強豪スペインに大勝も大喜びできない理由。なでしこジャパンの5バックサッカーを心配する

 大会前の某ブックメーカーの優勝予想で、アメリカ、イングランドに次ぐ3番人気に挙げられていたスペイン。そのスペインに日本が4-0で勝つと予想した人はおそらくほとんどいなかったと思う。ザンビア、コスタリカに連勝した日本だが、それは単純に相手が弱かったから。さすがにスペイン戦は苦戦するはず。おそらく多くの人がそう考えていたと思う。

 もっと言えば、この辺りでなでしこジャパンが苦戦する試合を見たかった。このままの緩いムードで決勝トーナメントに向かうより、あえてある程度苦戦してチームの膿を出す方が、長い目で見ればチームのためになる。スペイン戦の終了直後に思ったこれが正直な感想になる。

 スペイン戦。日本はこれまでの2試合とは異なり、ボール支配率で相手を大きく下回った。FIFAの公式記録によれば、ボール支配率はスペインの68%に対して、日本はわずかに21%(11%はどちらでもない)。自分たちのおよそ3倍以上の時間、相手にボール支配を許したことになる。シュートの数でもスペインを下回った。にもかかわらず、日本は4-0で勝利を収めた。ボール支配率でこれほど相手に劣ったチームが4点差で勝利する試合を見た記憶はほとんどない。

 堅守速攻。守備からのカウンター。作戦通り。試合後にポータルサイトで目にした主な見出しになるが、少なくともそれらの記事からいわゆるネガティブなムードを感じることは全くなかった。3戦3勝、得点11、失点0。数字的にはこれ以上ない。しかも優勝候補のスペインに大勝した。なでしこジャパンを取り巻くムードはいままさに最高の状態にある。しかし、そんな世間のお祭りムードとは裏腹に、筆者はそこまで現在のなでしこジャパンを持ち上げる気にはなれずにいる。端的に言えば、スペイン戦の日本の戦い方が、少なくとも僕はあまり好きにはなれなかった。

 引いて守ってカウンター。スペイン戦の日本の戦い方はまさにこれだった。今大会、3-4-2-1的な3-4-3という布陣を採用しているなでしこジャパンだが、相手ボールの時間が長かったこのスペイン戦ではそうは見えなかった。5-4-1。その多くの時間で最終ラインに5人が構える、典型的な守備的サッカーを展開した。わかりやすく言えば、昨年の男子のカタールW杯で森保ジャパンが披露したサッカーだ。

 このなでしこジャパンのスペイン戦が、昨年のカタールW杯における日本対スペインに少なからず重なって見えた。スコアこそ異なるが、試合の内容はどちらもよく似ていた。スペインが強かったというより、日本が自らあえて相手にボールを持たせる作戦に出た。日本は男子も女子もスペインと高い位置でやり合おうとはしなかった。

 女子のスペイン代表も男子同様、高い技術を誇るチームだった。だがこの試合では、日本が仕掛けたその守備的サッカーの罠にまんまとハマってしまった。サイド攻撃が徹底できず、真ん中付近でボールを失う場面が多く目についた。ピッチの真ん中は同じ高さの両サイドよりもゴールへの距離が近い。また、ボールを奪われたその瞬間、選手は逆モーションになりやすい。日本の2点目と3点目は、まさにスペインの悪いボールの失い方が要因だった。スペインがもう少しボールの失い方にこだわった攻撃ができていれば、入らなかったであろう得点。そうした言い方もできる。

 宮澤ひなたが挙げた先制点は相手の最終ラインの並びの悪さをついた速攻で、4点目は途中出場の田中美南が単独で持ち込んで決めた、いわゆる彼女の個人技によるゴール。スペイン戦で挙げた4ゴールに、いわゆるサイド攻撃によって生まれた得点はない。どれも素早い速攻で仕留めた、まさにカウンターサッカーをするチームらしいゴールだった。

 スペインに大勝したこと、グループリーグを首位で通過したことは確かに喜ばしい。だが、このサッカーのままで本当にいいのか。もし再びスペインと戦っても勝てる。そう思えるのなら問題ないが、少なくとも僕はそうは思わない。このサッカーでもう一度スペインとやれば、たぶん高い確率でやられる。スペインが同じドジを踏む可能性は低い。少なくとも僕はそう思う。

