ロングコートダディ、モグライダー恐るべし。準々決勝で見えた今大会の輪郭と決勝が狙えるコンビとは

 M-1グランプリ2023準々決勝が終了。準決勝を戦う30組が出揃った(後日ワイルドカード枠により準々決勝で敗退した1組が復活して準決勝は全31組となる)。

 準々決勝に出場したのは全123組。今回3日間に分けて行われた準々決勝、その有料配信にひと通り目を通してみてまず何を思ったかと言えば、とりあえずは「長かった」ということだ。

 約3時間(1日目@大阪)、約3時間(2日目@東京)、約3時間半(3日目@東京)。これは筆者が観賞した準々決勝各日の配信動画の時間になるが、全体を通して言えることは、面白いと感じる時間よりも、つまらないと感じる時間の方がどちらかと言えば長かった。あえて厳しく言えばそうなる。ネタ時間がこの準々決勝から決勝と同じ4分になったこともあるが、それ以上に出場者間のレベルの差がこの段階ではまだそれなりに顕著であることが、この準々決勝で鮮明となった。

 パンチが弱い、粗さが目立つグループが実際準々決勝までは結構いる。そうしたグループのネタを5組くらい続けて見せられるとさすがに視聴する気分が萎えることもあるが、それでも視聴をやめない理由は簡単だ。何組かに1組、面白いネタにも確実に出会うことができるからに他ならない。どちらかと言えばいまひとつなネタのほうが多く目についた準々決勝だが、それだけに面白いネタを目にしたときの感激は大きいわけだ。

 面白くなりそうか、それとも面白くなさそうか。それはネタの最初の1分、もしくは最初のひとボケを見れば、割とすぐにわかる。基本的に面白くないネタはそのコンセプトというか、ネタの方向性ですでに失敗している場合が多い。もちろんその芸人の見た目とか、言葉遣いとか、場の雰囲気といった他にも重要な要素はたくさんあるが、ネタの冒頭やその人が纏う空気感で、なんとなくその実力がわかる時があることは確かだ。

 準々決勝1日目。大阪で行われたこの日の出場者のなかで、筆者が「このグループの突破は間違いない」と言いたくなるネタを最初に見せたのは、前回のファイナリスト、カベポスターだっだ。少々大袈裟に言えば、最初のボケを見ただけで通過を確信した。今年も決勝を狙える力は十分にあると見た。そしてもう1組、当確を感じさせたのもカベポスター同様、前回のファイナリストだった。大阪会場の最後に登場した昨年の準優勝コンビ、さや香のネタも、最初の1分を見れば「これは行きそうだ」と断定するには十分だった。

 あのブラックマヨネーズを彷彿とさせる、お互いの主張が激しくぶつかり合う正統派のしゃべくり漫才。前回決勝のファーストステージを1位で通過したその力は、1年が経過した今回も健在だ。このレベルのネタがさらにもう1本あれば、優勝する可能性は高い。さや香が今回も本命であることを実感させられた。その決勝進出はすでに8割くらいは見えた状態にある。準決勝でのネタに目を凝らしたい次第だ。

 その他で個人的によかった大阪組は、バッテリィズと鬼としみちゃむ。筆者注目のハイツ友の会も決して悪くはなかったが、やはりスタイル的にパワー不足になりやすいこと、そして前回王者のウエストランドっぽいその毒舌漫才が逆に低評価に繋がった可能性は否めない。だが、その方向性は悪くないだけに、来年以降期待したい存在に変わりはない。

 続いて2日目の東京会場。この日登場した38組中、通過できたのは僅か7組。その狭き門を突破したグループの中で真っ先に名前を挙げたくなるのは、やはりというか、こちらも前回のファイナリスト、ロングコートダディになる。

 言わずと知れた前回3位の実力派。さらには2019年以降のキングオブコントとM-1での成績は全て準決勝以上という、近年のお笑い賞レースにおいてその“ど真ん中”に位置するコンビ。そう言っても過言ではない。個人的にはそろそろ息が切れてくるのではないかとの心配もあったが、それは全くの杞憂だった。むしろ逆というか、さらに凄みを増した印象さえ受ける。M-1では前回、前々回と2年連続決勝に進出。動きが多いネタ、俗にいうコント系の漫才を披露していたが、今回は喋りの要素を増やしたまた新たなスタイルのネタに少し変わっている。しかもそれが滅茶苦茶面白い。ボケ担当の堂前透にあの松本人志さんの匂いを感じたと言えば少し褒めすぎだろうか。だが、それくらい構成の美しい秀逸なネタだったことはたしか。今回も決勝はもちろん、優勝候補の一角に推されることはまず間違いないだろう。

