオブコントの決勝に進出したマヂカルラブリー以来、キングオブコントとM-1の「2冠」にリーチをかけるコンビが現れることになる。かもめんたる同様、キングオブコント王者の漫才にとくと目を凝らしたい。
 

・ヤーレンズ(ケイダッシュステージ)[初出場]
 
 所属するケイダッシュステージの芸人で記憶に新しいのは、先月行なわれたキングオブコントの決勝戦でトップバッターを務めたクロコップだ。もしヤーレンズが決勝に進出すれば、3月に行われたR-1の決勝に進出したサツマカワRPGも含めて、今年の主要賞レースの全てにケイダッシュステージ所属の芸人がファイナリストに名を連ねることになる。比較的にマイナーな事務所にとっては、これほど胸を張れることはない。お笑い事務所の勢力図争いに、また新たなグループが参入することになる。
 そうした意味でも、このヤーレンズは気になる存在だ。ネタはある程度普通でも、纏っているムードは異なる。少しでも意外なことをすれば、それが大きなパンチに見えることがある。かつてのオードリーやトム・ブラウン、そしてサツマカワRPGやクロコップがそれぞれの大会で存在感を見せたように、このヤーレンズも決勝に進めばそれなりにインパクトを残す力はあると見る。7回目の準々決勝で、今回初めてその壁を突破。ダークホースになる気配ありと見る。

・ななまがり(吉本興業 東京)[初出場]

 M-1で準決勝に進出するのは今回が初。だが、その実力を踏まえれば、この結果は妥当。M-1の準決勝を戦う力が彼らには十分備わっている。準決勝に進出するのがむしろ遅いくらい。個人的にはそう思っている。2019年に放送された「水曜日のダウンタウン」(TBS)への出演以降、芸人として上昇傾向にあるななまがりだが、元はと言えば、れっきとしたキングオブコントファイナリスト(2016年)だ。その実力は、この世界ではすでに折り紙付き。その後も「アメトーーク」や「ロンドンハーツ」(テレビ朝日)などでも及第点以上の活躍を見せている。あとは賞レースでのきっかけがあれば。今回の準決勝進出は、彼らに対してそう思ってたなかでのニュースになる。大学時代の先輩、ミルクボーイに続くことはできるのか。

・ウエストランド(タイタン)[2年ぶり3回目]

 今回の優勝候補の本命は、前回準優勝のオズワルド。これはまあ当然として、ではその対抗は誰なのかという視点に立つと、浮上するのはこのウエストランドになる。前回決勝に進出した2年前は消化不良に終わった感じだが、今回の出来を見る限り、その心配は低そうだ。大舞台を経験し、その露出が増えたことで、良い感じでリラックスしながらネタをすることができている。準々決勝で落ちた昨年も悪くなかったが、今回も相変わらず面白い。モグライダー、ランジャタイ、真空ジェシカといった、前回決勝に進出した地下芸人らの活躍は、彼らと仲の良いウエストランドにとっては悔しくもあり、一方で発奮材料にもなったと思われる。今の地位にとどまるほど、井口浩之の実力は低くない。芸人としての喋る力で言えば、 EXITやぺこぱよりも上。その辺りの人気者よりも、ネタはもちろん、喋りはそれ以上に面白い。前回の鬱憤を晴らす、芸人界のヒエラルキを覆すような活躍を期待したい。

・さや香(吉本興業 大阪)[2年連続3回目]

 さや香と言われて真っ先に思い出すのは、昨年の敗者復活戦だ。それまで彼らに対して抱いていた印象が少し変わったというか、「おやっ、すごいネタするな」と、その姿に強いインパクトを受けたことが記憶に新しい。
 さや香は変わったのか? かつてより上昇したのか、それでも横ばいなのか。そうした目線で注目したのは、今回の準々決勝。ネタの印象をひと言で言えば、とても良かった。これまで筆者が目にしたさや香のネタの中では、おそらく一番。どちらかと言えばオーソドックスなネタだったが、その分ベタというか、わかりやすくて面白かった。5年前(2017年)に1度決勝戦に進出した経験を持つさや香だが、2度目の決勝進出の可能性は、少なくとも昨年よりは確実に高い。決勝進出の可能性は40%。

・ストレッチーズ(太田プロダクション)[初出場]

 準々決勝のネタは悪くなかった。その準々決勝進出は、今回で6回目(6年連続)。ストレッチーズに限らず、これまで準々決勝で跳ね返され続けてきたコンビが、ようやくその壁を越えるというケースが今大会では目立つ。
 両者ともに慶應義塾大学のお笑いサークル出身。先述の令和ロマン(吉本興業 東京)は、同じサークル出身の後輩にあたる。所属事務所こそ異なるが、同じサークルに所属する学生にとっては、感慨深く誇らしい気分だろう。学生お笑い出身の芸人が近年増えているが、彼らもまたその1組。ツギクル芸人グランプリで優勝するなど、結果もついてきている。M-1決勝戦という、陽の当たる舞台はもう目前。活躍を期待したいコンビの1組だ。

・コウテイ(吉本興業 大阪)[2年ぶり2回目]

 準決勝進出は今回で2回目。筆者が初めて彼らを見たのも、その前回の準決勝だった。テンション高いネタをする割に、要所要所で細工が効いている。その第一印象は確かこんな感じだっだ。翌年も期待ができそうに見えたが、そんな昨年は両者のコロナ感染により出場辞退。大会前は有力候補にも推されていただけに悔しい結末となったが、今回はその分相当気合が入っていると見る。大阪の賞レースでも結果を残すなど、今年こそ決勝へという機運は高まっているが、その準々決勝でのネタは、僕の目には決してそこまでよく見えなかった。今回の準決勝進出は、僕の目にはややラッキーなものに見える。前回出場辞退に追い込まれた不運と併せて、これでプラスマイナスはゼロ。準決勝ではその本当の実力が試される。その力は本物かどうか、準決勝での戦いぶりに目を凝らしたい。