 確率の問題だ。5人で最終ラインを固めながら少ない人数で攻めようとする守備的なサッカーと、高い位置から相手にプレッシャーを掛ける、サイド攻撃を重視した攻撃的なサッカー。両者の関係はまさに水と油だ。相手の3人のFWに対して常に5人で守れば、当然のことながら前線の人数は少なくなる。その状態では高い位置からプレッシャーを掛けることはできない。スペイン戦ではうまくハマった日本の守備的サッカーだが、サッカーの歴史を振り返れば、どのようなサッカーがその発展に貢献してきたかと言えば、攻撃的サッカーであることは言うまでもない。現在のなでしこジャパンのサッカーは、これまでの同チームが培ってきたものに反している。少なくとも日本の武器であるその技術力が全面的に発揮されるサッカーではない。

 この試合を見た他国のファンは、スペイン戦の日本のサッカーを見てどう思っただろうか。少なくともボール支配率を重視した技術を全面に押し出したサッカーだと思った人はいないはず。日本は5バックで守りを固めるカウンター系のサッカーに変わった。多くの人がそう感じたに違いない。

 このサッカーでは少なくとも優勝はできない。僕はそう思う。この先は少なくとも日本と同格以上の相手が続く。決勝トーナメント1回戦の相手であるノルウェーはともかく、このサッカーでこの先決勝まで4連勝する姿は想像しにくい。1度は運良く勝てても、2度は勝てない。守備的サッカーとはそういうものだ。

 日本の池田太監督が男子の森保一監督とどれほど親しいのかは知る由もないが、カタールW杯でベスト16という成績を残した森保ジャパンのサッカーにそれなりの影響を受けていることはおそらく間違いない。でなければ、ここまで似たような布陣図を描くことはない。女子の日本代表は男子よりも世界的なポジションが高いだけに、現在披露しているそのサッカーは残念でならない。見習うべき対象を誤っているとはこちはの率直な意見だ。

 まさに狙い通りとも言うべき守備的なカウンターサッカーでスペインに勝利した日本だが、そうしたなかであえて評価に値する采配を挙げるとすれば、前のコスタリカ戦からスタメンを5人変えて臨んだことだ。このスペイン戦に絶対に勝ちたければ、長谷川唯は先発から外さない。田中美南も外さない。このグループリーグの3試合で、フィールドプレーヤー20人中19人をすでに1度はピッチに立たせている。出場していないのは2人の控えGKと、チーム最年少でもある19歳のFW浜野まいかの3人のみ。この先、注目すべきはこの浜野を使うかどうか。なんといってもこれまで代表を引っ張ってきた岩渕真奈を外してまで選んだ選手(FW)だ。その浜野を1分たりとも使わずに大会を終えれば、岩渕を含む今回選ばれなかった選手に対して失礼な振る舞いになる。池田監督の采配に目を凝らしたい。

 初戦から2戦目かけて4人、2戦目から3戦目にかけては5人、スタメンを入れ替えて臨んだ日本。選手交代も初戦のザンビア戦こそ4人だったが、コスタリカ戦とスペイン戦ではそれぞれ5人という枠をフルに使っている。それはつまり多くの選手で疲労を分け合っている状態、言い換えれば、誰がレギュラーなのかよくわからない、チームはまさにいい感じで混沌とした状況にある。次のノルウェー戦もスペイン戦からさらにスタメンを4人程度入れ替えて臨むことができれば面白い。サッカーの内容はイマイチだか、選手の使い回しという点に関しては、少なくともここまでは上々。熊谷紗希、南萌華、そして長谷川。フィールドプレーヤーで次戦のスタメンが確実なのはこの3人くらいだ。他は誰がスタメンなのかよくわからない、言い換えれば、誰が出てもそれなりにやれる。チームの総合的な力はいい感じで高まっているように見える。

 選手の使い回しは決して悪くない。それだけに、簡単に5バックになる後方に人が多いその守備的なサッカーが恨めしく見える。選手を均等にうまく使い回し、そして魅力的なよいサッカーをする。この2つをまさにクルマの両輪のような関係で追求してほしい。現在見せているそのサッカーが今後の日本の女子サッカーのスタンダードになるとすれば、心配だ。仮にそうなれば、なでしこジャパンの復活はさらに遠のくと考える。守備的な作戦はやめて、もっと攻撃的に行くべし。高い位置から相手にプレッシャーを掛ける正統な攻撃的サッカーを、日本には実践してほしいものである。

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