 そんなロングコートダディと同じく現在2年連続決勝に進出している真空ジェシカも、当確を感じさせた数少ない1組だ。その安定した戦いぶりに過去2回のファイナリストとしての貫禄が見て取れた。今回も決勝進出の可能性が少なくとも50%くらいはありそうな匂いがする。
 またその他で気になったグループは、くらげ、エバース、ナイチンゲールダンス。いずれもその前半を見ただけで期待感を抱かせるような上質なネタを披露した。
 ネタのシステムが面白いくらげ。さや香的な新鮮味溢れるしゃべくり系漫才をするエバース。そして今年の「ツギクル芸人グランプリ」優勝のナイチンゲールダンス。この3組のうちのいずれかは決勝に進出するのでないかとは筆者の見立てになる。いわゆる今大会のダークホース候補。準決勝でもとりわけ注目したいグループだ。
 
 そして最後。出場組数が47組と、今回の準々決勝のなかでは最も長かった3日目について。

 1日目がさや香。2日目がロングコートダディ。個人的に準々決勝各日のナンバーワンをそれぞれ挙げるとすれば、前回決勝の最終決戦まで進出したこの2組になる。ではその3日目が誰になるかと言えば、僕的には1組しか考えられない。モグライダーが披露したネタが3日目はもちろん、筆者が有料配信で見ることができた全123組のネタのなかで最も面白かった、となる。

 ネタの内容はあまり言えないが、ひと言で言えば、あの“さそり座の女”のネタを彷彿した。モグライダーが初めて決勝に進出した2年前のM-1グランプリ2021、その決勝のトップバッターで披露したいまや彼らの代表作となっている名曲“さそり座の女”を使った例の漫才。その進化版とでも言おうか。ネタの爆発力、その最大瞬間風速は、今回の準々決勝のなかではおそらく一番だったとは率直な感想だ。仮にこのネタがこの出来栄えで決勝の最終決戦で披露されていれば、誰が相手であれ、優勝はモグライダーで間違いない。そう言いたくなるほど面白かった。大袈裟に言えば、このネタを見ることができただけでも、今回の準々決勝の有料配信を視聴した価値がある。少なくとも僕はいまそう思っている。

 芝大輔曰く、ともしげの間違え方次第では、自分たちのネタの出来は毎回それなりに変わるという。今回の準々決勝での出来栄えは実際にどれくらいだったのか、芝に聞いてみたい気もするが、おそらくそこまで悪くはなかったのではないか。このネタを次の準決勝、あるいは決勝で披露できるのかはわからないが、僕はいまこのネタを決勝で見たい気持ちでいっぱいだ。
 モグライダーは昨年準々決勝で敗退している。だがそれも、現在売れっ子である彼らの新鮮さを保つための、いい意味でのブランクになったようにも見える。モグライダー、恐るべし。この準々決勝を経て優勝候補の筆頭に躍り出たとはこちらの見立てだ。

 そんなモグライダーを含め、この3日目の合格者は結果的にいずれもそれなりの有名どころが顔を揃えることとなった。マユリカ、トム・ブラウン、きしたかの、ママタルト、令和ロマン、ダンビラムーチョ、シシガシラ、オズワルド、ヤーレンズ、ななまがり。上記のグループにモグライダーを加えた11組が、今回準決勝に進出した3日目の合格グループになる。いずれもが売れっ子、あるいはネタ番組などで最近よく目にする比較的知名度の高いグループになるが、このなかで個人的に期待したいコンビをあえて挙げるとすれば、シシガシラになる。