・オズワルド(吉本興業 東京)[4年連続4回目]

 言わずとしれた、優勝候補の大本命。実際に優勝するかどうかは別にして、この見立てで衆目は一致するものと思われる。現在行なわれているW杯で例えるならば、ブラジル代表だ。このコンビが落選する姿を、想像する方が逆に難しい。思わずそう言いたくなる。準々決勝でのネタも面白かった。まさに余裕の準決勝進出と言えたが、あえて言えば、優勝候補の本命としては若干物足りなかったというのが正直な感想になる。普通のコンビならば十分な出来だが、オズワルドの場合は違う。繰り返すが、今回も彼らは優勝候補の筆頭だ。決勝に進出することは大前提。そして優勝するためには、決勝戦で他を圧倒するネタを披露する必要がある。そうしたこの先の事情を考えると、準々決勝で見せたネタでは満足はできない。優勝が狙えるかと言えば、正直微妙だ。ウケるかもしれないし、思ったよりウケないかもしれない。そのプレッシャーも含め、今回も優勝は相当難しいような気がする。
 優勝の匂いをはたしてどれほど感じさせることができるか。オズワルドの見どころはその一点のみ。ネタを見るのが待ち遠しい限りだ。

・ロングコートダディ(吉本興業 大阪)[4年連続4回目]

 昨年のファイナリストかつ、今年のキングオブコントファイナリスト。今回も決勝に進出すれば、M-1、キングオブコント、M-1の3大会連続のファイナリストとなる。もっと言えば、2019年以降におけるキングオブコントとM-1の成績は、全て準決勝以上。この4年間でエントリーした8つの大きな大会で、準決勝を外さない好成績を収めた。ここまで高位安定を誇るコンビも珍しい。かまいたちやニューヨークも凄いが、このロングコートダディも決してそれに引けを取らない。その実績を眺めると、思わずそう言いたくなる。
 準々決勝で見せたネタも上々だった。昨年の決勝ではボケとツッコミがわかりやすいコント系の漫才を見せたロングコートダディだが、今回の場合は少し違う。ひと言でいえば、ダブルボケ漫才。コント形式なのは変わらないが、かつての笑い飯を想起させるような、両者がボケまくる手数の多い漫才を披露した。あの笑い飯以来、この手のネタはあまり見たことがなかったが、別に禁止されているわけではない。そのスタイル自体に著作権があるわけでもない。実力派のロングコートダディがこのフォーマットを採用したことで、そのスタイルの面白さを再認識させられた次第だ。
 終盤にかけての盛り上がりに加え、序盤の伏線回収も果たすなど、そのネタの完成度はかなり高かった。このネタを決勝戦でも見てみたいとは、率直な感想になる。ロングコートダディから目は離せないと思う。

・男性ブランコ(吉本興業 東京)[2年連続2回目]

 昨年のキングオブコントでの準優勝と、M-1敗者復活戦での3位。昨年の賞レースにおける好成績により、一躍人気者の仲間入りを果たした感のある男性ブランコ。だが、今年のキングオブコントではまさかの準々決勝敗退。少し足踏みしそうな感じにも見えたが、このM-1ではしっかりと準決勝進出を決めてきた。急落を食い止めたという格好になる。
 とはいえ、準々決勝で見せたネタは個人的にはやや微妙だった。男性ブランコらしいと言えばそれまでだが、もう少しわかりやすいネタの方が、少なくとも僕的は好みになる。そのセンスは認めるが、少々凝りすぎというが、難しすぎるのだ。仮に彼らが決勝に進出したとき、このネタを再び使うのかどうかはわからないが、審査員の反応を見てみたい気はする。その評価は高いのか、低いのか。ネタに関しては、まだいまひとつ評価を確定させることは難しい。バラエティ出演時のあっさりした振る舞いの方が、僕的には彼らの好みの姿になる。
 
・からし蓮根(吉本興業 大阪)[6年連続6回目]

 準決勝進出回数6回。今回準決勝に進出した28組の中でいえば、この回数は最多になる。しかも両者ともどもまだ20代。からし蓮根がいかに有望な若手コンビであることが、その実績を見ればよくわかる。
 決勝に進出したのは3年前のM-1グランプリ2019。ミルクボーイが優勝した大会になるが、この大会は、全体のレベルが従来より遥かに高かった大会としても知られている。この大会のファイナリストの中では最年少だったからし蓮根も、その出来栄えに少なからず貢献していた。優勝こそできなかったが、将来有望な若手らしく、爽やかに舞台を去ったという印象が残る。
 しかしそれ以降、どちらかと言えば彼らは伸び悩んでいる。そんな感じだ。この2年は続けて準決勝止まり。今回も準決勝には進出したものの、準々決勝のネタは率直に言ってよくなかった。同じ日の大阪会場で言えば、滝音や金属バットの方が明らかによかった。なぜ滝音が落選で、からし蓮根が通過なのかとは、結果発表時に抱いたこちらの正直な気持ちだ。
 過去に1度でも決勝に進出すれば、次回はそれ以上か、少なくともそれに見合うものを求められる。決勝で初出場組が活躍しやすい理由、決勝進出経験者が今回準々決勝で大量に落とされた理由だと考える。
 からし蓮根はどうなのか。準々決勝の出来はもちろんのこと、少しいいくらいでもダメだ。それこそ他を圧倒するようなネタを見せる必要がある。比較的オーソドックスなスタイルを取る彼らにとって、これは決して簡単なことではない。有力候補なのに、突破が難しい。このジレンマを雲散霧消させるようなパワフルなネタを期待したい。

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