 センス溢れる知性的な禿げネタ漫才。ざっくりと言えばこんな感じのスタイルになるが、M-1ではこうしたビジュアルを持つコンビが活躍してきた歴とした過去がある。ブラックマヨネーズ、トレンディエンジェル、錦鯉……。最近では今年5月に行われたTHE SECONDで初代王者に輝いたギャロップもその仲間に加えられる。禿げネタ度合いにはそれぞれ違いがあるにせよ、いずれのコンビもその見た目が大きな武器になっていたことは明らかな事実だ。今回初めて準決勝に進出したシシガシラも、上記の顔ぶれのなかに入るポテンシャルは十分にあると筆者は見る。昨年ごろからその露出はちらほら目についてはいたが、前回は準々決勝敗退。言い換えれば、その正体はあまり多くの人には知られていない。世間バレが少ない今回は大きなチャンスだ。準決勝の戦いぶりにとくと目を凝らしたい。

 今回の準々決勝の結果について言えば、落ち着くところに落ち着いたというか、まあこんな感じかなというのが筆者の印象だ。通過した(準決勝に進出した)30組について言えることは、番狂わせが少なく、有力者は今回それなりにしっかりと勝ち上がったという感じだ。
 EXIT、ミキ、東京ホテイソン、インディアンス、すゑひろがりず、ビスケットブラザーズ、天才ピアニスト、アキナ、ダブルヒガシ、セルライトスパ、からし蓮根、男性ブランコ、ダウ90000、アインシュタイン、ゆにばーす、エルフ……。この辺りが今回準々決勝で敗退した主な有名グループになるが、準々決勝を見たこちらが言えることは、彼らの敗退は極めて妥当だったということだ。少なくともこの中に筆者が当確を感じたコンビはいない。有名どころでは大阪会場の滝音、東京会場ではカラタチ、ストレッチーズの落選が少し惜しかった気がするが、せいぜいその程度だ。準々決勝という「ふるい」がしっかりかけられたとは個人的な見解である。

 この準々決勝で1,2を争うネタを見せたと考えるロングコートダディ、そしてモグライダー。話は少し逸れるが、この両者は奇しくも、今年の10月から「ラヴィット!」(TBS)の正式なレギュラーとして新たに加わった2組だ。ロングコートダディは水曜日、モグライダーは火曜日の隔週レギュラーとしてそれぞれ新たに加入。そしてその入れ替わりに卒業したのは、今回モグライダーと同じ準々決勝の3日目に出場していた、兄弟コンビのミキだった。
 ミキがどのような経緯で「ラヴィット!」を卒業したのかはもちろん知る由もないが、その理由を今回の準々決勝に見たといえば少々強引だろうか。ミキよりもモグライダー、ロングコートダディの方が面白い。少なくとも「M-1グランプリ2023準々決勝」は無言でそう語っている。ロングコートダディはミキとほぼ同世代だが、モグライダーはミキよりも少なくとも1世代上。勢いのある若い後輩ならともかく、自分たちよりも先輩に番組レギュラーの座を奪われるというのは、ミキにとってはかなりの屈辱だったはずだ。この準々決勝ではそんなミキのリベンジというか逆襲にも期待していたのだが、残念ながらロングコートダディとモグライダーにその力の差をまざまざと見せつけられる恰好となった。ミキのネタもそれほど悪くはなかったが、やはり蹴散らされた印象は強い。それくらいロングコートダディとモグライダーのネタは凄まじかった。

 今回の優勝候補はロングコートダディ、モグライダー、それにさや香を加えた3組。準々決勝を視聴した直後の現時点における筆者の予想はこうなる。まだ準決勝があるのでなんとも言えないが、よほどの失敗がない限りこの3組が落ちることは考えにくい。そこに真空ジェシカ、カベポスター、オズワルド、トム・ブラウンといった常連組が絡むわけだが、ファイナリスト経験者は通過した30組のうち、上記の僅か7組のみだ。今回も当然ながら初出場組が多く躍進することはすでにある程度見えた状態にある。

 初出場を目指すコンビがどれくらいいけそうか。そのポイントとなるのはズバリ、どれだけオリジナリティな色を出せるかだと僕は思う。どこかで見たことがあるようなネタではダメだ。たとえばシンプルなコント漫才であれば、よほどのパワーがないと物足りない。準々決勝の戦いを見ると思わずそう言いたくなる。

 はたして先述の優勝候補がその名前通りの活躍をするのか、それとも新鮮味溢れるコンビが現れるのか。その可能性を現時点で感じるのはバッテリィズ、鬼としみちゃむ、くらげ、エバース。知名度がほぼ無名に近いこれらのコンビのなかで、決勝に進出するコンビははたして何組現れるか。準決勝が待ち遠しい限りだ。

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